表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/99

98.織るように 其の二

 ――汲んだ水を火にかけて、湖畔で採取し揉捻しておいた葉を配合する。

 井戸の方に目を向けりゃ、セージとイオリが大皿を慎重に洗い流していた。


 手元に視線を戻し香を嗅ぎ、薬草の袋を取り出しいくらか混ぜておく。

 手持ちには余裕があれど、どれだけかかるかしれねぇ旅だ。

 何処で何が調達出来るかも分からぬ内は、こうして補う程度に使っていくつもりだ。


 ――軽く煎り、擂り潰し……己――【ヤカラ】の手元を、戻ってきた二人が黙して眺めている。

 最初の頃は物珍しさからかあれこれ喋りかけてきてたんだが、最近じゃ専らこうして静かに観察するようになった。


 つーか、コイツらが此処でこうしている間にも、背後の卓では喧々囂々と話題は進んでいるようなんだが……離れそうにもない気配に仕方なく、分けておいた薬草を割いて二人に与えてやる。

 セージはフンフン嗅いでからひと口に放り込み、直ぐにンべ、と舌を出して吐き出す。

 毎度の事ながら躊躇いがねぇな。

 イオリは慎重に嗅いでから端を少し噛み、顔を顰めながら暫くは食んでいる。

 そうして毎回ソっと吐き出して口を濯ぎにいくんだが……いつもならそのまま卓で大人しく待つくせに、今回は再び己の両脇に戻ってきた。


 ――湯呑を温め茶を蒸らし、抽出すんのに暫し置く。

 蒸気孔から細く立ち上る湯気をやはり黙して眺め……


「あーホラ、後は淹れるだけだから先に卓に着いとけ。つーかアンタらの話をしてんだろうが。ここで時間潰してんじゃねぇよ」


 どうしてくっ付いて来ちまったんだか、自身の身にまつわる大事な話の途中だってのに、己の後に付いてきて皿を取り上げるわ、こうして暇を潰してやがるわ……

 軽く窘めてシッシッと払えば、見上げてくるコイツらに、ハァ〜? と呆れた目で返された。


「も〜ヤカ兄も保護者でしょ〜、もーちょっとちゃんと自覚、して?」

「ボクたちの素行で責任問われるのソッチなんだからね。面談一つで評価が下がるのはコッチなんだし、気を抜かないでもらえる?」


 ……何だ今、逆に窘められたんか?






 ***






 全員がそろっても、テーブルにはどんよりとした空気が漂っていた。


「え〜とぉ……つまり、アランがコイツラを異界から連れて来たのは、旅をしたいからっつー……そんでコイツラをイシマトイにした……えぇ〜コレどーやって報告したらいいんだよぉ~」


 目の前に置かれたカップを見つめたまま、ジーノが頭を抱えている。

 ブツブツと呟くのは確認のためというよりも、自分に言い聞かせている感が強い。

 一方でアルゴは口を引き結んでいるけれど、その表情には不満がありありと浮かんでいた。


「――あ、これ今朝摘んでいた葉だよね? やっぱり山のものと雰囲気が違うんだねぇ」

「種類は同じでも、結構環境で変わるもんだな。山のに比べると雑味が少ねぇわ」


 その傍らでは、重い空気をガン無視したレイとヤカラがホッコリとお茶を嗜んでいる。

 そんな相反した空気を眺めつつ、ボク――【イオリ】も、ヤカラが淹れてくれたカップに口をつけた。


 先ほど味見させられた、生の葉っぱ特有の青臭さはすっかりと消え、ほのかに甘い余韻を残したお茶に仕上がっている。

 爽やかな香りに、気分も思考もほぐされて、ボクも情報を整理してみるコトにした。


「えっと、たしか、アランは紫眼の一族ってヒトたち以外には扱えないんだったっけ?」

「……俺は納得しねーぜ。あの聖石が紫眼以外に憑くなんざ認められるかよ」


 ボクの質問に反応したアルゴがすぐさま、ギッ、と見据えてくる。

 彼らの常識では、アランという聖石は特定の人間しか扱えない――とされているらしい。

 【神の憂い】とまで称されているアランのポテンシャルを引き出すには、神の血を受け継ぐとされる一族でもないと到底無理なのだろう。


「そう言われても、アランがそう認めたんだから仕方ないじゃんか」

「ざっけんなっ! 異界だか何だか知らねーがコイツらとアランに何の繋がりがあるってんだよ」


 たしなめるようにレイが言った内容は、ぶっちゃけ、『アランが白と云えばどんな色でも白となる』的な暴論に等しいのだが、対するアルゴは、やはり憮然とした態度をくずさない。

 そんな彼の言い分はもっともだと思う。


 ボクとセージが紫眼とやらでないのは言わずもがな、お互いに何の縁もゆかりも無い、赤の他人同士である。

 本体のほんの一部らしいウニとシエルの両方を呼ぶのに特定のエネルギーが必要だとか、現れただけで強烈な眠気に襲われてしまうとか、残念ながら今のところボクたちがイシマトイとして活躍できるイメージがまったくつかない。


 本当に、何の因果があってアランはボクたちを選んだのか――そんな疑問を代弁するかのようなアルゴのツッコミに、レイはキョトンと瞬いて。


「関係……はなさそうだったよね、あの口振りだと」

「加護与えたんのも、ついでみてぇだったもんなぁ、あの口調だとよ」

「ハァッ? ちょっと待て、コイツらだけじゃなくテメーらもアランに会ったのか!?」


 となりのヤカラとゆる〜く頷きあうのに、アルゴはついに身を乗り出してきた。


「まぁな、声だけは可愛らしいもんだったぜ」

「ア? 声()()()ってどーいう意味だよテメーコラ」


 ヤカラの返答に、なぜかアルゴはブチ切れる。

 今にもつかみかかりそうな勢いに、ジーノもハッと我に返ったようだ。


「だぁーもーアルぅ、まーた失礼な態度とってるさ。この二人にも怒られたばっかしだろー」

「るせーっ、先に失礼なコト言ってきたのはコイツだろーが!」


 またもギャイギャイ言いはじめる彼らに、ボクも仕方なくカップを置く。


「いいよ、この程度なら別に。アッくんの口だけは悪いのにはもう慣れたし。ね、セージ」

「うん、アッくんそんなにキレーな顔してんのにな〜」

「ア? 俺の顔が良いのはトーゼンだろーが。目ぇ腐ってんのかよ」

「ごめんなーコイツ双子の姉ちゃんいてさー顔ソックリなの自慢なの、ゆるしてなー」


 心底、残念そうな顔で見上げるセージに対し、アルゴはおそろしく整った顔立ちで睥睨してくる。

 うーん、ジーノの言うように、こんな美麗な双子がいたらそりゃあ自慢のひとつも……うん?なんか今、繋がりが見えてきたような……


「えっ、双子? 妹さんじゃあなくて?」

「まってセージ、ボク何となく分かったかも」


 キョトンと呟くセージに待ったをかけ、ボクは頭の中で散らばっていた情報をかき集める。


 ――ボクらが初めて対峙したあの時、アランは姿を借りたと言っていた。

 その容姿から、セージはアルゴの妹の姿だと思っているのだが……そもそも、アランは『内乱』以降に異世界に渡っているというハナシではないか。

 というコトは、アランの()()()での記憶も、何年だか前の()()で止まっているハズなのだ。


 バラバラだった手持ちの情報が今ここで、一つに繋がろうとしている。


 山に降りた紫水晶の瞳の少女。

 レイがキュイエールを訪ねた理由。

 レイのかつての仲間は、アルゴの身内で――西の都まで旅をした。


 そしてアランは、()()旅がしたい、と願っている――つまり。


「ボクたちが見たアランは先代のイシマトイの姿であって、()()は昔、レイサンと旅をした仲間だった――それが、アッくんの双子のお姉サンなんじゃない?」

「おぉ〜、つまりあのコは、アッくんと同じくらい成長してるってこと?」

「そう、きっと当時はまだ子供だったから、あの姿だったんだよ」


 目を輝かせたセージに、コクリと頷いてみせる。


「アランのイシマトイである彼女は、あの山から西の都を目指して旅をした。そして今もアッくんたちと住んでいる。だからレイサンも、手掛かりはそこにあるって言ったんだよね? このルートはアランが昔旅をした道のりと同じ――つまり、ボクたちはその旅を再現しているんだ!」

「おぉ〜、てことはレイ兄は、最初っからあのコに会いに行くつもりだったんだ!」

「――コフッ」


 ひと息に言い切ってから、セージの声とともに響いた妙な音に、ハッと我に返る。

 テーブルは、シン、と静まり返っていた。

 パチパチと拍手をしてくれているのはセージだけで、その他は生ぬる〜い視線をボク――ではなく、やたらと咳き込むレイへと向けられている。


「レイ……そのあたりの説明まるっとしてないのな」

「チッ、ヘタレかよ」

「そんな事だろーとは思ってたがよ、もちっと自覚しといた方がいいんじゃねぇか? それとアルゴ、俺等が会ったのは声の方だけだぜ」


 みんなしてレイを囲ってやいのやいの言ってるが、この感じからするとボクの推理はあながち間違ってはいないのか……よく分からないが。


「フン、何にせよアランがそこまでしてんだ、西に来るのは確定なんだろ。だったら俺は帰るぜ」

「ええ〜、まだみんなとキャッキャしてたいさ〜」


 ガタリと立ちあがったアルゴのいきなり帰る宣言に、ジーノは文句を言いつつも席を立つ。

 突飛のない彼の行動には、きっと慣れているのだろう。


「そっか。……俺達はどうしようか?」

「……出立の準備が整う頃には乗り合い馬車も出払っちまってんじゃねーか? 北の方も半日かかるんだろ、また一晩歩くつもりかよ」


 唐突に打たれた終止符に、レイとヤカラも打ち合わせをはじめるが……もしや、今ので話し合いはまとまってしまったのだろうか?

 ヤカラは難色を示しているが、どうやらレイはもう出発する気みたいだし。


 ……個人的には、もう一泊くらいしたいけれど。

 湖も見そこねたし、フワフワプルプルパンも美味しかったから、みんなで食べれたらいいのに。

 というか……


(セージへのプレゼント、選びそこねたな)


 この小さな町における観光客の滞在時間は、短いという。

 なんだかんだあって遅いランチになってしまったし、今から行ってももう閉店準備は始まっているにちがいない。


 ……だからといって、ボクのために残ってほしい、なんて、そんなワガママを言う気もないけれど。


「……ハァ、ンな狂った歩き方してんのかよ。山に籠ってたクセに全っ然大人しくなってねーんだな」

「コレが大人しくなる訳ねぇだろ、毎っ度、無茶苦茶な登り下りしかしてねぇんだからよ」


 気づけば、アルゴがレイを見てため息をついているが。

 ヤカラも一緒になってダメ出ししているけれども――うん、その辺に関してはもっとちゃんと言ってほしい。


「まーまー、前みたいに脅威が差し迫っているってんじゃないんだろ〜? 今回はダンナ達もついてるし、気楽に行けばいいさ、なっ、レイ」

「ジーノ……やさしい」


 アルゴとヤカラに加えてボクたちの無言の肯定にいたたまれなくなったのか、ジーノがすかさずレイを庇いにいった。

 あわや四面楚歌となりかけたレイもよほど感極まったのか、ジーノの腕にすり寄っているし。


「甘やかしてんじゃねーよ、放っといたら無茶しかしねーのはテメーも知ってんだろーが」

「その通りだぜ、大体俺等の言う事を素直に聞くタマじゃねぇだろうがよ、コレは」


 仲のよろしくないハズの二人がタッグを組んでいる。

 なんだ、いわゆる近親嫌悪というヤツか?


「ジーノ〜、俺、怖いかも〜」

「ほら〜レイも反省してるのさ、許してやれよ〜」

『ぜってー反省してねーだろっ!』


 またもや始まってしまった、男たちの子供みたいなじゃれ合いにも、セージだけはヘラリと笑う。


「なんかオレ、西の都に行くの楽しみになってきたかも〜」

「……そう?」


 むしろボクはこれからの旅路に、一抹の不安を覚えてしまったのだけれど?

 ……いや、これからもボクがしっかりしていればいいだけのハナシだよな……うん、キットダイジョーブ。


 胸の内で祈るように言いかせてから、ボクはふたたびカップを持ち上げるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ