79.煌々と秘かに輝くは 其の四
ひととおりオヤツを食べたあと、ふと気になっていたことを呟いてみた。
「そーいえば、ヤカラサンはドコに行ったんだろ?」
「むぐ……あっ、忘れてた!ヤカ兄いないじゃん」
さっきまで寝ていたし、知らないのはボク――【イオリ】だけかと思ったが、横で一心不乱にブルーベリーマフィンを頬張っていたセージも今、気が付いたようだ。
毎度おなじみの『寝て起きたら知らない場所か』現象にもすっかり馴れ、ハーブのきいたクラッカーをつまみながら辺りを見渡してみる。
前回の白い雷の空間とはまた違って、ここは柔らかい光で満ちていた。
ボール型の空間は黄味がかっていて、まるで月の中にいるイメージだ。
ボクたちはどうやら水の上にいるらしく、真下を魚が泳いでゆく。
もはやどんな仕組みかはツッコまないが、凝ったアトラクションみたいで楽しい。
「あー……ヤカラはあの時点では、崖の下にいただろうからなぁ」
光の壁を眺めるレイの声にも、うわーしまったなー、って副音声が含まれている。
ヤカラはキュイエールのことを相当慕っているようだし、ボクらだけが彼と対面できているこのシチュエーションはちょっと……怒られてしまうのかもしれない。
「ねぇ、キュイエール?この空間って外からは見えるの?」
「見えているだろうね。僕もやってみたのは初めてだが、山岳民族の口伝では月が浮かんでいるように見えるそうだよ」
おそるおそるレイが尋ねるのに対し、キュイエールはまるで気にしていないように、のほほんと答えている。
光のボールは底の一部が水に浸かっているから、外からは水の反射で月が二つくっついているように見えることだろう。
「へ〜、コレってキューさんの魔法なん?てっきりアランかと思ってた〜」
「ふむ……マホウ、とは特異な現象を引き起こす術、を指しているのかな。これは神竜の纏う力と神域の効力を利用しているんだよ。あなた達に施した加護と同じ要領だね」
セージの言うように、アランも様々なタイプの空間魔法を展開している。
おそらく最初の森では吹き溜まりを、あの館では雷を利用したのだろう。
(ということは、このヒトが利用した神竜の力とやらも、アランと同程度のパワーがあるということか)
聖石の力を利用するのがイシマトイだと認識しているが、キュイエールの場合はそれと違うのだろう。
神竜の世話という特異な役目を任されているそうだが、見た目は普通の人間にしか見えない。
光の加減か、時折煌めく瞳は、まるでトパーズのカケラで誂えたようだ。
その一対がボクたちを興味深げに見つめた。
「もうじき僕の加護は消えてしまうが、この先は彼の者があなた達を護ってくれるようだね」
「え〜っキューさんの加護なくなっちゃうん?」
「そーいやアランの眷属って、セージが主人なんだよね。あのウニがボクたちも護ってくれるってこと?」
なんと、加護が消えてしまうとは!?
かなりショックだが、はたしてあの毛玉にキュイエールの加護に見合う働きが期待できるものなのか……ちょっと負担が大きすぎやしないか?
ボクたちの声があまりにも不安に満ちていたのか、それまで明後日の方を向いていたレイがコテリと首を傾げた。
「いや、アランは二人に加護を与えたんだと思うけど?」
ヤカラの姿でも探していたのだろうか。
ようやくこちらに向き直ったレイは、何かを探るようにボクたちを見る。
「聖石は認めた相手に加護をもたらしてくれるし、力を行使する際は生き物などに姿を変えて顕現するんだよね。大抵は呼びかければ現れるのだけど」
あれからというもの、ウニは滅多にその姿を現さなかった。
何の前触れもなく現れてはわりとすぐに姿を消しているので、レイとヤカラの二人もまだお目にかかれていない。
アランはこの二人に聞いてみろと言ってたくせに、結局詳しい相談も出来ずにいた。
「ふむ、眷属として己の一部を纏わせたのだね。彼の者は強大な存在故に、他の聖石のように宿主を庇護することは出来ない……それが許されるのは紫眼の者だけだものねぇ?」
「……ちゃんと会いに行くってば。二人はアランのイシマトイになった時点で、その加護を受けているはずだよ。ただ特例すぎるから、眷属として顕現するのにも条件が必要なのかもね」
キュイエールの意味ありげな視線をかわしつつ、レイが説明を重ねてくれる。
「んーと……つまり、アランはアランのままだとデカすぎるから、ちっさいウニになったってコト?……ってコトはイオリにも小分けされたウニがいるんじゃん?」
「え……ソレって、条件が合わないから姿が見れてないってだけ?どんだけー……」
目をキラキラさせたセージには悪いけど、セージとおそろいのウニを肩に乗せた自分たちをイメージしてみても、正直なんか、しまらない。
「ふむ。彼の者は霞か……雷を利用していたかな。なれば神域も条件として見合う筈だねぇ」
「……キュイエール?ここは神竜の力で繋がってるんだよね?顕現させるのはマズイでしょ……」
キュイエールが何を企んでるのか分からないが、神竜は大の聖石嫌いと聞く。
ここにアランがいるとバレたあげく、まかり間違ってレイが戒めを喰らうようなことになったら大変だ。
不安な顔で詰め寄るレイに、キュイエールは動じない。
「そうだよ?これは僕の力で初めて繋げた空間だからね。向こうにいる神竜ではないんだ」
むしろ愉快そうに微笑むキュイエールのセリフに、背けたレイの顔は見えなかった。
「心配ないよ、寧ろ多少薄めてもらいたくてね……ここを維持出来る分だけ残してもらえれば問題ないが、それで足りるかね?――アラン」
おもむろにキュイエールがその名を呼んだ。そのとたん――
「おわっ、ウニ〜昼間ぶりぃ〜!」
「わっ……え、アレ?」
セージとボク、それぞれの目の前に、ホワンッと小さな毛玉が現れた。
セージの方は真っ黒な毛玉――ウニが。
そして、慌てて差し出したボクの手のひらの上には――真っ白な毛玉がホワホワと揺れていた。
「わー……本当に、ボクにもいたんだ……」
聖石の王、アランのイシマトイ。
……ボクも、そうだったんだ。
「おぉ〜マッシロ……白ウニ?」
「は、ちょっと待って、ボクが名付けるから!」
のぞき込んできたセージに待ったをかける。
チームにおいて統一感は確かに大事だとは思うけど各々の個性を光らせるのも向上心を育む上での重要事項だと思うんだ。
決してセージのネーミングセンスが何とは言わないが!
少し眠くなってきたが、集中するべく目の前の白い毛玉と向き合う。
相手に目があるのかも分からないが。
「……オレは〜シラタマがいいと思……むぐ」
待ち切れないセージの声が途中で消える。
きっと誰かがお菓子でも放り込んだのだろう。
ボンヤリしてきた頭を叱咤して、考えに考えた結果…………
「――スモア?」
結局、『白い』と『お菓子』のワードに引っ張られてしまった。
レイは、キレイな響きだね、と褒めてくれたけど……セージがちっさい声で、スモウ?と呟やいてたのには全力で聞こえないフリをした。
「うんうん、実に彼の者らしいねぇ」
キュイエールがとても楽しそうに笑う。
彼はとなりに立つと、その片手をボクの背中にまわした。
不思議と抵抗はなく、その腕に寄りかかるように、ボクはゆっくりと座る。
名前が決まった安心からか、眠気がイッキに押し寄せてきたようだ、自然とまぶたが下がってしまう。
スモアはまた消えてしまったのだろうか。
胸に抱えたボクの手をキュイエールがポンポンと優しくたたく。
「大丈夫だよ、お眠りなさい。あなた達との出会いは幸福だった……とても楽しかったよ」
優しい声……それは、まるで別れの言葉みたいに思えて、少し慌てた。
でも、もうボクのまぶたは開けられそうにもない。
ふいに、あの神域のだだっ広い草原の中、ひとりぼっちで佇むキュイエールの姿が浮かんだ。
「ボクたち、またあの山に行くから……キュイエールサンの家に遊びに行くから……」
沈む意識の中、ボクはちゃんと伝えられただろうか。
握りしめたつもりのキュイエールの手は、シャリとした、鱗みたいに硬くて、あたたかかった。
***
「やっぱり、まだ難しいか」
「相手が相手だからね。それでも彼の者なりに、手心を加えているようだよ」
スヤスヤと寝るセージを横にして、支えていた腕を外す。
キュイエールの方を見れば、彼の膝に頭を預けたまま、イオリは安らかな寝息を立てていた。
聖石の力を引き出すのに、環境や条件が合えば言わずもがな、基本は宿主の精神力に頼るものだ。
付き合い方は様々なれど、相手は聖石の王。
本来ならば定められた一族にしか扱えない。
眷属とはいえ、それを顕現させたのだから当然身は持たないだろう。
それでも扱えるようにしたのだから……二人への執着や如何に、か。
「また旅がしたいって……アランだって、あの時は大変な思いをしたくせに」
「フフ、よほど思い出深いのだろうね。君達との旅路は」
クスクスと楽しげに笑う彼に近づき、イオリを寝かせ直す。
身を起こそうとする彼を支えて共に立ち上がれば、キュイエールは悪戯気な目でオレ――【レイ】を見つめてきた。
「彼女に会いたいのは君だけではなかったのだねぇ。早く連れて行っておあげよ、あの旅の仲間だろう?」
「……それを言うならキュイエールもでしょ。俺達より前に、アランと一緒に旅してたって聞いたけど?」
からかうキュイエールにジト目で返してやる。
「それに、俺達に彼女を引き合わせてくれたのは貴方だ。だからキュイエールも、あの旅の……俺達の仲間だよ」
あの山から彼女を連れ出してくれなかったら、当時の俺は仲間にも出会えないままだったし、旅に出ることもなかったろう。
「――そうか……そうだね。僕も君達と一緒に旅をしていたんだね」
「……今もでしょ」
訂正してやれば、彼は子供のように、くしゃりと笑う。
(貴方こそ、かつての仲間に会いに行きたいだろうに)
これは思うだけ。
どうにもならない望みは口にしない。
仮に叶ったとして、この男が世に放たれたと知ったら世界は大慌てになるだろうけれど。
それに何より放っとかないといえば――……
「あぁ、ヤカラに何て説明しよう。どうしたってバレるものなぁ」
不測の事態だったとはいえ、罪悪感がのしかかる。
「あの子ならば説明せずとも分かってくれるよ。賢く優しい子だもの」
理解した上で問い詰められそうとか、その優しい人は貴方に関してだけは例外なんだ、とかは決して言えない。
こんなにも寛容で聡明な人なのに、己に寄せるヤカラの熱量には、どうしてこうも無頓着なのか。
全ての感情を飲み込んでキュイエールを見つめる。
大丈夫だよ、と言うように微笑み返してくれる彼に、何も大丈夫じゃないと泣きつきたくなるけれど。
「……とりあえず、どうやって無事を知らせようかな」
「おや、あの子なら来るだろう?」
「え、でもここ湖の真ん中だよね?」
たしかに、ここにキュイエールが居ると知れば大海を泳いででも来るだろうけれど、外からでは知りようもな……――
――バァアンッ!!
「ここからキュイエールの匂いがっ!」
……よく知った声と共に思いきり扉を叩き開けたような音が響く。
この空間に扉はないけれど。
如何なる時もブレない来訪者に、やはりキュイエールは動じない。
俺に顔を向けたまま、ゆっくりと片目を閉じてみせた。
「――赤眼は鼻が利くからね」




