なんだこいつ
罠にかかったあげく、魔物に薬剤を吹き付けたコイツが召喚士なのではなかろうか。見たところ魔力はありそうだが、用心しておくに越したことはない。アランは魔法省の対魔物課へ罠周辺を調べるよう緊急連絡用のメッセージを送った。
魔物を使役する召喚士には、魔力がない者がなることが多い。といっても誰もが召喚士になれる訳ではなく召喚するための陣を描く能力、魔物を躾ける能力が必要となる。魔力持ちは魔法が使えるため、わざわざ魔物を使役せずとも、さまざまなことができるので召喚士になるものは少ない。
鳥籠の中を覗くと、先ほどから飽きずにハルが魔物に飛びかかられている。ハルの周囲には魔法で防御壁を設置しているため、食べられたり傷つけられたりすることはないが、精神的にはこたえるだろう。
魔物の怒りはなかなか収まらないらしく、30分はその状態のままだ。はじめのうちは絶叫していたハルも慣れてきたのか静かになっている。というより静かすぎだ。心配になってハルがいるはずの中央を見てみると、大の字になって眠っている。その姿を見て魔物はさらに勢いづく。
「おい! 起きろ! 我らを殺そうとした癖に、幸せそうな顔で眠るんじゃない!」
「そうよ! ふざけんじゃないわよ!」
この状況では、魔物が人間の住む地区にどうやって入ったのか聞き取りができないので、別室で静かになるのを待つことにした。どうせ鳥籠には出られないよう魔法をかけている。
魔法省の対魔物課に勤務するアランは、普段は結界周辺の警備や突然現れた魔物の討伐などに従事している。独り身で特段の趣味もないため、休日になると自作の罠を設置して、その様子を監視している。
職場の同僚に寂しい奴だと蔑まれているが、自分の常識に当てはめてくる奴の意見などどうでも良い。警戒をしておくに越したことはない。市民が安全に暮らせるようにすることこそが我々が存在する意義だと思っている。
ここフロメン国では100年前に大魔法使いがかけた結界が弱まりつつあり、それによって魔物被害も増えてきている。1ヶ月前も結界に穴があき、そこから侵入してきた魔物に子どもを攫われたことがあった。幸い偶然いあわせた魔物対策課の魔法使いに助けられ、子どもは無傷であったが、心に深い傷をおってしまった。この時にあいた穴はすぐに補強することで事なきを得たが、これからも結界は徐々に弱まっていくだろう。
同じく召喚士も厄介な問題だ。召喚士がいれば、いつでもどこでも魔物を呼べてしまうからである。召喚士は、市民の暮らしに結びつくような魔物を使役する者から、恨んだ相手に復讐するために魔物を使役する者まで、さまざまな目的を持って魔物を召喚する。中には魔物をペットとするために金持ち相手に召喚ビジネスをしている者までいる。
思案をしながら、手にしたカップを口に運ぶ。引き立てのコーヒーは美味い。尊敬している先輩がプレゼントしてくれたものだから、なおさらそう感じる。そういえば先週、昇進の打診があったようだが、結婚予定の恋人が病弱だから傍にいられる時間を確保したいとの理由で断ったと聞いた。欲に溺れて職務を怠る同僚とは違い、文武両道で上に媚びず、下の者へも対等な態度で接してくれる先輩と恋人との仲睦まじい様子を聞くと微笑ましく思う。
突然、爆発音が聞こえた。口からコーヒーを吹き出しそうになりながら、鳥籠のある部屋へ急いで戻る。
「何があった!?」
扉を開けると、鳥籠の残骸と標準サイズに戻ったハルがいた。どうやら魔物は爆発により消えてしまったらしく、後に残った排泄物や体液が悪臭を放っていた。その中心でハルは蹲っている。
「こっちにおいで」
なるべく優しい声色になるように気を付けてハルに呼びかけてみる。
「…臭い」
悪臭に顔をしかめながら、ハルがゆっくりとこちらを向く。このままの状態では話を聞くのもままならないと思い、部屋とハルに洗浄魔法をかける。洗浄魔法はあくまでも排泄物や体液を取り除くためのものなので、スッキリきれいとはいかないが、このままの状態よりはマシだろう。
「…まだ臭い」
ハルが不満を漏らすが、鳥籠が壊れてしまった以上は何があったか事情を聞くまで目をはなせない。ハルをイスに座らせて2人分のコーヒーを準備する。話を聞こうと向き直った瞬間、口を大きくあけた新たな魔物がハルを飲み込んでいた。