ED:鈴をつけ、鈴をつけられてみたわ
「それでは、今回はここまでってことで!」
「いつも動画を見てくれてありがとうございます」
「平地人のみんな~、チャンネル登録よろしくね~」
「今週のメン限配信は魔界杉沢村ノーコンティニュークリアです!」
「調べて欲しいオカルトがあればコメントよろしくね」
約束通り、5人目のメンバーとしてレギュラー化してしまうナイノメ。
彼女のチャンネル内の役割は。
「それじゃ私、動画の編集はじめるから」
「おう、わりぃな」
「資料ここに置いておくわね」
「いつも助かる」
「配信の機材調整しておいたわ。それとプリンね」
「流石です!」
「プリンに媚薬と利尿剤混ぜておいたわ」
「ぐっじょぶ~」
各種裏方仕事である。といっても。
「あぁすまんナイノメ。
今編集中のそこなんだが、入れたいエフェクトがあってさ。
俺にやらせてくれないか?」
「わかったわ。素材はまとめてあるから」
「ナイノメ。資料読んだがやはり取材が必要だ。
ちょっと出てくる」
「だろうと思ってアポは取りやすくしてあるわ」
「ナ、ナイノメさん、その、トイレに……」
「ノーコンティニューまで配信でしょ?
しょうがないわね、代わるわ。
マイク切らないとまたコメ欄が祭りになるわよ。
いい? 絶対に切りなさい。絶対よ」
「ナイノメ~。後でいっしょに遊びましょ~」
「勉強させてもらうわ」
と、すべてをナイノメに任せることなく進んで動画に関わる仕事をはじめる。
それもこれも、楽しいからなのだろう。
彼女はこれまで、何人もの賢王を堕落させてきた。
人は皆、最終的に楽な方向へと流れてしまう。
それは彼女にしてみれば、人間で楽しむことには時間制限があり、すべてがいずれ終わってしまうという諸行無常の儚さの証拠でもあった。
だが彼らは違う。
彼らは『楽』ではなく『楽しい』に流れる。
ナイノメはそれを『人間のバグ』と評した。
しかし、本心でいうなら、ずっと『そうであればいい』と望んできた夢。
故に彼女の目は、こんな忙しい日々においても。
「まったく、友達使いが荒い人達なんだから」
こんなにも楽しそうなのだろう。
「傾国の九尾。いえ、邪神ナイアルラトホテップとお呼びしても?」
キリヤのお菓子に混ぜるための毒薬(興奮剤)精製のための素材集めの最中。
ふと呼び止められたナイノメは、できる限りの注意を払いつつゆっくりと後ろを振り向いた。
「そういえば……狙撃役のあなただけは、あの場に居なかったわね。天照」
天照大神はため息をつきつつ素手を晒して敵意がないことをアピールする。
ナイノメも背中の後ろに回し尻尾に突っ込んでいた手を、何も引き抜くことなく前に戻した。
「任された仕事を忘れているわけではないようですね」
「もちろんですわ。この装束をご覧ください」
「それは結構」
どこか緊張感が漂う2人の間。
天照大神は慎重に最適な言葉を探していく。
「堕天使もそうでしたが、魚人にも個人的に思うところがあったことは事実です。
結果だけ言えば、今回は私の理想に近づく働きをしてくれました」
「何のことだかわかりませんわ」
「たとえあなたが国津神であるにしても。
私達天津神に利するならば利用する」
「あなたは昔からそういう方でしたね」
「それはこの世に現れた悪に対しても同じことです」
ナイノメの目元がぴくりと動く。
「……どこまで知っていて?」
「さぁ。どこまででしょう。
しかし、あの3人を多少の無理をしてでも一度地球に送り返したのは私です。
徒労でしたけどね」
「エルフの勇者のことは?」
「そんな伝説があること自体知りません。
そもそもエルフは、天津神が作ったわけでも国津神が作ったわけでもない種族。
彼女らが何者でどんな歴史を持ち何を目指すのかは、誰も知らないのでしょう」
「そこは私も同じですね。何も知りません」
狐同士の化かし合い。
お互いが可能な限りの情報を引き出すことを目的に、自分だけが知るはずの秘密を疑似餌のように前に差し出しては様子を伺う。
「ともあれ、今回の件も不問とされます。
ほかでもない、天津神の総意ですからね。
私1人で異議を申し立てることなどできようはずがありません」
「派閥争いも大変なんでしょうね」
「ええ。みなさん、人が変わったように振る舞っていますから。
根回しからやり直しです」
「お気の毒に」
「それに、誰もが知る公人にしてしまえば、おいそれと悪事もできなくなる。
私の目論見は順調に推移しています」
「身に覚えがありますね」
「鈴もついているのです。心配いらないでしょう」
「しかも2つに増えましたので」
ここで天照大神は諦めたように大きくため息をつく。
言いたいことは山程あるが、ナイノメも彼女なりの危機分析を持って状況を理解していると確認できたためだ。
「しかし、見ない内に……良い目になりましたね」
「生まれてはじめて友達ができましたので」
「ならアドバイスです。友達はしっかりと選ぶように」
「心に刻みましょう」
「では話はここまでです。
お仕事の邪魔をしましたね。
あなたからは何かありますか?」
「そうですね……では2つだけ」
「ふむ」
手を後ろに回すナイノメ。
目を細めつつ警戒する天照大神。
尻尾から引き抜かれたのは1本の青銅の剣だった。
ナイノメはそれを天照に放り投げ、天照大神は片手で受け取る。
「必中のうけいの矢。
もしも悪を名指ししたのなら、その矢は3本に分かれて頭を貫くでしょう。
それは今も、この先も。
おそらく未来永劫変わりませんわ」
「……それで?」
「しかし、世界に仇なす者か否かを問うた時。
その矢が当たるかどうかは私にはわかりませんね。
少なくとも、おそらく今はまだ当たらないでしょう。
試してみますか?」
天照は手の中の銅剣をじっと見つめ、それをかじろうとするも。
「……やめておきましょう。
今は万が一にも当たってしまっては困ります」
「それは、天津神としての合理に反するお考えでは?」
「人として生まれた限り、神になろうとも感情を乖離することはできない。
それはあなたもよく知っていることでしょう」
「ごもっとも」
投げ返された銅剣を尻尾にしまいつつ。
「それでもいざという時。
あなたには矢を投げる勇気がありますか?」
天照は少し悩んでから。
「勇者とはすなわち、神の代理執行人です。
その役目は私ではありません」
そのまま踵を返して去っていった。
その後姿をしばらく見守った後で。
「だからいつの世も神々はクソだとか言われるんですよ。
まぁ、私が言えたことではありませんけどね」
そういって再び花を積む作業に戻った。
いつか自分にも刃を向けるかもしれない勇者を、今の内に毒殺しておくことは悪くない対処法である。
今日のおやつには、気持ち媚薬成分を多めに入れておこうかなと思うナイノメであった。
しかしそこに楽しそうな声が聞こえてくる。
「ナ~イ~ノ~メ~」
途中で天照大神とすれ違ったのか。
それとも、今の今まで隠れていたのか。
何はともあれ、鈴がつけられているのは。
「あ~そ~ぼ~?」
彼女もまた、同じようである。




