4-終:敵ゾンビを拷問して奇祭の謎を解いてみた!
「待って!」
その暴力を予期したのか、サダコ姉が叫ぶ。
「サダコお姉様?」
「キリヤちゃん、ここは私に任せて!」
「しかし……」
「お願い。これ以上の戦いは無益でしょ」
「いえ、私は騎士として悪を……」
「なんでもするって言ったのは嘘か!?」
隣からサダコ姉を押しのけてユウキが叫ぶ。
それにキリヤは苦虫を噛み潰したような顔をして。
「……騎士に二言は、ありません」
その剣を鞘に収めた。
――数時間後。
午前4時、日の出まであと1時間弱
鎧を剥ぎ取られたゾンビ達は、キリヤとサダコ姉の手で拘束され、里の墓地区画の墓標にひとりひとり磔にされていった。
一通りの処置が終わったところで、サダコ姉はたいまつを片手にキリヤに斬り伏せられた魔法使いの将に近づく。
「それじゃ、お話聞かせてください~」
「は、話すことなど何もない!」
「そう言わないで~。
私はただ、民俗学的な伝承を調べてるだけなんですよぉ~」
「み、ミンゾクガク? なんだそれは?」
「ん~、そう正面から言われると実際答えに悩むんですけど~……口伝えでのみ語られる記録に残らない歴史、という答えが好きですかね~。
と、いうわけで~。
なんで同じゾンビのみなさんがこの里に攻め込んだのか教えて下さい~」
「話すことなどなっ! ぎゃぁあああああ!!」
サダコ姉が松明を落とす。
それが『偶然』縛り付けられていた将の膝を焼いた。
「ごめんなさい~、大きな声出されてびっくりして落としちゃいました~。
ともあれ、民俗学しましょうよ民俗学~。
私もあなたのお話を何かに記録したりはしませんから~。
では取材続けますね~。
どうしてこの里に攻め込まれたんですか~?」
「は、話すことなど……」
「はい~」
「ああああああああ!! 焼ける! 焼けるぅぅぅううう!」
「ほら、民俗学ですよぉ~民俗学ぅ~」
その様子にキリヤは口元を抑え嘔吐をこらえた。
思わずヨッシーがキリヤの顔を抱きしめるように視線と耳を塞いだ。
(拷問は民俗学だった……?)
そういえばサダコ姉、魔女狩りの歴史を喜々として解説する動画を作っていたなぁなどと遠い目をするユウキである。
「話す! 話すからぁぁああ! やめろぉぉおおお!」
「あ、やっと取材に答えてくれるんですね~ありがとうございます~。
では、改めて。
どうして里に踏み込んだんですか~」
「たまたまだ! 俺達は野盗で……」
「はい~、ちょっとマッサージしますね~」
「が、ががががぁあああ!」
手にしたフレイルを縛り付けた相手の指に押し当てるサダコ姉。
あぁ、フレイルってそう使うんだぁ。
流石だなぁサダコ姉。
魔女狩りで予習はバッチリなんだなぁ。
「野盗がたまたま、年に1回の焼肉祭のタイミングで里を襲いますかね~ちょっとタイミングが良すぎますよね~このタイミングなら里の人たちに戦う力がないことを知ってたんですよね~」
「そ、それは……」
「小指からほぐしていきますね~」
「や、やめろっ! やめろぉおぉぉお!
わかった! 話す! 話すからぁ!
俺達は100年前にこの里から離れたはぐれものの子孫だ!」
「はぐれもの~? なるほど~。
差別とかされていたんですか~? なら私もこの里の人たちを見る目が変わるんですけど~」
「風習だ! この里の非科学的で時代遅れな風習に嫌気がさしたんだ!」
「焼肉祭のことですか~?」
「そうだ! 何故こんな風習が残っているのか俺達にもさっぱりわからん!
それで俺達の先祖は山奥に逃げたんだ!」
なるほど。
確かに傍目に見ていて焼肉祭の風習は異常だ。
ゾンビである彼らにとって何の意味もない、非合理的な風習に感じるのは俺も同意するところだ。
「まぁわかります~。
古い風習に縛られるのって、文化保存の考えを除外すればちょっと嫌ですよね~。
でも私、気になることがあるんですよ~。
みなさんって、里のゾンビと姿形が少し違うし、力も弱いですよね~。
これ、その100年前からだったんですか~?」
「そ、それだ! それが俺達がこの里を襲った理由だ!」
「詳しく~」
「50年前から生まれた子どもたちに体の異常があらわれ始めた!
奇形に育ち、体もどんどん弱くなり、骨折が日常化していった!
これはすべて、この里のやつらが俺達に呪いをかけたからに違いない!
これは復讐だ!」
「なるほど~……まさかとは思いましたけど~……想像通りかもしれませんね~、どう思います、ヨッシー君~」
「確証はないが、可能性は高いな。
呪いの正体。それはおそらく、くる病だ」
・くる病
ビタミンD依存性くる病、骨軟化症。指定難病239番。
ビタミンDの不足あるいは体内でビタミンDの感受性が低下したことによる障害で、骨に石灰化が起こらず強度が不足する病気のこと。
幼年期に罹患した場合、肉体の正常な発育が阻害されて肉体の成長が止まってしまう。
「そうか! そういうことか!」
「ど、どういうことなんですかぁ?」
「あぁ。昨晩聞いてもらった巨頭オの……」
「ひっ! や、やめてくださぁぁい!
怖いお化けの出る話は嫌ですぅうぅぅ!」
「いやこの話な、実はお化けの話じゃないんだよ。
まぁ別の意味で怖い話なんだが……」
「お化けじゃないんですか? なのに怖いんですか?」
両手をこめかみにあてて耳を塞ごうとするキリヤの手を優しく触れる。
おずおずと上目遣いでこちらを覗き、緩んだ手の隙間から長く尖った耳がぴょこんと飛び出た。
「えろっ……」
「え?」
「なんでもない。
実はこの話、富山県山間部の一部の村が元ネタだったんじゃないかと考察されてるんだ。
この村にはある風習があってな。
赤ちゃんをカゴの中に入れて大切に育てるってやつだ」
「赤ちゃんを大事にする良い風習だと思いますけど……」
「一見するとな。
だが、カゴの中では赤ちゃんに日光が当たらない。
日の光は体に必要不可欠。
ビタミンDって栄養素を作る機能があるんだよ。
そのために成人男性は1日20~30分日光を浴びることが必要だと言われているな。
このビタミンDはイワシやサンマ、サケやブリといった魚の他、しいたけなどの一部のきのこ類からも取れるんだが、富山県山間部の村は当時の厳しい生活で魚が手に入らなかったんだな。
そんな状態で赤ちゃんの頃に日光不足でビタミンD不足となった結果、この地域である風土病が蔓延する。
それが今ヨッシーが言った、くる病だ」
「それは、どんな病気なんですか?」
「画面のこの辺にヨッシーが解説出してたと思うから参照してくれ」
「画面?」
「ともあれ、この病気にかかると骨が弱くなり骨折が日常化してしまう。
また体の成長が阻害され、低身長の歪んだ体に育つ。
そんな中でも人間だからな、一番大切な部位である頭だけはそのまま育ち、結果的に頭が相対的に大きい見た目になってしまうんだ」
「え、それって……」
「あぁ。これが巨頭村の真実。
そして、あの鎧ゾンビ達の真実でもある」
キリヤと同じタイミングでヨッシーとサダコ姉から同じ説明を聞かされた鎧ゾンビ達は口をあんぐりと開けていた。
その前でヨッシーはリュックをあさり、何かの実験を進めていた。
「そ、それじゃぁ、俺達の病気は……」
「そうね~、焼肉祭から逃げた結果ね~」
「あ、ありえん! 信じないぞ!
そもそも今そのビタミンDとやらの生成は1日20~30分の日光浴が必要だと言ったではないか!
1年に1度、たった1週間の祭りで補えるとは思わん!」
「お魚さん、食べてますか~?」
「山の中では……」
「そういうことです~。それと~……」
「これを見ろ」
そう言うとヨッシーは先ほどの戦闘時に切り落とされたゾンビの肉塊の一部を前に差し出す。
「不思議に思っていたんだ。
何故日光を浴びるとゾンビの皮膚は煙をあげて焼けてしまうのか。
日光の熱には体のタンパク質を燃やすだけの熱エネルギーはない。
ならばこれは、見た目通りの酸化還元反応の燃焼現象ではない。
急激な化学反応の結果だ。
この肉塊に紫外線ライトを当てると……」
「ひ、皮膚が燃えていく!?」
「だから、違うんだよ。
この瞬間、皮膚表面で人間とは比較にならないレベルで急速にビタミンD生成が行われているんだ。
この煙はその化学反応だ。
ほら、この検査キットでわかる。
紫外線を当てる前の数値の様子がこれ、当てた後がこっちだ。
ゾンビの体は、そんな優れたビタミンD生成機能を持っているんだよ。
年に1週間の日光浴で1年分のビタミンDが生成できるほどの、な」
「そんな……じゃぁ、俺達は……」
「自業自得の逆恨みだったってことになっちゃいますね~」
「な……なら、俺達は……罪のない同胞の村を焼いて……なんてこと……なんて非道を……」
真実を知り、がくりとうなだれる将。
その口がぼそりと開く。
「エルフの……騎士よ……」
「は、はい!」
「そなたの言うとおりだ……俺達は、騎士道では許されざる非道を成した……もはやその罪、命で償う他ない……介錯を頼みたい」
「……わかりました。
祖たるアールヴに代わってその懺悔を認めます。
せめて、一太刀で」
「待って待って~!」
剣を引き抜こうとするキリヤを抑えるサダコ姉。
軽くため息をつき、とんとんと足元を踏み鳴らすように音をたてる。
「それで、どう思われますか~? 村長さん~」
「話はすべて聞かせてもらったぞ」
ぼこっ、と地面から腕が生える。
同時に周りの墓標の前から里のゾンビ達が目覚める。
「すべては悲しいすれ違いと互いの無知が産んだものでしかない。
君達は焼肉祭の本当の意味を知らなかったが、それは私達も同じこと。
改めて手を取り合おう。
同じゾンビ同士ではないか!」
「お、俺達を……許すというのか?」
「君達こそ我々を許してくれ。
すべては無知の罪だったんだ。
また同じ里でやり直そう。
認めて……くれるか?」
「くぅっ……!」
墓標に縛り付けられた鎧ゾンビ達が一斉にうつむき、涙を流し始めた。
そして。
「ありがとう……ありがとう!」
その言葉に満足そうにうんうんと頷くサダコ姉。
ついさっきまで拷問をしていた女の表情ではなかった。
しかし。
「でも、里の一部を燃やしちゃいましたし、仲直りの前のごめんなさいは必要ですよね~」
「いや、かまわんよ。
これから同じ里で暮らす仲間なのだからな」
「ならば余計に、里の仲間として同じ文化習俗を共有しないといけませんね~」
「ん? それはどういう……」
「っ……あ……ああ……!」
長い夜が、明ける。
山の隙間から恒星が登り、朝日が墓標に磔にされたゾンビ達を照らす。
「焼肉祭でしょ~? 今は~。
さぁさぁあと3日間~! 祭りはこれからですよ~!
磔のままでもちゃんと食べ物はお魚さん中心に運んでもらいますから、がんばっていきましょう~!」
「ああああああああああああ!!」
こうして民俗学の名の下の拷問はまだまだ続くのだった。
「改めてお礼を言わせてください。
サダコさん、ヨッシーさん、ユウキさん。
それと、キリヤさん。
あなた達のおかげで、我が里は……いえ、すべてのゾンビが救われました」
「そんな~、たまたまですよ~」
「それでも事実です。
あなた達の名前は記念碑に残し、この里の救世主として末代まで語り継ぎましょう」
「あ、それならその記念碑には『異世界オカルトチャンネル』って彫ってくださいよ~。
それと~」
サダコ姉はにこりと笑って。
「いいねとチャンネル登録、動画へのコメントもよろしくお願いしますね~。
私達に戦慄してくださった、平地人としてね~」
こうしてチャンネル登録者数10万人を突破していた異世界オカルトチャンネルは、2つ目の銀の盾を手に入れた。
「それにしても今回はお手柄だったね、ユウキ君~」
「え? 俺なんかしちゃいましたか?」
「謙遜するな。
サダコ姉から聞いたが、ゾンビのビタミンD生成機能に真っ先に気付いたのはお前だろう。
だから巨頭オなんて話を持ち出して」
「あ、いや、それは、ただキリヤに怖い話をしてやりたくて……」
「またまた照れちゃって~。
私巨頭オの話嫌いだったんだけどね~。
民俗学や後の科学で解明されたことをオカルトみたいに蒸し返して、まるで化け物が暮らす因習村みたいに語ってさ~。
私、だいたいのことは『うんうんそれも文化、それも民俗学だよね』で認められるんだけど、差別は嫌いなの~」
そんなサダコ姉の前で、キリヤの表情が曇る。
「因習村……差別……」
「あれ、どうしたのキリヤちゃん~?」
「すまないキリヤさん。
サダコ姉がなにか気に障ることを言ったみたいだな」
「あ……ご、ごめんなさい。
そう……そうよね。
世界にはまだそういうことで苦しむ人たちが居て……」
真顔になったサダコ姉が謝罪をする前で、キリヤは俯いて少し悩むように間をあけて。
「あ、あの! 私……私達エルフが暮らす場所、ヤツマの森、サイドグルーヴに来てもらえませんか!?」
次回より新章開始! 第2章、エルフ因習村編!




