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94.昼餉に漂う 其の一

 宿坊にて、借りた飯場の扉がバァン!と開け放たれる。


「たっだい……んふおぉ〜めっちゃいいにおーいっ!!」

「うあーコレお腹にトドメさすヤツだー!」


 同時に流れ込んできた賑やかな声達に、俺――【レイ】も思わず口元が緩んだ。


「おかえり、二人共。……アルもお疲れさま、ゴハン出来たから一緒に食べよう?」


 遅れて入ってきた彼にも声をかける。

 扉の前でやや渋っていた様子だけども、それでも、素直にこちらへと寄ってきてくれた。


「……アイツ、は?」

「あぁ、ヤカラなら集会に呼ばれていったよ。もうそろそろ戻ってくると思うけど」


 この場に居ない何人かのうちの誰かを尋ねられ、返してみれば、ふぅん、と気のない返事を返される。

 どうやら答えは合っていたようだ。

 少し落ち着かない素振りを見せるけれど……気まぐれな彼を少しでも留められたらとの願いを込めて、鍋の蓋を開ける。

 ブワリと立ちあがる湯気に、セージとイオリの歓声も上がった。

 アルゴも、興味あり気に二人の頭上から鍋の中を覗き込んでいる。


「ふぁあ〜っロールキャベツだああ〜!」

「おいしそ〜っ!よくあの情報だけで作れたねー」

「ふぅん……コレが、ろーる?キャベツ、か」


 二人の感想に、一先ず見た目は合格らしい。

 試行錯誤しながら一つ一つの肉ダネにキャベツを巻いていった甲斐があったというもの。


「よかった、これで合ってた?味付けは二人に決めてもらおうと思ってたから、薄味にしておいたのだけど……」


 すかさず味見用の小皿を三人に渡す。

 注がれた煮汁を瞬時に飲み干したセージとイオリが、無言のまま悶絶した。

 浮かぶ表情は苦悶ではないと信じたいけれど……

 チラ、とアルゴの様子を伺ってみる。

 空の小皿を片手に両の目を閉じ、こちらも無言のまま立ち尽くしていた。


「……うま」

「うっま〜い、レイ兄チョー天才じゃ〜ん!」

「っあーおいしーいーすべての素材のうまみがとけあってるぅー」


 しばしの静寂を経て上がった感想に、ホッと胸を撫で下ろした。

 念のため、塩をもう少々加えてひと煮立ちさせておく。


「――それで、空の旅はどうだったの?」


 冷たくしたお茶を注ぎ、皆が揃うまでの間にとしばし腰掛ける。

 湯呑みを渡していけば、セージがキラキラした目で受け取った。


「スゴかった!すっげぇビューンって飛ばすの!な、アッくん!」

「行きは壮絶だったけど、帰りは楽しかったよ。ね、アッくん」

「……飛ばせって言ったの、コイツだからな」


 想定よりもはるかに距離の縮んだ様子の三人に、安心する。

 アルゴは対応こそ素っ気ないが、根は優しい。

 人目につかないようにとの理由もあるけども、景勝地の上を選んだのは彼なりの気配りかもしれない。


 ただそういった土地故に、立ち入り禁止となっている湖の奥へ三人も入っていくのに、誰の目にも止まらなかったのかが気になった。

 そう尋ねれば、セージがキョトリと瞬き、その隣でイオリも小首を傾げた。


「今日は朝から湖見れないようになってたから他に人はいなかったんだよ、なっ」

「うん、ほら昨日の奇跡の件でこの町のヒトたちで調査してたみたい。ボクたちが戻る頃にはもう撤収してたけど」

「調査……湖の?」


 あの【双月】に関しての追及は禁止されているはずなのに?


「あーね、ロープ張ってあったのに帰りにはなくなっててさ〜」

「ろーぷ……?」


 聞き慣れない単語に、綱の事だとイオリから補足が入る。

 誰も立ち入れないように境界線を張ってまで、何をどう調べるものがあったのか。

 だけど考え込む前に、再び飯場の扉が開いた。


「よーっす、戻ったぜー……って、なんだもー揃ってたのか」

「おうレイ、この皿にろー……何ちゃらってヤツ、分けてくれねぇか?」


 戻ってきたジーノとヤカラの両手には二人ともに大皿を抱えていて、ジーノの持つ皿の方には何やら肉料理らしきものが山と盛られている。


「もちろんいいよ、そのために多く作ったんだし。あ、あとこの鍋も持っていってくれる?」

「ヤカ兄っロールキャベツ、ね!さっき味見したのチョーうまかったんだから、な、アッくん!」

「曲芸飛行のあとの胃に沁みたよ、ね、アッくん」

「だーから、コイツがやれっつったんだって」


 俺の台詞に追随するようにセージが補足する。

 この三人のやり取りに、ヤカラとジーノも目を丸くして……特にジーノは口もあんぐりと開けている。


「はわ……アルにお友だちができているのさ……」


 席を立つついでに、感慨深げに呟くジーノの皿を覗いてみる。

 たっぷりの香味野菜の上に並べられているのは、早朝に絞めたばかりの鴨肉か。調理法も様々で炙りに煮込みに、燻製の香ばしさも漂っている。

 瞳をウルリとさせたジーノが卓にその大皿を置けば、途端に四つの目が食いついた。


『ジノキュンっコレは!?』

「フフーン、こちらに御わすダンナの同郷の方々から頂いてきた鴨肉料理の数々なのさっ。ありがたく食すよーにっ!」

『っいただきます!!』

「なんでテメーがドヤってんだよ」


 ワイワイと楽しそうに盛り上がる食卓を背に、ロールキャベツをたっぷりと盛り付け、ヤカラに渡す。

 ついでに端材を出汁にトマトで煮込んだ鍋も頼めば、彼は器用に重ねて持ち上げてみせた。

 さっさと運び出そうとするのに、そういえば、と呼び止める。


「ねぇ、集会で湖の調査について何か触れてた?」

「いいや?アレに関しては追及を禁じたろ。話の口裏合わせが済むまで口外しねぇ取り決めで、んな目立つ事容認するわけもねぇ」

「そうだよね……あの子達が、そう説明を受けたみたいなんだけど」


 やはり、ヤカラも当然のように眉を顰める。


「……もしかしたら少しつまんでくる事になるかもしれねぇ、先に食っててくれや」

「わかった……けど、やっぱり俺も運ぶの手伝おうか?」

「いーって、アンタが来たら余計に離さなくなるだろが。それに久方振りに会うヤツもいんだろ、ゆっくり話してな」


 これまた器用に指をパタパタ振って、彼は出ていった。

 それと入れ違うようにジーノがひょっこりとやってくる。


「レーイ、オレも何か手伝うさー」

「うん、こっちは盛り付けるだけだから……そっちの鍋ごとと、あと取り分け用に何枚かお皿持っていってくれる?」

「お安い御用さ。……ダンナの分も持っていっていーんだよな?」

「うん、すぐ戻るって。彼もアルの友人だから、大丈夫だよ」


 カチャカチャと分ける皿に視線を落としながら尋ねてくるのに、ロールキャベツを盛り付けながら答えてみる。

 そっか、と返す声に、彼なりの気遣いが滲んでる気がした。


「はい、ジーノ」

「ん?……む」


 振り向きざまに、剥いた柑橘の一切れをその口に放り込む。


「あの鴨料理に合いそうだよね?いくつかあるから、試してみよう」


 言いながら俺も一切れ口にするも……思いのほか酸味が強かった。

 ジーノが、フニャリと笑う。


「そうだな、意外と相性いいのかもしんないさ」






 ・・・・






 いただきます、の祈りを各自で捧げたあとは、各々が好きなように取り分けていった。

 最初に箸が集中したのはロールキャベツ。

 熱望していたセージ達はもちろん、初めて見る料理に他の二人も興味津々だ。


「うん、ウマい!キャベツも肉もスッゲー柔らかくなってんのさ」

「……うま」


 初めての異世界料理はジーノとアルゴの口にも合ったようだ。

 普段は食にあまり関心がないアルゴも、よほど気に入ったのか、おかわり分をたっぷりと取り分けている。

 当のセージ達はやけに静かだけど……両の目を閉じゆっくり食んでいたセージがやはり目を瞑ったまましみじみと呟いた。


「……ロールキャベツは、飲みものだった」

「違うからね、ちゃんと噛んで食べなね」


 飲み込む勢いで食べ進めるアルゴの隣で発された不穏な台詞に一応注意を促すも、セージは首をフルリと横に振る。


「フッ、甘いなレイ兄。このロールキャベツはすごくやわらかい、つまりはオカユみたいなもん……てことは胃にもやさしーんだ!」

「……そう」


 口のまわりを濡らしたまましたり顔で言い放つのに、咀嚼回数は多いみたいなので放っておくことにした。

 彼の隣ではイオリも手を休めることなく、モクモクと食べ続けている。

 キラキラと輝く瞳にこちらもそっとしておいて、俺もロールキャベツに手を伸ばした。


「うん、重ね蒸しとはまた違った食感になるんだね」

「な、ちっとひと手間かかったけど、これならみんなにも作ってやりたいのさ」


 軽く食めば簡単に噛みちぎれ、中からジュワリと汁気が溢れ出てくる。

 細かく挽いた肉に、香味野菜をたっぷりと練り混ぜた肉ダネが香りを閉じ込めたままキャベツの中で蒸され、パサつくこともなく柔らかく仕上がっていた。

 セージが飲みものと評したのもわかる気がする。……ような。


 初挑戦の異世界料理とあって少し気負ったけれど……聞き取りにも若干時間がかかったけれど、ジーノも手伝ってくれたし、仕上がりは上々だ。


「こっちも美味いなー、鴨肉なんてものっそい久しぶりに食ったさ」

「あぁ、そういえばあの地にはいなかったね?」

「そりゃーあんなトコまで渡る気にもならねーからじゃね」


 山岳民達がお裾分けしてくれた大皿に手を付けたジーノに首を傾げるも、続いたアルゴの声に納得する。

 彼の地は広大な砂漠に囲まれている。

 各地で見かける渡り鳥も、さすがにその上を渡る気にはならないらしい。


「そういえば、ジノキュンたちってどこから来たの?」


 ようやく落ち着いてきたのか、イオリが皿から顔を上げて尋ねてくるのに、ハタと思い至る。


「えぇと、まだ言ってなかったよね。この二人は『西の都』から来たんだよ」

『……うぇえっ!?』


 そういえば、わりと肝心な事を教えていなかったかもしれない。

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