47-2:海に沈むムー大陸の都市に撒かれた機雷原を突破してみた!
「姐さん。そろそろ」
「そうね。全艦潜水開始!
以後防音壁のない場所での会話を制限するわ」
「了解。全艦潜水開始。艦内隠密体制」
ここまで堂々と海上を移動してきた昇平丸だが、ここからついに深海へと潜航する。
SFにそれほど興味がない者でも宇宙戦艦と聞くとどこかわくわくしてしまうものだが、一方で潜水艦や深海探査船と聞いてもどうも宇宙戦艦ほどのトキメキを感じにくい。
宇宙が新たなフロンティアである反面、海があまりにも身近すぎるのだろう。
しかし実は、深海というのは宇宙以上に開拓が進んでいない未知の領域である。
これだけの巨大な艦が深度4000m以上の深海で平然と行動するというのは、実は宇宙戦艦以上の超技術である。
なにせ、宇宙空間には水圧が存在しないのだ。
そういった意味で言えば深海探索は、ブラックホール探索にきわめて近いとも言えるだろう。
「わくわくしてきたな」
「NHKのダイオウイカスペシャルはすごかった」
「残念ながらそこまで面白い世界じゃないわね。
それに、現在は隠密行動中よ。
メインブリッジは防音壁で覆われているから会話を咎めはしないけど、探査ライトの点灯は認められないわ」
「ようは何も見えないのね~」
「僕はソナーと3D海図を見ているだけで楽しい」
「えー! そんなのつまんないです!」
「防音壁で囲まれているとは言え大声で騒ぐなゴールデンレトリバー。
またあの部屋に送るぞ」
「ひっ!」
「あそこは防音壁がないからダメね」
「そうですダメです!」
「こいつ……」
フクレヒキガエル化するキリヤだが、ここでヨッシーが大声をあげる。
「嘘だろ!?」
「お前が騒ぐんかい。どうした」
「3D海図を見てみろ! 明らかな人工物がある!
言われて覗くと、確かに深海にタワーのようなものが散見される。
深度6000mの深海に人工物が存在することがそもそもありえないのだが、それらが深海の水圧にびくともせず形を保っていることはそれ以上にありえない。
一体どんな合金をどのような構造で組み立てているのか想像もできない。
それはもう宇宙基地だとかいう話ではない。
ブラックホール内部基地である。
「ここは……もうルルイエなのか?」
「いえ、ルルイエはまだ先ね。
つまり……わかるでしょ?」
「ムー大陸か!」
「そのとおり。
尤も、今は誰も居ない失われた都だけどね」
ライトをつけてこの目で観察できないのがどれだけ悔しいことか、筆舌に尽くし難い。
くだらない戦争などしていなければ、今すぐにでもムー大陸の探索ができるのに。
「だから戦争は最悪だ。何も楽しいことがない」
「でも正直なところ武器や兵器ってかっこよくないですか?」
「今回ばかりは同意するよ。わかる。
刀も人殺しの道具でしかないが、その刀身の美しさには芸術を感じる。
それは戦艦や戦闘機、戦車にしても同じだ。
だが考えてみてくれキリヤさん。
戦争が起きると、これら兵器は壊れるし、刀も無数に折れる」
「戦争反対です!」
そこでブリッジの灯りが若干暗くなり、赤い点滅灯が瞬いた。
警報が鳴らせないというだけで、明らかに危険アラートなことはわかる。
「機雷原です」
「先手を打たれたわね。周囲100kmに敵影は?」
「ありません」
「アクティブソナー、一度だけ最大出力で。
その後でEMD射出」
「了解」
「ちょっとまてぇ!」
ミリタリーオタクではないヨッシーには正確な意味までは理解できなかったが、何をしようとしているかは想像できた。
機雷、つまり、水中に投下された爆弾を除去しようとしているのだろう。
機雷にもいろいろなタイプがあると聞く。
ソナーとは海水において音響の反射で周辺の地形や魚群、敵潜水艦を察知する手段。
それを最大出力で一度打つということは、音に反応するタイプの機雷をここで意図的に起爆させ一掃。
後に何かしらの道具を使って残りの機雷もすべて起爆させ機雷原を突破しようというのだ。
「大丈夫。周辺の敵影はない。
位置が割れてもこの艦の速度なら撒けるわ」
「そういう問題ではない!」
「ならどういう問題なの?」
「ムーの大陸の都市遺跡が壊れるだろ!」
「あぁ……そういう」
「ソナー、打ちますよ」
「構わないわ」
「やめっ……」
高い笛のような音が響いたかと思えば、爆発の振動で艦が揺れる。
3D海図ではつい数秒前まであったタワーが折れている様子が確認できる。
「EMD、いけます」
「発射」
ついで魚雷発射管から機雷掃討用の爆薬が積まれた魚雷が発射される。
続けて3発が発射され、まもなく先ほど以上の爆発の振動が艦を揺らした。
「あの街の調査は済んでいたのか!?」
「調査なんてするわけないでしょ。
私以外は遊びでやってるんじゃないし」
「なんて……愚かな……」
膝から崩れ落ちるヨッシー。
それは、単純にオカルトが1つなくなってしまったショックだけではない。
保存されるべき貴重な歴史遺産が、戦争という最悪の行動で破壊されてしまうことへの深い嘆きだった。
ユウキとサダコ姉もかける言葉が見つからない。
「で、でも、また作ればいいじゃないですか。
クトゥルフとかの技術で……」
「あぁ確かに作れるだろう! 前よりもいいものがな!
だがなキリヤさん!
同じものは作れても、そこにあった歴史は作れないんだよ!」
ヨッシーはある意味で二重人格のような性格をしている。
科学の発展のためには手段を選ばないマッドサイエンティストの顔と、先人たちに最大限の敬意を払う学者の顔である。
この奇妙な2面性は、多くの科学者が同じものを抱えている。
彼の場合、本性は明らかにマッドサイエンティスト寄りなのだが、普段の顔は良き学者のもの。
故にヨッシーは戦争を嫌いその根絶を願ってやまなかったのだろう。
そのために、いかなる手段も選ばなかったことも含めて。