70.昼下がりの寸劇
そうこうして過ごしているうちに、ボク――【イオリ】たちのいるこの裏庭に誰かが入ってきた。
湧いて出たような気配にビクリとしたが、振り向けばちょうど、建物の陰からレイとヤカラの二人が出てくるところだった。
(――あぁ、まただ)
信頼に足るはずの仲間の姿に、思わず安堵ではないため息がこぼれ出る。
いったいどうしてしまったのか……自分でもワケが分からない不安を内に閉じ込めて、あらためて彼らを見る。
暗がりの中で、ガーネットの瞳と視線が合った気がした。
――ヤカラ。
レイに続き、ともに旅をする仲間となった男。
神竜の住まう高山地帯に生きる山岳民の一人だ。
二メートル近くはありそうな長身に鍛えられた身体。オレンジ色の髪を一つに束ね、耳もとには長いフリンジがシャラリと揺れている。
顔立ちも性格も悪くはないと思うのだが、いかんせん目つきが鋭すぎる。あとバグみたいに強い。
独特な民族衣装を隠すようにマントを羽織っているが、残念ながら存在自体がデカいせいでイヤでも目立つ。
……ハズなのに。
木陰から一歩、太陽の下に踏み出せば、ヤカラの燃えるような髪色と、レイの艷やかな青い髪が波のように風に揺らめく。
映画のワンシーンのようなその姿にも、ボクの心情には不安しか浮かばない。
(まだ距離があるとはいえ、こんなにも目立つ二人に気づかないワケがないのに……)
それなのに、この二、三日で、目の前にいるのに気づかなかったことが何度もあるのだ。
……本当に解せない。
「あ、レイ兄〜ヤカ兄! おかえり〜」
ボクのモヤモヤなどどこ吹く風で、セージの明るい声が二人を出迎える。
その横でなんとなく空気がヒシッとした。
見れば、ロンの背筋がピンと伸びている。
さっきまでとは打って変わって緊張した顔をしているが、向かい来る二人に対してだろうか。
対するあの二人は気にしていないというか、いつも通りな感じはするけれど。
「あ? ロン坊じゃねぇか。もう動いて平気か?」
「ただいま、二人とも。ロンも回復したようで良かったね」
「……ウス。お邪魔してるス」
「おかえりー。今日は何を買ってきたの?」
やけにロンがぎこちないが、それよりも帰ってきた二人の手元の方が気になる。
今回はレイのリハビリも兼ねてヤカラと散歩に出ていただけのはずなのに、彼らの腕にはたくさんの買い物袋が抱えられていた。
いい匂いが漂ってくるに、今日のオヤツは屋台フードだろうか。
この庭にはテーブルも置かれているし、このまま外で食べるのも楽しそうだ。
ワクワクして見てると、気付いたレイがニコリと笑いかけてくれる。
その笑顔に胸がチクリとした。
そうだ、ピクニックの前にやるべきコトがあるんだった。
「あの……レイサン? これ、ロンがボクにって持ってきてくれたんだけど……」
丸投げする罪悪感で例の服が重たく感じるが、ソっと彼に渡してみる。
包みを開いたレイとのぞき込んだヤカラが同時に目を丸くした。
「これは……随分良い品だけど……ヤカラ?」
「この染めは彼処の家だな。見たとこ同じ系統みてぇだし……」
二人してヒソヒソと確認し始めたけども、この様子は……うん、やっぱりウラがあったのかも。
「……色といい寸法といい、今回はアンタ宛かもな。イオリが服を卸したのは周知されてんだろうしよ」
「ロンがわざわざイオリにと持ってきた服を俺が着てたらそう受け取るぞってことか……ハハ」
調べるようにヤカラが服を広げて入念に見回してみてるけど、そんなに厄介な品だったのか?
二人の目がやけに遠くを眺めているよーな。
「あれ、二人ともどしたん〜? この服着てみてよ、オレはレイ兄にあい……んむぐ」
不穏な空気に気付かないままのん気に話しかけてきたセージの口に、ヤカラの手から丸いドーナツみたいなのが放り込まれた。
流れるようにカゴから皿と保温瓶を取り出すとチャチャッと料理が盛られてあっという間にボクたちの前に差し出された。
ちょっと黙ってこれでも食べていろ、というコトか。
「さて、どうしようか。置いたままだと受け入れたって意味に取られそうだし」
「返すにしても売っ払うにしても、二人同時に出した方がいいかもな。嫉妬かと捉えかねん」
「それはそれで揚げ足を取られそうだよ? 責任放棄の意か、って」
「……チッ。狸爺爺め」
なおも増していく不穏な空気が周りの景観とミスマッチしていく。
このテーブルの周りだけピクニック日和とはほど遠くなってしまった。
「あのー、もしかして……それも爺様の仕業ってやつスか……?」
空気を読んで黙っていたロンが恐る恐る口を開くも、声もその握りしめた手も震えている。
丸投げした身としてボクも聞いておきたいが、今は何か話したそうにしているセージの口に間髪入れず食べ物を放り込む作業に集中しておく。
「スイマセン……だとしたらジブン、またお二人に迷惑をお掛けして……」
「あ?いやいや、ロン坊のせいじゃねぇよ。こいつはあの爺爺が勝手にやってる事だからな」
今にも泣きそうなロンの声に、ヤカラもボクもギョッとした。
窓ガラス割るほど大胆不敵なヤツだと思ってたのに、こんなに心細そうに泣くなんて。
セージがソッと食べかけのホットサンドをロンに渡そうとしたので、ソッと取り上げてセージの口に返しておいた。
トマトとチーズの濃い匂いがする。ボクも一ついただこう。
しかし……どうやらロンが持ってきたその服には、大きな思惑が隠されているらしい。
服に込められたメッセージとは。
真の狙いはレイなのか。
ヤカラは陰謀を阻止するコトが出来るのか? 仕掛けた犯人の思惑とは――!?
……これは決して面白い展開になってきたなんて思ってるわけではない。断じて。
だけどドラマの展開的には、現段階では容疑者はロンの祖父あたりになるのか。
今のところ、ロンが被害者のフリをしているという線もあるが――
ソワソワする心を落ち着かせながら、ジャマにならないようセージと大人しくピクルスをつまむ。
あ、ここのピクルス、前に好きだって言ったやつだーおいしーい。
「それによ、ロン坊。あの一件も最善を尽くした結果だろ。そう恥じるな」
「う、スイマセン……でも……」
昼下がりのドラマはヒロインを慰めるシーンに入ったようだ。
それで慰めてるつもりなのか、ぶっきらぼうに口の端を少しだけ吊り上げて笑むヤカラだが……コレでヒロインの肩に手をかけて顔をのぞき込んで〜のセリフならば――お? コイツモシカシテ……な展開になると思うのに……
腕組んでテーブルに寄りかかったまんまだもんな。
コレは下心ないわ。ツマラン。
一方で、俯いてしまったロンに、今度はレイが優しくアプローチしていく。
「そうだよ。ロンは俺達を手伝って、この二人の事も助け出してくれたんだから、感謝してるんだ。ただその結果、ロンだけに怪我を負わせてしまったのは俺達の力不足が原因だからね」
「そんな……の、それこそジブンの力不足ス」
ウンウン。
タイプのチガウイケメンの登場は王道の展開だものな。さぞかしヒロインの心は揺さぶられるだろう。
こうして、二人の男に挟まれながらも謎を解き明かしていくヒロインの次の展開は――……
と、ふざけるのはここまでにしておこう。
たいていのヒトはこの辺りで折り合いをつけそうなモノなのに、申し訳なさそうなレイの声にも、ロンは納得しきれていないようだった。
(あーそうだな。ロンは責任感強いタイプだよな)
自分たちはどうしたって子供で、大人の保護下にあって。
たとえ自分で決めた意志であっても、たとえどうにもならない事態だったとしても、自分たちに何かあったら責任を取るのは大人で。
自分だって何でも出来る! って思ったって、放っといてくれ、って思ったって、放っとかれないのはその感覚こそが危ういからだ。
五歳児の何でも出来る! は危険なのだと、ボクの年齢でだって分かる。
きっとそれと同じなんだろう。
でも当の五歳児にはそれがまだ理解出来ない。
どうしたって、出来ない。
だからこそ自分たちは自分の行動に責任を負えないんだ。
ボクだって理屈では分かってたけど……骨身に染みたのは、こちらに来てからだ。
まだまだ……足りない。
「偶々相手したのが、マガイモノの変異種だったんだろ。俺等の応戦も間に合わなかった。そいつも含めて此方の見解が足りなかった訳だ」
「そうだね、見通しの甘いまま強引に突っ込んでしまったから。俺達がお叱りを受けるのは当然なんだよ」
「でもっ、それも込みでの協力だったはずスよ。爺様の言い掛かりに従わなくてもいいじゃないスか!」
諭す二人にも、やっぱりロンは納得しきれなくて。
だんだんとヒートアップしていく展開に、ボクもセージもつまみ食いが止まらない。
このチーズの入ったポテト美味いな。
「いや、そりゃあ従う気も無いっつーか、従えねぇんだけどよ。俺等もロン坊の功労に対して敬意を示したいっつーか……まー単に俺等の意地だ、お前さんは堂々としてりゃいい」
困ったように頭をかくヤカラだったが、それでもしっかりと向き合って伝えてくる。
……伝えてくれるんだよな、このヒトは。
何でもない顔して長い腕を伸ばして、ロンの肩をポンと叩いて……ちゃんと、ロンが頑張っていた事は知ってるぞ、と――
――いいなぁ。
(……って、何を考えてるんだボクは?)
セージのオニオンフライとポテトの皿を交換しながら、ぼんやりと浮かんだ感情に慌てて待ったをかけた。
そうこうしているうちに穏やかなレイの声が続く。
「そうだよ、ロン。育て親であるキミの祖父にも、心から納得してもらいたいからね。それにロンがここに来てくれただけで嬉しいよ。こうして互いの意見もやっと伝えられたのだし。ありがとうね」
「……ヤカラ〜……レイ先生ぃ〜……」
あくまでも優しく告げるレイの言葉に、涙ぐんだロンが二人の名を呼んで――
「……で、結局これって何のハナシなの??」
感動的なシーンの中、ラストのオチはやっぱり空気を読まないセージが口を挟んだのだった。




