46-1:今度こそ絶対に傾国の九尾に誘惑を断ってみ……
「ちょっと待ってよ。いくらなんでもじゃない?」
「逆に聞きたいんだが、何故僕達が助けると思っていたんだ?」
「だってあなた達が私の正体をバラしたからこうなったんだし。
この後私が死んだら間接的にあなた達が殺したようなものよ。
罪悪感とか感じないの?」
「微妙に痛いところを突いてくれる」
「百歩譲って俺達に助ける動機があるとしよう。
それで俺達はただの動画配信者で別にチート能力者でもないんだが、そんな俺達にティタノマキアに抗う力があるとでも思ってんのか?」
「毎回なんやかんや乗り切っていると聞いたのだけど」
「それはそうなんだが……」
「それに、こんなこともあろうかとエルフロボに技術提供したのよ?」
「絶対嘘ですよね!?
こんなこともあろうかとって言いたいだけですよね!?
あと私もう本気でアレには乗りたくないんですが!」
「ロボに乗りたがらないのは最近のロボットアニメの主人公あるあるだから問題ないのよ~」
「お姉様はどっちの味方なんですか!?」
「私は常に私の味方よ~」
「強い者の味方だとか言い出さないあたりまだマシではあるんだが」
「わかった。それも仮に認めよう。
で、ルルイエはどこにあるんだ?
どうせ南緯48度52分、西経123度23分だろ?」
「よく知ってるわね。
いや、知っているにしてもよくすらすら数字が出るわね」
「オカルトマニアだからな」
・南緯48度52分/西経123度23分
地球上の海の中で最も陸地から離れた地点のこと。
ポイントネモとも呼ばれ、この名称はジュール・ヴェルヌのSF小説「海底二万里」の登場人物で潜水艦ノーチラス号の船長ネモに由来する。
しっかりと現実に存在する場所で、実は宇宙開発における重要な場所。
周辺に何も無いため、廃棄となった人工衛星を落とす場所に最適なのだ。
既に300機あまりの人工衛星が投棄されており、2031年には運用終了となる国際宇宙ステーションもこの場所に落とす計画となっている。
生態系が心配になるが、陸地から離れていることと海流が淀んだ場所であることが重なり、この周辺は地球上の海で最も栄養分の少ない地域でもあり、生息する生物もほとんど居ないとしてゴミ捨て場にされていることが正当化されており諸説ある。
その特異な場所故に様々な創作の題材となっており、クトゥルフ神話ではここに大いなる神クトゥルーの眠る館、ルルイエが沈んでいるとされる。
他にもムー大陸の場所であったり、オカルト全般とは縁浅くない場所。
光速299792458m/sや円周率3.14159265とあわせて覚えておくとインテリを気取ることができる数字かもしれない。
余談だが世界遺産のギザの大ピラミッドの内部大回廊の位置座標は北緯29.9792458度。
「これが噂の字幕芸ね。
面白い豆知識も加えてくれてありがとう」
「どういたしまして」
「それはさておき今は1分1秒を争うのよ」
「それならそれで最初からもう少し慌てた様子を見せてくれないか?」
「それで、ポイントネモは到達不能極の1つとされるほど行くのが難しい場所。
それはこの世界でも同じことだろう。
ティタノマキアが宣言された今、どこかしらで船をチャーターすることも不可能だ」
「キリヤちゃんをエルフロボに乗せて単身放り込むのならいいんだけど~」
「全っ然良くないです!」
「いくらキリヤさんでもスナック感覚で捨て奸をさせるわけにはいかない。
その点どうするんだ?」
「こんなこともあろうかと」
「やっぱりその前置詞をつければなんでも通ると思ってるなお前?」
「ビッグブリッジに突き刺さっていた英雄戦艦N-アルゴーを回収して再稼働可能な状態にしてあるわ」
流石傾国の九尾というべき用意周到さである。
既に外堀は完全に工事済みだ。
「ということで何の問題もないわね。
行きましょう」
「いや、改めて断る」
「ここまでお膳立てをされたとしても天照大神には義理がある」
「君子危うきに近寄らず~」
「塩撒きますよ塩!
溶けたくなければ帰ってください!」
「人をナメクジみたいに扱わないでちょうだい。
とにかく、あなた達が罪悪感では動かない冷血漢であることはわかったわ」
「人聞きの悪いことを言うな」
「ではアプローチを変えましょう」
そういうとナイノメはそっと口元を隠しぼそりと呟く。
「ポイントネモには深海熱水噴出孔があるわ。
ここが生命の起源である説はご存知よね?
本当にポイントネモ深海に生物がいないか、見てみたくない?」
「!?」
「惑星内部マントルで金が精製され、それを含まれた海底の泥に特殊なラン藻シートをつけることで回収する技術があることは知ってるわよね。
ラン藻シート、用意してあるわよ」
「!?!?」
びくりと跳ねるヨッシー。
彼の耳にはまるで最高品質のイヤホンでASMRを聞かされたようなナイノメの声が届いている。
そしてその言葉は、どんな卑猥な文言よりもヨッシーを興奮させるものだった。
「お、おい! ヨッシーどうした!?」
「バミューダトライアングルのクリスタルピラミッド。
本当にあるかどうか、その目で確かめられるわよ。
左回りで行けば近く通るしね」
「!?」
「日本人ムー人の子孫説、オカルトと笑いながらもちょっとだけ信じてるわよね?
ムー大陸の沈んだとされる場所に行けば、何か感じるかもしれないわ」
「!?!?」
「ユウキ君!? ちょっと、2人に何を……」
「ポイントネモの近くにはイースター島があるわ。
失われたラパ・ヌイ文化とロンゴロンゴ文字の秘密が記されたロゼッタストーンも見つかっている」
「!?」
「海に沈んでいるのは人工衛星だけじゃない。
太古の丸太が多く沈んでるわ。
この意味があなたにはわかるわよね?
ポリネシア人の原始航海技術と南太平洋地域の文化交流の痕跡……」
「!?!?」
「お姉様まで!? 一体何をしたんですか!?」
「N-アルゴー、あなたが名前つけ直してもいいと思うわ。
例えば、薩摩藩主島津斉彬が安政元年、琉球警備のため桜島瀬戸村造船所で建造した日本初の洋式軍艦にあやかって……」
「!?」
「そもそも海底はレアメタルの宝庫なの。
未知の金属が発見される可能性もあるわ。
それを持ち帰ってドワーフに渡せば、新たな刀が……」
「みなさん! 行きましょう!」
「そうだな! 流石に助けを求める声を無視できるはずがない!」
「僕達にどこまでやれるかは不安だが、全力を尽くさせてもらう」
「ナイノメさん、あなたを一時的に5人のメンバーとして認めるわ~。
これから私達友達よ~」
げに恐ろしきは傾国の九尾。
今も昔も、彼女に囁かれて正気を保つた者なし。
尤も、この4人は最初から正気であったとは言い難いのだが。