77.煌々と秘かに輝くは 其の二
風に揺れる葉擦れの音がその瞬間だけ止んだ気がした。
「……竜の、眼……!?」
己――【ヤカラ】の発した言葉にセージの目が大きく見開かれ、ヒタリと動かない。
「……おう。アンタみてぇに、夜目に明るいヤツぁ『竜の眼』だとか『猫の目』っつー風に呼んだりするぜ?」
己はただ、妙に言い淀んでいたレイの言葉を代弁してやっただけなんだが、そんなに放心する様な内容だったか?
「――ドラゴンズ・アイ……」
「――ッイオリっ、て、天才かっ!」
さっき迄、立ちながら舟を漕いでた筈のイオリが何時の間にやら復活してやがる。
何がどう琴線に触れたんだか知らねぇが、まぁた二人して呑気に盛り上がって……コイツぁもう一度、己の制裁を喰らいたいって事だな?
そーかそーか。
「――さて、と、この辺だったな。セージ、こっち来い」
「ウッス、アニキ!」
あれからおかわりを喰らい大人しくなった二人を従え夜道を進む事暫し。
ある分岐点で立ち止まり、セージに声掛ければ従順な返事が返ってくる。
漸く教育的指導が効いてきたらしい。
手招く己が見やる先には、二手に分かれた道の間を草原が埋め尽くし、その奥に黒く聳える丘が鎮座している。
手元の草の根を分ければ、僅かに覗いた土の筋が薄っすらと浮かんでいた。
「この獣道が判るか?コイツの跡を辿ってあの丘まで俺等を案内してくれ。因みに一歩でも踏み外すと罠に掛かるんだが」
「ウッス、アニ……うぇ゙?」
隣に屈み込んだセージに振ってみりゃ、行灯の灯りに浮かんだその目が、己の手元と顔を交互に見比べてくる。
「え、えぇと〜でもヤカ兄、アッチにずぅ〜っと行けば丘の上まで道があるよ?町もあるみたいだし、向こうから行った方が安全なんじゃなぁい?」
困り顔でセージが暗闇を指差す。
生憎、己には暗くて何も見えねぇが、コイツの目には幾重にも隆起した丘を蛇行する道筋が見えてるんだろう。
ついでに、日中でも粟粒程しか見えねぇ筈の屋根も視認出来てるらしい。
「今時分にそっちから行っても門前払いされんのがオチだからな。こっちの方がお咎めもなく入れっからよ」
「うぅん?それって不法侵にゅ……なんでもないでありまっす、ウス!」
有能なその眼に褒めるつもりで笑いかけてみたんだが、どうやら上手くいかなかったらしい。
余計な言葉まで飲み込んだセージが獣道を熱心に観察し始めたのを機に、後ろを振り返る。
危険の及ぶ先攻に反対の声が上がるかと思いきや、レイは天を振り仰いだまんま何を思考しているのやら。
なかなか動こうとしねぇが、こうも暗がりだと星見してんのか立ち眩みでも起こしてんのかの判別がつかん。
「どーしたよ?不調でもぶり返してきたか?」
「あ、いや、それは大丈夫なんだけど、えぇっと……」
仕方なく寄ってみりゃ、己を伺う様に目線を這わせやがる。
どーみても怪しい。
「……あーそういえば、セージと一緒に眠ると調子が良くなるんだよね。痣の痛みがマシになるというか、回復していく感じがするんだけど。とはいえ、本人はよく分かってないみたいなんだよねぇ」
「あ?」
言葉を選ぶ様に告げられた内容に更に訝しむ。
序にソイツの方も見やってみるが。
「アニキィ!頭部への打撃によりイオリが気絶しそうでありますっ」
「眠いだけだろンなもん。その辺に転がしとけ」
やはりというか、ソイツに問い掛けても無意味そうだ、引き続き放っておく。
「ふぅん、回復ねぇ。考えうるとしちゃ、其れも聖石の能力ってやつじゃねぇか?何時の間にやらか知らねぇが、気に入られちまったみてぇだしよ」
「うん、そうだと思う。あくまで俺個人の検証でしかないんだけどね。そんなワケで俺の体調はヤカラが思ってるよりも良いんだよ?それはさておいて」
どおりで数日おきにセージを添わせて寝ていたワケだ。
ついぞ死にかけていたレイが急に復活したあの時も、セージの持つ何かしらの力が働いたおかげなんだろう。
不可解ではあるが納得はする、なんせ相手はあの奇跡の塊だ。
そいつはさておき。
「こんだけ使えんだ、いいよな?俺ァ容赦しねぇぜ」
「その……いや、うん。セージの自衛の為にも、早めに鍛えるべきとは思うけど」
やはり惑いながらも、レイは不承不承頷く。
話を聞いた時点では半信半疑だったが、セージの竜眼は想定した以上だった。
本人はその特異な能力なぞ意にも介さねぇみてぇだが、とっととモノにするべきだろう。
「だけどヤカラ、やっぱり道具扱いするのは……」
「この先、下手な奴に扱われんのも癪だしな。ろくでもねぇ使い方されるよりか、己が使える様になりゃいい」
夜目の効くヤツは重宝されるが、決して宝玉の如く扱われるわけじゃねぇ。
いずれ目立つ前に地盤は整えた方がいい。
何か言いかけてたが、暗がりの中見返すも相手は何も返してこない。
「んだよ、言いたい事あんなら言えよ」
「ううん、何も。ただ、頼もしい仲間が増えたなぁって、ね」
薄ぼんやりとした灯りに、その表情までは窺えねぇが。
誰が為に放たれた声は、柔く笑んでいた。
***
「……――ハッ、あぶない罠がっ……あれ?」
草むらの中、奇声をあげて襲いかかってきた罠を回避しようとして、オレ――【セージ】は目を覚ました。
どうやら凶悪な罠たちを放つ魔王ヤカラとの戦いはただの夢だったらしい。
「おう、起きたかセージ」
「んぉ、ヤカ兄?ごめんオレ寝ちゃってた……」
草の中のほっそい道を罠にビビりながら進んでいたハズなんだけど……そーいえば途中から記憶がないかも。
何度もヤカラにダメ出しくらったり軌道修正されたり、アレこれオレいなくても進めるのでは?と思いながら何度も罠踏みかけたりしてたのは覚えてるんだけども、そのたびにフワリフワリとヤカラに持ち上げられるうちに眠ってしまったみたいだ。
気づいたらヤカラにおんぶされてたわ。
「お疲れサン、おかげで楽に進めたぜ。ほれ、見てみろ」
振り返りながらオレを見上げてくるヤカラに促されて、顔をあげてみる。
てゆーか、こうして上から見たヤカラもちょっと新鮮だ。
オレたちの目の前いっぱいには、満天の星を受け止めた大きな水たまりが広がっていた。
それも学校のプールみたいな大きさの水たまりが、あっちこちにある。
それぞれのプールが、上から流れてきた水を下の段のプールで受けとめて、またその下のプールへと溜まっていって……と、まるで階段みたいに延々に続いている。
音もなくゆっくり流れる水は、丸い鏡みたいに星を映していて、まるで地上に流れる天の川みたいだ。
どこまでもずっと続いていて、空の星とつながっているようにも見えて――
「すげぇ……このまま、空まで渡れるかも……」
「……どんだけ遠くまで渡る気だよ。ま、そいつも面白そうだがな」
思わず溢れた言葉に、応えるようにヤカラが動いた。
ちょっと前かがみの体勢で後ろ手にオレをつかむと、真上にグイッと引っ張られ――!?
……て、そのまま肩へと座りなおされたんだけど、一瞬浮いたお尻がヒュッてなった。
「……っくりしたぁ〜。んなら渡ってこい、っつって放り投げられんのかと思った……」
「俺を何だと思ってやがる、お望みなら投げてやろうか?」
思いっきりヤカラにしがみつくことにした。
わーったから顔塞ぐな、って言われたけど、ヤカラはとくに怒ってないようだ。
「――落ちたら拾ってやれんだけどよ……」
オレを肩車したまんま、星の川を背にヤカラは歩き出す。
「せめて、俺の手の届く範囲で頼むわ」
小さくなったつぶやきに、ちょっと想像してみるけれど。
「だいじょーぶ!オレ泳ぐの得意だし、ちゃんと戻ってこれるから安心して待ってて!」
こーゆーのは二次被害が重なるっていいますからね。
救助の際は慌てず騒がず、冷静な判断を心がけてほしいものですよ。
ヤカラは言われずとも堂々と様子見してそうだけどもっ。
いちおーオレも海の男だからね、まかせとけ!って意味で言ってみたんだけれど。
そーかよ、と応えたヤカラの声は、やっぱり小さかった。
・・・・
ヤカラに担がれたまま崖の真下までやってくると、レイが上からひょっこりと顔を出してきた。
肩の上から手を伸ばせば、そのまま掴んで引っ張り上げてくれる。
「セージ、お疲れさま。あとはこの湖に沿って進むだけだから。なんなら寝てる?」
レイの足もとでは、すでに安らかな寝顔のイオリが横たわっていた。
「だいじょーぶ、さっきちょっと寝たし。てゆーかこのみずう……み?」
あんなスゴい景色を見たせいか眠くないし、むしろここでも同じのが見れるんならイオリを叩き起こして見せたいなっ。
ワクワクして顔を上げれば、オレたちの視界いっぱいに黄色い光が飛び込んできた。
『……は?』
オレとレイの間の抜けた声がそろう。
その声に反応したように、黄色い光がひときわ大きく輝きだした。
眩しくてギュッと目をつむるも――……
……次に目を開けた時、オレが期待してた景色はまったく別のものになっていた。




