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苦手なものは苦手

「ここは楽園か?」


ついさっきまでそう思っていたのに、急に真っ暗な空間に閉じ込められていた。まさしく漆黒と言っても良いくらい、真っ暗で自分の手も見えない。


辺りの様子を調べるために、自分の周りを撫で回してみる。床はサラサラとした、よく磨かれた木の床のようだ。それ以外の手が届く範囲には何もない。もっと情報を得たくてジリジリと前方へ移動してみると、指先に生暖かい空気が触れた気がした。


「はぅっ!」


何もないと思っていた空間に生物の存在を感じてしまい、怖くなる。もっと手を伸ばして見ようか……だが噛まれたら……人なら失礼にあたるかしら。


「誰かそこにいるの!?」


甲高い女性の声がした。ほっとしてこちらからも声をかけてみる。


「すみません、人がいるとは思わなくて。失礼いたしました。私はハル

。あなたは?」

「こんなところで呑気に自己紹介なんかできないわよ!」


もっともだ。キンキンと響く声で、なおも彼女は叫ぶ。


「なんで、あたしがこんな目に……おいしそうな猫たちを触っていただけなのに!」


こんな事態に陥る前は、私もたくさんの猫たちを見つけて浮かれていた。お師匠さまから頼まれていたおつかいを済ませて帰る道すがら、猫の溜まり場を発見したのだ。


暑い日差しのもとをダラダラと歩いていると、きれいに剪定された草木と、涼やかな木陰がある小さな公園があった。そこには白猫や黒猫、三毛猫に虎猫、長毛猫、毛のない猫、手足がスラリと長い猫や短い手足が可愛らしい子猫など、魅力的な猫がたくさんいた。猫好きならたまらない空間がそこにはあった。


おつかいが終わって気が緩んでいたこともあり、ここで少し猫たちを堪能させてもらおうと毛並みの良い白猫を触ろうとした瞬間だった。いきなり周囲が暗転し、この空間に放り出されたのだ。先ほど彼女も猫のことを言っていたので、どうやら彼女も同じ経緯でここにきたようだ。


「猫、お好きなんですね」

「そうよ! 特に魔力をまとわせている猫がね!」


魔法使いが使役している猫は、使い魔の契約をしているため、その体に魔力をまとっている。使い魔なので使役している魔法使い以外にはあまりなつかないのだが、猫好きの中にはそのツンツンしたところが堪らないと思う人もいるため、彼女もその口かと納得する。


私は自分に擦り寄ってくる猫が好きだ。ツンツンする猫など可愛げがない。でも最初にツンツンさせておきながら、慣れたらゴロニャンしてくる場合には歓迎する。


「おい、静かにしろ」


突然、低い男性の声が聞こえてきた。


「あまり騒がしくしないでくれ。ここはあまり広くないから、声が響いてうるさくてかなわん」


確かに、先ほどキャンキャン騒いでいた女性の声もかなり響いて、うるさく感じていた。


「あの、あなたも猫の楽園からここへ?」

「ああ、そうだ」


なるほど。こんなにダンディな声をした男性でも猫に魅了されるのか。わかる。可愛いものね。できることなら存分に猫を触りたかった。あの白猫はすぐに触らせてくれそうだったのに。つい心の声がこぼれた。


「できれば猫をたくさん触りたかった……」


男性は呆れたように言う。


「お前はさっきから緊張感がないな」


私は19才という年齢で、既に人生の酸いも甘いも知っているため、もうこの世に未練はないのだ。お師匠さまは私がいなくなると泣くかもしれないけど。


「この状況では何もしようがないので。もしもの時の覚悟も既にできていいます」

「そうか……。ならば食べても良いのかな?」


ん?食べる?何か食べ物を持っているのか?そういえば、もうお昼をとっくにまわっているはずだ。私も何か食べたい。


「何か食べ物を持ってるんですか?」

「お前がその食べ物だよ」

「え?」


その時、急に光が差し込んできた。眩しい!目が潰れそうだ。


「まぶっ!」


先ほど話していた男性と女性も、ギャアとか、うあぁとか叫んでいる。

ギュッと瞑った目を腕で庇っていると上の方から穏やかな男の声が聞こえてきた。


「その子を食べるのは少し待ってくれ」


慣れてきた目を周囲に向けると、閉じ込められていた空間が鳥籠だと知る。そして周囲を囲む黒光りするもの。体長が5メートルはありそうな大ムカデが戸愚呂を巻いていた。


「ぎゃああああああ!」


真っ暗な空間では落ち着いていられた精神が決壊した。私はムカデのど真ん中に居たのだ。


「いやああああ! 虫! 足がいっぱいある虫嫌い! 怖い!」

「誰が虫だ! あとムカデじゃない!」


大ムカデが喋った!


「ふふ、恐いわよねぇ、足が無駄にいっぱいあるムカデなんて。その点、あたしはちょうど良い本数だから美しいでしょ」


サソリが喋った!先ほどキャンキャン言っていた女性はサソリの形をしていた。ただし、腕は鳥の足のような見た目をしている。なんて恐ろしい、私は先ほどまでこの2匹と一緒の空間にいたのだ。真っ暗で良かった。頭がおかしくなるところだった。


「出して お願い 出して 早く 虫 恐い!」


上からのぞいている黒髪の巨大な顔に訴える。男は顎に手を当てて考える素振りをしながら言った。


「そうだね……。どうやら人間のようだから、一旦あなただけ出そう。ただし、妙な真似をしたら、すぐに戻ってもらうよ」


妙な真似とは心外な、突然こんな空間に閉じ込めたくせに! そう思ったが、とにかく出して欲しかったので無言でコクコクうなづいた。


解放されると、巨大な男は通常サイズに、鳥籠は手のひらサイズになった。どうやら魔法で小さくされていたようだ。


「さて、なぜ人間の住む地区にお前たちはいたのかな?」


ムカデとサソリに黒髪の男性は問いかける。先ほど名前をアランと教えてもらった。


「……」

「人間のいる地区に入るには結界に穴を開けるか、召喚されるかしか道はないはずだが……こちら側にお前たちを手引きした者がいるのかい?」


アランが優しい声音で問いかける。


「……」


穴があると答えれば、今後入られないように結界に処置を施す必要があるし、召喚によってここに現れた場合は、召喚した者を罰する必要がある。


通常、人間の住む地区には魔物が入れないように強力な結界が施されている。魔物は人間を襲って食べる。特に、抵抗が弱く肉がやわらかい女性と子どもが狙われやすい。あと、魔力を体にまとっている動物もだ。


魔物による被害を未然に防ぐために、アランは結界内に入り込んだ魔物を捕まえるための罠を仕掛けたのだ。餌は魔力をその身にまとった猫たちだ。


ブシューッ。


問いへの答えを聞く前に、近くにあった殺虫効果のある薬剤をムカデとサソリに向けて私は噴射した。虫がこわくて思わずかけてしまった。瞬間アランが鋭い眼光でこちらを睨み、私は鳥籠に戻された。


「どうしてー!!」


虫型の魔物が蠢く鳥籠に戻されてパニックになる私。


「そんなもので魔物が死ぬことはないが、君の行動は証拠隠滅を意図したものだと判断した」

「ごめんなさい! だって足がいっぱいある虫をこれ以上視界に入れたくなくって! 許してください!」


その言い草と先ほどの暴挙に魔物が威嚇してくる。だめだ殺される。ムカデとサソリがこちらに突進してきた。思わずうずくまっていると、いつまで経っても衝撃がこない。そっと顔をあげると、ムカデとサソリがこちらに何度も突進してきてはいるものの、その度に跳ね返されているようだ。


アランが防御壁をつけてくれたようだ。ありがたい。巨大なアランの顔を見ると、私を哀れみの目で見ていた。なんで!


「……君は自分のしたことをよく考えて、しばらくそこで反省しているように」

「く! 私は悪くないのに……」


今度は呆れた顔をされた。そもそも魔物用の罠になぜ私が引っかかったのか。

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