85.祈りの町 其の一
北国と東国の二つの国に挟まれながらどちらの国にも属さない、通称『祈りの町』
今回、ボク――【イオリ】達が目覚めたのは、その町の一角にある宿泊施設だった。
「――と言う訳で、二人で適当に暇を潰しててね。ハイこれお金」
いつも通り寝ている間に運ばれて、起きぬけにこのセリフである。
「……ん~?レイにぃたちはどこいくって〜?」
「ファ……ア、なんかめんどくさそーなハナシアイにいくんだって……」
起こされながら口早に説明された内容をボンヤリと思い出してみる。
「……二人とも、他には?」
「んー……ボクたちのコトは誰にも教えないよーに、ただの観光客でおしとーすコト?」
「えぇ〜とぉ……いつものフクきちゃダメよ?」
「あー……お布施ねだられたらもう済ませたって言うコトー?」
「まちあわせはおひるのフンスイよ〜?」
レイに促され、なんとなーく言ってたよーなコトを交互に言ってみる。
ちなみにセージの目はまだ開いてない。
「うん……まぁ大丈夫そうだからいっか。何か欲しいものあったらそれで買ってもいいよ」
よほど急いでいるのか、レイはボクたちに諦めたよーな目を向けて出ていった。
「……え〜まだねててもいい〜?」
誰もいないドアに向かってセージが聞いている。
と、思ったらレイがひょっこり顔を出してきた。
「そうそう、この町の名物はフワフワプルプルの焼きたてパンだって。数量限定の早いもの勝ちだってよ」
それだけ言ってレイは再び去っていく。
「……イオリ」
となりのベッドを見れば、セージの目はしっかりと開いていた。
「オレたちの冒険の始まりだっ!」
セージの宣言に、ボクもしっかりと頷いた。
・・・・
まだ朝も早いせいか、人通りはまばらだった。
レンガ造りの街並みに薄っすらとモヤがかかり、朝日がキラキラと反射している。
静かな朝の空気の中に、町が沈んでいるみたいだった。
「イオリ〜はやくっ!」
「待ってセージ、ソコじゃなくてその次を左だって!」
そんな幻想的ともいえる空間を、ボクとセージは慌ただしく駆けていく。
着替えて飛び出したまではいいものの、そういえば店の場所も知らないままだった。
おかげで出会うヒトに手当たりしだいに「フワフワプルプルのパンはドコですか!?」と、聞きながら進むハメになっている。
細いレンガの道を、そこかしこにあるアーチをくぐって突き進むも、似たような建物が壁のように続いてるせいか、何度聞いても途中で道が分からなくなってしまう。
ようやく何度目かの角をくぐったあたりで、ものすごくイイニオイが漂ってきた。
セージと顔を見合わせ、ニオイを頼りに走る。
拓けた先に、ホカホカのパンを並べるオジサンの姿があった。
「やった〜あった〜!」
「フォッフォッ、元気だねぇ、観光に来たのかい?」
バンザイするセージを眺めながらパンを手渡してくれるオジサンに、ボクもお金を渡す。
観光地なら割高だろうか、と思ったけど、意外とリーズナブルだった。
「ここはどちらの国からも日帰りで行けるくらい近いだろう?小さい町だし、泊まっていく人は珍しいんだよねぇ」
ハイ、オマケだよ、とクッキーもくれる。
近くの広場でジュースも買って、さっそくいただくコトにした。
「ファ〜っ、ホントにプルップルしてるぅう!」
「えっアッツ!ちぎれないんだけどー?」
二人で笑いあいながら熱々のパンをちぎっていく。
楽しそうだねぇ、と通りすがりのオバサンに何故かオレンジをもらった。
「坊やたちは観光者だね。ここらはもう少し経たないと店も開かないからねぇ、この先の湖でも見てきたらどうだい?」
『……みずうみ?』
二人で顔を見合わせた。
湖といえば、昨夜キュイエールと再会を果たした場所のハズ。
あの『月』はもう消えてしまったのだろうか。
「セージ、どうする……って、もちろん見に行くよね?」
「あったりまえじゃん!」
幸いなコトに、湖はこの広場の門を出てまっすぐに行けばスグに着くそうだ。
・・・・
『ふおぉーっ……お??』
オバサンの言っていたとおり、しばし歩けば木々の間からキラキラ輝く湖が見えてきた。
ボクたちは歓声をあげ、好奇心のままに駆け寄ってみる――……が、少しも行かないうちに湖のだいぶ手前で進めなくなってしまった。
『……何コレ』
ボクたちの行く手を阻むように、ロープが何本も張られている。
湖はもうチラチラと見えてるというのに。
「あらら、申し訳ないねぇ。当面この湖は立ち入り禁止になるんだよ〜」
思わずボーゼンと立ち尽くしていると、ロープの内側から若い男性がやって来た。
「この湖で何かあったんですか?」
「フフフ、それがねぇ〜まだ内緒なんだけど……実は昨夜遅くになんと、あの伝説の『双月』が現れたそうなんだよ〜!」
『えっ……!!』
さっきまでとても申し訳なさそうな顔をしてたのに、ちょっと聞いただけでパァっと明るい顔で話してくれる。
このヒト大丈夫だろうか。
それにその伝説には、ボクたちも少し関わってるカモシンナイし……
「ね〜スゴいよねぇ!だから今は、その調査と整備のために立ち入りを制限し……あ!?」
つい固まってしまったボクたちに、彼もヒートアップしてきたけれど……突然、ハタ、とその勢いが止まった。
「君達……この時間にいるってことはこの町に泊まってたのかい?もしかして……昨夜の湖を見たとか!?」
「えっ……といやボクタチ全然知らないデス!」
「ボクタチ全然寝てましたんで!それじゃっ!」
イキナリ確信をついてきた男性に慌ててゴマかし、その場を早歩きで去った。
門の手前まで勢いよく走ってようやくひと息つく。
「……ウフフ」
「アハハッ」
息は落ち着いてきたのに、段々と笑いが込み上げてくる。
『アッハハ!伝説だって〜!!』
ついには二人そろって笑い転げてしまった。
「おっかし……ボクらあの中にいたのにさー?」
「マジで〜!オレたちユーメージンじゃ~ん!」
誰もいない門の外。
草むらの上で、ボクたちは思いっきり笑いあった。
***
それからオレ――【セージ】たちは、町の中を探索することにした。
湖もあっという間に見終わっちゃったし、お店が開くのもまだ時間がかかりそうなんだよな。
行きは慌ててたけど、こーやってのんびり歩いていると、どの通りもゆるい坂道になっているのがわかる。
両側にレンガの壁があって、あっちこちに穴があいたよーな抜け道があって……なんとなーく巨大迷路の中を歩いてるみたいな気分だ。
どの家も、壁の真ん中あたりに木の板がハマってて窓みたいになってるけど、どーやって開けるんだろ?
「あれ、また広場に着いちゃった?」
「さっきとは違う広場だね。噴水もあるし、ここで行き止まりみたい」
「あっ、ホントだ〜噴水があんじゃん!レイ兄が言ってたのココかな?」
湖に行ける広場から、上り坂をゆ〜っくり歩いて来たのに、ワリとすぐテッペンに着いちゃった。
下の広場でもそうだったけどここもグルリと壁に囲まれていて、奥の方に外に出るっぽい門と、あとはこっちサイドに何本か下に向かう道がある。
なるほど……どの道を選んでも上ればこの広場に着いて、下りていけばさっきの広場に着くのかな?
パン屋のおっちゃんが言ってたとおり、ホントに小さな町なんだなぁ。
待ち合わせの噴水も古びたレンガ造りで、なんだか歴史を感じますな。
「ね、セージ、コッチ来てみてよ」
いつの間に回り込んだのか、噴水の向こう側からイオリが呼んでいて、そのうしろには大きな建物がそびえ立っていた。
噴水に比べるとこっちの方がまだ新しそーだ。
「おぉ〜……で、何コレ?」
「たぶん教会じゃないかな、ホラあそこに三つの円環のマークがあるし」
「みっつのえんかん……」
なんだろう、何だかとっても聞いたことのあるワードだぞぅ?
これはあれだ。きっと魔王の授業で聞いたヤツだな……アレだよアレ、アレなヤツ!
「……昔むかし、三人の神様がこの世界を救いましたとさ?」
「イキナリハッピーエンドじゃん。そうソレ、たしかこの世界の主な宗教だって言ってたよね。で、この三つの輪がカミサマの目を表してるとかってヤツ」
あ〜そんなコトも言ってた気がするよーな。
「あ〜……だからお布施がどーのって言ってたん?」
「そ、基本信者のヒトしか住んでないんだって。でも、ソレとボクたちが旅人であることを秘密にしておくのと、何の関係があるんだろーね?」
うーん、さっきのおっちゃんとおばちゃんは、オレたちのコトは観光に来たって勝手に思ってくれたからいーけれど。
たしかに、何か悪いことしたワケでもあるまいし……ハッ!?
「イオリ!オ、オレたちもしかすると、不法侵入したのかもしんないっ」
「え、どーゆーコト?」
周りには誰もいないけれど、いちおーイオリの耳に手を当ててヒソヒソしてみちゃう。
そう、昨日の夜、オレたちはヤカラに言われてあの草むらの中の道を通ってきた。
けれどもたしかに……そう、たしかにオレは見たんです。
同じ丘の上に続く、ちゃんとした道を!
イオリの背中越しにも、やたらと見晴らしの良い門の外の景色が見えるけど……そのイメージが昨日見た丘の町と重なるよーな気もするし。
きっと、あの正規ルートのゴールはココなんだ!
となると、なぜヤカラはあのアヤシイルートを選択したのか……おそらくそれは、この町に無断侵入するためだったにちがいない。
思えばやたらと罠があったのも、侵入者を排除するためだったんだ――なんてことっ、オレは犯罪の片棒を担がされていたなんて!
おのれヤカラ、イタイケなオレに罪を着せるとは!
ワナワナしてるオレの前では、イオリがワケの分からないよーな顔をしているけど……そっか、イオリはあの時寝てたもんな。
知らぬ間に共犯者にされちゃったんだネ、カワイソウに。




