35-1:ゾンビの脅威をおさらいしてみた!
――大会開始から1ヶ月
『ダメだアニキ! ピラミデンの街はゾンビだらけだ! これ以上人形の回収はできねぇ!』
『潮時だな……ゲートを閉めろ! ここから籠城に入る!』
ワーウルフの城、永久凍土地下要塞
見る人が見れば一発でわかる入口構造、スヴァールバル世界種子貯蔵庫である。
・スヴァールバル世界種子貯蔵庫
マイクロソフトのビル=ゲイツ主導で建造された施設。
ノルウェーの北、スヴァールバル諸島の永久凍土の地下に存在するこの施設の用途はまさに現代のノアの方舟。
将来地球全土を巻き込んだ核戦争が勃発したり、地球環境汚染の影響が回復できない域にまで進んだ先からの自然環境再生のため、現存する地球上すべての植物の種子を保管することを目的としており、現状100万種以上の種子が保管されている。
内部に自家発電設備を備えているが、万が一にこの発電設備が停止しても場所は永久凍土の地下であり、年中温度をマイナス4℃以下に保つことで可能な限り長く種子を冷凍保存する。
ただし、近年その管理体制はずさんであるとの報告もあり、目的が達成できないのではないかという懸念も高まっている。
一番の理想は目的が達成する機会が訪れないことであろう。
「さぁここまで既にケンタウルス、トロル、クーシー、ケットシー、タイガーマン、ミノタウロス、ストーンマン、ドッペルゲンガー、リザードマン、サイクロプスと獣人系の種族を中心に敗北が続いていますが解説のヨッシーさん、これはどのように判断されますでしょうか!?」
「そうですね。
彼らはもう少し『待て』を覚えるべきでしょうか」
「と、言いますと!?」
「心理学の有名な実験でマシュマロ実験というものがあります。
これは種が生得的に学習する自制心を検証する実験です。
4歳の子供を実験者とし、目の前にマシュマロが置かれてこう言われます。
『すぐに食べてもいいが、15分我慢すればもう1つあげよう』と。
ほとんどの子供がすぐにマシュマロを食べることはありませんでしたが、15分我慢できたのは186人のうちのわずか3分の1でした。
この実験は、生物は生得的に自制心を学べるよう遺伝プログラムされていないという結論を示しています」
「なるほど! 我慢できるかどうかは教育と文化レベルに依存するのですね!」
「そのとおりです。
獣人系の種族は教育水準が世界平均を下回る者が多いというデータがあります」
「居るかわかりませんが、うさぎの獣人とかめちゃくちゃバカそうですね!」
ト書きAIもそうだそうだと言っています。
「つまり、獣人達の敗因は、準備が出来ても様子見をするべきだった、ということでしょうか!?」
「そうですね。
完成報告が遅れると待機せざるをえなくなり、長時間ゲーム配信で無駄な時間を過ごすことになるというデメリットがあります。
しかし、後の種族は前の種族の籠城戦の様子が観察できるという大きすぎるメリットがありますからね。
実際、先日サダコ姉かレポートしていましたが、ダークエルフは地面に魔法陣を書いただけと半日で作業を終えました。
しかし彼女たちはその後、最低限の戦闘連携訓練を続けながら完成報告を先延ばしにしています。
その目的がゾンビの戦い方の情報収集にあることは明白です」
少し考えればわかる話ではある。
しかし、自制心が生得的な感情ではないという事実は、わかっていても選べないという状況を招き、結果的に教育水準の低い種族から脱落したのだろう。
「しかし、心理学実験から敗北の理由が考察されるのも面白いですね!」
「同様の理由で言えるのがドッペルゲンガーの敗北ですね」
「これは意外でした!
勝利は難しいがほぼ確実に引き分けに持ち込める彼等は、今回のルールでは時間を稼いでの勝利が容易だろうと予測されていたのですが!」
「はい。この敗北は実はゾンビ側に『生物的にある意味で劣るとされる部分があった』ことが要因となっています」
「と、言いますと!?」
「ゾンビには鏡映認知能力がありません。
つまり、鏡に写った相手が自分だとわからないということです。
これはミラーテストと言われ、人間に近い動物ほど成功するものの、犬や猫やパンダ、さらには霊長類でも多くの猿が失敗しています。
手元のデータによりますと、今回の32種族にゾンビを加えた33種族の内、ミラーテストに失敗した種族はゾンビと吸血鬼だけだそうです」
「なるほど! 相手に鏡写しの姿を見せるドッペルゲンガーの特性が、ゾンビには通用しなかったのですね! これは盲点でした!」
吸血鬼は鏡映認知能力がないというか、鏡に映らないだけなのではないだろうか。
「では、ここまでのゾンビの戦術をどう分析されますか!?」
「大方の前評判通りと言ったところでしょうか。
攻撃はほぼ無駄に終わり、むしろ下手に仕掛けることで接触される危険性が増してしまう。
可能な限り接触を避け、玉座の間到達までの時間を稼げる城を作ることが最低条件というのは、現状残っている全種族が把握したことでしょう」
「ゾンビ相手に攻勢に出た種族の全滅はとにかく早かったですね!
最初の数日はゾンビの撃退が成功しているかに見えるのですが……」
「倒したゾンビも朝が来て土に帰り再び夜になる頃には再生してしまいます」
「しかしこれはすぐに学習され、昼のうちにゾンビの遺体を焼き払うという形での再生遅延策を講じ、撃退は順調に進むかに見えたのですが!?」
あれは死なないとわかっていてもなかなかにグロい映像だった。
カットしてくれたことは英断だろう。
「事態が逆転するのは3日目でしたね。
すなわち、遅延ゾンビ化が発生するタイミングです。
初日にゾンビと意識外で接触していた守備兵がここでゾンビ化。
さらにこの3日の間で潜在的なキャリアーとなっていた彼等が他の守備兵に感染を拡大させることで、一気に兵力が激減しました」
「これは単純な激減というだけではありませんね!
敵が最初から城塞の中、それも味方の背中に存在し、突然接触を行なってくるという最悪の状態に陥りました!
ケンタウルスがこの罠に嵌まっての脱落はまさに最速でしたね!
賭けている方々のブーイングが飛びましたが、この会場でウイニングライブを披露してくれたのでどうにか落ち着きました!
フェブラリーSも頑張って欲しいですね!」
「私は名古屋1着、JDC2着と結果を出しているミッキーファイトに期待しています」
「連覇のかかったペプチドナイルも期待できそうです!」
コスタノヴァの根岸S圧勝はさすがに無視できない。
「しかしここから、すべての種族が撃退に向かう兵をローテーションさせ、一度戦闘に参加した者は3日間隔離するという対策が必要だと学習しました。
これはまさに、つい数年前に多くの私達地球人が学習したばかりの新型ウィルスに対する蔓延防止対策に等しいと言えるでしょう」
「当時は大変でしたね!
この実況解説聞いてる人は誰もわからないと思うのですが!」
「加えて城内での対人距離の確保、接触の制限、手袋の着用など、徹底した対策が取られるようになり、最初期の敗北者達を教訓に対ゾンビ籠城戦術は研磨されていきました。
これを機会にこの世界でも病気に対する対策が学ばれ、手洗いうがいの重要性が広まると良いのですが」
こんなトンチキな企画からでも学べるものがあるというのはなんとも複雑ではあるが。
「なるほど、ここまでで改めて情報収集の重要性を感じましたね!
では、優勝候補の一角と考えられていたサイクロプスの敗北をどう見ますか!?」
「うまくやっていましたが、彼等の場合その巨体が仇となりましたね」
「ローテーションを回せるだけの兵数が足りなかったのですね!
まさに今回のルールが不利に働いた形です!」
「学習できても実践できない事情がある。
よくあることです」
「ではその点、ワーウルフは完璧と言えますね!」
「はい。同じ犬系の種族でも初期に脱落したクーシーはコーギー族ですからね」
「同じクーシーの方々からも『駄犬』『バカ犬』『逆6V』『ダメかも』『何故よりによって奴らを出した』とお叱りの声が大量に届きました!」
「やる気はあったみたいなんですけどねぇ。
その点ワーウルフは群れで狩りをする狼の血が色濃く残っており、守備兵全体の規律が凄まじいですからね。
種子貯蔵庫、もとい、永久凍土地下要塞の防御性能も完璧です。
人形の回収数は71体と残念ながら100体すべてには届きませんでしたが、これはもうこのままスコア71点での1抜けが確実でしょう」
正面巨大魔法水晶ビジョンではシャッターが降りた地下要塞入口に向け丸太を叩きつけるゾンビ達の様子が映されていた。
穴を掘っての侵攻も試みているようだが、掘ったそばから雪が穴を埋めていく。
確かにこれは地下施設侵入まで時間がかかるだろう。




