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7.始まりの地 其の二



「やっぱり森、なんだ……」

「うん、そこだけがどうしても合わないね」


 信じられないまま呟くオレ――【真友】の声に、綾ノ瀬さんも眉をひそめる。

 なんだかどうにも、目が覚める前と後で場所が切り替わっているような感じがする。


「私たちは絶対に海に落ちた。それにしては服が乾いたままだってのもおかしいな……よね」


 綾ノ瀬さんが自分の服を見やるのに、つられてオレも自分のシャツを摘んでみる。


 真夏である今ならこんなシャツ一枚なんか余裕で乾くけども、彼女の場合は何故か厚地のジャケットも羽織っていたりするからな。

 はたして着たままで完全に乾くもんだろーか。

 そしてなによりこの……お姉さんかも?は、びしょ濡れのオレたちをそのまんまベッドに入れたのだろーか?

 ふつー脱がせたりしない?


 そこまで考えたところで、ついと……お兄さんかも?を見やると、その人もオレたちと同じように首をコテンと傾げていた。


「海……この辺りに海なんてないけど?」


 う〜ん……となるとやっぱり、この辺りはオレたちが住んでいた地域圏ではないのかも?


「そっ、そ~ですよねぇ~やっぱりぃ?ちなみにドコの都道府県なんですかね〜?」


 綾ノ瀬さんの推測通り、何処かに連れ去られたのだろーか。

 何であれ情報が欲しいところだ。それとなく探りを入れてみる。

 ……ところが。


「……トドーフケンって何?」


 心底不思議そうな顔で返された。


『はぇ?』


 今度はこっちも呆気にとられる。


 いや、この人がすっとぼけているようには……何というか……頭が悪そうにも見えないんだけど。


「えぇと、心なしか馬鹿にされてるような空気感じるんだけど」


 勘の鋭い……お兄さんかもしれない?は眉をひそめつつも、それでも話を続けてくれる。


「今朝、()はそこの森で倒れてるキミ達を見つけたんだけど」


(やはりお兄さんだったか!!)


 相手の一人称に確信した瞬間である。

 だがしかし、そう感じるのと同時にお兄さんの目がスゥ、と細められた。

 マズイ予感がする。


「……何か言いたそうだね?キミ達」

「いっいやいや〜ぜ〜んぜんっ!?何も思ってないし〜!?」

「気のせいですよぉ、それより続きが気になるなぁー」


 胡乱な目を向けてくる青年の問いを、二人で何とか逸らそうと試みる。

 青年は納得のいかなそうな顔でふぅん、と唸るも、ちゃんと続きを話してくれるよーだ。

 ふぅ、セーフセーフ。


「そういえば、キミ達を見つけた時はたしかに二人とも砂まみれだったなぁ。……微かに潮の匂いもしたかも」


 何かを考えるように口元に手を添え、チラリとオレたち二人の方を見やる。


「あぁ、そうだ。残念だけど、キミ達の荷物は見つけられなかったんだ。旅の途中で獣にでも追いかけられたりした?」


 続くその言葉に、オレたちは顔を見合わせた。


「いやっ、オレたちはそもそも手ぶらだったから……」

「私たちは昨夜、地元の海に落ちたんです。それで、目が覚めたらここに居たって感じなんですけど……」


 慌てて説明するオレたちに、今度は青年がキョトンとしてしまった。

 口を開きかけては閉じ、暫し思案顔で俯いている。


「……うん、どうにも会話が噛み合わないね」


 そう呟いて青年は立ち上がると、後ろの本棚に向かう。


「えぇと、これかな。キミ達は今この辺りにいるんだけど」


 そう言って、オレたちの前に大きな紙を広げてくれたので二人して覗きこんでみる。


 それは一枚の、地図()()()()モノだった。


『……何コレ』


 思わず呟いたのは同時だった。


 それは……やっぱり地図なんだと思う。

 山っぽいのや川っぽいのの絵がサラッと簡単に描かれて、ポツポツと印が点在していて、それぞれに何らかの記号や文字らしきものが記されている……だけど、そもそもその文字が何だか分からない。

 英語でないことはたしかだ。

 ついでとばかりに、レイに紙面の右上側を指で示されたものの、どこがどこだか判らない。

 海はどこだ、そもそもどこの国だここは。


「はいっ!」


 綾ノ瀬さんがシュバっと左手を挙げる。


「ここはドコの国ですか?」


 どうやらまったく同じことを思ってたらしい。

 それはそーか。


「ここは東国ですよ」


 青年が先生っぽく答えてくれる。

 けれど、残念ながら全く答えになってねーんですよねぇ。

 ひがしこく……東にある国のことだろーか?

 そうだとしても余りにもそのまんますぎるんですけど?中坊だからってバカにしてんのか〜?おぉん?


「……お兄さんは日本語喋ってますよね。この国は違うんですか?」


 綾ノ瀬さんの声にあからさまな棘が交じる。

 だいぶイライラしてるとみた。

 けれど、対するお兄さんには戸惑いの色が浮かんでいる。


「ニホン語……ニホン族ってこと?キミ達は人間と違う種族なの?えぇと、俺が話しているのは人間共通の言葉なんだけど……う〜ん」


 話しているうちに混乱してきたよーだ。

 しかし、やはりオレたちをおちょくっているようには見えないし……どういうこ……


「……わかった」

「真友くん!?」


 ボソリと呟いたオレの声に、綾ノ瀬さんが勢いよく振り返る。

 それに応えるように力強く頷いてみせた。


「ここはっ……イースター島だっ!」

「……うん、えっと……落ち着いて真友くん」

「モアイとかっ、何とかサークルとかあるでしょーぉっ!?」

「ストーンサークルね、わかったからちょっと落ち着こう?」


 オレたちがワイワイしている間にも、青年は増々難しい顔をするばかりだ。


「いーすたぁと、もあぃ……う~ん、どれも聞いたこともない。()()()()なら知っているのかもしれないけど……」


 オレたちを放っといたまましばらく独り言ちていたけれど……やおら顔を上げた青年は、なんだか吹っ切れたように真っ直ぐにオレたちを見てきた。


「取り敢えず……キミ達は人間じゃあないのか」

『人間ですけど!?』


 キレイにハモった。

 青年は不服そうだ。


「そうは言うけどさ、こんな海から遥か遠く離れた高原地帯にたった一晩で移動するなんて、人間には到底出来ないよ。地図を見ても分からないのなら……人にとって未知の種族なんだろうなって思うしかないでしょ?」


 しげしげとオレたち二人を観察するようにして、なおも青年はこっそりと呟く。


「そこまでの力を持つ聖石(いし)も、アレが唯一無二だしね」

「……いし?」


 かろうじて聴こえた青年の呟きに、綾ノ瀬さんが反応する。


 いし、意思……石?

 心の奥がザワザワするけど……分からない。


「石……そーいえば」


 綾ノ瀬さんはゴソゴソと手を動かすと、服の中から赤い石を取り出した。


「あっ!?」


 それを見て何かを思い出そうとするも……やっぱり思い出せなかった。

 ……なかったのだけど。


「……それは!?」


 思いのほか反応したのは、青年の方だった。

 そのままぐいっと綾ノ瀬さんに詰め寄ると、その手の中にある赤い石を食い入るように見つめてくる。

 こらこら〜距離が近いですぞぉん?


「この聖石……やっぱり……何でここにいるんだ!?」


 信じられないと言わんばかりに目を見張り叫ぶ。

 青年の鬼気迫る様子に、オレたちも思わずその石をのぞき込んだ。


 ――まるで艶の無い、色褪せた様な赤色の石。

 つるりと丸いだけの石。


 つまらないとさえ思えるようなその石ころが、なんだと言うのか。


 ―― これはね、とある部族の宝物なんだって


 ふと、いつかの綾ノ瀬さんの囁く声が脳裏をよぎった。

 ハッとする。

 昨夜の出来事だ、体中が痺れたように動かない。

 目だけで青年をうかがった。

 彼は凍りついたような顔で、こっちを――綾ノ瀬さんを見ていた。


 沈黙が、重い。


 なにかとんでもないことをやってしまったのではないか、と、心臓が痛くなる。

 喉の奥がひりついた。

 言わなくちゃ……そう思うのに声が出ない。


 ――違うんです、なんか誤解してるかも知れないけどオレたちは盗んでなんかない。ちゃんと返しに行こうとしてました!


 どうしよう、このままだと綾ノ瀬さんが捕まっちゃうかもしれない。

 ……痛い目に遭うのかもしれない。


 言わなくちゃ……焦る気持ちとは裏腹に体は締め付けられたように動かない。

 全身から汗が吹き出ている。

 喉がギュウッと痛んだ。

 どうしよう、どうしよう。


「あ……の……」


 声が小さく響いた。

 か細く震える綾ノ瀬さんの声。

 その顔は酷く青褪めていた。

 肩で息をしているのがわかる。


 彼女は、泣いていた。


「ごめ……なさ……」


 消え入りそうな声だった。


(謝らないで――)


 そう願う。

 出したい声は少しも出なくて、ぼたぼたっと涙がこぼれ落ちてくる。


(違うからっ、返しに行こうとしてたじゃないか、ちゃんと頑張ってたじゃないかっ)


 どうするべきかも分からなくて、オレたちは泣くことしかできなかった。

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