7-1:村から離れて暮らす騎士の師匠の話を聞いてみた!
プロモーションを含みます。
かつてこの里で大量殺人事件が起きたという仮説の元、さらなる状況証拠を集めていくユウキ。
ひとまずはまだ他に墓がないのかの探索を続けていた。
既に周辺の地理もある程度把握できたところで今日は少し探索範囲を北に広げている。
こうして里の中心部から4kmほど離れたところでまた墓を発見した。
記録されている命日をメモしていたユウキは、後ろから忍び寄る気配にまるで気付かなかった。
「動くな」
「……っ!」
喉に冷たいものが当たる。
目線だけを下に下げると、そこには木漏れ日を反射して輝く鋭利な刃物が見える。
「あ、あの!」
「森が落ち着かん。騒ぐな。
こちらの質問にのみ答えろ。
貴様、何者だ?」
「あ、そ、その、里に嫁ぐことになった人間の国の王女のお付きの騎士で……」
「嘘を付くな。
貴様のようなだらけた肉体の騎士などいるものか。
次に嘘をつけば斬る。
それで、王女が嫁ぐというのは真実か?」
「す、すみません嘘です!
ただの一般人です!
で、でも、俺達キリヤに頼まれて……」
「キリヤだと?」
首元に当てられていた刃が降ろされ、背後の声から殺気が消えたことがなんとなくわかる。
恐る恐る振り返ると、そこに居たのは長と同年代と思われる長齢のエルフだった。
「あなたは……」
「ついてこい。
まだ祖の墓を辱める人間を許したわけではない」
逃げることもできず女性についていくことになるユウキ。
下手なことを言えば殺されかねない状況であることは事実だが、キリヤの名を出して剣を引いてくれたこと、そしてなによりエルフでありながら剣を使うこともあり、彼はひとつの予想から現状をさらに進む鍵を期待していた。
(おそらくこの人が、キリヤの師匠の騎士。
そして……もう1人の生き残りだ)
こうして数十分の後、案内されたのは森の中に作られたログハウスだった。
「ホロゥじゃないんですね……」
「男はホロゥには入れんのだから都合がよいだろう。
それに、このあたりの木はまだ若くホロゥにはできん」
確かに周りの木の幹の太さはホロゥが並ぶ里の中央部に比べて細い。
上を見ればかなりの範囲の空が見えるあたり、まだこのあたりが森としては若いことがわかった。
女性はログハウスに入り、目でユウキに座るように促すとお茶を淹れ始めた。
「あ、おかまいなく……」
「む。冷静に考えればその通りだ。
今から無礼を問い詰めようというのに私は何をしているんだ」
そう言って魔法瓶を置き、手ぶらで戻り机を挟んで腰を下ろした。
(やっぱりキリヤの師匠だなぁ。
なんか抜けてる感じがするし……いや、もしかして……キリヤの母親なのか?)
やれやれと額に手をあてる女性。
一呼吸をおき、改めて切り出した。
「キリヤとはどういう関係だ。
そもそもお前は何者だ」
「えっと……信じてもらえるかわからないんですが、全部ほんとのことを話します。
実は……」
こうしてユウキはこれまでの経緯を話し始めた。
オカルトを探る動画を別世界で作っていたこと。
この世界に転移してしまったこと。
アップフィルドでキリヤと出会い、ゾンビの奇祭の謎を解いたこと。
そして、悲しそうな顔をしていたキリヤに里に誘われたことまで。
「なるほどな……」
ところどころニュアンスが伝わらないものについては説明を求められたのだが(実際動画チャンネルという概念を伝えるのは難しかった)それでもこちらの話を疑う様子もなく女性は聞きに徹してくれた。
そして今、一通りを話し終えたタイミングでふと立ち上がり背を向ける。
「改めて茶を淹れよう。
やはり客人のようだ。
弟子が世話になったな」
「弟子ってことは……」
「あぁ、すまない。
自己紹介が遅れたな。
私はプリング。
キリヤの師匠であり、最後のエルフの騎士だ」
やはり予想は正しかった。
しかし。
(最後のエルフの騎士? なら、キリヤはなんなんだ?
まさか自称? いや、案外ありえるな……怖い話苦手の小動物系ポンコツ騎士だし……)
こぽこぽとお湯の音だけが室内に響く。
ふわりとしたフローラルな香りが立ちあがる。
だがその香りは微妙に異なる。
・エルフの◯◯ハーブティー
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「どうだ?」
「美味しいっす!」
「それは良かった」
ふっ、と優しく微笑むプリングさん。
ふわりとハーブの香りとが違う別の香りが髪からただよってくる。
(あ、いいシャンプー使ってるな……)
プリングさんは美人である。
長と同年代だとすれば人間換算で140歳オーバーのはずだが、まるで老いを感じない。
正直、サダコ姉よりよほどタイプだ。
是非髪を切っているところを見せて欲しい。
「それで? どこまで調べがついた?」
「あ……」
邪な想像に流れかけた頭をリセットし、ユウキは少しだけ悩む。
サダコ姉がエルフ達の地雷を踏まないよう細心の注意をはらって聞き取りを進めていたことを知っているからだ。
下手なことを言えばサダコ姉の努力を無にしてしまうし、なにより自分達の立場が危うくもなるだろう。
しかし、この人は……信用できるような気がする。
そう判断し。
「今から約1万年前、この里で大量殺人事件があった。
そしてその犯行は、おそらく里の座敷牢に監禁されていた者の凶行」
「なるほど。
焼肉祭の謎を解いたというのも頷ける」
「それじゃぁ……!」
「あぁ。君の推理通りだ。
里の者が話すはずもないだろうに、よく状況証拠から調べたものだ。
なら、私に聞きたいこともあるだろう? 私は……」
「長と同じ、今に残る当時の生き残りの1人だから」
プリングさんは小さく頷いた。
穏やかだった表情は凍りついたような能面に変わっている。
「だが私も里の者と同じだ。
この話はもう忘れたいと常々思っている。
プラムのやつもそれを望みこの里をまとめているし、すべてを話すには長くなってしまう事情もある。
故に1つ。
1つだけ質問に答えてやろう。
それ以外はもう何も話さない」
ユウキは悩む。
聞きたいことは無数にある。
事件の日のこと、犯人のこと、生き残ったエルフ達のこと。
少し悩んだその口から出た質問は。
「キリヤは……何故悲しい顔をするんですかね」
そんな問いだった。
これはプリングさんも予想外だったようで、作られた能面がぽろりと落ちてしまう。
「感情など個人それぞれだろう。
私にわかるはずもない。
それこそキリヤに聞けば良いだろう」
「でも、あんな普段はバカみたいに明るいキリヤが悲しい顔をするんです。
聞けるわけがないでしょう」
「……はぁ。君、人が良すぎると言われないか?」
「幼馴染からよく言われますね。
あと、それに……俺達は3人で異世界オカルトチャンネルなんです。
謎は俺達3人で解き明かしたい。
すべてを知ってる人に答えを全部聞いて、それを偶然聞き出した俺だけの手柄ってのはどうにも納得できないんですよ。
あと、再生数も伸びません」
「ふっ……ふふっ……ははははは!」
プリングさんは大笑いをはじめ。
「やはり、人間の男は面白いな。
久しく私も子種が欲しくなる」
「勘弁してください」
「こんな老婆は流石に嫌か?」
「あぁ、いや、そういうわけじゃ……ええと、なんて説明したらいいのかな、その、俺は……」
「ふふっ。かわいいやつだ。
冗談だよ」
自分のフェティシズムの解説を避けられたことは素直にありがたい。
「さて。そうだな、キリヤの悲しみの理由、か。
まぁ本人から聞いたわけではないから、不正確である可能性は否めないが、おそらくそういうことだろうというものはある。
大方自分に魔法が使えないこと、そして、あいつの亡き両親のことだろうよ」
そしてプリングさんは、長い過去の一部を語り始めた。
「私に言わせれば魔法が使えないエルフなんて珍しくもなんともなかった。
私が小さい頃は、だいたい8人に1人は魔法が使えなかったからな。
そんなエルフは皆騎士になる。
私やキリヤのようにな」
「それじゃ、プリングさんは……」
「あぁ。私も魔法が使えん。
まぁ、今ではこんな便利なものもあるし、そう生活に苦労することもなくなったがな」
魔法瓶を軽く撫でて話は続く。
「だが今のエルフから魔法が使えない者は生まれないはずだった。
そんな子が生まれぬよう、己の人生を賭けたやつがいたんだ」
ハーブティーを軽く口に含み、ふぅ、と息を吐く。
「だから私は最後のエルフの騎士になるはずだった。
しかし……キリヤは魔法が使えなかった。
それが何を意味するのか、里の者は理解していた。
そしてキリヤの両親は……自ら、森に還った」
森に、還る。
その意味はユウキにも想像できた。
――おおよそ300年前だな。
それより前となると、木の成長で消えてしまうのかもしれん。
人は二度死ぬ。
最初は心臓が止まった時。
二度目は誰からも忘れられた時。
そしてエルフの二度目の死とは、木に刻まれた命日が消える時なのだろう。
おそらくそれが彼らの精霊信仰だ。
むしろ、それを二度目の「死」と考えるのは人間だからなのだろう。
エルフと人間は異なる時間を生き、それは異なる宗教的価値観を構築する。
「誰もキリヤを疎ましく思うことはない。
それはあいつの両親に対しても同じだったはず。
エルフは皆等しく1つの森だ。
森が誰かを差別することなどありえない。
だが、愛という思いはそう簡単な話ではないのだろう。
だから2人は、森に還るしかなかった。
私はそう思って納得しているが、キリヤにはそれができんのだろう。
それがあいつの顔の理由だよ。
あいつには、自分の両親を追いやった存在しない里の圧力が見えているんだ」
「愛……」
謎は解けるどころかさらに深まってしまった。
新たに湧き上がってきたさらなる疑問。
しかし、既にプリングさんのティーカップは空になっていた。
「ありがとうございます。
素敵なお話でした」
「バカ弟子を頼むよ。
私はまだあの子を、騎士として認めていない」
「あ、やっぱ自称だったんすね」
ログハウスの中に、2人の笑い声が響いた。




