4-1:謎の鎧ゾンビの襲撃を乗り切ってみた!
「ほんとに地獄って言葉がそのまんまなんだよなぁ。
ヨッシーはゾンビの肉体の耐久力を語ってたが、今なら俺でも倒せそうなくらいみなさん消耗してるし、確かにこんなタイミングで『悪』に攻め込まれたらおしまいだ。
しかし、それを守るための騎士が……」
「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い」
「これだもんなぁ。
おーい、キリヤちゃーん。
もうみんな寝たから声しないと思うぞー」
「……ほ、ほんとですかぁ?」
おそるおそる毛布から頭を出したキリヤはきょろきょろと周りを見て耳を澄ませる。
(……ん?)
その動きにユウキは違和感を覚える。
「なにしてんの?」
「それは、耳をすませ……あっ!」
そこでキリヤは何かに気付いたようにこめかみに当てていた手を頭頂部に伸ばし、ウサ耳をぴくぴくと動かしてみせた。
「キリヤちゃん、そのウサ耳、本物?」
「と、とと、当然でしょぉ!?
触ってみますかぁ!?」
「いいのか? アニメや漫画の獣人って、耳が性感帯だったりするパターンが多いが」
「あっ! そうでした! やっぱりダメです!
な、ならほら! こめかみ見せてあげますから!」
そう言ってキリヤは長髪をかきあげ、こめかみに人間でいう耳のような器官が存在しないことを見せてきた。
が、それを見てユウキが感じたのは、湧き上がった疑念の払拭ではない。
そのフェティッシュなうなじと、ふんわりと広がる独特の香水の匂いからの感想は。
(……えろっ)
長髪の下からちらりと見えるうなじは、良い。
さておき。
性欲とは生物の生存本能であり、脳内のエロさを感じる部位と恐怖を感じる部位はおそらく近い。
意図せず性欲を刺激されてしまったユウキは、もはや己の衝動を抑えられなかった。
「そういや聞いた?
俺達、祭りの後も少しおかみさんのとこで働かせてもらって、旅をするお金を稼ごうと思ってるんだ」
「あ、そうなんですね。
なら、祭りが終わったらお別れですね。
うぅ……早くお祭り終わらないかなぁ……」
「なんだか嫌われてるみたいでショックだなぁ。
俺なんか君に嫌われるようなことした?」
「あ、ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃ……」
「あーあ。ショックだなぁ。
凹んじゃうよぉ」
「ごめんなさいごめんなさい!
なんでもしますから!」
「ん? 今なんでもするって言った?
ならちょっと俺の相談聞いてよ」
どうみても嫌われるようなことをしているが確信犯である。
「これは会社務めの男性から聞いた話でな。
仮に、ヤマネさんとしようか」
「え? ユウキさんの相談なんじゃ?」
「まぁまぁ聞いてよ。
なんでもしてくれるんだろ?
でな、ヤマネさんは数年前、一人で旅行したことがあって、その時に泊まった旅館を思い出すんだ。
秘湯的な温泉とおもてなしが魅力で、何故か急に行きたくなるんだな」
「温泉! 私も温泉好きです!」
「そうかそうか。俺も好きだぞ。
で、記憶を頼りに車……あぁ、魔法の馬車みたいなもんな、それに乗って旅館を目指すんだが、目印の看板を見て『あれ?』って思うんだよ。
そこには『この先◯◯km』ってあったはずんだが、そこには『巨頭オ』って書いてあったんだよ」
「キョトウオ……?」
ユウキは手元の紙に巨頭オの文字を書く。
異世界だというのに何故か日本の文字が通じるあたり、サダコ姉ではないがやはりこれはこれでチートだなと思う。
「嫌な予感と好奇心が同時に湧き上がり、ヤマネさんが看板を示す方向に進むとな。
そこは廃村に見えたんだよ。ところが、だ」
「……え、えっと、その……ご、ごめんなさい、私……」
「なんでもしてくれるんだよな?」
「うぅ……はい……騎士に二言はありません……」
こみあげるにやにや感をこらえながら真剣な表情でユウキは話を進める。
「するとな、草むらの中からなんだか頭がやたら大きい人間みたいなものが出てきたんだよ」
「……ひっ」
「それも1人や2人じゃない。
周りにもいっぱいるんだ!
そいつらが頭をふりながら気持ち悪い動きで追いかけてくるんだよ!」
「やだやだやだやだ!
逃げてください! ヤマネさん逃げて!」
「まぁ無事ヤマネさんは逃げられたよ。
地図を見たんだが、やっぱり数年前に行った場所と同じだった。
でも旅館はなかったし……なにより、もう二度と行こうなんて思わなかった」
「ほっ……よ、よかったぁ……でも……なんなんですか? 巨頭オって……」
「あぁ、それは……」
ユウキは手元の紙の文字に線を書き加え、キリヤに見せる。
「巨頭村……」
「俺達はこの先旅をするんだけど、そういう怖い村があったらどうしようって思ってキリヤに相談したんだよ。
どうすればいいかな?」
「そ、そんな村が世界のどこかに……あわわわわ……」
「なぁ、どうすればいい? 俺は……俺達はぁっ!」
「ひっ!」
大声をあげて狂ったような目でキリヤに近寄るユウキ。
「俺達はどうすればいいんだぁぁああああ!?」
「うるさいよ!」
ゴッと鈍い音。
頭蓋を抉るような激痛。
そこには武器屋で売っていたフレイルを手にしたサダコ姉が仁王立ちしていた。
「お、いい音~。
お給料で武器買ってみたけどわりと手に馴染むな~」
「さ、サダコ姉ぇ……」
手を伸ばそうとすると、ささっとキリヤが小動物的な動きでサダコ姉の後ろに隠れる。
「サダコお姉様ぁ!」
「お~、よしよし~。
ごめんねぇ、ユウキ君は厳しく叱っておくから~」
「騙されるな、キリヤ! その女は俺達の中で一番……」
「ん~?」
「……イ、イチバン、マトモナヒトです」
「よしよし~」
幼馴染である彼は知っている。
サダコ姉には絶対に逆らってはいけない。
「ほんとあんまりキリヤちゃんに怖い話聞かせちゃダメだからね~。
苦手だって言ってるんだから~。
それに~、するにしても私、その話は嫌いだな~」
「巨頭オか?」
「う~ん、民俗学の観点から考えるとさ~、その話って~……」
と、その時。
外からヨッシーの叫び声が届く。
「逃げろ! 火事だ!」
驚いて窓の外を見る3人。
そこには、2軒隣の武器屋が燃え盛る様子が見えた。
いきなりのことに驚き動けなくなるユウキとサダコ姉の隣を、剣を手に小さな身体がウサ耳をなびかせて走り抜けていく。
その目に恐怖は、ない。
「2人共、無事か!?」
外でヨッシーと合流するユウキとサダコ姉。
火は武器屋だけでなく、街の至るところから立ち上っている。
「な、なんだこれ!? これも焼肉祭の行事なのか!?」
「違うよ! 見て!」
サダコ姉が叫び指差す方向を見ると、そこには全身を鎧で覆った集団が里に火をかけていく。
ユウキはキリヤの言葉を思い出した。
――祭りに乗じて、この里を滅ぼさんとする悪がいます。
私は、騎士として……悪を斬ります。
(本当のことだったのか……!
何故だ……おかみさんも村長さんも、みんないいゾンビなのに!)
目を強くつむり、ぎりっと奥歯を強く噛みしめるユウキ。
「ぼぉっとしない!」
そんなユウキを後ろからサダコ姉が突き飛ばす。
すると、数秒前までユウキが立っていた場所に大剣の一閃が薙ぎ払われた。
それは確実に、命を奪うことを目的とした「悪意」だ。
「このぉっ!」
フレイルで大剣を持った鎧を殴りつけるサダコ姉。
偶然に選んだ武器だったのだろうが、全身を覆うヘビープレートに鈍器は効果抜群だ。
ジャイアントスイングのフォームで振り回されたフレイルが正体不明の相手の腰を砕く。
そのままよろめき崩れ落ちた時、鎧が外れ、中が覗き見えた。
「え……ゾンビ……?」
鎧の中に居たのはゾンビだった。
それはその肌が腐食している様からわかる。
何故? この里のみなさんは、良いゾンビではなかったのか?
サダコ姉が一歩足を引く中、鎧の外れたゾンビが目の前のサダコ姉に喰らいつかんと顔を突き出す。
「サダコ姉! こいつらは里のゾンビじゃない!」
その叫び声よりも早く、放たれた弓矢がサダコ姉を襲おうとしたゾンビの顔に突き刺さる。
「弓!? ヨッシー、お前が!?」
「ボウガンだよ。まさか当たるとはな。
いや、練習の成果か?」
「お前、隠れてそんなこともやってたのか!?」
「当然だ。
先の先を想定して行動するのが僕のモットーだ」
サダコ姉とユウキを連れ立って、一度敵から距離を取ると同時に里の火を消すため近くの川へと走り出すヨッシー。
「なんだよあいつら!? ほんとに里のゾンビじゃないのか!?」
「あぁ。里のゾンビなら、サダコ姉の力で太刀打ちできるはずがない。
あいつ、腰の骨が完全に砕けていたように見えたしな」
「弱いってことか?」
「そう見えるな。
それに鎧のガワからの想像だが、身長も低く体も歪んでいる。
同じゾンビでも別種だろうな。
よし、水を汲んで戻るぞ!」
「あ、あぁ……って、そうだ! キリヤは!?」
両手のバケツに水を汲み、里へと戻る一同。
そこには、異世界が広がっていた。
「な、なんだ……あれ」
「きれい……」
4色の月が照らす光の中、鎧ゾンビ達の中央で戦うキリヤのそれは、巫女による神楽舞のようだった。
「あ、あいつ……あんなに強かったのか!?」
「らしいな。
正直僕もキリヤさんの鎧は頭の悪そうなソーシャルゲームのコスプレにしか見えないなと思っていたが……あの戦闘スタイルなら頷ける」
言うまでもなく、鎧とは防御のための武具である。
相手の攻撃が命中した際に肉体の損傷を守るもの。
少なくとも、鎧ゾンビ達はその用途で鎧を着込んでいる。
だが、鎧ゾンビの集団の中で舞い踊るように剣を走らせるキリヤにそんなものは必要ない。
脇腹や肩が露出していてもなんら問題はないのだ。
そう、それはまさに。
「当たらなければ、どうということはないってことかよ」
だがいくらキリヤが強く敵が弱いとはいえ数の差というものがある。
じりじりと包囲を狭めていく鎧ゾンビ達。
そしてついに、その中の1人が手にした長剣が。
「危ない!」
咄嗟に身をかがめて回避するキリヤ。
だが長い耳が仇となった。
長剣の一閃がキリヤの両耳を切り落としてしまう。
さらにここで、今までキリヤへの包囲を狭めていた鎧ゾンビ達が一斉に距離を取る動きを見せる。
「キリヤ、耳が!?
な、なんだあいつら、何を……光!?」
空には4つの月と輝く星座が見える晴天の夜。
そこに雷が走り、キリヤを貫く。
「こんな天気で雷が落ちるの!?」
「ありえん。いや、おそらく……魔法、というやつか」
「キリヤ!」
雷の電圧は数千万~1億ボルト。
人間がその直撃を受ければ、全身の表皮は焼け爛れ、鼓膜も破れる。
このタイミングでおおよそ10%の確率で即座に心停止に至り死亡。
そうでなくとも、全身の火傷と感電で行動不能になることは確実だ。
しかし、キリヤは何事もなかったように立ち上がる。
「な、なんだあれ……バリア……なのか?」
女性的なセクシャルな部分を露出させる防御性能がまるで感じられないキリヤの鎧。
しかし、その鎧の肌が露出していた部分が今、淡い光に覆われている。
雷の直撃を受けて、白い肌には火傷の痕ひとつなかった。
「対魔法防御鎧だったのか」
だが無傷ではない。
長い耳は切断され、残った根本の部分も雷に打たれた影響か、火をたてて燃え始めている。
だが当のキリヤはそれを意に介することもなく首を振る。
金色の長髪が鎧のバリアと共鳴するように神々しく輝き、ウサ耳の燃えカスが夜風に吹き飛んでいく。
ふわりと広がった髪が星の重力に引かれ元に戻りかけた時。
何もなかったはずのこめかみに、鋭く尖った耳が現れた。
「エr……」
「エルフ!?」
隣で驚きの叫び声を上げたサダコ姉の言葉で、ユウキは口からでかかっていた言葉を押し戻した。
「はぁっ!」
強い地を蹴って跳躍するキリヤ。
建物上から彼女を見下ろしていた鎧ゾンビの手には杖が握られている。
おそらく魔法使いというやつだろう。
今の一撃でその場所を特定したキリヤはその剣で魔法使いを斬り伏せ、屋根の上から叫ぶ。
「将は仕留めました!
しかし、誰一人生かして逃がすことはしません!
里に火をかけるなど、騎士道ではとても許されざる非道!
この世を乱す悪は、祖たるアールヴの名の下に斬り伏せます!」
それは、正義の名の下に発せられる蹂躙予告。
これから始まるだろう虐殺の宣言だった。




