35-5:絶望的な世界の中でも最期まで戦い続けました! キリヤ死す!
「き、キリヤさん……本当に大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫です! 私にさえ任せてもらえれば、ゾンビをこの城塞に一歩も近づけませんよ!
たった1週間です! みんなで生き延びましょう!」
――ソコトラ竜血要塞
ついに始まる優勝候補、エルフによるゾンビ籠城戦。
異世界オカルトチャンネルのメンバーであるキリヤが守備につくということで応援してやりたい気持ちはユウキとヨッシーにもあるのだが、今は少々楽しく実況解説をつけていられる状況ではない。
ことは数時間前に戻る。
「奇病って、どんな?」
「症状自体は風邪に似ています。
しかし、すべての薬や祈祷が効きません」
「まぁ最初から祈祷に効果などないのだが。
もう少し症状を具体的に話してもらえるか?」
そうヨッシーに言われてスタッフはダークエルフと人間に流行している奇病の症状を話はじめた。
そして、その症状が具体的に説明されればされるほど、2人の顔が青ざめていく。
「おい、ヨッシー、こいつぁ……まさか……」
ヨッシーは深くため息をついて。
「患者及び患者と2週間以内に接触したすべての人間とダークエルフを隔離してください。
隔離は3週間持続。
それと、全世界のダークエルフと人間に向けマスクの着用と手洗いうがいを徹底するように神々を通して声明を出してもらってください。
これは『名前を言ってはいけないあのウィルス』です」
2人はその病気を知っていた。
そして、視聴者も皆、まだ記憶に新しいことだろう。
「なんだって異世界でまで!
どうにかパンデミックを回避するぞ!」
マスクをつけてソーシャルディスタンスを保ちつつ、ユウキは名前を言ってはいけないあのウィルスの発生源特定に急ぎ、できる限り早急な対応でパンデミックを回避しようと動くのだが。
「もう無理だろうな。
この病気は全世界が対策を打とうとして失敗した。
いかに僕達が未来を知っているとはいえ、僕達の力では全世界の移動を制限できない。
それに、僕も疫学の専門家ではないからな」
ヨッシーの言葉は否定のしようがない現実である。
ユウキはそれを身を以て理解していた。
「結局なんなんだよこのウィルスは!
都市伝説じゃ某国の化学兵器研究所から発生したとか言われてたが」
「可能性は否定できないが、大方ただの陰謀論だな。
万が一僕達の地球ではそうであったとしても、この世界では違う。
そう、この世界での発生源は……」
2人は一般客に入場制限をかけた屋台村の中を走り、目的の店に到着。
「ここだ」
その店は出店していたのは。
「これは何の騒ぎかしらぁ? 眷属ぅ」
吸血鬼。
出していた商品は。
「天照大神の名の下の行政命令だ。
血吸コウモリの流通を止めろ」
名前を呼んではいけないあのウィルスの発生源は陰謀論的なものを除けば2つに絞られている。
市場で流通していたセンザンコウ、もしくは、コウモリである。
「世界全域の流通をロックダウンしなくていいのか?」
「できるものならしたいがな。
だが、おそらくだがこの世界でこのウィルスに感染するのは人間とダークエルフだけだ」
「他の種族、特にエルフは大丈夫なのか?」
「僕達の世界でもこのウィルスは犬や猫などには感染しなかっただろう。
それに、同じ人間であっても俺達アジア系の人間は比較的耐性があり、ヨーロッパ系には致命的だった。
結局は先祖代々受け継がれる特定のDNAに関連付いてるんだよ。
そういう視点から、ダークエルフが人間と近縁であり、エルフが離れてることがわかるのは面白いな」
「面白がってる場合じゃねぇだろ!」
「まぁな。しかし、ある意味で運が良いのは確かだ」
そう言ってヨッシーはスタジアムの巨大魔法水晶ビジョンを見上げた。
『みなさんこんにちは~。
異世界オカルトチャンネル、民俗学担当のサダコお姉ちゃんですよ~。
今から改めて、現在開催中のゾンビ籠城戦大会におけるゾンビの強さをルチちゃんといっしょに振り返ってみましょ~』
スクリーンにはサダコ姉とルチ師匠が、マスク着用で間にアクリル板を挟んで会話していた。
『ゾンビが怖いのはやっぱり、触れただけで感染しちゃう力ですよね。
でも、どうしてこんなにすぐに感染が広まっちゃうんでしょうか?』
『それはね~。
ゾンビ化がすぐに発生せず、数日の猶予の後で発症するからなのよ~』
『すぐに発症した方が厄介だと思うんですけど』
『そうよね~。
普通はそう考えるわよね~。
でもね~、ゾンビ化を蔓延させることを考えると、この数日間の猶予がやばいのよ~。
実は猶予期間中も感染者は既に潜在的にはゾンビ化していて、他の人をゾンビ化させる力を持ってるの~。
それで、知らず識らずのうちにゾンビ化を広めてしまうというわけ~』
『なるほど。
もしも猶予期間がなければ、単純にゾンビと接触した人だけが感染を恐れればいい。
でも、猶予期間があるから、周囲の全員を恐れないといけないんですね』
『そういうこと~』
世界の人々は今回のイベントで改めてゾンビの恐怖を思い出した。
そして、恐怖という感情は最も効果的に人に行動を促す効果を持つ。
感染症の恐ろしさをゾンビというわかりやすい恐怖で説明することで、世界の人々に公衆衛生の理念を広めることができるのだ。
『それじゃ、みんないっしょに~』
――手を洗おー!!
「この世界には感染症の概念はおろか、公衆衛生の概念すらもなかった。
だが今回のイベントで、その概念は一気に世界中へとアウトブレイクする。
僕達は後手に回ったんじゃない。
偶然にも、先手を打てたんだよ」
(とは言うがよ……!)
それからもう4日。
実況席に座るユウキの顔は、マスクの下で強く奥歯が噛み締められ続けていた。
公衆衛生の概念を世界に広めたとはいえ、同時に名前を呼んではいけないあのウィルスも解き放ってしまった。
それはこの先、この世界での自分たちの活動を大きく制限するだろうし、それ以上に病死する人が大勢出てしまう。
確かに公衆衛生の概念は、この先で亡くなるはずだった大勢の命を救うのだろう。
しかし、このウィルスを今解き放ったことでの犠牲者は無視できない。
これをトロッコ問題みたいに考えることはできない。
どちらにしても最悪なのだ。
最終的に救えた人数が多いからなどと言って開き直れるやつはただのサイコパスだ。
ユウキはこの先ずっとこの異世界で重い十字架を背負って生きなければならない。
少なくとも、今この瞬間はそう考えることしかできなかった。
『もはや城とか関係ないんですよ!
エルフ伝統の戦術、捨て奸! とくとご覧あれ!』
――ワァァァァアアアア!!
巨大魔法水晶ビジョンではキリヤが無数のゾンビを相手に大立ち回りを続けてもう4日目。
数は1対500。
この絶望的な状況の中でも、キリヤはゾンビを斬って、斬って、斬りまくる。
「部隊最強の戦力を最後尾に配置し、死ぬまで戦い続ける!
えぇ、死ぬまでです!
私はもう生きて帰ることはありません!
その覚悟の下で私はここで座禅の陣を敷く!
そして私は、本来よりも長くの時間を生きるのです!
1分1秒でも長く時間を稼ぎ、味方の命を繋ぐ!
1人の人生なんてせいぜい1万2000年くらいでしょう!
しかし、100人の人生は120万年です!
故に私の命は、100倍になる!
これが『1つの森』に生きるということ!
これが! これこそがエルフの騎士です!
騎士道とは、死ぬことと見つけたり!」
「あいつ……笑ってやがる……」
実況の仕事を忘れ思わず画面の中のキリヤの笑顔に見惚れてしまうユウキ。
その青い鎧と白い肌、美しい金髪がゾンビの吐瀉物と返り血でぐちゃぐちゃになろうとも。
おそらく、今のキリヤの姿こそが。
「一番、綺麗に見えちまう」
ぼそりと漏れた感想に、ヨッシーはやれやれとため息をついてマイクを取る。
「騎士道は死ぬことと見つけたり。
この言葉は一見、大局のために命を投げ出すことを厭うなという意味に聞こえてしまいますが、これは明確な誤りです。
この言葉が書かれた書、『葉隠』ではこのように続きます」
――もしもどちらを選んでも不幸が待つなら、自分の死が即座に来る方を選ぶべきだ。
そうした方が、往々にして全体では効率が良く合理的だ。
しかし、実際にそんな二択を迫られた時、そのように行動することはとても難しい。
人は皆、生きるのが好きだ。
なら、好きな方に向かって進んでしまう、自分が生きようとしてしまう。
だが、こうして自分だけが生き延びたら腰抜けだ。
その迷いが危ない。
迷わずに自ら死を選ぶのなら、ただの狂人だというだけで恥ではない。
これこそが騎士の根幹だ。
毎日朝から夜まで、いつ死んでも構わないという覚悟で行動し、常に死狂であればこそ、騎士として自由であり、『一生』を後悔なく生きることができるのだ。
そうだ、生き続けるために死に、死ぬために生き続けよう。故に。
「騎士道とは死ぬことと見つけたり!!」
その言葉を最後に、キリヤの体はゾンビに埋もれ、動かなくなった。
――…………
会場を沈黙が包む。
だが、ところどころから、すすり泣きの声と同時に。
――ぱちぱち……
小さな拍手が聞こえ始め、それはやがて。
――わぁぁぁぁあああああ!!
万雷の拍手となり、しばらく鳴り止まなかった。
ここに、エルフもまたゾンビに敗北した。
だが、観客達の中ではこの瞬間「世界で二番目に強い種族」と「世界で一番強い種族」が確定したのだ。
次回、ゾンビ籠城戦編、決着!




