38-1:錬金術師の調合作業を観察してみた
困惑しつつもどうにか状況を把握し事態解決のヒントを考えるヨッシー。
一方で、この状況の中で気になることがある。
「なぁユウキ。僕は錬金術師なんだよな?」
「当たり前だろ。ずっと俺達で頑張ってきたじゃないか」
「そうだよな……すまない。少し今日は夢見が悪くてな。
しばらくお前の仕事を見ていても構わんか?」
「なんだよ、この忙しい時に。さっさと仕事はじめろよ」
「あぁ、すまんな」
そう言うとユウキは慣れた手つきでビーカーを用い薬品を調合し、加えて鉱石やカエルやトカゲなどを大鍋に放り込んでいく。
(見た目はユウキだが、やはり別人だ。
何より、ビーカーの扱いが大学院卒でもかなりの上位。
この手際で調合ができるアシスタントは正直ずっと欲しかった)
元々大学院付随の研究所で働いていた男である。
目の付け所が違う。
(しかし、使用する材料がなんともファンタジーだな。
この大釜もまさに御伽話に出てくる魔女の大釜。
見慣れた道具はビーカー、フラスコ……あれはひょっとして遠心分離機か?
他もなんとなく使用用途がわかるな……この体の記憶なのか?)
遠心分離機と思われる機材に触れてみるヨッシー。
自然と手が動き蓋を外し内部の構造を確認する。
やはり遠心分離機だ。使い方も体が覚えている。
(しかしこれは何を作っているんだ?)
ユウキが手に取った素材の瓶を確認する。
粉類や薬品類には名前が書かれており、半分は日本語で読めるのだがもう半分は読みの音しかわからない。
おそらく地球にはないものだろう。
硫酸や水銀と書かれたラベルの下には注意を示すドクロマークがついている。
つまり、未知の素材でも同じマークがなければ大丈夫らしい。
塩酸とヨウ化カリウムにはマークがあり、過酸化水素水とメタノールにはマークがない。
基準はそのあたりか。
(今回一番多く使用した薬品は正体不明。
若干の粘度があるが、危険物ではない。
匂いは……ないな。
それと乾燥した何かの実。
ブドウか? レーズンのような甘い香りがする。
これはハチミツか。
もしかして、最初の薬品はグルテンを含む何かか?
それにグルコースとフルクトースを脱水縮合させてスクロース、砂糖を作っている……のか?
いや、だとしても)
それらがすべて投げ込まれたのは魔女の大釜。
明らかにここは脱水縮合を行うには不向きな環境だ。
そこにさらにカエルやトカゲ、蜘蛛などが放り込まれていくのだからやはり食べ物を作っているとは思えない。
そもそも大釜には汚れがこびりついている。
(……北千住あたりのもつ煮のうまい立ち飲み屋で使われていた料理鍋のようだな。
僕が「これ、保健所の審査とか大丈夫なんですか?」と聞いたら、思いっきり笑われただけで何も答えられなかった。
おそらく「そういうこと」なのだろう。
もつ煮は実際うまかったのだが。
あのハチノスでまた酒が飲みたいな。
今は無性に酒に逃げたい)
この店のことはフィクションということにしておこう。
設定によると、都電荒川線の終点の三ノ輪橋あたりにあるらしい。
(材料を測るところまでは真剣に見えたのだが、鍋に放り込んでからが雑すぎる。
巨大な木のヘラのようなもので混ぜているが、そのヘラの先端に前の調合時の試薬が残っていたぞ。
化学実験ならこの時点で終わりだ。
そもそもこの大釜の中を満たしている液体はなんだ?
まるで見当もつかんが……いや、この反射光には覚えがある。
レアエーテルとやらか!)
上位次元に分子構造が伸びていく元素であり魔法の触媒、レアエーテル。
よく見ればユウキの手からも若干の輝きが見える。
なるほど、単純に撹拌しているだけではなく、この時点でも魔法を使用しているらしい。
(魔法……僕にも使えるのか?)
なんとなく手に力を込めてみたところ、若干の発光現象が確認できた。
これはレアエーテルの霧で満ちていたミストンの街と同じ現象。
工房の中にレアエーテルが満ちているのか?
なんとなしに窓を開いて腕を手の外に出して同様の感覚を込めてみたところ、こちらでも発光が確認された。
どうやら環境依存ではなく魔法が使えるらしい。
(しかし……今は何もできないな)
例えば、人間は声を出すことができる。
人間の喉の形は人種民族に関わらず共通である。
しかし、日本人は英語にしかない発音を出し方には苦労する。
また、その音を出せるようになったとして、その音を使用する言語を知らなければどうしようもない。
今のヨッシーは魔法という音を出す機能はあっても、音の出し方はわからない。
出せたとしても、その音をどう会話に使用するかもわからない。
故に今のヨッシーは魔法が「使えるだけ」なのだ。
「よし、ほらよ。お前の分」
ユウキが鍋の中に手を突っ込み(あの液体は素肌で触れても問題ないらしい)中から何かを取り出し、ヨッシーに向かって投げる。
反射的に受け取ってしまった手の中にあったのは。
どうみてもシュークリームだった。
「そうはならんだろ!」
「なっとるやろがい」
「いやいや! 確かにグルテンと砂糖はわかる! カエルは!? トカゲは!?」
「触媒だ。材料じゃない」
「なんで表面のクッキー皮が焼き上げたみたいにさっくりしてるんだよ! 鍋の中から出したのに!」
「これはレアエーテルだ。別に水気に浸したわけじゃない」
「中のクリームが冷えてるのはどういう理屈だ!?」
「そのために水のマナを持つカエルを触媒にしたんだろう」
ダメだ。完全に理解が追いつかない。
確かにスクロースを化学反応で生成したという点でだけ言えば化学の理論が使われているように見える。
しかしそもそもの土台がまるで違う。
地球の科学とはまるで違う概念が技術体系の根幹にある。
こんなものどうしようもない。
ちなみにユウキはシュークリームは回収する時は雑に素手で腕を突っ込んだのに、今回は慎重に巨大なトングのようなものを使い鍋の底からカエルを回収した。
入れた時緑だったカエルは赤く発熱し、見た目にもかなりの熱を持っているように見えた。
ユウキはそれをトングでつかみ、容器に戻す。
どうやら水のマナとかいうファンタジーなキーワードを出しておいて真面目に触媒として使っていたらしい。
「で、食わんのか? なら俺が貰うが」
繰り返すが、手の中にあるのはどうみてもシュークリームである。
しかしこれは先程まで北千住のもつ煮屋で使用されている鍋の中に入っていたもので、そこには平然とカエルやトカゲ、蜘蛛などが投げ込まれている。
保健所の人、早く来てくれ。
だがもう一度繰り返すが、どうみてもシュークリームなのだ。
焼き立ての暖かさがまだ残っており、バニラビーンズの香りもする。
これは駅やおしゃれなショッピングモールで今どきのギャルや並んで購入し写真を撮ってSNSにアップして映えを狙うスイーツだ。
甘い香りはハチミツのものであり、ハチノスの物ではない。
脳がバグる。
「ええい! ままよ!」
それでもしっかり食べられるのがヨッシーという男である。
素直に尊敬できる。
「……シュークリームだ」
「そりゃそうだ」
「イチゴのフレーバーもする」
「あ、そこは今回の一工夫だな。
どうだ? 売れそうか?」
「僕はよくわからんが、作っている様子さえ見せなければ女子高生にもバズるだろう」
「そうかそうか! じゃ、次から商品リストに加えるかね!」
改めて材料にしたものを見るのだが、そこにイチゴはない。
まぁ、言ってしまうならいちごシロップにいちごなんて使われてないわけであって、合成甘味料を平然と使用する地球のお菓子と何も変わらない。
むしろこの異世界の人間が地球のお菓子工場を見たらドン引きするのかもしれない。
常識とはそういうものだ。




