3-3:常識では信じられないゾンビの狂気の奇祭を体験してみた!
――1週間後
「おかみさん、皿洗っときました!」
「お、ありがたいねぇ。
いやぁ3人ともよく働いてくれたよ。
あんた達さえ良ければ、祭りが終わった後も雇ってやってもいいよ!」
「ありがとうございます。
ただ、ユウキは旅をしたいそうで。
路銀が集まるまでの雇用をお願いしてもかまいませんでしょうか?」
「もちろんさ! というか、これまでの給料も払わせてもらうよ!」
「やったぜ!」
すっかり里の人々からの信頼を獲得した一同。
今日までユウキはサダコ姉と共に夕方から深夜にかけて里のゾンビ達から伝承や怖い話を聞いて集め、ヨッシーはゾンビの生態の調査に加えて、自分達がやってきたトンネルの調査を続けていた。
サダコ姉の目が輝き異世界異文化を楽しむ中、他2人の気は重い。
「ゾンビの怖い話って、正直ツボが全然違うんだよな……
なんで話の落ちが手洗いうがいやねん……」
「お前の悩みは能天気でうらやましいよ」
ユウキが怪談師として常識が通用しないことに肩を落とす一方、ヨッシーは元の世界への帰還手段の目処がまるで立たないことに肩を落としていた。
「そんなことよりも~!
いよいよ焼肉祭のはじまりだよ~!」
「んー、そう言われても何か特別なことをするわけじゃなくて、ただ1週間昼夜逆転の生活を送るってだけなんだよな?」
「昼夜逆転は研究に没頭しているとよく起きるな。
というか、イメージとしてはそういう不摂生ではなく、イスラム教のラマダーンに近いらしいが」
・ラマダーン
イスラム歴9月の1ヶ月、日の出から日没までの間の断食を務める宗教行事。
断食と聞いて厳かな祭りをイメージするが、実は日没後に豪華な食事を楽しむ派手な祭りで、現代ではラマダーンの後に肥満になる者が増える問題が浮上している。
日本人には理解に苦しむ教義が多いとされるイスラム教だが実は非常に合理的な宗教。
豚肉の禁食も古代に問題化していた豚肉食中毒を避けるためであることにはじめ、食料生産に乏しく厳しい暮らしを送らざるをえない砂漠での生活に対応するための生活習慣を神の教えとしてまとめたものであることがよく知られている。
ラマダーンも元々は食料の貯蓄と断食による体内のデトックスを目的とした社会と健康のための祭りだったが、前述した肥満問題など現代ではその意味が失われているという指摘もある。
「それじゃ、焼肉祭がんばりますかねぇ」
「あ、おかみさん! 日傘日傘!」
「いやいや。
焼肉祭の期間中は日傘を使っちゃいけないのさ。
よしっ!」
ベチャっと両手で頬を打つおかみさん。
そのまま外に一歩足を踏み出した、その瞬間。
「あ、あああ! あああああああ!!」
「お、おかみさぁぁぁあああん!」
太陽光を受けたおかみさんの皮膚が煙をたてて焼け始めた。
里の中では至るところで同様の光景が繰り広げられる阿鼻叫喚の地獄絵図である。
これに、3人は祭りの名前の意味に気付く。
「こ、これが、焼肉祭……!」
この日より1週間。
里のゾンビ達にとっては厳しい祭りが続くのだ。
至るところで恒星の光にゾンビが焼かれていくという異様とも言える焼肉祭。
この1週間の間、里のゾンビたちはいろいろな理由をつけて積極的に外での作業を進めていく。
皮膚が音をたてて焼ける中で野菜を収穫する様は、傍目に見て。
「拷問かな?」
そんな感想が出てしまってもおかしくないものだった。
「すごい~! すごいわ~!
生で御柱祭を見た時以来の狂気だよ~!」
・御柱祭
長野県諏訪で7年に1度行われる日本三大奇祭のひとつ。
山からモミの巨木を16本切り出し、諏訪の4つの神社まで人力で運ぶ。
中でも山の急斜面を丸太状の柱が滑り落ちる様を大勢の若者が走っておいかける光景は人死が出てもおかしくない恐怖を感じる。
もとい、実際に人死は出ており、2010年の御柱祭では木の柱に乗っていた3人の男性が落下し、うち2人が頭などを強く打って死亡している。
なお、他の三大奇祭は秋田のなまはげ柴灯祭と、吉田の火祭り。
「だがなんというか、御柱祭のような土着の宗教的な異様さは感じないんだよなぁ。
むしろ、そりゃ日中で作業しないといけないこともあるわけだし、その言い訳として祭りって言葉を使ってるだけで、日本で言うなら田植えとか茶摘みみたいなもんじゃないのか?」
「いや、違うな」
ユウキの感想をヨッシーが否定する。
彼はこの1週間、帰還のためにトンネルを調べると同時にゾンビの生態を調査していた。
「そもそも日中にしないといけない作業ってなんだ?」
「そりゃ畑を耕したり、建物を修理したり……」
「何故夜ではダメなんだ?」
「足元がよく見えないだろ。
それに、自然が間近にある上にここ異世界だぞ?
夜行性の動物やモンスターも出るんじゃねぇの?」
「まぁ人間目線ならそう見えるな。
だが、ゾンビの目は人間と異なり夜目に優れる。
彼らの目は、赤外線を視認できる。
死人だけにな」
「……最後の一言いる?」
ともあれ、ヨッシーはゾンビの視界がまるで自分達が赤外線ゴーグルをつけて夜間で行動するような状態にあることを突き止めていた。さらに。
「それと、仮に里のみなさんと戦うことになったら、お前は勝てると思うか?」
「ん。あぁ、まぁ。
みなさんすっかり普通にコミュニケーションが取れるもんだから忘れかけてたが、ゲームみたいなファンタジー的な異世界だもんなここ。
モンスターとして戦うって発想が抜け落ちかけていた」
「……僕達の中で一番ゲームやアニメに詳しいお前から真っ先にその発想抜けるのか」
「先入観があるからこその逆張りインパクトみたいな?
さておき、そうだな……足は遅いから逃げることはできるだろうが、戦うとなるとみなさん意外にも力が強いんだよな。
火炎放射器みたいなものは用意できないだろうが、長物ならあるだろ? 普通に剣と防具売ってるおっちゃんいるしさ。
まさかリアルで『武器と防具は装備しないと意味がないぞ』って言葉が聞けるとは思わなかった」
「ふむ。ならお前は真っ先にゾンビの餌食になるな。
彼らの強さ、特に、耐久力を甘く見ている」
「首チョンパしたり手足がもげても大丈夫ってこと?」
「そもそもそれができんだろうよ。
皮膚表面こそ腐食しべちゃべちゃとしているが、骨格強度はかなりのものだ。
聞いたところによると、里の人たちで骨折経験者はまさかのゼロ。
医者の先生に手前80年分のカルテを見せてもらったが、平均70年の生涯で1人のゾンビが骨折する回数は平均0.03回だ」
「まじか」
「ちなみに脱臼はわりとする。
僕が調査していた際にも、寝違えて首が落ちた女性が自分の頭を抱えて入ってきた。
さすがに怖かった」
「寝違えレベル100」
「つまり、夜にうろつくモンスターなど返り討ちできるということだな。
では改めて。昼しかできないことは?」
「……まるで思いつかない」
「そういうことだ。
この祭りにはまるで合理性がない」
そう話す間にも里の中では光に焼かれるゾンビ達の悲鳴が轟いている。
「そういえば、キリヤちゃんは?」
「部屋で毛布をかぶって震えていたが」
「怖がり小動物系のポンコツ騎士だなぁ。
後で『お話』にいくかな」
「あまりキリヤさんをいじめるとサダコ姉に怒られるぞ。
まぁ……気持ちはちょっとわかるが」
「お前、隠れSだよな」
一方のサダコ姉は村長のキユカタさんに祭りの歴史を取材していた。
「伝承によると、焼肉祭のはじまりは……っぅ……疫病避けで……ぉぉ……今では、健全な、肉体を……ぅぅぅ……」
「なるほど~。
疫病除けってのは私達の世界の祭りでもメジャーな起源ですね~。
ところで、室内で取材させていただいても~……」
「い、いや……村長である私が……ぁぁぁ……茶庭の光の下から逃げるなど……ぅぅ……」
「なるほど~。
この世界の太陽は茶庭って言うんですね~。
でも、そうやって唸りながら話す感じ、私の知るゾンビのイメージにぴったりです~。
なら折角ですし、座る場所入れ替わりましょうか~?」
「っ……そ、それは……!」
「ご遠慮なさらず~どうぞどうぞ~」
「わ、わかっ……うっ……あ! ああああああああ!!」
サダコ姉が座っていたのは大きな窓ガラスで覆われた建物の隣。
恒星の光はそのガラスで歪めて収束され、ちょうどそのポイントに猛烈な光として収縮されるのだ。
「では取材続けますね~。
でも、健康のためって言いますけど、ゾンビのみなさんには物凄く体に悪そうですよね~。
全然合理的に思えないまさに迷信的っていうか~。
いや、そういうところが民俗学っぽいなって思うんですけど~」
「み、みみ、ミンゾ……苦ぅぅうぅ! がぁぁぁぁぁあ!」
「でももう少し調べると迷信なんかじゃなくて~、しっかりとした根拠のある祭りだったってわかるかもしれませんし~
お話、まだまだ聞かせてくださいね、村長さん~?」
「あ、あぁ! む、無りぃ……こ、これ以上は、か、体がぁあああ!」
「どんどん健康になりましょうね~」
「ああああああああああ!」
そんな様子を遠目に見ていた2人は思わず目をそらす。
「……ドSだよな。サダコ姉」
「あぁ。ちょっと引く。
この先この異世界で戦わざるをえない時や拷問せざるをえない時が来てもサダコ姉がいれば安心だ」
「拷問せざるをえない時ってどんなだよ」
こうして1日を終える頃には里のゾンビたちは半死半生。
いや、デフォルトがほぼ半分死んでいるので7割5分死んでいるというべきだろうか。
以前話題に出たラマダーンでは日没後の豪遊を解説していたが、彼らにはそんな気力は残されておらず、息も絶え絶えで土の中に帰っていく。
そして翌日、再びこの地獄に飛び込むのだ。




