6-1:エルフ因習村の調査を開始してみた! が……
「あの子、エルフなのに魔法が使えないのよ」
「騎士とかエルフのジョブじゃないわ。恥さらしよ」
「弓も下手くそなんだって。
信じられない。ほんとにエルフなの?」
「早く里から出ていってもらえないかしら。
適当な馬の骨でも捕まえてさ」
「あ、あの……」
「いこ」
「あ……」
エルフに生まれながら魔法の才のなかったキリヤ。
幼い頃から後ろ指を指され続け、それでもなおこの世界で生きるため、騎士の道を選ぶしかなかった。
同じエルフなのに、ただ魔法が使えないというだけで、何故自分がこうも言われなければならないのか。
サイドグルーヴはキリヤの生まれた場所でありながら、決して故郷ではない。
そこに彼女の「心が帰る家」は存在しないのだから。
「という予想だったんだけどさぁ」
大勢の笑顔のエルフたちに囲まれるキリヤには思わずユウキもジト目になる。
「キリヤさん、ご結婚おめでとう!」
「サダコ王女も、とても素敵な人よね! 羨ましいわ!」
「あぁ、私もあんな素敵なお姫様と恋に落ちてみたいわー!」
「そうだよねそうだよね! いいなぁ騎士! 私も騎士になりたいなぁ!」
「キリヤ様、私達に剣を教えて下さい!」
言うならばまるで女子校のアイドルのようなわっしょい具合。
中心のキリヤもまんざらではない。
「……なんか逆にイラっとするな。
どうよ、ヨッシー」
「できるだけ痛みのない去勢方法……女性ホルモンの接種……」
「科学に恋するあまり俺の幼馴染が道を踏み外そうとしている」
ユウキの胸の内のむらむらは最高潮に達した。
もう我慢などできない。
股間にわなわなと手を伸ばす幼馴染を無視してユウキはエルフ達の輪に近寄っていく。
「やぁ君達! 少しいいかな!?」
「あ、サダコ王女の騎士様!」
「いかがされましたか?」
「実は、ちょっと聞いてほしい話があってさ」
「ひっ……! だ、ダメですみなさん! この方の話は……」
「どうしたのよキリヤさん」
「外の世界の騎士様のお話、是非聞かせてください!」
「ほら、キリヤ様もいっしょに」
あわわと慌てるキリヤの怯えた表情をにやりと舐めて。
「これは女子校に通っていた女性からの話でな。
仮に名前を……」
そしてユウキの独演会fromヤツマの森サイドグルーヴが始まった。
「それからすぐに、引っ越すことになった。
今でも彼女は、ケーキが食べられないそうだ。
ご清聴ありがとうございました」
「う、うわぁぁああ! 怖かったぁ!」
「でもすごく面白いお話でした! 人間の感情って怖いけど面白い!」
「他にもそういうお話ないんですか!?」
「いいなぁ。
キリヤ様はいつもユウキさんのお話を聞いて……キリヤ様?」
「えっ!? 目をあけて立ったまま気絶している……!?」
「流石ですわキリヤさん! 騎士は気絶してなお背中を見せないのですね!」
こうしてユウキの初日は女性だけの百合の園でのちやほやハーレム体験を楽しむことに終わる。
一方で。
「わぁ! 9800歳だなんて、とても見えませんよお~。
こんなにお若いのに~」
「あらあら嬉しいこと言ってくれるわね」
「人間と私達では生きる時間が違うからねぇ」
「でも、キリヤに嫁入りした後は、この里で暮らすのでしょう?」
「あ、それはまだ~……お父様を交えていろいろと相談して~……」
「お父様ですって! いいわねぇ。
私達みんな、お父様なんていないからねぇ」
エルフの嫁としてすっかり受け入れられていたサダコ姉は、世間話にかこつけて聞き取りのフィールドワークを開始していた。
(ん~……もっと排他的な感じを想像してただけに、なんか肩透かしだなぁ~。
でも、座敷牢があることは確かだし、キリヤちゃんのあの表情にも理由があるはずで~。
あまりこちらから質問をしないように、聞きに徹するスタイルでいかないと~。
虎の尾を踏まないようにね~)
「そうですね~、キリヤ様からいろいろ聞きました~。
エルフ同士の婚約では魔法で決闘するとか~」
「そうなのよぉ。
私とこの子との勝負、ほんと紙一重だったんだから!」
「あらあら。
そう思ってるのはあなただけよ?」
「あ、お二人は夫婦さんなんですね~」
「人間の言葉だとそうなるわね。
でも厳密にはどちらも妻だから、妻々ってとこかしら」
「私達の子も、キリヤみたいに良い人を里につれてきてくれないかしらねぇ」
「お二人はどんな方が婚約相手だとうれしいんですか~?」
「それはもちろんサダコ様みたいな高貴な方なら最高だけど、別に恋ってそういうものじゃないわよね」
「そうよねー。
好きになるのに理由なんてないし、本人が好きだって言えば誰でも気にしないわ。
人間でもドワーフでもゴブリンでも。
ゾンビだってかまわないわ」
「今どきエルフの誇りなんてねぇ。
時代は多様性を認めることなんでしょ?」
愛想笑いを返しつつ、内心サダコ姉に冷や汗が流れる。
(せ、先進的だぁ~……逆に怖くなってきたぞぉ~)
それでも長リトルプラムの目が顔をよぎる。
隙を見せるわけにはいかない。
「そうだ! サダコ様、うちのお手製のお茶葉を……」
「ちょっとダメよ! サダコ様は……」
「あ、ごめんなさいね。
聞かなかったことにして。
代わりにこれ持って帰って」
「わぁ! いい香りのお茶葉~! これも手作りなんですか~?」
「これはたまに来てくださる行商人の方から買ったものよ。
よいものだからミルクを入れずストレートで飲んで欲しいけど、その辺はサダコ様もお好みでどうぞ」
「ありがとうございます~」
茶葉を受け取りつつ、サダコ姉は目を細める。
(地雷を1つ見つけたわね~、マインスイーパーも大変だわ~)
一通りの話を聞いた後、サダコ姉は2人の待つ座敷牢に戻る。
「という感じで、意外とみなさん話をしてくれるのよね~。
里の住民リストも埋まっちゃいそうで~」
「それはこちらも同じだな。
拍子抜けするほどに排他的な感じがない」
「そうなのよね~、ところで、あれなに~?」
サダコ姉が指をさした先では、ヨッシーが机の上で数式を書き殴っていた。
「1+2+3+4+……ピタゴラスの三角数……リーマンゼータ関数……ラマヌジャンの……」
解説字幕を入れることもせずぶつぶつと呟いたまま手書きで数式を続けるヨッシー。
ここが座敷牢の中であることもあわせて、いつか聞かせてもらった獄中で物凄い数学証明をしてしまったとかいう受刑者のエピソードを思い出した。




