39-2:初歩的な問題に気付かない人間をバカにしてみた♡ ざーこざーこ♡
次にヨッシーが挑んだのは1つ目のハードル、この世界における量子的重ね合わせの証明だった。
これには今の時代にはない実験器具が必要になるのだが。
「よし! ユウキ! 魔法で光の粒を1粒だけ出してみてくれ!」
「おうよ。いくぞ」
魔法がそのブランクを埋める。
本の売上に加えキリヤのサポートもあって、ユウキもここから実験に協力できるようになったのだ。
こうしてかの有名な実験が異世界で行われる。
「ほんとに光が2つの性質を持つのか?」
「それがこの二重スリット実験で証明できる」
・二重スリット実験
世界一美しい科学実験の名で知られた量子力学の基礎的な考えを形作る実験。
光を構築する何者かが粒の形とした原子なのか、波上に広がるエネルギーなのかを確かめる。
詳細は省くが、ここでは2つだけ把握してもらいたい。
1つは、光は2つの特性を同時に持つという常識では理解できない性質を持っていたこと。
もう1つは、この実験に派生して行われた量子消しゴム実験の結果から「人の意思は世界を変える」というようなスピリチュアルな主張と量子力学を結びつけた怪しげな本が今も流行しているが、これらはすべて勘違いと嘘にまみれた最悪のオカルトだということだ。
スピリチュアル本は別にあってもいいと思うが、そこに量子力学を絡めた本はすべて焚書したい。
なお、世界一美しい科学実験と呼ばれる理由は、この実験の結果として現れる光の線がとても幻想的で美しいため。
その気になるとご家庭にある道具でも再現は可能。
「へぇ、こりゃ綺麗な結果になったな。
確かに世界一美しい実験を名乗れるぜ」
こうしてヨッシーは量子力学100年の歴史を1人で進んでいくことになる。
いや、1人というべきではない。
何故なら今の彼には魔法が使えず、これらの実験は付き合ってくれるユウキの存在がなくしては不可能だったためだ。
この世界のユウキとの付き合いはわずか数ヶ月。
ヨッシーはそれより前のことを知らない。
だが、そのたった数ヶ月で、ヨッシーにとってこの世界のユウキもまた、「親友」と呼ぶに相応しい存在になっていた。
故に量子力学100年の歴史を進むのは1人ではない。
固い友情で結ばれた2人なのだ。
と、ここまでは順調だった。
しかし……
「……ダメだ。何度観測しても結果が一致しない」
ここでついに計画が暗礁に乗り上げる。
その理由は、最も簡単だと思われた惑星の運動ルートの証明だった。
先にも示した通り、この観測に高度な観測機器は必要ない。
前提となる知識や方程式も、量子力学の方で使用されるシュレーディンガー方程式に比べれば遥かに容易である。
確かにこの世界は天動説に地動説に加え、世界が亀の上に乗っているとか世界全体が大木であると言ったような様々な世界が重ね合わせの状態になっており、それが観測に誤差を発生させる可能性は予測されていた。
しかし、幸いなことにこれらの重ね合わせの誤差が見かけの世界に与える影響はゼロであることがここまでで既に証明された。
つまり、結果的に言えばこの見かけの世界は地球と同じ地動説。
厄介な宗教弾圧をかけてくるC教のような組織も存在せず、すべての答えを知っているヨッシーが惑星の公転軌道を計算できないはずがないように思えた。
だが、罠は見えるところに堂々と存在していたのだ。
「月だ! 月が4つもあるのが問題なんだ!」
できるだけ簡単に説明しよう。
まず、何も無い宇宙に惑星を投げたとしよう。
宇宙では摩擦などによるエネルギーロスが発生しないため、投げられた惑星は投げた際の速度で永遠に同じ方向へ同じ速度で直進する。
これは極めてシンプルでわかりやすい。
さて。惑星は重力を持つ。
重力に関する説明だが、巨大な質量を持つものが磁石のように他の物質を引き寄せる性質を持つとだけ考えてもらえれば良いだろう。
となると、もしも巨大な太陽が1つだけある宇宙で惑星を投げた場合、この惑星は太陽の重力に捕まり、太陽の周りを回るようになる。
ジャイアントスィングや砲丸投げのような状況をイメージするとわかりやすいだろう。
そしてこの時、惑星も重力を持っているため、ほんのわずかにはなるだろうが太陽の位置も変えることになる。
このように、2つの天体の動きを計算する場合、互いの重力が互いに与える影響を考える必要が発生し、少し難しくなる。
ただ、これも現代では問題なく数式で解くことができる。
ところがここで3つ目の天体が加わった瞬間に話が飛躍的に難しくなる。
お互いがお互いの重力で引き合う3つの天体の動きを計算することは、現代数学と宇宙物理学をもってしてもシンプルな答えが出ていない難問だ。
これこそが、三体問題である。
三体問題は確かに難解だが、答えに限りなく近い値を計算することはできる。
実際に地球と太陽と月の運動は現在ほぼ問題の起きない範囲で計算ができていた。
つまり、3つまでなら問題ないということになる。
だがこの星の月は4つある。
三体問題の倍、六体問題。
そんなもの、解けるわけがないのだ。
「まさか……こんな初歩的な!
最初から見える場所に存在した問題に躓くのか!?」
ヨッシーはどうにか問題を解く方法、もしくは、月を無視して軌道を計算する方法を模索する。
銀河ネットへのアクセスが可能だったが、世界の重ね合わせ理論に関するすべての情報はまるで宇宙に検閲官が存在するかのようにアクセス不能となっていた。
ヨッシーが確認できるのは地球で2025年までに確立している数式とデータのみ。
そしてそれは、この惑星の動きを完全に計算するには、あまりに情報が足りなすぎる。
――しかしヨッシーさん。
申し訳ないのですが言わせてください。
あなたは確かにとても賢いとは思いますが……
あの夜のルチの言葉が頭にリフレインしていく。
そうだ、ここから先は天啓が必要。
そしてヨッシーは……
「僕は、天才ではない……!」
だがそれでも彼は諦めない。
ニュートンも、アインシュタインも、ホーキングも、天才ではなかった。
皆ただがむしゃらに諦めずに努力してきた。
だからこそ、天啓が降りた。
確かにヨッシーは今はまだ天才ではない。
だが、未来永劫天才ではないとは言い切れない。
――全知とは、思ったほど楽しいものではない。
どれだけ努力しても回避できない絶望を知ることは、人の身には耐え難いだろう。
「黙れ」
――でも、大丈夫ですよ。
私達は生まれついての神ではありません。
全知になど至れない。
そう約束されているからこそ、私達は全知を目指せるのです。
それもまたパラドックスでしょう。
「黙れ!」
――もう諦めましょう? これはただの並行世界の夢。
張り扇を鳴らせば夢から目覚めます。
夢オチは約束されているんです。
「黙れ悪魔め!! 僕は絶対に!! 絶対に諦めない!! 何故ならば……」
「この数式を解いた人物も諦めなかったのだから!!」
――なぁ、ヨッシー。
今さっきの実験の結果なんだが、俺にはどうにも……
「黙れ!!!!」
振り返った、そこにあったのは。
「あ……いや、なんか、すまん」
今日まで二人三脚で頑張ってきた、親友の顔。
そしてこの日から、二人の友情に亀裂が入る。




