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8.始まりの地 其の三


「………へ?何、どうしたの二人とも。どこか痛む?」


 突然泣き出した子供らに、俺――【青年】は、ハッと我に返る。


 先程までの、彼らとの噛み合わない会話と認識のズレ……それら全ての辻褄が【赤い石】が現れたという理由だけでピタリと合ってしまう。


 ただまぁ、それに倣ってまた新たな問題と謎も積み上がってしまったのだけど。


 少年達は、そんな自分の不安を敏感に嗅ぎ取ったのだろう。落ち着かせないと……きっと彼らもワケが分からないのだ。


「あーええと…ごめんね、俺のせいだよね?その…不安にさせるつもりは無くて…」


 駄目だ、言葉が薄っぺらい。

 彼らはこんな言葉を欲してるのではないのに。


 息を深く吸って、吐いた。

 改めて床に膝をつき、二人を軽く見上げる。


「…うん、俺の対応が悪かったね……もう大丈夫。これからは俺も、一緒に考えるから…」


 ギュウギュウに握り締めた彼らの拳に、そっと自分の手を重ねた。



「…キミ達の側にいるよ―――約束する」






 ***






 ひとしきり泣いたあと、オレ――【真友】たちは青年からコップを受け取った。


 ひと口含むと全身にしみ渡る感覚に、相当乾いていたんだと自覚した。一息に飲み干したところで何方ともなくお腹の虫が鳴く。

 青年がクスリと笑った。


「そうだよね、お腹ペコペコだよね。スープ温めてくるから待ってて」


 二人分のコップにお水を足してくれると、その人はそのまま部屋を出て行った。

 オレと綾ノ瀬さんは、ぼんやりとその背を見送りながら無言で水をすする。

 今日はもう何も考えられそうにもないや。



 やがて美味しそうな匂いが漂ってくると、いよいよ空腹が抑えられなくなってくる。

 オレたちは小さく頷くと、鳴り止まぬお腹を押さえて部屋の外に出た。


 そこは小さなキッチンだった。


 昔話に出てくるような、外国の辺境の村とかにありそうな雰囲気を感じる。パチパチと薪が爆ぜているが、あれがカマドというヤツだろうか。

 初めて見るけど、正直今はどうでもいい。あまりにも空腹すぎる。


 こちらに気付いた青年に勧められて、テーブルに着く。


 ほぼ同時に、目の前にゴトリとお皿が置かれた。

 熱そうな湯気にたまらない匂いがする。火傷を恐れる前にいきおいよく口に放り込んでみれば、思いのほか適温でスルリと飲み込めた。

 

 美味しい。


 認識したのはそこまでで、オレたちは夢中でスープをかきこんだ。手渡されたアッツアツのパンも、そのままかじりつく。


『……っ!あっふい!!』


 流石に飲み込めなかった。


 しばらく口をハフハフさせるオレたちに、思いっきり笑う青年。

 温まっていく胃に、固まっていた心と身体が少しずつ解けていくようだった。






 ・・・・・






『ごちそう様でした!!』

「いっぱい食べたねぇ」


 鍋いっぱいのスープが空になった、と青年が笑った。

 

 彼が洗い物をする間にと、置いていったお茶を飲む。不思議なクセがあるお茶だ。

 一瞬顔をしかめたけど、これまた不思議と喉を通った。


「何というか……外国の家みたいだねぇ」


 ようやくひと心地ついたオレたちは、辺りをぐるりと見回してみる。


「そうだねぇ……何というか、ゲームの中みたいな感じだねぇ」


 オレの呟きに綾ノ瀬さんも返してくる。

 お互い間の抜けた口調になっているが、気にしない。張り詰めていた緊張の反動だろう。


 テレビとかでたまに見る時代劇モノ…というよりは、アニメとかで見るような異世界モノっぽい感じがするよーな。

 戻ってきた青年にそう言ってみると、彼はパチクリと瞬いた。


「うん、そうだよ?よく分かったね。ここはキミ達にとっての異世界だよ」

『………………………はぁ』


 しばしの沈黙が訪れる。

 またあのチグハグな問答が繰り返されるんだろーか。


 ただ先ほどまでと違って、青年にはもう戸惑いが見えない。それにたぶん、相手が子供だからと見下したり、適当にあしらうような人でもないような気がするし。

 

 だけどそれはそれ、これはこれ。


 信用できるかもと思ったところで、何でも信じるわけにはいかないのだ。

 中坊だからってナメんなよ〜。


 そんな考えが顔に出ていたんだろう。

 分かったわけではないんだね、と青年が苦笑交じりに呟いた。


「まぁともかく自己紹介しようか。俺はレイ。仮住まいの身なのだけど、ここでは回復士をしているよ」


 青年―――レイは朗らかに名乗った。


「……かいふくし?」

「身体的異常を回復させる仕事、だよ。で、キミ達は?」

「あっ、あゃ……あー、唯織、です。中学生です」

「誠二っですっ……同じく……っす」


 慌てて答える。


 『レイ』は名字だろーか?微妙なところだ。

 綾ノ瀬さんが名前で答えたので、自分もそれに倣ってみた。


「……ちゅー……学生か、なる程?えぇと……イオリとセージだね。よろしく」

「……よろしくお願いします」

「……はい」


 何だかまた緊張してきたようだ。

 回復士という職業も聞き覚えがない。


 たしか病院とかでリハビリの手伝いをする人だよ、と綾ノ瀬イオリがそっと耳打ちをしてくれたのに、少しホッとした。

 なんだ、お医者さんみたいな感じか〜。


 改めて青年―――レイを見やる。

 彼は、今度はどこか言い辛そうな表情を浮かべていた。


 何というか…分かりやすい人なのかもしれない。


「えぇっと、それでね?さっきの異世界って話なんだけど……ってそこ、あからさまに引かないでよ」


 若干頬を赤くしたお兄さんが指摘してくる。


「そう言われましても……」

「ねぇ……?」

『ね〜っ』

「だからっハモらないで!……俺だって変なコト言ってる自覚あるんだからっ」


 言うとレイはそっぽを向いて、片手で口元を覆う。

 フーッと長めの溜め息をつくと、あらためてこちらに向き直った。


「あのね、イオリの持ってる石なんだけど、それはこの世界ではとても大きな力を持った石なんだ。俺達は度々その恩恵を授かったりもする…んだけど……キミ達の世界では…………うん、そーいったのは無いんだね分かった分かった」


 前半はとても真摯に説明してくれてたのに、何故か途中で段々と投げやりになっていく。

 感の鋭いお兄さんのことだから、きっと胡乱な目をしたオレたち二人の心情を見抜いてくれたんだろーな。


「あー…とにかく今日はもう疲れたでしょ。お風呂に入って寝よっか」


 もしかしたら、彼も疲れたのかもしれない。


 だって……レディファースト!ということで先にイオリを風呂に勧めてその順番待ちをしているオレに、レイは一緒に入ればいいのに、とか言ってくるんだもん!

 何言ってんだコイツ、という目で睨んだら訝しげな顔をされたしぃ?


 しかも何を思ったのか、おやすみ、と言ってまたあのベッドにオレたちを置いていったし!


 慌ててレイのベッドに潜り込んだのは言うまでもない。



「……一緒に寝てくればいいのに」

「出来るかっ!!」


 まだそんなことを言ってくるレイに、オレは目一杯ツッコんだ。


「女の子と一緒に寝れるわけないじゃん!オレもう十三だし!」


 しかしそれに返事はなく、見ると彼はポカンとしていた。

 もっと子供だと思ってたんだろーか?失敬な……どうせオレはチビだけど!


「……変な顔っ」

「うるさいよ」


 今度はレイにツッコまれる。


「…まぁいいけど。キミ達の世界も、キミ達自身のことも何も知らないしさ」


 ぽすんっとベッドに寝直して、レイは小さくアクビをする。彼のその言い回しに若干の不安を覚えた。


「明日こそは真面目に教えてね……レイさん」


 自分もぽすんと枕に頭を預けた。

 とたんに睡魔がやってくる。


「レイでいいよ。大丈夫……明日は実際に外を見てもらうから。それに助っ人も呼んだし」


 それに何を応えられたか。


 分かる術もなく、オレは眠りについた。

 





 ・・・・






 「―――彼らがそうかい?」


 意識の外で、誰かの声が聞こえてくる。

 知らない声だ。


「たぶんそう……連れて来られたみたいなんだ」


 こっちは知っている。

 覚えたばかりの、レイの声だ。

 

 起きて確認しようにも体が少しも動かない。

 あったかい空気に包まれて、ゆらゆらと漂ってるみたいだ。


 心地良くて意識が再び沈んでいく。

 話し声はまだ続くみたいだ。


「……ふむ。問うてみようにも彼の者は眠りについてしまってる。単に力が足りないだけかも知らんがね」


 知らない声が続ける。


「まぁこれも良い機会かもしれないよ、レイや。いい加減、彼女も寂しがっているだろうよ」

「……帰れってこと?……でも、まだ俺……何も見つけられてないし……」


 頼りなげなレイの声が響く。まるで拗ねた子供のようだ。


 可笑しくなったけどやはり意識は浮上しない。

 あやすように知らない声が語りかける。


「大丈夫――大丈夫だよ、レイや。答えというものはどれだけ探して見せても、然るべき時にしか見つけられない」



 声はどんどんと遠ざかる。



「行きなさい、レイ。彼等と共に。どの道を選んだとしても、それが君の答えなのだから」

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