47-3:中世ヨーロッパの最強バーサーカー騎士団「黒軍」にシンパシーを感じてみました!
「私以外は遊びでやってない、ね~」
眼の前で崩れ落ちたヨッシーをよそに、サダコ姉はナイノメに横目を向ける。
「聞いてなかったんだけど、今回のティタノマキア、敵はこの世界の神々として、お味方は~?
どうもさっき上からは尻尾を切られたみたいなんだけど~」
「邪神である私を神とカウントするのなら、現在戦闘中の兵力における神の数は1ね」
「残りは~?」
「人類種ね。この艦のクルーも全員そうよ」
ちらりとブリッジクルーを改めて確認する。
全員頬が張っているように見える。
おそらくこれはエラの名残。
彼らはマーマン、すなわち、魚人の種族なのだろう。
「赤の神々が自分達に敵対的な神々を悪魔のレッテルを張って回ったことは知っているわね」
「一応~。これは赤の神々同士のイデオロギー対立よね~?」
「そうね。そしてこの時、悪魔のレッテルを貼られた神々を信奉していた人類種は2つに別れたわ。
神々の力を分け与えられ悪魔となった者と、神々が見捨てられた者。
魚人は後者ね」
「ならこの人たちは、黒の神々によって作られた人類種ではなく……」
「元々この世界に生きていた人たち。
それを私が助けたに過ぎないわ。
ま、便利な手駒を拾っただけなんだけどね」
堂々と目の前で手駒と宣言されたクルーたち。
しかし、そこでナイノメに批難の目を向けるものは誰も居ない。
全員がそれを当然と流し、各自の作業に集中している。
「ちょ、ちょっと!
そんなこと言われて黙ってるんですか!?
それでも武士ですか!?」
「武士ではないですね」
「カツオですか!?」
「鰹節でもないですね」
「じゃぁなんなんですか!?」
むしろ武士とカツオの二択しか出なかったことが不思議だが。
そんな騒ぎ立てるゴールデンレトリバーを無視して。
「でも、手駒と言われてしまうのも頷けるな。
大天使ですらアレだ。
神々と人類の間の力の差は絶望的と言っていい。
もはや捨て駒前提の戦いしかできんのだろう」
「そんなことはないですね」
ナイノメの言葉には何の苛立ちも示さなかったクルーたちが、ユウキの言葉には明確な嫌悪感を示す。
思わずバツが悪そうに鼻の頭をかいた後で、サダコ姉の視線に気付き。
「……失礼しました」
「ちゃんと謝れて偉いわ~」
が、魚人達はそれほど気にしていた様子もなく。
「ナイ姐さんは捨てられた俺達を拾ってくれた。
そこには感謝以外の感情はありませんよ。
それに、長耳のお嬢さん」
「わ、私のことですか?」
「お嬢さん、さっきは随分とひどい目にあっていたみたいですけど、何故そちらのお姉さんの側から離れないんですか?」
ハッと自分の立ち位置に気付くキリヤ。
すっとサダコ姉の手が伸び、優しくキリヤの頭を撫でた。
言うまでもないだろうが一応明言しておくと、キリヤはマゾヒストというわけではないし、レズビアンというわけでもない。
いやまぁエルフ全体で見るとレズビアンやバイセクシャルであることはそれほど珍しいことでもない当たり前なのだが、それはさておき。
「サダコお姉様は、その、ひどいことしますし、えっちなこともしますけど……
悪い人ではなくて、ただ楽しまれているだけなので……」
「私達も同じです。
私利私欲で他者からカネや幸せを奪う者よりも、単純に楽しむだけの者の方が遥かに信用できる。
ナイ姐さんは平気で他人を裏切りますが、唯一自分の趣味だけは裏切らない。
楽しい人なんですよ」
キリヤは気付く。
この人たちは武士ではないが、自分と同じ。
真に信じられる君主を見つけているのだ。
「それに、私達が神々を前に戦えないと思われるのも心外です。
クトゥルフの最先端科学兵器。
私達はそれを扱うための訓練を積んでいます。
戦争の終わったこの世界。
かつての栄光が見る影のない練度にまで落ちてしまった大天使軍。
そんな中で私達『黒軍』だけが、現存する世界唯一の軍隊であり、神に抗える人類なのです」
「黒軍……」
決意とプライドに光り輝く目に、思わずキリヤですら気圧されてしまう。
彼らは武士ではない。
しかし、戦士であることは事実。
それも、この世界においては超常の部類に入る兵器を扱う、ゾンビとはまた違うベクトルでの世界最強の軍人集団なのだ。
「戦闘区域に入ります」
「量子潜望鏡、海面に出して」
重ね合わせ状態を維持したまま艦から切り離された潜望鏡が海面の様子を捉える。
そこではどこぞのアメリカンヒーローのスペシャルチームにしか見えない人影が、素手で船を殴りつけたり手からビームを出している。
一方、明らかにこの世界の技術水準を超越した艦船や戦闘機が海上を激しく動き回り、神々と互角の戦闘を続けていた。
その中央には、緑のリングのような構造物が浮かんでいる。
「あれがルルイエの半分よ」
「もう半分はまだ海の底か?」
「いえ、衛星軌道上にあるわ」
同時にモニターに表示されたのは、細長い特徴的な形の岩石。
3人はその形に心当たりがある。
「黒騎士衛星……」
「ただの宇宙ゴミじゃなかったのか!?」
「あなた達の世界ではそうかもしれないわね」
・ブラックナイト衛星
衛星軌道上に1万3000年前から周回している謎の物体。
ブラックナイトの名は、中世ヨーロッパにおいて騎士道精神の名の下に君主の紋章を掲げて戦う騎士の中において、あえて自分達の名誉を捨て騎士の紋章を黒く塗りつぶし、正体不明とするころで権謀術策の世界を乗り切ろうとした貴族に仕えて戦った「黒騎士」に由来にする。
正体不明の黒騎士の名の通り、人類の手によらない謎の人工衛星とされ、宇宙人による地球監視用衛星なのではないかと都市伝説界隈を騒がせている。
ただし、NASAはブラックナイト衛星をただの宇宙ゴミであると声明を出しており、実際過去にブラックナイト衛星として発表された写真の多くは地球産のロケットや人工衛星の破片だった。
月面の異星人都市やかぐや姫のミイラとあわせて、ただの作り話である可能性が極めて高い。
「それにしても黒軍の人たちはすごいです。
神々を相手にまるで怯んでいません」
「黒軍の名は伊達じゃないのね~」
「知ってるんですかお姉様?」
「私の知ってる黒軍は別物だけど、一応解説よろしく~」
・黒軍
15世紀中世ヨーロッパ、ハンガリーに存在した最強のバーサーカー騎士団。
当時の軍隊は徴兵軍が当たり前で、戦争が起きれば農民をかき集め、適当な武器を渡して軍としていた。
一方の黒軍は世界初の常備軍であり、戦争が終わっても解散されることなく給料を貰って戦闘訓練を続けていた。
そんな黒軍が最強とされたのは、当時の最新武器と最新戦術を両立させたことにある。
火縄銃を大量配備した銃隊に加え、馬上から改造クロスボウを放つ機動部隊、重武装の盾でありながら馬に乗り高い機動力を併せ持ったハンガリアンナイツ。
これらの目的にあわせて専門化した部隊を高い練度で訓練し組み合わせることで中世最強となった。
織田の鉄砲隊と武田の騎馬隊と島津の足軽隊を竹中半兵衛と黒田官兵衛の戦術で動かしているようなもの。
当然ながら給料に加え武器代もあわせ非常に高いコストがかかっていたが、そのカネは貴族から搾り取ることで回収。
反抗的な貴族は黒軍で制圧し、こうしてさらにカネを増やし黒軍が増えるという無限ループ状態で、最盛期は3万人まで膨れ上がり、当時のハンガリーは最強の名をほしいままにした。
しかし、そんな黒軍も強いカリスマで国をまとめ上げていた国王が崩御すると、高い税収に不満を覚えていた貴族たちが一斉蜂起。
給与未払状態となった黒軍は一夜で崩壊。
ハンガリー軍は徴兵軍に戻り没落する一方、黒軍の強さを散々わからされていた周辺諸国は黒軍に習った常備軍と戦術を模倣し、パワーバランスが一瞬で逆転してしまうのだった。
「なんだか物凄くシンパシーを感じます!」
「向こうはどうか知らんがな」
しかしそんな黒軍をもってしてもティタノマキアを宣言した神々は相手が悪すぎる。
普段は浮気からの鬼ごっこをしているだけの芸人にしか思えないゼウスもいざ戦場に立てば最強戦力。
ポセイドンを並んで放たれる振り下ろされる雷鎚は、最先端科学技術兵器の天敵だ。
加えてインドヒンドゥー系の神々のチートは常軌を逸しており、気軽な感覚で放たれる矢、ブラフマーストラは連射式核兵器のようなものである。
さらに遥か彼方からゴルゴ13も真っ青の必殺必中のうけいの矢で狙撃されるのだから常識で考えて勝てる相手ではない。
「正面から戦っていたら無理だなこれは」
「そもそもそれで勝利されたらこの世界終わりなんだが」
「何か策でもあるのかしら~?」
その言葉にナイノメは深く頷き。
「ルルイエを浮上させるわ」
「いや、もう浮かんでるが」
「このまま衛星軌道上まで浮上させるの。
それで、あなた達が黒騎士衛星と呼ぶものと合体させる」
「するとどうなる?」
ちらりと全員の顔を見て。
「……できるだけ聞いても大丈夫な音で発音するわね」
「あ、やめろ! わかった! わかったからやめろ!」
が、そんな嘆願も無視され。
「黒騎士衛星に眠るまつろわぬ神、大いなるクトゥルーを覚醒させ、半径2500kmの全員に精神攻撃をかけるわ」
次回、ルルイエ浮上か!? 外なる邪神編クライマックス!