7-2:遺伝の法則から魔法が使えないエルフが生まれる理由を解き明かしてみた!
プロモーションを含みます。
「なるほどね~。
ちょっと見えてきたかも~」
座敷牢に戻り聞いてきた話を伝えたところで、サダコ姉がにやりと笑った。
「え? 俺は全然わかんないんだけど……それよりあいつ、今度は何してんの?」
ちらりと見ると、そこではヨッシーがティーカップを前に手をかざしている。
「何に見える~?」
「……念能力のタイプ測定?」
「惜しい~。
お湯をわかす魔法を試してるのよ~」
「はぁ!? 魔法って、まじで!?」
驚いて立ち上がるが、ヨッシーは深いため息をついて首を振った。
「僕にはダメみたいだな」
「残念~。
この本によれば、わりと初歩的な魔法みたいなんだけどね~」
「本!? 魔導書!? 天使ラジエルの書か!?
ソロモンの大いなる鍵か!? アブラメリンの書か!?
それともまさか、ネクロノミコンか!?」
「はいはい興奮しないの~。
まぁ、気持ちわかるけどね~。
ほら、エルフの魔術入門書よ~」
そうして本の表紙を見せてくるサダコ姉。
そこに書かれた文字をよんで、思わず腰から崩れ落ちてしまう。
「た、たのしいまほう……?」
「私達で言うところのたのしいさんすうとかかしら~」
確かに、魔法が当然のものとして存在する世界では学校でそういう教科書を使って魔法を教えるのだろうが、それにしても直前まで抱いていたイメージから完全に肩透かしを食らってしまったショックが大きい。
ゾンビなら衝撃で脱臼しているぞこれは。
「ほら見て~。
これがそのお湯をわかす魔法~。
まずはこれからはじめましょうって書いてあるでしょ~?」
「お、俺も試してみていいか!? サダコ姉はできたのか!?」
「できたわよ~」
「まじか!? なら俺ももしかしたら……!」
そして5分後。
そこには座敷牢の中で再び膝から崩れ落ちるユウキの姿があった。
「残念無念~」
「俺、ちょっとキリヤの気持ちわかった……魔法が使えないって、悲しいことだな……」
名残惜しそうにたのしいまほうのページをめくるユウキ。
そこでふと気付く。
「ん? 待てよ。
なんでこんなページに沸騰の魔法が書いてるんだ?」
「お~、流石目の付け所が違うわね~」
沸騰の魔法は本に書いてある通り初歩の初歩とある。
ページの右下ではデフォルメされたエルフのキャラクターの吹き出しに「まずはここから!」と書かれている。
しかし、それが書かれているページは100ページあまりの教本の後半、71ページのこと。
これは教科書編纂を考えればおかしいとわかる。
「なんでこんなページに?
それより前は……ファイアーボール、いかづち、エターナルフォースブリザード、隠密、歯の痛みの抑え方……
どういう基準で並んでるんだこれ?」
「どうも、魔法の開発年代らしいわ~」
――あぁ。私も魔法が使えん。
まぁ、今ではこんな便利なものもあるし、そう生活に苦労することもなくなったがな。
ユウキの手が魔法瓶に伸びる。
なるほど、1万年前になかったのは魔法瓶ではなく、魔法瓶を作るための魔法ということか。
「で、最後のページは……」
ぺらぺらとページをめくっていくユウキの手が、止まる。
「お、おぃぃぃいいい!?」
「あはは~、まぁユウキ君ならそんな反応しちゃうよね~」
最後のページに書かれていたもの。
それは、2人のエルフのキャラクターが股間からご立派な棒を生やしてフェンシングに挑むイラストだった。
「俺の! 魔法のイメージを! かえせぇぇぇえええ!!」
「そのクーリングオフは難しいかも~」
・クーリングオフ
ハーブティーが苦手って人はもちろんいるよな。
俺もそういうイメージを持ってたからな。
それに単純に体質の問題とかもある。
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「でも考えてみて~。おかしくないかな~」
「おかしいのはこの世界の貞操概念だ!」
「ユウキ君、そのお師匠様とえっちしちゃったの~?」
「俺はまだ童貞だよ!」
「別に卒業してくれても怒ったりしないのに~。
でも、そこが謎を解く鍵よ~」
「いい加減巡回AIに怒られるぞ!
最近は動画を削除されたり、広告を剥がされたり……ん?」
ふと突然賢者モードに入るユウキ。
「そうだよ! これはエルフの伝統なんじゃないのか!?
ってことはまさか……」
ページを1枚めくるユウキ。
そこに書いてあったのは、想像通り。
――精子変転の魔法
「エルフが女性だけで種を残せるようになったのは最近のこと……!
なら、それより前はどうやってエルフは種を残して……」
「その答えなら手取り足取りとはいかずとも教えてもらったんじゃないの~?」
「あ……」
――やはり、人間の男は面白いな。
久しく私も子種が欲しくなる。
「ああああああああ!!
ってことはまさか、この座敷牢は!
こうも来客用の布団がちゃんと用意されていた理由は!」
「ラブホのSМルームって言ったのもあながち間違ってなかったわね~」
「なんて最悪の伏線回収だ!」
頭を抱えてごろごろと座敷牢の中を転がりまわるユウキ。
今までオカルト的な恐ろしさにわくわくしていた部屋が一転ピンクに見えてくる。
「そして同時に魔法が使えないエルフが生まれる理由もわかる」
ここでユウキがイラストを手にやってくる。
「メンデルの遺伝の法則を説明しよう」
・グレゴール・ヨハン・メンデル
オーストリアの司祭で生物学者。1822~1884。
エンドウマメを用いた実験で現代に繋がる生物の遺伝の法則の基礎理論を解き明かした。
そこにはヨッシーが描いたのだろう下手なイラストのキャラクターが並んでいる。
うち片方は長い耳が横に伸びていることからエルフであろうことがわかる。
エルフは片手にE、もう片方にeを持ち、人間……なのか?
まぁ人間だろう男は、片手にH、もう片方にhを持っている。
「遺伝子は2つの情報を持っている。
交配が行われる場合、両親が持つ2つの片方ずつをランダムに受け継ぐ。
エルフが持つ遺伝子をEとeとし、人間が持つ遺伝子をHとhとした場合、生まれるパターンはEH・Eh・eH・ehの4パターンだ。
ここまではいいな?」
図に線を引き、英語の組み合わせを示していくヨッシー。
「お、おう」
「メンデルはこの遺伝子に優性と劣性があると考えた。
次世代の子に現れるのは優性の情報のみ。
大文字を優性で小文字を劣性とした場合、この4パターンでは2番目がE、3番目がH、そして最初はEとHからランダム、4番目はeとhからランダムに現れるということだな。
人間の場合、これで男が生まれるか女が生まれるか決まり、結果的に男女は半々になる」
「でもエルフは女性しか生まれないんだろう?」
「そうだ。エルフの場合、その遺伝子は常に優性になる。
言うならば超優性。
どのパターンでも必ずEとeが勝利するんだ」
「エルフに遺伝子からわからされちゃうってことね~」
「ちょっとサダコ姉は黙っててくれ!」
黙っていれば美人さんなのにこれだから。
「こうして次の世代ではEH・Eh・eH・ehと遺伝子情報を持ったエルフが生まれる。
この時点で全員エルフの超優性遺伝子によって通常のエルフとして生まれる。
問題は次だ。この4パターンに再度Hとhの遺伝子をかけあわせると……」
「HHの組み合わせが生まれちまうのか!」
「そうだ。パターンはこう。
そしてエルフの遺伝子は超優性。
エルフの側から受け継がれるHhの情報にはエルフのスタンプが押されてしまい、生まれるのは必ずエルフになる。
しかし、問題のパターンは、人間の優性同士を受け継いだHHだ。
つまり、8人に1人の可能性で生まれるこの組み合わせは……」
「8人に1人って、それって!」
「あぁ」
――私に言わせれば魔法が使えないエルフなんて珍しくもなんともなかった。
私が小さい頃は、だいたい8人に1人は魔法が使えなかったからな。
「うわあああああ!
遺伝学で謎が解けたぁぁぁあああ!」
「この後HHの遺伝子に加えて、Hを強く持つ者、つまり、魔力が低い者を除外していくことで、エルフの遺伝子にHが残りにくいように調整していたのだろう。
そして、後のエルフが精子変転の魔法を開発し、エルフ同士での交配を行ったとしても……」
「HHの組み合わせは生まれちまう! それがキリヤなのか!」
「そのとおりだ。
しかし、エルフたちはこの遺伝の法則を知らなかった。
するとどうなる?」
――それが何を意味するのか、里の者は理解していた。
そしてキリヤの両親は……自ら、森に還った。
――エルフは皆等しく1つの森だ。
森が誰かを差別することなどありえない。
だが、愛という思いはそう簡単な話ではないのだろう。
だから2人は、森に還るしかなかった。
「そんな……そんなお互いを誤解したまま、キリヤの両親は……」
「悲しい話だがな……まぁ今でもアメリカではある話だと聞く。
白人同士から黒人の子が生まれて、中絶や離婚の裁判になったり、とかな」
「なんてこったよ……」
がくりと肩を落としてうなだれるユウキ。
そこには謎を解き明かした達成感は、なかった。
「科学も民俗学も、オカルトを解き明かす鍵になるわ。
でも、それで解き明かされた謎が、必ずしも残された人にとって幸せなものとは限らない。
だから人には、オカルトが必要なのね」
顔を伏せたままのユウキに、サダコ姉が悲しそうに呟いた。
「いや……おかしい」
ユウキがぼそりと呟く。
「それなら、キリヤしか魔法が使えないエルフが生まれていないことは、おかしい」
そうだ。
謎はまだ残っている。
1万年前の無差別殺人事件の犯人の正体とその動機。
そして。
――だが今のエルフから魔法が使えない者は生まれないはずだった。
そんな子が生まれぬよう、己の人生を賭けたやつがいたんだ
この悲しい物語の登場人物は、まだ出揃っていない。
机の上に広がっているのはヨッシーのへたくそな説明用イラストと、ご立派な棒でフェンシングに挑むエルフのイラスト。
そして、すっかり冷めてしまったハーブティーだった。
次回、エルフ因習村編、決着!




