48-2:大いなるCを叩き起こしてみました!
「黒騎士衛星、ルルイエ中央部へ」
「Cの起床まであと60秒」
「全目覚まし時計稼働開始」
「スヌーズは10秒間隔。覚醒まであと40秒の予定」
「神々は沈黙を守っています」
作戦の最終段階を深海から見守るナイノメと3人。
やっていることはただ朝が苦手なやつの周りに目覚まし時計を並べただけなのだが、目覚めようしている存在が存在なだけに大仰に聞こえている。
「あれだけの損害で稼働しているのか」
「まさに奇跡だな」
「みんな、よくやってくれたわね。ありがとう」
「ははは。ナイ姐さんから礼が聞けるなんて、生きてみるもんですな」
「Cの起床まであと30秒」
「起床20秒前」
「全軍対精神波防御」
「起床10秒前」
「8、7、6、5、4、3、2、1……」
しかし、正面モニターのタイマーが0に到達しマイナスのカウントをはじめてなお、ルルイエには何の動きもない。
「どうしたの!?」
「ダメです! スヌーズが作動しません!」
「どんだけ朝弱いんだよ!?」
「目覚まし時計不足です。
中心部のCを起こさない限りサイキックウェーブは照射されません。
失敗です」
淡々と事務報告のように語られた絶望に、思わずナイノメも背もたれに体を投げ出した。
「なんてこと。
私達のすべてを賭けた結果がこれなの?
神も仏もいないのね」
「いや、お前モニター見えてる? そこら中に居ると思うんだが」
「最初から天に見放されていただけだろう」
「奇跡は起きなかったわね~」
敗北の確定。
それはナイノメにとってみれば、死の宣告に等しい。
「ごめんなさい。少し頼んだわ」
「おう」
ブリッジを出ていくナイノメを何も言わずに見送る3人。
流石に掛ける言葉がない。
「土下座したら天照大神許してくれるかな?」
「あの人は案外自分に反抗的な国津神は気軽に殺すわよ〜」
「それでも今、言うほど後悔していないのが不思議だな」
「楽しかったしな」
提供されたポップコーンのカップに手を伸ばすもあとわずか。
そのまま一気飲みの姿勢でカップを口に近づけ、残りを流し込んだ。
「さて。となるとすべきは逃げる準備とこの数日のアリバイ確保か」
「あのオーラ測定機の前で嘘とかつけんの?」
「戦争映画を見て歴史の勉強してましたとか嘘じゃないわ〜」
「物は言いようだが」
と、諦めを前提でこの先の相談が始まるのだが。
「いいえ! 奇跡は起きます! 起こしてみせます!」
ブリッジに響くキリヤの声。
出撃していたエルフロボが黒騎士衛星に向かう。
「おい待て! 何をする気だ!?」
「直接寝室に殴り込んで叩き起こします!」
「名前だけで発狂しといて実際に見たらどうなるかくらいわかんだろ!
直葬だよ! 直葬!」
「ナイノメさんがドローンを送るはずだ! それまで待て!」
「その前に敵の総攻撃でやられてしまいます!」
「このバカ!」
と、怒鳴りつけていたその時。
エルフロボの背後から支援火力戦闘機が合体する。
「ナイノメさん!?」
「これで起床係が2人になるわ。
1人が発狂しても、もう1人が精神分析をかければいい。
2人なら正気で戻れるわ。
キリヤ、いっしょに帰るわよ」
「待て! 何故お前がそこまでする!」
「趣味のために全力とはいえ、結局我が身がカワイイのは当然だろう。
キリヤさんと俺達のためにリスクを取るのは裏を感じる」
「裏なんてないわよ。
あなた達が好きになった。
そう言ったら信じてくれるかしら?」
そうあっけらかんと笑うナイノメに、一同も自然と笑みがこぼれた。
「いや、全く信じられんな。だが、信じてもいい」
「後先考えずに楽しむあたり、似た者同士だったのかもね~」
「もしも正気で戻れたら、改めて俺達の仲間に加えてやる。
ただし帰還が不可能と判断した場合はキリヤさんだけ投げ捨てろ」
「投げ捨てる!?」
「死を覚悟した薩摩エルフがどう動くかはよく知ってるんでな。
蘇生が可能な世界でも崩壊した精神が回復するのかはメタ時空外で確認できていない」
一体誰がメタ時空内で毎回精神崩壊していたんだ。
「なんて酷い。友達への言葉とは思えないわね」
「知らんのかナイノメ。友達ってのはな……」
――どれだけ適当に扱っても無条件に笑って許し合える関係のことを示す。
お前、今。笑ってるぞ。
ナイノメはきょとんとした顔でそっと自分の顔に触れ、少し顔を伏せて肩を震わせた。
「あぁ。そうね。楽しい。楽しいわ。
そうか、私には、下僕や愛人はいても……
友達はいなかったのね」
これ以上、ナイノメにかける言葉はない。
蛇に足を書けば龍になってしまうし、そもそも蛇から書き始めた時点でどう足掻いても竜頭蛇尾だ。
「さよならは言わないわよ、キリヤちゃん。
逝ってらっしゃい」
「はい! 逝ってきます!」
こうしてルルイエの中心に消えていくエルフロボ。
「帰ってきたら、大人の遊びをしましょうね〜」
「R-15どころかR-18な内容ならここで絶対に止めないといけない手前聞いてみるが、どんな遊びだ?」
「さびれたおもちゃ屋の前にあるガチャポンとカードダスを天井まで回すわ〜。
あと、管理者の許可を取った上で心霊廃墟でサバゲーやって、最後には爆発解体をバックにダイ・ハード脱出ごっこするの~」
「絶対に俺達もまぜろよ」
そして舞台はルルイエ内部、中央寝室へ。
「外部モニターオフ。反響定理、空間予測」
「心眼を極めた私ならば見ずとも見えます!」
目の前に横たわる『なにか』の正体に気付いてはいけない。
それはただのタンパク質の塊であり、それ以上でも以下でもないのだ。
「ごめんなさいね、あなたを巻き込んで」
「騎士道における死は誉れです!
それに私は、最初から死狂いの身!
これ以上おかしくもバカにもなれないのです!」
「まったく……お互い、道化を演じるのも大変ね」
「なんのことだかさっぱりわかりません!」
バカだバカだとト書きを含めた全員から揶揄されるキリヤ。
しかし、もしもこの異世界でキリヤと出会わなかったら。
3人がとうに野垂れ死んでいるのは確実として。
▼▼▼▼▼
「ひぃぃぃいいいい!!」
頭を抱えて丸くなりがくがくと震えるキリヤ。
その様子にユウキはため息をつく。
「あのさ」
「わかる。いや、ようやくわかったよ。
隣に自分よりも怖がってくれる人がいるってのは、こんなにも心強いことなんだな」
▲▲▲▲▲
彼等はゾンビに恐怖し、コミュニケーションが取れなかったかもしれないし、今回だって。
▼▼▼▼▼
「ユウキ、戦闘部門を助けて。
ヨッシーはパイロットの席へ。
この船はまだ作業員しかいないのよ」
「なんで俺達にできると思ってんのこいつ?」
「だからただの動画配信者だって言ってるだろ」
「私やりたい! 私やります!」
「バカにやらせるよりマシか」
「そんなー!」
▲▲▲▲▲
ここまで動いていない。
他にも、バカとしての合いの手が入らなければ、複雑な説明が第三者に理解されることもないだろう。
言うならば異世界マクドナルド理論である。
・マクドナルド理論
友達で集まってどこで食事を取るか考える際に、真っ先の1人が「マクドナルドでいい」などと最悪の選択肢を提示することで、他のメンバーが積極的に何を食べるかの議論を始める理論のこと。
ビジネスにおけるプロジェクト会議でも効果的で「何か意見がある者は役職関係なく手をあげてください。良い意見がまとまらなかった場合今年小学3年生になられた社長のお子さんの意見が採用されます」というような切り出しで始めると良い。
冗談と思われるため、少なくとも一度は社長のお子さんの意見を採用して赤字を出しておくこと。
キリヤのそれは、N-アルゴーの修理作業に従事するため、無精髭を伸ばして甲板に唾をはき、股間をかいて歩き、海に向かって立ちションをしていた魚人達をゆうに超えている。
つまりこのバカは、役割としての道化を完璧に演じきっているのだ。
・道化
王の隣で笑いを取るバカのこと。
サーカスでのピエロや、ロキやナイアルラトホテップなどのトリックスターとは大きく意味も役割も異なる。
その役割は配下からは言いにくい言葉を冗談のガワをかぶせて王に伝えること。
それを聞いた王は「ははは、道化の分際で」と笑い飛ばしつつも内心でこっそりと反省し行いに補正をかけ、さも自身が気付いたように振る舞う。
宮廷内での道化は誰もからバカにされる最下級の役立たずでありながら、その役目なくして良き治世と臣下間での円滑なコミュニケーションは成立しない必須の人材。
もちろん、道化となるためには他の誰よりも賢く、誰よりも空気を読む才に長けている必要がある。
誰もなりたがらず、誰にもできない、最重要の役職と言えるだろう。
日本人で道化と呼べる存在としては、織田信長の配下だった頃の豊臣秀吉が筆頭。
戦国の風雲児信長の偉業は誰もが憧れるものだろうが、その業績はほぼすべて彼の隣で猿と笑われていた若き日の秀吉、木下藤吉郎の猿回しだったとも考えられるかもしれない。
(そういうネタバレはやめて欲しいのですが、本当に何言ってるのかわかんないのでまぁいいでしょう!)
さて。改めて横たわるCの上部。
2つのメイン光学観測部位と音響集音部位と1つの嗅覚受容体と食料及び空気の吸い込み孔。
加えて、いくつかの多次元用他角度的サブ光学観測部位とおぞましいナニカのある場所の前に立ち。
「やります。
ナイノメさんのSAN値、私に預けてください!」
覚悟を決めたキリヤはビームサーベルを引き抜き、エルフロボに下腹部に自ら突き立て、切腹の要領で腹を切り裂いていく。
「頭のおかしい操縦方法のロボだとしても、さすがに罪悪感が芽生えますね。
ごめんなさい。しかしその切腹は見事です!」
こうして腹から取り出したるは、狂気のエンジン。
マイクロブラックホールを閉じ込め内部縮退による無尽蔵にエネルギーを供給する縮退炉である。
「電源オフ。2号炉、全力運転。
スヌーズ機能解除。
アラームまでゼロ……2! キリヤ!」
「起きろ寝坊助ぇぇぇぇええええ!」
暴走した縮退炉を叩きつけられ、さすがのCも目を覚ます。
同時に周囲に向け直葬のSANチェックを強要するサイキックウェーブが放射される。
「脱出します!」
一方、深海。昇平丸ブリッジ。
「Cの起床確認!」
「サイキックウェーブ制御増幅!」
「半径2500km圏内の認識書き換え始まります!」
「全艦離脱よ〜。
ディラックゲート開いて〜。
予定通り一時的に上位次元に位相するわ〜」
「俺達それに耐えられるのか!?」
「ナイノメが言ってるんだから大丈夫じゃないの〜?」
「なんて信用度の低い前置詞だ! ヨッシー!」
「わからん。わからんから試してみよう。
さぁ! さぁ! さぁ!」
「クッソ! こいつもマッド落してやがる!」
こうして居合わせた全員にトラウマが刻み込まれていく中。
全力でスラスターをふかし拡散する精神波の直撃から逃れようとするエルフロボなのだが、もうここまで。
「ごめんなさいお姉様! もう会えません!」
そしてキリヤの精神は崩壊し廃人もといハイエルフとなった。
異世界オカルトチャンネル7!
第12章、異世界・イン・ブラック、外なる邪神編、完!