6-3:エルフの墓から見えてきた大量殺人事件の秘密を追ってみた!
――翌朝、早朝
「そして両辺を割って……いや、しかし。
いくら宇宙が数学で書かれているとはいえ、この式はあまりにも……だがこの式が示す通り、超ひも理論ではこの宇宙は……」
無意識化に手が伸び、ユウキが淹れていたハーブティーを口に含むヨッシー。
そしてそのままもう一度最初から計算をやり直そうとした、その時だった。
「ん? 誰かいるのか?」
ふと後ろを振り向くヨッシー。
その目には確かに階段を登っていく足元が見えた。
一瞬のことだったが足は太く、おそらくは男性のもの。
それは聞こえた足音の大きさからも想像できる。
「ユウキ?」
そのまま魔法ランプが照らす薄暗がりの中で階段を上がり、開けた森の中に出る。
きょろきょろと周りを見渡すと、南の木陰の後ろに消えていく背中が確かに見えた。
「おい、ユウキ!」
影を追って木陰に近づくヨッシー。
一方その頃。
――おい、ユウキ!
眠い目に手が伸びる。
幼馴染の声。
また何かあったのだろうか?
ゆっくりと体を起こすが、座敷牢の中は自分ひとりだけ。
居るはずの幼馴染の姿はない。
寝ぼけた思考がクリアになると同時に背筋に寒いものが駆け抜ける。
「あの野郎! 血迷ったか!?」
階段をかけあがり、きょろきょろと周りを見渡すユウキ。
すると木陰にヨッシーの影が消えていく姿が見える。
「バカ野郎!」
叫んで駆け出すユウキは、すぐに木の前で呆然と立ち尽くすユウキの背中を掴む。
「え? ユウキ? お前、どこから……」
「何言ってんだ!? いい加減冷静になれよ!
科学だ科学だっていうが、それで男として大切なものを捨てるなんてありえねぇぞ!」
「いや、お前何言って……そもそも僕は何を……何故こんなところに……ん?」
木の幹を眺めるヨッシーの目に光が灯る。
「数式……?」
「まだ言ってんのか!?」
「違う。これは数式じゃない」
刻まれていた数字は6桁の後に点がうたれて1桁。
ヨッシーは同じ数列を見たことがある。
それが刻まれた場所。
それは、ゾンビの里アップフィルドの、ゾンビたちが眠る墓標だ。
「日付だ。これは……エルフの墓だ」
隠されたエルフ因習文化の背中。
ついに2人は、その影を捉える。
「ティーガーデン星?」
「あぁ。現在発見されている太陽系外で人類が居住可能と思われる環境を持つ惑星の数は28個。
そのうちで、最も人類の居住に適していると思われるのが、地球から離れること3.8パーセク、すなわち12.39光年先、恒星ティーガーデンの周りを公転する2番目の惑星、通称ティーガーデンbだ」
「なるほど。
そいつはロマンのある話だ。それで?」
「ティーガーデン。
聞いたことはないか?」
「いや、生憎俺は宇宙にはあんまり興味がなくてな」
「日本語に直訳してみろ」
「えぇ? えーと……ティーはお茶で、ガーデンは庭ってとこか。
続けて茶庭……ん? これどっかで……」
「あぁ。アップフィルドのキユタカ村長から聞いたよな。
この星の空の太陽にあたる恒星の名前だ」
「それだ! って、ちょっと待て! ならこの異世界オルコットンは、そのティーガーデンbだっていうのか!?」
「可能性の話だ。
少なくともティーガーデンbから4色の月は見えない。
だが、もしもあの恒星がティーガーデン星であるなら、この世界の公転周期もわかる」
「公転周期って、ええと……ようするに1年だよな? 地球で365日」
「うるう年があるから、正確には365.25な。
それで、ティーガーデンbの公転周期は、4.91だ」
「はぁ!? ならこの星の1年は、わずか5日ってことか!?」
「そうなるな。
つまり、同じ年月でも表記にするなら地球の年号の約74倍になるということだ」
「ちょっと待て! なら、エルフの年齢は……」
「74分の1で考えた方がいいかもしれない、ということだな。
そうなるとキリヤの歳は21だし、サダコ姉が会ったという9800歳のエルフも132歳ということになる」
「やっぱりド長寿じゃねぇかよ!」
「まぁそうなんだが……」
ちなみに、鎧ゾンビの言う100年50年という単位は自分達が知る年の流さそのままのカウントで、歳を数える時だけ5日でカウントというのがヨッシーの仮説だ。
この数字のずれは、自分達が何故か明らかに異文化圏の世界でご都合主義的に日本語が使えてしまっている故の不思議からの解釈になる。
「さて。そうなると仮にこの星の歴史が人類と同じ2000年のカウントがされているとして。
2000を74倍するといくつだ?」
「え? あー……1万4800?」
「……14万8000な。
ここで重要なのは、6桁だということだな。
これが7桁になる場合、1万3000年以上の歴史が必要になる。
実際地球人類の歴史は1万3000年前にはもう始まっており、北米では最古の足跡が発見されている。
しかし、暦を理解し年号を定めるとなればそれは遥かな過去すぎる。
もしもこの世界で1万3000年前にそれだけ高度な文明が芽生え今に続いているのなら、この世界はもっと科学的発展を遂げているはずだ。
つまり、この世界の年号は5桁か6桁で記録され、そこに日付として1から4の1桁が加わるということになる」
「頭がぷすぷすしてきた……」
「とにかく。
この世界の日付は5桁ないし6桁に1~4の数字で書き表せることになる。
これはアップフィルドの墓地に刻まれていた数も同じだ。
それと同じ数がこの木に掘られている。
つまりこれが、エルフの墓だと考えられるということだな」
「なるほど。
木を墓にするって発想はなんかエルフらしくていいな。
しかし、墓かぁ。他にはないのか?」
「このあたりにはないな。
だが他にも森の中に同じような数字が掘られた木があるかもしれない。
探してみよう」
「おう! いやぁ、ついについにって感じだな! わくわくしてきたぞ!」
「それは結構だが、少々不謹慎だな。
この下にはご遺体が眠っていることを忘れるな」
「おっと、そうだな。わりぃ。
一応しっかり手をあわせて祈っておくか」
それから事情をサダコ姉と共有。
昨日に引き続きサダコ姉がエルフ達の中でマインスイーパーに励む中、2人は森の中の墓標を探していき、夕方に座敷牢で合流となる。
「ヨッシーの考えは正しかったよ~。
それとなく日付をきいたら、今日は12万2840年の3日だって~」
「地球暦換算で1660年か。
中世だな。それで、ユウキ」
「おうよ。
今日1日で発見した墓の数は全部で271個。
その中で最も古い数字は9万9800だった」
「1348年。おおよそ300年前だな。
それより前となると、木の成長で消えてしまうのかもしれん」
「だな。で、面白いのはここからだ。
この271個の墓のうち、147個と半数以上に同じ日付が彫ってあるんだよ!
その日付は、11万2462年、2日」
「1519年。141年前。
この星のカウントでなら、1万378年前だ」
「そうなるな。
半分以上の墓標に刻まれた同じ命日。
これが意味するものはつまり」
「この日、エルフの森で大量殺人事件が発生した」
ごくりと全員が息を飲む。
追ってサダコ姉が2日の聞き取りで作り上げた村のエルフの名簿を取り出す。
「それで、これを見て~。
名前の隣にあるのはそれとなく聞き出すことができた年齢ね~。
2日で話が聞けた人数は81人。
これでおおよそ村のエルフの8割みたいね~」
「人口100人あまりの集落ってことか」
「で、そのうち年齢を聞き出せた人数は58人で、それがこの数字なんだけど……一番上が9972歳で平均は7000代。
というか明らかに7000歳代が多いのよね~。
多分この頃にベビーブームがあったんだと思うわ~。
ともあれ、ここで不思議なのは~……1万歳を超えるエルフが1人もいないってこと~」
「エルフの寿命は?」
「おおよそ1万3000歳くらいらしいわ~。
おかしいでしょ~? で、話によると今この里に1万歳を超えるエルフは2人しかいないらしいの~。
その片方があの長のリトルプラムさんね~。
さてじゃぁユウキ君~? 私達のチャンネルのリーダーとして、ここまでの情報をまとめてもらえるかな~」
「あぁ」
軽い咳払いをはさみ、ユウキは情報を整理する。
「今のサイドグルーヴの人口は約100名あまり。
だが今から約1万年に、150名あまりの人口が犠牲となる大量殺人事件が発生している。
今の住民のほとんどはもうその当事者ではないが、唯一長リトルプラムともう1人、その当時を知っているエルフがいる。
俺はこの仮説から、日本で起きたある事件を思い出したよ。
有名な名探偵が登場する伝説的なホラー映画や、平成の同人界隈で大ブームとなった猟奇ホラーアドベンチャーゲームの元ネタとなった、1938年に岡山県の苫田郡西加茂村大字行重、現、津山市で起きた日本史上最悪の1人の犯人による無差別殺人事件……津山三十人殺しだ」
・津山三十人殺し
当時は不治の病とされていた肺結核で幼い頃より村内の腫れ物として扱われていた男性、都井睦雄当時21歳が、凶器の散弾銃と日本刀を手に1938年5月21日深夜1時頃より次々と村の家に押し入り住民を殺害していった事件。
死者30人、うち即死28人、負傷者は3名。
犯人は凶行の後で家に戻り遺書をしたため、村近くの峠の山頂にて猟銃で自殺。
犯人死亡のため、不起訴となっている。




