婚約破棄って婚約している人とするものですよね?
私、オリザは商談のためロスレス伯爵家に訪れていた。伯爵は少しはずせない用事ができてしまったとのことで、応接室で一人まつこととなった。
……にしても噂通りロスレス伯爵家は豪華ね。壁には悪趣味な金の額縁に髪の毛が失われたおじさんの肖像画が描かれており、頭上でキラキラと目に悪いシャンデリアが光輝いている。極め付きは私の座っている、とても座り心地の悪いソファ。宝石をソファに散りばめるって利用客のこと考えていないわよね?
成金趣味の塊ね……まあこういうとこの方がいい取引相手になることもあるわ!今日も商売頑張るわよ!
ドバタン!!
応接室の扉が勢い良く開く。
何事!?私、何かやらかしたかしら!?……もしかしてこのソファ、座る物じゃなくて鑑賞するものだったとか?
「おい、お前!」
開いた扉から、二十歳ぐらいに見える青年が私につかつかと近寄ってくる。
す、すみません。すぐにソファを鑑賞しますから!ほら、今ジロジロ見てますよ!手すりのきらめき具合、素晴らしいと思います!私の顔、反射しちゃってますよ!
「……なにしてんだよ」
男は私に怪訝そうな表情を浮かべながら、反対のソファにドカッと座った。
違ったらしい……
ソファは座るものですよね。当たり前ですよね。えへへ……
「ゴホン、えっとあなたがラルド・ロスレス伯爵でございますか?」
今回の商談はラルド・ロスレス伯爵ご本人のみが来るとうかがっている。でも伯爵ってずいぶんとお若いのね。
「……俺があのハゲ親父に見えるって、お前の目は節穴なのか?」
……一回殴っていいかしら?殴っていいわよね?その高い鼻はへし折られるためにあるのよね?そうよね?
というかこいつ伯爵のことを父上って言った?……もしかしてこいつが噂のハミルトン・ロスレス!?眉目秀麗で女性貴族の間で人気ナンバーワンのあのハミルトン!?
ぜんぜんそうは見えない。眉目秀麗?あの間抜け面が?人気ナンバーワン?あの紳士の亡骸みたいな態度が?世の中の女性は何を見たのよ!
「……何か失礼なことを考えていないか?」
「い、いえ、滅相もございません」
私は首をブンブンと、それは凄い勢いでふった。たぶんあと少しでも速度を上げれば、首は吹き飛んでしまうだろう。
「まあいい。とりあえず婚約は破棄させていただく」
は?……いや、は?
すいません。すこし考える時間を頂けませんか?私はいつ婚約をしたのでしょう。それになぜ婚約破棄をされたのでしょう。何こいつ?噂の真逆じゃない!あ、もしかして「眉目秀麗(笑)」「人気ナンバーワン(下から)」ってこと!?そうに違いないわ!
「なに呆けた顔をしている。公爵家という立場を利用して書類を改竄し、勝手に婚約を結びやがって。顔も知らない相手といつの間にか婚約していたなど、笑い話にもならんわ」
公爵家?私は平民だけど?
もしかして……
「えっと……どなたかと勘違いをされてませんか?」
「?今日家に来ると連絡を寄越したのはお前ではないか。アリス・クロード」
ドバタン!!
本日二度目の乱暴な扱いに応接室の扉は涙目です。それに私の名前はオリザです。完全にとばっちりで私の心も涙目です。
扉から小柄な女性が綺麗な金色の髪をなびかせながら入ってくる。嫌な予感しかしない……私は空気。私は透明人間。私はソファ……いや、上に座られたくはないな。
「ハミルトン様!婚約者の私がいるっていうのに誰よその女!」
嫌な予感的中!ここまでくると嬉しいまであるわね。
「な、君がアリス・クロードか!だとしたらこの女は一体……」
「ブツブツと言い訳しても無駄ですわ!ハミルトン様!早くその女から離れてください!あなたは私の婚約者になったんですから!」
「ああ、その話無しでお願いするよ」
そういえばそうだったねとハミルトン伯爵令息は言う。それ火に油をそそいでいるだけでは……
「な、なによそれ!もしかしてその女と浮気してたの!?そんな女のどこがいいのよ!」
「え?いや、しらないよ」
やっぱり殴ってほしいのね?そうよね?わざとなのよね?自慢の顔面ぐちゃぐちゃにしてほしいのね?
ああ、でも今が商談の時かしら。顔面をどろどろにするのはまた今度にしよう。稼ぎ時は逃せないわ。
「ハミルトン様、大金貨一枚で婚約破棄を円滑に行うことができますが、興味はございますか?」
「「なっ」」
ハミルトン令息とアリス・クロード公爵令嬢が同時に口を開く。
「何をいってるの!この女!」
「なんだと!?その話が本当ならぜひお願いしたいが、どうして急にそんなこと?」
ああ、そういえば自己紹介がまだだったわね。
「挨拶が遅れて申し訳ございません。私、『破局屋』のオリザというものです。以後お見知りおきを」
「破局屋……聞いたことがあるぞ。その方に頼めばいつの間にか相手から嫌がられるようになると。よし大金貨一枚払う!婚約破棄をさせてくれ!」
嫌がられるとは心外な。円満に破局をさせているだけだというのに。
しかし商談は成った。思わぬ臨時収入。ありがたや、ありがたや。
「ちょ、ちょっと、私抜きで話を進めないでよ!私は婚約破棄するつもりなんて一ミリもないんだからね!」
「アリス公爵令嬢、あなたがハミルトン伯爵令息と婚約をされたいのは美しい見た目と素晴らしい噂のためでしょう?」
「そ、それもあるわね」
この反応、十中八九それだけね。
「アリス様、それは幻想に過ぎません。なぜならハミルトン様は性格が煮えたぎった糞みたいなゴミクズ野郎だからです」
「……さすがの俺でも傷つくことはあるぞ」
ハミルトン様、黙っていてくださいませんか?今、アリス公爵令嬢を説得しているところなのです。ええ、もちろん仕返しだとかいう気持ちは少しもございませんわ!……たぶん!
「ハミルトン様は他人のことを信用していません。自分より秀でた者は一人もおらず、自分の意見が必ず正しいと心の底から信じておいでです」
「……それは案外的を射ているな」
……本当にそんな風に思っていたの!?やっぱりこいつ性格糞だ……
「そ、それでもイケメンだからいいじゃない!」
アリス様、そのフォローの仕方はどうかと思います。
「しかしアリス様、あちらの肖像画をご覧ください」
私は部屋にある、悪趣味な金の額縁で飾られた肖像画を指差す。そこには髪の毛が戦線離脱したおじさんの絵がかかれていた。
「あれはハミルトン様のお父上、ラルド・ロスレス様です。髪の毛が残念ながら散ってしまっています。そしてこれはロスレス一族全てに同じことが言えます。もうどういう意味かわかりますよね?」
「ハ、ハミルトン様も、しょ、将来……嫌!そんなこと想像したくないわ!!」
「……ほんと散々な言われようだ」
「でしたら婚約をするのではなく、思い出として、美しいままハミルトン様を補完するのはいかがでしょうか」
アリス様はうんうん悩む。まあ私は髪の毛がどうなろうがどうでもいいが、恋する乙女には死活問題なのだろう。難儀なことだ。
「……確かにあなたのいう通りだわ。私、婚約破棄を受け入れますわ。ハミルトン様、美しいうちにさようなら」
「……どうも」
ハミルトン様がぶっきらぼうに答える。そう言い終えたアリス様はそそくさと部屋を後にした。
「私は髪の毛の有無は重要だとは思いませんからね?」
「……どうも」
「いやはや、遅れてすまない」
ハミルトン様も部屋から出ていき、少しすると今度は本当にラルド・ロスレス伯爵がやってきた。キラキラと眩しくて直視できない。……もちろん表情がよ?あなた、何と勘違いしてるの?
「いえいえ、ところで本日はどのようなご用件で」
「いや、ハミルトンのことだったのだが……どうやら解決したようだ」
ランド伯爵は楽しそうに口角をあげる。なんだ、商談ってそのことだったのね。……もうすこし高い料金を吹っ掛ければ良かったかしら。
「にしても素晴らしい手際だった。ああも上手く丸め込むとはね」
この言い方……ランド伯爵、さては隠れて見ていたわね?どうもなかなかのタヌキらしい。さすが貴族社会で生き延びてきただけはある。
というか髪の毛の発言聞かれてたのか……気まずいなあ……
「して、そちらを呼んだ望みは叶えられたのだが、今日新たにしてほしいことができてしまってな」
「……なんでしょうか?」
「いや、大したことではないのだが……私の息子と婚約してくれないか?」
……は?あいつと婚約?
あり得ない。冗談でもあり得ない。沼地のワニとキスをするか、ハミルトン伯爵令息と婚約するかの二択しかないのであれば、悩んだふりをしながら沼地のワニを選ぶ自信があるわ。
あいつと婚約なんて絶対にありえないわ!ぜ~ったいあり得ないから!
いや、ふりじゃないからね!!
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追記:破局屋シリーズ続編の「ストーカー伯爵令息と縁を切る方法」を投稿いたしました。もちろん短編として、続編だけでも楽しめる内容となっています。作品情報の「破局屋シリーズ」から簡単にアクセスできますので、読んでいただけるととても嬉しいです。