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72.昼下がりの図書室 其の一



「あっこれ知ってる。えーと、ア、ワ、ノ、キ……へ〜、あの石けんのやつそんな名前なんだ〜」

「ね、セージ見て見て。ドラゴン載ってる!あの山で見たやつコレじゃない?」


 そこそこ多くの人で賑わっている中、空いてるスペースを見つけ、セージと一緒に図鑑を広げる。

 ()()()の習慣でつい小声になってしまうが、どうやら()()()では若干ルールが異なるらしい。


 今日の昼下がり、ボク――【イオリ】たちがやって来たのは、町の広場の北側にある図書館だった。

 入口で入館料を支払い、手荷物を全て預けると係の者から手首に番号のついた紐を巻かれ、階段を上って移動する。

 途中数カ所でボディチェックを受けたら、ようやく本のあるフロアへ入ることが出来る仕組みだ。


「二人共、気に入ったの見つけたら隣に移動しようか」


 それぞれの持ち寄った本に夢中になりかけたところで背中から声が掛かる。

 セージと揃って振り返れば、本を片手に佇むレイの姿があった。


「レイ兄!オレ、コレにする〜」

「うん、セージは生活植物図鑑か。食用と毒草の見分け方も載ってるから見応えありそうだね。イオリは……幻獣生態記?この著者なら信憑性あるからいいと思うよ」

「そうなんだ?シ、シュア……シェッ、ト?氏??覚えとこー」


 三人で雑談を交わしながら、柱で仕切られただけの部屋へと移動する。

 間にドアが設けられていないのは、本を抱えて移動するからだろうか。

 

 ボクたちが今、本を選んでいるスペースは、本棚と細長い簡易テーブルが交互に並ぶばかりのフロアだ。

 ここで選んだ本は、となりの部屋で座って読むことができるし、大声で話したり騒いだりしなければ、声を出してもいいらしい。

 実際にのぞいてみれば、教え合ったり、小さい子に読み聞かせているヒトたちで賑わっていた。

 ちなみに、さらにその奥にある部屋では会話は厳禁。

 静かに読みたい人向けのスペースだ。


「さてと、イオリとセージは先に読んでいてね。ちょっと向こうの掲示板を見てくるから」


 大きく窓が開け放たれた角のテーブル席に着くなり、レイは入口近くの掲示板へと向かっていった。

 ここからでも見えるくらい大きな黒板には、各地から集められたニュースが書かれているのだという。

 疎らな群衆に、レイの背中が溶けていく。


「もしかして……魔法でレイサン消せるとか」

「おん?どしたん、レイ兄とケンカしたん?」


 つい不穏なニュアンスになってしまったセリフに、セージもびっくりした目でボクを見てくる。


「そーじゃなくて。あのヒトたちって存在感あるクセにさ、たまに見えない時あるよね?目の前にいても気づかないってゆーか……」

「それ、世間ではイジメって言わん?」


 十分に距離はあるし聞こえるワケないと思うのに、つい小声になってしまうのは……うん、あのヒトの勘の良さをナメたらいけないと思う、絶対。


「……あれ、セージとイオリじゃないか?奇ぐ……」

『うッわ!?』


 セージと一緒になって本の陰からコソコソしているところに、突然背中から呼ばれて心臓が跳ねる。


「うぉっ?バッカお前ら、そんなに騒ぐなよ」

「すっ、スンマッセ……ってあれ?ゴゥ!?わ〜久しぶりぃ〜!」

「何だ、アンタか。気安く話しかけないでくれる」

「お前っ……イオリは相変わらずムカつく奴だな」


 振り向けば、そこには何時ぞやの事件にボクたちをガッツリ巻き込んでくれやがったメンバーの一人、迷惑ダンゴ兄弟の弟の方が立っていた。

 散々迷惑かけてきたクセに、まーた懲りずにボクたちに話しかけてくるか……と、そーいやダンゴの片割れである兄の方が見当たらない。


「あれ、ダンは?今日は一人なん?」

「あぁ、兄さんは家にいるよ。私は個人的に調べる事があってな」


 尋ねるセージに、弟の方――ゴゥは持っていた本を掲げてくる。

 タイトルは……経済学、商談話術、疲れている人への慰め方、癒されるツボ、鬱にならない元気習慣……


「セージ、あっち行こう。これ以上関わると高額なゴミ買わされるよ」

「おいコラ、私を変な勧誘者扱いするなって」


 手早く本を纏めて席を立つボクの背に憮然とした声が掛けられるが相手をしてはイケナイ。

 セージが頑張って本のタイトルを読み上げようとしているが、ソンナモノ解読しなくてよろしい。


 さっさと離れるべくセージの椅子を引っ張れば、反対側から立たせまいとゴゥが押さえてくる。


「ちょっと関わらないで頂けますかそーゆーのお断りしてるんでウチお金無いんでー」

「だから違うって!これはその……日頃から兄さんの疲労ぶりを見ているからつい、手に取ってしまっただけでっ。ほら、お前も言ってたろ?金を稼げって。私達の家を立て直す為に、こうして学び直してるんだって!」


 しつこい勧誘に椅子を軋ませながらにらみ合うことしばし。


「そっかぁ〜……」


 ボクたちのにらみ合いも何処吹く風。

 ガタガタと自分の椅子が揺れ動く中、解読を途中で放棄したらしいセージがゴゥを見上げていた。

 その目は何だかキラキラしているが。


「ダンもゴゥもスゲー頑張ってんだな。こんな難しそーな本も読めちゃうし、ダンはちょっと心配だけど……めっちゃ尊敬するぜ!」


 瞳だけでなく顔全体をキラキラさせて言い切ったセージをしばし眺めた後で、ゴゥはゆっくりとこちらに目を向けた。


「……これ、本当にお前の友人か?」


 信じられないとでも言いたげな物言いをされると、ボクもちょっぴり不安になるからやめて欲しい。


「……不満なら関わらなきゃいいだろ。もう関係ないんだし」


 誰も彼も信用しないボクと違って、セージの長所はその人当たりの良さだとは思う。

 だけど誰に対しても懐くのは、やはりいけないと思うのだ。

 ましてや目の前にいるコイツは、セージを利用したあげくに危険な目に遭わせやがったのだから。


「ハァ、お前はマトモに挨拶もさせてくれないつもりか?」

「も〜イオリさん、めっ。この人たちだって巻き込まれちゃった側でしょーが〜」


 大きく息を吐くゴゥの前で、セージも困ったようにボクと向かい合う。

 その二人の態度に、ボクも少しイラついた。


 兄弟の事情は聞いている。

 その行動の意味も、その結果の末路も。

 だけどそれはそれ、迷惑を掛けてきたコトに変わりはない。

 悪気が無ければ許されるなんて、冗談じゃない。


 ――そのせいで、そのオマエラの行動のせいで、セージは殺されかけたんだぞ。


 ジワジワと腹の底から怒りが込み上げてくる――……が。


「――解っているって、お前に言われなくともな」


 あちこちで、囁く声が飛び交う室内で。

 それでもボクたちだけが聴き取れる声に目を向ければ、ゴゥは凪いだ瞳でボクたちの前に立っていた。

 よく見れば、その目の縁が未だ黒い。


「なぁイオリ。私達の行いを、仕方がなかった、で済ませる気はないさ。私達の無知は、無力さは、お前達を取り返しのつかない目に遭わせかけたし……。……。……妹を、取り返しのつかない目に、遭わせたのだから」


 静かに溢れるその声が、まるで周囲の音を消していくようだった。

 その背に負った窓から聞こえてくるセミの声も、室内の和気あいあいとしたざわめきも、ソイツの周りから離れていくような……もしくは、彼自身がこの空間を拒絶しているような――……

 抑揚のない声が、力の籠もらないその瞳が、無性にあの日のサンの姿を彷彿とさせて。


 ボクは思わず息を呑み込んだ。






 ***






 ぬるい風が図書室の中を吹き抜けていった。

 大きく開いた窓から吹く風が、たくさんの人と外からの熱気をかき混ぜてゆく。


「……セージ」


 ゴゥの静かな声が、震えながらオレ――【セージ】を呼んだ。

 ハッとして顔を上げれば、ゴゥはまっすぐにオレを見て……いや、びみょ〜に視線が合わないよーな?


「……()()、何だ?」

「……はぇ?」


 何だかあきれたよーな目でオレの上……頭の方?を指差してくるんだけ……どぉ〜?


「んんん~?」

「おい、落ちる落ち……ないんかーい」 


 ぐぐぃっと上を見上げてみるも、何も見当たらないどころか、ゴゥから意味不明なツッコミが入るんだけど?

 ワケが分からないままふんぞり返ってみれば、今度はイオリと目が合った。

 ビックリしてんのかあきれてんのか、よく分かんない顔でしばらく見つめあってたけど、よーやくソッと指で差してくる。

 それは、やっぱりオレの頭の上を示していて。


「セージ、頭に『ウニ』が乗ってるよ」

「……はぇ?」

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