5-2:秘密の百合の園にしてどこか排他的なエルフの因習村に侵入してみた!
それから街道を歩くこと3週間。
ゾンビの里でもらった保存食の残りが不安になってくる頃のこと。
「見えてきました」
「ふぇ? ふぁらふぉりの……」
「かつお節しゃぶったまま喋らないで~」
「ん、すまん。まだ森の中だぞ」
「止まりなさい!」
その時、突然弓を構えたエルフの集団が一同の前に現れる。
(ほんとに女の人しかいないのね~)
(やっぱエルフの金髪と耳元はいいな……)
(今どこから現れたんだ?)
3人が足を止める前で、キリヤが一歩前に出る。
「騎士キリヤです。
こちら私が見初めた婚約者であるニホンの王女サダコ様と、そのお付きの騎士であるユウキとヨッシーです。
長への取次ぎと客人の宿手配をお願いします」
「なんだと? いや、確かに……」
最前列のエルフが弓を下ろす中、目の前の大木が淡く輝く。
かと思えば、目の前に周りと比べて豪華な装飾を身に纏ったエルフが現れた。
美しい見た目である点は同じだが、人間で言えば40代後半の美魔女といったところ。
その姿に弓を構えたエルフ達が一斉に膝をつき頭を下げ、同じようにキリヤの頭を下げた。
(この方が長様かな~)
つられて膝をつき、頭を下げるサダコ姉。
(大人の色香やべぇな)
同様にユウキ。
(なるほど、エルフの住処は木の中にある。
魔法を用いている、ということか?
故に一見ただの森にしか見えないここが既に村の中、と。
この中には僕達も入れるのか?)
最後にちらりと木の表面を眺めつつヨッシーが傅く。
「よく戻りました、騎士キリヤよ。
師の命は達しましたか?」
「はっ。ゾンビの里アップフィルドを襲う悪は……
いえ、不幸な誤解が産んだ問題は解決致しました」
「ふむ……そのあたりの話も聞かねばなりませんね。
それで、婚約者と?」
「はい。アップフィルドで出会った王女サダコ様に一目惚れされ……」
(あ、サダコ姉から惚れたパターンなのね。
つーかその辺の口裏合わせ全然してないが。
まぁ、サダコ姉なら大丈夫か……?)
「なるほど……あなたが王女サダコですね。
表をあげてください」
「失礼致しますわ~」
頭を上げたサダコ姉の顔をしげしげと見る長。
「こちらこそ一国の王女様に失礼を。
今代の長を務めております、リトルプラムです。
立ち話も何です。中へどうぞ」
「あ、えっと~……」
「このように軽く幹に手を当て、体を木に吸い込ませるような感覚を念じれば入ることができます」
「やってみます~」
すると2人の目の前でサダコ姉の姿が消える。
予想ができていたヨッシーはさておき、ユウキは思わず声をあげて驚きを見せるが、即座にじろりと弓を構えたエルフ達に睨まれてしまい片足を引いた。
が、改めて。
「お、俺達も入っていいのか!?」
「そもそも男性はホロゥに入れません。
お付きの方はこちらへ」
「あ、残念……」
「ありがとうございます。
案内よろしくお願いします。
それと、ユウキは騎士としての経験が短く粗野な言動が見られるかと思いますがお見逃しください。
これでも剣の腕は確かです」
「あ、す、すんません」
「気になどしていません。どうぞ」
咄嗟に適当なこと言いやがって、剣は買ったが素振りすらしてないぞと目で訴えるユウキを無視し、ヨッシーはエルフ達の背中の振る舞いに目を細める。
(気にしていませんではなく、気に「など」していません、か。
いかに隠そうとも差別感情はこうした細部に現れる)
一方、木の内部のエルフ達の住処「ホロゥ」に入ったサダコ姉はその居住性の高さに驚きを感じていた。
見た目はただの木だったのに、内部は美しい遺跡のような作りでありその広さはかなりのものだ。
ヨッシーならばこれを超ひも理論を用いて高次元構造をコンパクトに折りたたんだものを展開しているのだろうかなどと想像しただろうが、サダコ姉はその内部の装飾品に目がいく。
(木の彫り飾り……うーん~……どうしても木製の遺構は後に残らないからなぁ~。
北欧系のエクステルシュタイネやストーンヘンジとの関連性は見ただけじゃわからないか~……文字は~……日本語、と。
う~ん、これって本当に漢字が使われてるのか、実際はルーン文字とかが掘られてるのに何かしらのチートみたいな力で私の目から漢字に見えてるだけなのかわからないのよね~。
でも同じ木製の飾りはヴァイキングのスターヴ教会に近い……いや、わからないわね~。
あ~あ、もう少し世界の宗教と考古学を調べておくべきだったわ~。
ていうかほんとに法隆寺ぱないわ~)
きょろきょろと周囲を見回すサダコ姉にリトルプラムが目を細める。
「今お茶を淹れます」
「あ、ありがとうございます~」
ごほん、と咳払いを挟んでサダコ姉は居住まいを正した。
そう、今の私は王女様。
エルフ文化は気になるけど、気になるからこそ今ここで疑われるような振る舞いはできない。
そんな間にリトルプラムは長自らお茶の準備をしていく。
(いい匂い……ハーブティーかな~、知らない香り~)
すん、と軽く鼻をならしてからちらりと隣のキリヤの顔色を窺う。
その表情は硬い。
まぁ、それもそうだろう。
嘘がバレたらと怖がる思いは自分よりも上であること間違いない。
「どうぞ」
そんな間にリトルプラムが2人の前にお茶を出す。
しかし。
(あれ……? 私とキリヤちゃんで色が違う……?)
キリヤの前に差し出されたのは深い赤みがかったロイヤルレッド。
一方で自分の前にあるものはよく知る紅茶のような薄いオレンジ色をしている。
「いただきます~」
とはいえ飲まないわけにはいかない。
思い切って口をつける。
「おいしい……!」
「お口にあったようで幸いです」
それは紅茶の銘柄でいうならばキーマンに近い。
甘い香りはストレートでこそ。
良い茶葉が使われている証拠だ。
しかしそれは、先程感じたハーブティーの香りはまるで別。
おそらくそれは、今キリヤちゃんの目の前に出されたお茶の方なのだろう。
そちらも飲んでみたいものだが、キリヤちゃんは緊張しているのか、ティーカップに手をつけることもしない。
「ところで、サダコ様はニホンという国の王女様なのでしたね」
「はい~。四季のある良い国なんですよ~」
「失礼ですが、王家の血は何百年ほどお続きで?」
はっ、とキリヤが顔をあげる。
しまった。
そのあたりの口裏合わせはまるでしていなかったし、ニホン国の設定もまるで考えていなかった。
そう焦る一方でサダコ姉は平然と受け答える。
「2700年ほど続いておりますわ~」
「それはまた……人間にしてはおそろしく歴史のある王家ですね……祖のお名前は?」
「神武と申します~」
「その方が国を起こした際のエピソードは語り継がれていますか?」
「もちろんですわ~。
神倭伊波礼毘古命と呼ばれていた祖は、兄と共に葦原中津国を治めるため、当時は未開だった東に向かいます~。
そこで登美能那賀須泥毘古の軍勢の待ち伏せにあい劣勢に追い込まれるのですが、これは祖が東を向いて戦っていたからですわ~。
祖は日の神の御子でしたから、日に向かって戦うのはよろしくないです~。
そこで日を背にする形で回り込んで戦うことで逆転し、勝利を収めますわ~」
でまかせにしてはあまりにクオリティの高い神話体系に驚きが隠せないキリヤ。
何故こうもサダコ姉は神話を捏造できるのか。
捏造ではなく、これはサダコ姉の国に伝わる本物の神話なのか。
いや、そうだとしても自分の国の神話をこうも正確に複雑な登場人物の名前を含めてすらすらと語れるものなのか。
私だって祖アールヴについては名前以外まるで知らないのに。
「なるほど……先祖を大切に思うことは素晴らしいことです。
私どもの祖、アールヴについてはなにか知っていますか?」
「何分遠く離れた地の姫故、不正確な物語しか存じておりませんが、かつて世界樹ユクドラシルの第4の階層、アールヴヘイムにお住いになっていたものが、ラグナロクでユクドラシルが焼け落ちて海に沈み、後に現れた現世たる地上に戻られ国を開いたと小耳にはさみました~」
「素晴らしい。
流石王族、とても教養が深いものとお見受けいたします。
そこまでの話を知っているものはこのサイドグルーヴでもごくわずかです」
「ありがとうございます~」
キリヤはもはや空いた口が塞がらない。
何故サダコ姉は自分も知らない、というか、サイドグルーヴでも一部しか知らないエルフ神話をすらすらと語れてしまうのか。
この人は一体何者なんだ。
まさか本当に、どこかの王族の生まれなのか。
「ところで……サダコ様。
大変失礼かと思いますが……あなたは本当に、祖たる神武の血を引いていらっしゃるご身分なのですか?」
優雅に紅茶を飲んでいたサダコの手がぴくりと止まる。
軽く目を閉じ、そっとティーカップを置いてから間を挟んで。
「わかりませんわ~」
「わからない? 王族には血統図が残されているのでは?」
「もちろん、残されてはおります~。
しかし祖たる神武の物語は今の常識で考えるといかんせん神話的な色合いが濃く、どうにも後の祖達が自らの権威を示すための物語のように思えてしまうのです~。
それ故に、神武に続く8代までの王の信憑性には疑問を感じざるをえません~」
「なるほど。ではあなたは」
「しかし」
リトルプラムの言葉を遮り、サダコ姉が鋭い眼光を向ける。
「当時のニホンの人口と今のニホンの人口を比較し、その間に受け継がれていた先祖代々の系譜をたどるのであれば、完全な直系とまでは申せずともほぼ確実に私にも祖たる神武とそれに続いた王達の血が流れていると、考えておりますわ~」
サダコ姉はキリヤの手前、堂々と嘘を突き通すという気概だった。
だが、自分が本当に王家の者かと聞かれた時、素直にそれにYESと答えることは彼女にも恐れ多いことだった。
実際最近は皇室を名乗るチャンネルがBANされていたりしたし。
だから言い回しを変えた。
直系ではないが、高確率で王の血を引いている。
歴史的に考えてこれは、今のほぼすべての日本人が言える真実だ。
言うなら、全世界の人間が「祖先の名はルーシーです」と言って嘘にはならないように。
「なるほど」
細目でこちらを見定めるリトルプラムと真正面に目をあわすサダコ姉。
彼女はその目の意味を知っていた。
(この人は私が王族かなんて本当はどうでもいいのね。
仮に王族だとしても、人間よりも自分達エルフの方が「上」という感情が目から流れてきて本当に気持ち悪い。
これが本物の白豪主義や華夷思想に近い感情を持つ者が作る目。
この人は今、身内がよそで拾ってきた私が野良犬の雑種なのか血統書付きの純血種なのかを見定めているにすぎない)




