31-2:止まらない噂と悪意に恐怖しました
――16日目
引き続き街の調査を続ける一同だが、今日からは全員が固まって行動をしている。
それは今この街全体が、どんなスラム街よりも危険な場所になっているためだ。
キリヤの手も、いつでも騎士の剣を抜ける位置にある。
「本当に陰謀論者の特定はできないんですか?」
「難しいな。
全体における陰謀論者の役割はごく一握りだし、噂の成長に与える影響も大きくない。
なにより、既に今回のバケモノは完成している。
今更特定ができても後の祭りだ」
「現実的に言って陰謀論を食い止めるために陰謀論者を見つけて叩くやり方は、それ自体が陰謀論になりかねない。
最も効果的な対策は2番目の人達、善意ある優しい人達に情報との関わり方を学ばせることだが、これが難しいことは僕達がよく知っている。
僕達の世界はオルコットンよりも科学が発展し教育も一般化しているはずなのに、この啓蒙が全く進まないんだ」
「そうね。もはやこれは、自然災害よ。
私達は私達のできることで被害を最小限に食い止める他ない」
こうして一同が向かったのは、ミストン郊外のストーンヘンジ神殿だった。
「え? ドルイド祭を中止してくれって?」
ストーンヘンジ神殿では3日後、年に4回のドルイドの祭りが予定されていた。
ドルイド崇拝は自然信仰、精霊信仰であり、特定の神々とは一切の結びつきがない。
ミストンの街の多種多様な人種はそれぞれが自らの起源に近い神へ信仰投票を行なっているが、その全員が本来の信仰とは別にこの地域独特の自然と精霊を信仰している。
そこには特定の神を信仰しない人々も大勢集まる。
日本における夏祭りの花火大会と考えるとわかりやすいだろう。
そして、このタイミングでのドルイド祭りは非常に「まずい」と言える。
それは、ここまで小さなグループ内のエコーチェンバー現象とフィルターバブル現象で加速した噂が、この機会に1つに結合してしまう危険性があるために他ならない。
このタイミングで噂を信じる人の「割合」が多いだけではなく「人数」が多いと皆の認識が固まってしまうのだ。
「えぇと……すみません、よくわからないんですが……エコーチェンバレン?」
「エコーチェンバー現象です!」
「あぁ、はい。
とにかくそういう理由で祭りを中止することはできませんね。
だって……エコーってギリシャの人達の神様かなんかでしょう?
うちはそういうの一切関係ないんですよ」
そのあまりに的外れな答えにキリヤは絶句する。
「なっ……そ、そういう話じゃなくて!」
「キリヤちゃん。やめなさい。
無理を言ってしまってすみませんでした」
「あぁ、はいはい。
あなた達も是非ドルイド祭を楽しんでいってくださいね」
駄目で元々だったのか、3人はあっさりと引き下がる。
特にサダコ姉の場合、こうした地元の文化風俗に繋がる祭りが本来なら誰よりも愛しているところがある。
実のところ、「こんなことで」祭りを中止させたくないという思いもあったのだろう。
そして。
――17日目
――18日目
――19日目
この日の祭りを経て、肥大化を極めた噂は。
――20日目
ついに、被害者が生む。
「どうしてアイス売りのおじさんが襲われたんですか!?」
橋の近くで営業していたアイスの屋台を引いていた人間の男性。
キリヤにとってはおそらくこの街で最も仲の良くなった住民だ。
そんな男性が襲われた理由は。
「アイスに毒が混ぜられていた。頭痛はそのせいだ、と」
「ただのアイスクリーム頭痛じゃないですか!」
あまりにも。
あまりにもくだらなすぎる。
だが、もはや理由などなんでもよかったのだ。
「大地震の後ではいつも半島の人間が井戸に毒を投げる。
俺達の国でもそういう事件が起きている。
未だに一人も犯人が捕まっておらず迷宮入りなんだがな」
「みなさんの世界ではいない犯人を捕まえる方法があるんですか!?」
「残念ながらある。サダコ姉が詳しいぞ」
サダコ姉は魔女狩りの歴史に詳しい。
「もうこれ以上耐えられません!
私達で陰謀論を終わらせましょう!」
「おい! 待てキリヤ!」
咄嗟に追いかけるユウキ。
ヨッシーも走ろうとして、立ち止まったままのサダコ姉に振り向く。
「私は今この瞬間ほど、魔女狩りを行うべきだと思ってしまったことはないわ」
「……邪念は誰にでも生まれるさ。
それを抑えるのが、知識と意思だ。
そうだろう?」
「えぇ。そうね。
ごめんなさい。行きましょう」
見えなくなっていたユウキとスマフォで連絡を取り、2人が駆け込んだのはミストンの警察署だ。
「どうして警察の人達は動いてくれないんですか!?」
「そうは言ってもさぁ、キリヤちゃん」
「警察だけじゃねえよ! 大天使は何故動かない!?」
「だってほら。選挙が近いからねぇ」
そういって窓の外を指差す刑事。
警察署に近い広場では、10日後に迫った選挙の候補者が集会を開いていた。
『この星は人間だけの物じゃない!
もちろんこの街もだ! 今こそ政権交代だ!』
大声で声をあげるゴブリンの候補者のまわりで、人間以外の多くの種族が賛同のレスポンスを返す。
そして少し離れてその周りを、警官と大天使たちが警備の目を光らせていた。
「キリヤちゃん……」
「お姉様……お姉様!」
キリヤが目に涙をにじませ、サダコ姉の胸に飛び込む。
「お姉様、私……私怖いです!
こんな……こんな怖いオカルト、私は嫌です!」
「そうね。そうよね……
怖いわよね……わかる。わかるわよ」
優しくキリヤの頭を撫でるサダコ姉の姿に、2人はため息しかつけなかった。




