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95.昼餉に漂う 其のニ

 キラッキラのスープにつかるツヤツヤテロリとしたロールキャベツにかぶりつけば、ジュースみたいにジュワリとお口の中いっぱいに肉汁が溢れてくる。

 どこまでもやわらかいお肉の中に、ときどきゴロッとしたお肉も混じっているみたいだ。

 しっかりと噛めば、ワイルドなお肉味がまだちょっとシャクシャク感の残るキャベツとマッチして、ちがった味わいになるのもこれまた良きかな。


 飲み込むのがもったいない……いや――これは、もはや飲みものかもしれない。


 ゆっくりじっくり味わって至った悟りも、すぐさまレイにツッコまれちゃったけど、オレ――【セージ】は動じない。

 そう、なぜならばロールキャベツとは、すべてを包みこんで受けとめてくれる偉大なる存在なのだ。

 天はロールキャベツの上に人を造らず、ロールキャベツの下に……って、なんかものっそいいきおいでロールキャベツが減っていってない?

 あんだけたくさんあったのに、ちょっと悟りを開いている間にもう半分くらいになってない!?


 さらわれていくロールキャベツを目で追えば、アルゴがフォークをロールキャベツにぶっ刺しながらごーかいに口に運んでる。

 うむ、食べ方もワイルドですな。お顔こんなにキレイなのに。

 そしてさっきからひと言も喋ってないけど、イオリもていねいにかつものスゴイいきおいで食べ続けている。

 うむうむ、アルゴといい勝負ですな、オレも負けてらんないぞっ!


 気合いもじゅーぶん、急いでロールキャベツの山に手を伸ばすのに……レイの放った衝撃のひと言に、取りかけたロールキャベツがツルリとこぼれ落ちてしまった。


――……ロールキャベツっ!!


 取り箸からテーブルへ向かってロールキャベツがダイブしていく!

 ……のをしかし、すんでのところでアルゴのお皿がキャッチしてくれた。

 そのままシレッと自分の口に入れたアルゴを冷たい目で眺めている間にも、テーブルの向こうでは話が続いていく。


「そーそー驚くよな。あんな僻地から、遠路はるばるアルの風に乗ってやって来たんだぜー」

「それ、途中の路銀はどうしてたの?」

「そ、れ、がぁ〜……アルがアヤシイ洞窟で拾ったナニカを換金してたさ」

「うわぁ〜」


 キャッキャッと楽しそうに盛り上がるジーノとレイの会話からちょっとキニナルワードも出てくるけども……

 それよりもっ、もっと大事なワードがっ、ほったらかしになっていやしませんかっ!?


 ――『西の都』

 旅のゴールに、レイが示した場所。


「レイ兄っ!それって、オレたちが行くところだよねっ!?」


 立ちあがるとイスがガタタと跳ねる。

 オレたちがそこを目指してるのは――……

 

「そこに行けば……帰れるんだよね?」


 オレの声に、みんながシン、と静まりかえる。


 ――カシャン、と小さな音が響いた。






 ・・・・






 床の上にフォークがカラリと転がった。


「……あ、ゴメ……ちょっと洗ってくる」


 落としたイオリがあわてて立ちあがると、フォークを拾って駆け足で去っていく。


 きっとイオリも動揺したんだ。

 だってこれは、オレたちの旅の目的だから。


 なんだかんだ色々ありすぎて今まで聞きそびれていたけれど、そもそもどーしてレイは西の都を目指しているのか。

 それはきっと、オレたちがこっちの世界に来たことと関係していて、行ったらきっと、何かの手がかりがあるのかもしれなくて。

 もしかしたら……元の世界に帰れるのかもしれなくて。


(――だから、そこに向かってんだよね……レイ兄?)


 わかってる。

 レイはそんなことひと言も言ってないし、保証もきっとできないんだろうって。

 けど、元の世界に帰れる方法を一緒に考えてくれるって、レイは言ってくれたんだ。

 だから――……


 食い入るように、向かいに座るレイを見つめる。

 走っていったイオリの背中を眺めていたレイが、ゆっくりとこっちに向き直った。

 けどそれより早く、アルゴのポカンとした声が耳に入ってくる。


「戻って……くるのか?」

「え、え、何さレイ……ついに旅やめんのか?」


 ジーノまでレイの顔を覗きこむよーに聞いてくるのに、レイはちょっと困ったように微笑んだ。


「うん、きちんと話すよ。セージもほら、座って話そう」

「あっ……そうだよな、ゴメンなーセージが先だよなっ」


 レイがそう促すのに、ジーノもハッとしてオレに謝ってくれる。

 ジーノもアルゴも、すごくレイに聞きたそうな顔してるのに……ソワソワした様子でジーノがコップを持つのに、オレもおとなしく座りなおす。

 いつの間にかオレのお皿にロールキャベツが一コ乗っかっていた。

 となりを見ても、ほおづえをついたアルゴはそっぽ向いてるし。


「どこから話すかなぁ。アランがこの二人と一緒に、あの山に現れてね……」


――ゴフッ


 レイが語り始めて早々に、水を飲んでいたジーノが咳きこんじゃう。

 アルゴは落ち着いてるよーだけど……これはきっと信じてないんだろーな。


「ハァ?何言ってやがる、あの日アランは異界に渡ったってアイツらが言っ……て……」

「うん、どうやらその異界から連れて来ちゃったらしいんだよね〜」


 あきれたよーな目で言うけれど……何か思い出したのかだんだんとアルゴの顔に焦りの色が浮かんでくる。

 ジーノの背中をさすりながらレイが朗らかに言うのに、ついにアルゴは身を乗り出した。


「バッ……だよね〜じゃねーよっ、ンなこと出来るわけねーだろ!?」

「でも、アランだし」

「アッ…………ぐ……チッ」


 いたってシンプルなレイのよく分かんない理屈に、アルゴはなぜか押し負けたよーだ。

 全然納得してない顔なのに、レイはまったく気にせずに話を続ける。


「そんな理由でね、何か手掛かりが掴めないかなと思って西を目指すことにしたんだ」

「……でも、それならあの山でアルを待っていればよかったんじゃねーか?」

「追い出されたんだろ。あそこの老いぼれ竜は聖石が嫌いだからな」

「……その理由って、アル達がその竜の棲家ぶっ壊したからじゃ……いやなんでもないのさ」


 よーやく立ち直ったらしいジーノがまだちょっと涙目のまま言うけれど。

 たしかに、そこにレイの家族がいるのなら、これから帰りますよ〜ってお知らせしておいた方がいいもんな?

 この二人もレイのことが心配で会いに来てくれたんだし、きっとすごく嬉しいんだろーな。

 ……オレも、みんなに無事だよ、って知らせたいな。


 ジーノたちの会話をボンヤリ聞きながら、ロールキャベツを口に入れる。

 どーしよ、無性にお米が食べたくなってきた。

 このロールキャベツとも相性バッチリだろーに、もう一生食べられないのかな……え、そんなことになったらめちゃくちゃ気ぃ狂うんだけど。


「……よし、わかった。それならオレも残って旅に付き合うのさ!」

「え、ジーノが?」

「だってアルが探知出来なかったくらいレイが弱ってたってことは、すでに襲撃されたってことだろ。セージだってあんなに怯えてるのさ」


 国民性マイソウルフードに思いを馳せていると、なにやらジーノがものすごーく心配そーな顔でオレを見ているんだけど?


「ハァ?何でそーなるんだよ。だったら俺の方が適任だろーが」

「アルは仲間に知らせてくんないと困るのさ。さすがにセージ達とレイの三人は運べないだろー?」

「えぇと、二人とも落ち着いて?」


 ちょっと最初の方を聞きそびれてしまったんだけども……またアルゴの風の魔法でオレたちをどっかに運んでくれるのかな?

 ヤカラは連れてってくんないのかな?


「あ、だったらあのコもこっちに来てもらうか?アランのこともよく分かってんだし」

「えっ…………」

「ァア?ダメに決まってんだろーがゴルァ!だったらまだバカアニキの方がマシだろーが」

「若はホラ、妻子持ちだからカワイソーさ?」

 

 なんだか知らない人たちの話題もチラホラと垣間見えますな。

 全然話が見えないんだけども……人の話はちゃんと聞かなきゃダメだったよね!

 とりあえず、レイが固まっちゃったみたいなんだけど、どーしたらいいですかね?

 アルゴさんがとってもドスのきいたお声を出しはじめちゃったんだけども〜……

 ……うん。


「あのさ、オレたちは四人で西の都ってトコを目指すよ」


 ちょっと大きな声で言ってみる。

 とたんに三人の目がオレの方を向いた。

 あんなにワチャワチャしてたのに、オレの声はちゃんと届くんだ。


「だってオレたちの旅だし。そりゃ、帰りたいけど……イオリも旅したいって言ってたし、レイ兄とヤカ兄がいれば心強いし……それに」


 ジーノもアルゴも、親切で言ってくれてるのは分かってる。

 心配されてんのも分かってる。

 けど、オレたちは心配されっぱなしのチームなんかじゃないんだ。


「オレもイオリも、強くなってってるから。四人で助けあって進めるから……こーみえて鍛えられてっし!」


 レイとヤカラの強さに追いつくことが、虹を目指すくらい困難でも――そこにいてくれるんなら、オレとイオリは虹を目指して走れるんだ!


 ――フハッ


 小さく空気がもれた。

 ジーノが顔をくしゃっとさせて笑ってる。


「……あー……ウンウン、悪かったのさ。そーだよな、レイとあのダンナがついてんだもんなー。弱っちいワケねーもんな」

「ハァー……だからって脅威に対抗すんなら全然足りねー……んぐっ!?」


 しかめっ面でなんか言ってたアルゴの口にニコニコ笑顔のジーノがすばやく何かをつっこんだ。

 鴨のお皿に乗ってたレモンのよーに見えたけど……しかめっ面のまんま無言で耐えているよーなので、ちょっとそっとしておこうかな。


「なーセージ、マジメな話するさ。もし、レイの首に懸賞金がかけられて、世界中の強いヤツらがレイの命を狙いに来たらどーする?」

「え、みんなでソッコーで逃げるけど」

「それって、どこに逃げるのさ?」


 さすがにそこまで強くなってないし、レイとヤカラの限界も超えるんじゃないですかね。

 どー考えてもそーするしかないのに、ジーノはまだこの質問を終わらせないよーだ。

 ちょっと考える。


「うーん、また山に戻るとか……」

「でも、その山の竜に追い出されて来たんだよな?」


 そーだった。

 もーちょっと考えてみる。


 でも、考えたところで他の場所なんて知らない。

 なんてったって、異世界だ。どこに逃げれば安全かなんて分かりようがない。

 すっかり困ってしまって、レイを見る。


 レイだったらどこに逃げるだろーか。

 この世界の人なんだからどこに行けばいいのかなんてオレより知っている。

 だからついて行けばいいんだろーけど……世界中の強い敵から狙われて弱ってしまったレイを、オレたちが助けなきゃいけない時なんだ。

 ヤカラならどこに向かうだろう。

 どこに行けばみんなが助かるんだろう。


 すると――レイが小首をかしげた。

 いつものように、どうしたの?と聞く時の顔ではなくて。

 いつものように、


 ―― それはね、――……


 聞けば納得するような答え。

 あぁ、そっか、って思うような。

 もう知っているでしょ?って言わんばかりの。


 レイのとなりでジーノもオレを見ていた。

 ジーノはレイの首を狙うよーな人だろーか?アルゴも。

 西の都が危険なトコだったなら、レイは目指したりするだろーか。


「……西の都に行く。レイ兄の仲間に助けてもら……ううん、レイ兄を助けるのを手伝ってもらう」


 少なくとも、これが今のオレたちに出せる一番の答え。


「おう、任せるのさ!世界中の腕自慢なんかよりもずっと強い仲間が、そこにいるんだからなっ」


 今度こそ、ジーノはニッカリと笑った。

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