86.祈りの町 其の二
汚れっちまった悲しみを胸に、憐れみの目でイオリを見つめていると、ガラゴロと音が響いてくる。
オレ――【セージ】とイオリが振り向けば、荷車を押した女の人が教会から出てくるところだった。
「あら、観光に来た人?早いわねぇ、君達が一番乗りよ!ほら、見ていって!」
オレたちを見つけたおねーさんがおいでおいでーってするのにつられて寄ってみる。
荷車の上にはたくさんのカラフルなヒモが風鈴みたいにぶら下がっていて、ヒラヒラユラユラ揺れていた。
「コレはね、ついさっきご祈祷して清めて頂いたばかりの、神聖な飾り紐なの。願いを込めて身につければきっと叶う……とは約束できないけど、ここの人たちは御守りとして自分の大切な物に付けたりしてるのよ」
そう言いながらおねーさんが手首につけたカラフルなブレスレットを見せてくれる。
「こうして好きな色を組み合わせてもいいし、もちろん大切な人に贈ったりもするわ」
『へ〜っ』
よかったらゆっくり見ていってね、とおねーさんは言ってくれたけど……見れば見るほどタダのヒモなんだよな〜。
観光地でいうところの、ストラップとかキーホルダー的なアレだろーか?
でも教会で清めたとか言われると、ご利益もちゃんとありそーで気になっちゃいますな。
イオリはイオリで、キラキラした顔でヒラヒラ揺れるヒモを熱心に見ているけれど……お家的に、避暑地とか観光とかたくさん行ってそーなのに、こーゆーのは珍しいんだろーか?
何だかソワソワしてきたぞ……いーこと思いついた!
「な〜イオリ、オレたちでさ、選んだヒモ交換こしよーぜ!」
「え……うん、する、したい!」
オレの提案にキョトンとしたイオリの顔がすぐにパァっといい笑顔になった。
よし、決まりだ!
「いいわね〜、この下の通りには飾り紐を合わせやすいように加工した小物もたくさん並べられてるのよ。小物を選んでから紐の色を合わせてみるのもオススメよ!」
オレたちのやり取りを見ていたオネーサンもステキな笑顔でアドバイスをくれる。
「へ〜面白そ〜!ちょっと見てみたいかも」
「あ、じゃあさ、ここで二手に分かれて、お互いにプレゼントを選んで来ない?ボクもじっくり見たいし…またここに集合ってコトでどう?」
イオリもさらにナイスなアイデアを出してくる。
なにそれ、サイコーにワクワクするじゃん!
大体の予算を決めて、お昼の少し前に戻ってくるよーにして……
「じゃな、イオリ!またあとで〜」
「うん、またね、セージ!」
再会を約束して、オレたちは別々の道を駆けていった。
・・・・
細い道を下りていくと、静かだった通りが賑やかになっていた。
両わきに並ぶレンガの壁には、ハマっていたはずの木の板が横に倒されて道にせり出していて、布を敷いた上には色んな品物が並べられている。
なるほど、窓みたいだったあの板はこーやってテーブルにして使うのか。
食べ物に本に、食器にカフェもあるし、色々あってお祭りみたいだ。
そのうち下の広場が見えてきたので、横の抜け穴をくぐってとなりの通りに出てみる。
今度は上りながら順番にお店をのぞいていくぞ。
「おはようさん、ようこそ『祈りの町』へ。門の入口にある飾り紐はもう見たかい?コレらはね、飾り紐を取り付けやすいように加工してあるんだよ」
細かい模様のキレイな栞をながめていると、ダンディなおじさんが説明してくれる。
たとえばコレ、と見せてくれたのは、銅っぽい金属の板がクルンと丸くなってるヤツ。
ちょっとだけスキマが空いてるからピアスかな?耳につけるにしては穴の部分が大きすぎて落ちちゃうんじゃなかろーか、とか思って眺めてたんだけど、どーやらペンにつけるアクセサリーだったみたい。
持ち手にハメてヒモで調節できるし、キャップにもなるから持ち運ぶ時も汚れ防止になるそーだ。
ペンといえば、こっちの世界にはワリとどこにでも生えている低木があって、その枝を削るとジワジワ黒っぽい汁が出てきてエンピツみたいに書けちゃうのだ。
出なくなってきたらまた削れば出てくるし、間違えても乾ききる前だったら水で拭けば落とせるし、エコな世界ですな。
イオリは最近日記をつけているし、コレはピッタリなのではなかろーか?
「いいだろう?ただし、ちょっとお高いんだけどね」
「うぐぅ……たしかにちょっとお高いかも〜」
お値段は予算ピッタシくらいかぁ……いや、ケチるワケじゃないんだけどさ。
おこづかいだって、いちおー自分の欲しいモノも買えるように多めに分けてあるし。
でも、オレたちの稼いだお金じゃあないし、何かあった時用に全部は使わないよーにしことうね、ってイオリとちゃんと決めてあるんだよな。
だから予算ギリギリだと、ちょっとためらっちゃうんだよなぁあ。
お店の前でモジモジしてるオレに、おじさんはニッカリと笑った。
「ハハハ、いいんだよ。他にもステキな物がたくさんあるんだから、ゆっくり楽しんでおいで。気になったらまた寄ればいいんだから」
ダンディなおじさんは、中身もダンディだった。
ありがとうナイスダンディ。
お言葉に甘えて、またブラブラとお店をのぞいていくことにする。
進むにつれてだんだんと増えてきたのは観光客だろーか。
賑やかなのは楽しいけどちょっと歩きづらくなってきたかも。
やっと次の折り返し地点まで来ると、近くでキラっと光るものがあった。
角にあるお店の前で、イスに座った小さなおばーちゃんの髪がキラキラ光っている。
いろんな色のヒモとガラス玉をくっつけたヘアースタイルがとってもオシャレだ。
「いらっしゃいな。ウチの倅が硝子細工の余ったので作ったのよ」
テーブルには小さなガラス玉がいっぱい並んでる。ビーダマよりもうんと小さいのに、いろんな色がギュッとつまっていてすごくキレイだ。
そのうちの一つ、黄色とピンクが混ざっているヤツのが気になって……うん、なんだかイオリっぽいかも。
「あの、コレください……ハッ!」
気づいたら言ってて、言ってしまってから気がついた。
いや、コレこそお高いのでは!?
「あっあの〜……オイクラデスカ……」
「うふふ大丈夫よぅ、余り物を利用しただけなの。それに私達は過分なお金を必要としないからねぇ」
オレのおサイフ事情にも、おばーちゃんは優しかった。この町の人はみんないい人なのでは?
何はともあれ思ったより早めに決まったし、あとはのんびり眺めながら戻ろっかな〜と、角の抜け穴を目指して曲がろうとした時、突然向かいから影が飛び出してきた。
「わっ!ゴメンナサ……」
「……――チッ」
とっさに避けたつもりなのに思いっきりぶつかってしまった。
謝ろうとしたのに、ぶつかった相手はそのまま去っていく……んだけどぉ……お〜ん?今舌打ちしたぁ?したよな〜こーゆーのってお互いサマなんじゃないの〜?おぉん??
思わず立ち去った相手の背中に向かってメンチ切ってしまいましたよね、オハズカシ……文句言う勇気はないのにね。
でもせっかくのいい気分が台無しにされちゃったヨ。
「ハァ〜……っとぁ!?」
「おっと、失礼」
ため息ついて振り返ったとたん、また別の人とぶつかりそうになってしまった。
油断も隙もないなっ、曲がり角にはご用心だな!
今度の人は軽やかに挨拶してくれて……だけど、そのまま通りすぎていくのかと思いきや、オレの前に小さな包みを差し出してくる。
……何コレ。
「ホイ、さっきのヤツに持ってかれるとこだったぜ」
「エッ……アッない?わわっアリガトーゴザイマス!」
どっかで見たよーなと思ったらそりゃそうだ、さっき買ったばかりのプレゼントじゃん!
あっぶな……え、じゃあさっきの人ってスリだったん?こわ!!
「どーいたしまして。スリの奴、焦った顔してたからすぐ分かったけど、あれ財布スレなくて慌ててたんだな」
「あ〜オレおサイフ持ってないから」
あたりまえとゆーか、まだお金を持ち歩いたコトがなくて、今日のお金はズボンのポッケにそのまま入れてたんだけど……このポッケ、なんと内側にもう一つちっさなポッケが付いてんだよな、フタ付きのヤツ。
おかげでプレゼントはスられたけども、お金は無事だったってぇワケよ!
アンタはうっかりしそうだからなぁ……、って言いながら作ってくれたヤカラはマジおかーさんじゃね?
それはそーとしてオレを犯罪者にしやがった件は許さんけどな!
「ふーん、まぁいいさ。んじゃ次から気を付けろよ〜」
「アッハイ、アリガトーゴザイマシタ!」
そーして正義のおにーさんは今度こそ爽やかに去って……行かずに、クルンと振り返る。
「あ、そーそーヒト捜してるんだったさ。ついでに聞くけど……」
トンネルみたいな抜け道の下、振り返ったおにーさんがオレを見下ろしてくる。
「青い髪色の、超絶美形な旅人知らね?」
「ふぇっ!?」
薄暗い穴の中で思わず上げてしまったオレの声に、相手の瞳がランと光った気がした。




