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67.第一章 前編 終

 ――カポーンと響く桶の音。

 ちょっと(ぬる)めのお湯に体を浸せば、全身を開放感が駆け巡る。


「っあぁ〜……生き返るぅゔ〜」

「……だからホントに若人かよ」


 うしろの方で湯船に浸かるヤカラがまた何かツッコんできたがキニシナイ!

 なんてったってオレ――【セージ】は今、よ〜やく念願のお風呂に浸かっているのだから――!!


 思えば、あのダンゴゥ兄弟の別邸に拐われてから何日経ったんだろう。

 お宿に戻ってきてからというもの、オレとイオリとレイ……つまりヤカラ以外の三人は、ず〜っと寝まくっていたんだもんな。

 それはもう、ヤカラ監視のもとの、絶対安静だったからな……


 部屋から出るの禁止だし、うっかり出ようとしたもんならメッチャ苦い薬湯アゲインされるし……

 チョットオ風呂ノニオイ嗅ギタカッタダケダモン。


 それでも、ちょっとずつ起きていられるようになってきたし、筋トレもちょっとだけ再開したりして……なんでそりゃあもう、めっちゃくっちゃに駄々をこねまくってやったもんね!

 しかもコレ朝一番風呂ですよ!貸し切り風呂ですよ!!


「ふぁ〜それにしても色々ありすぎたな〜……」

「ハハ、アンタは埋められてたもんなー……と」


 なんだか温かい湯気の中に、ヒンヤリとした風が吹いたような気がするけど……うん、オレのセミ化事件を笑いやがったヤカラは置いとこうかそうしよう。


「はぁ~こーしてお風呂に入ってると、今までの苦労が溶けてくよーだよ、な〜イオ……おわ」


 過去もうしろも振り返らないかわりに横にいるイオリを見てみれば、こっちはこっちで浴槽のフチに腕をかけて突っ伏しているんだけど……

 まるで溶けきっていない苦労がイオリの周りを漂っているよーだ。


「……ボクの、服……」

「あ?まだ落ち込んでんのかよ」

「ヤカ兄っ、シィッ」


 どんよりしたイオリから漏れ出た呟きに、あきれたよーに返すヤカラをシャラップさせておく。


「イオリはメイドさんのカッコしか出来ないんだから!追い打ちかけるようなコト言っちゃダメだって」

「アンタの方が追い打ちかけてねぇか、それ」

「うん、セージは黙っててくれないかな」


 あの別邸で、オレとゴゥは元の服に着替えることが出来たんだけど、イオリの服だけがどーしても見つからなかったんだよなぁ。


「いいんだ……もうずっとボロボロだから替えろって、ヤカラサンにも言われてたし……それでもあの状況下で探してもらったんだし……モウイインダー」

「……ねーヤカ兄ぃ。なんとかなんない?イオリはヤカ兄の服がめっちゃ気に入ってたんだよぉ。まだ残ってるとかさ〜?」


 どんより感が増していく空気がいたたまれなくて、こっそりヤカラに聞いてみる。

 たしかおばちゃんたちからお菓子の他にも服とかアクセサリーとかいっぱいもらってた気がするし。


「あー……持ってきたもんは費用として、使えるもん以外は換金しちまったんだよなぁ。買い戻すにしても、刺繍部分以外は解かれてるだろうぜ?」

「えぇ〜、服ってバラバラにされちゃうんだ……」

山岳民(俺等)と同じ格好をする奴なんかいねぇよ。厄除けだか飾りとして一部を縫い付けるくらいか。他はまぁ、他国に出荷されてんじゃねぇの?」


 そーいえば、この町でヤカラたちと同じ格好をしてる人見たことないもんな?

 この町に住んでるっていう山の民も、ロンたちくらいなのに……普段どこにいんだろ?


「あ、じゃあさ~、ロンのお下がりとか持ってたらくれるかなぁ?」

「え〜、でもロンも女子だろ……」

「俺等の服に性別は関係ねぇが……爺爺に会いに行くのはちょっと……なぁ」


 オレのナイスアイデアにも、イオリとヤカラは乗り気じゃないようだ。


「なぁおい、どーするよレイ?」


 困ったようにとなりに振るヤカラに、オレも同じように目を向けてみる。

 今まで黙ってオレたちのやり取りを見ていたレイも、ヤカラと同じく困ったような顔をしていた。


「そうだねぇ……もう二、三日はゆっくり寝ていたいかなぁ」

「えぇ、こんだけ毎日寝てるのにぃ?」

「初日なんてボクたちがお腹空いたって言っても起きてくれなかったのに?」


 あの日はレイもヤカラも夕方まで起きてこなかったもんな。

 途中で山の民だっていうじーちゃんが差し入れ持ってきてくれたから何とかなったけど。


「ね、イオリ。無いものは仕方ないし、これも機会だと思って行く先々で色々着てみるのはどう?国や地域によっても違ってくるし、それも旅人ならではの楽しみ方だと思うよ」


 だけどオレたちのツッコミをまるっと無視したレイは、イオリに別の提案をオススメするみたいだ。


「……って、まぁこれは昔の仲間の受け売りなんだけどね」


 話してるうちに、顔をクシャッとさせて、レイが笑う。


 なんだかこっちまでくすぐったくなってきちゃうよーな、ちょっぴり照れたような笑顔に……たぶん、すっごくいい思い出なんだろうなって思った。

 イオリもつられて、フハッ、と笑ってるし。


「旅人ならではかぁ……うん、そうだよね。ボクも旅人なんだし。うん、それも面白そう!」


 目をキラキラさせて笑うイオリに安心した。

 イオリならどんな服でも似合いそうだもんな!


「いいな~楽しそう!オレも色々着てみたいな〜」

「貸し服屋はどこにでもあるよ。服は嵩張るし、地域によって適した服装が違ってくるからね。買うよりも安いから長期滞在時なんかは必須だし」

「コイツも今は山の服着てんだろ。こうやって貰ったり買ったりした服も、他の国で売っ払えばもの珍しさでいい金になったりするんだと」


 なるほど、レンタルの方は安くてすむし、買ってもうまく売れば損はしない感じなのか。

 え〜……でもそしたら、ヤカラの服もいつか売るの……?


 ちょっと不安になってると、ヤカラのデカい手がオレの頭をクシャリと撫でる。


「あーほれ、この間の店みたいに継ぎ直しするっていう手もあるだろ。山の刺繍は丈夫だからな、俺の服にも使い回して使ってるしよ」

「俺も移動の時はいつもの服にして、滞在時だけ借りたりするかなぁ。その方が服が保つというのもあるけど、戦闘とかで破ったりなんかしたら買い取りになるし」


 おん……戦闘とは物騒なワードが出てきましたな。

 うん、今は置いとこうかな。そうしよう。

 イオリとシンクロするように肩までお湯に浸かってみる。こんな時は秘技!話題変換だ。


「あ、あーそれにしても貸し切りってイイなぁ~」

「た、たしかに〜ゆっくり入れるもんね~……それに、他のヒトの目気にしなくていいから助かるなぁ」


 うん?イオリってば銭湯スタイルは苦手だったのか?  

 そーいえばイオリん家は大富豪だし、人と入るのは慣れてなくて抵抗あるとか?

 あれでも、オレたちとはこーして入ってるよなぁ?


「初見で男湯入った時にこの顔が湯船に浮かんでたらどーするよ」

「あっ!……ああ〜……」


 こっそりと耳もとで囁いてきたヤカラの言葉にハッとする。

 そーいえばそーでしたね……すっかり見慣れちゃったもんだなぁ……

 思わず、気恥ずかしそうなイオリとニッコリ笑うレイとを交互に見ちゃう。


「混雑する時間帯でなければ、基本どの宿でも対応してくれるよ。あとは……ヤカラと一緒に入ってもらえばいいんじゃないかな」

「何で俺だよ」


 ヒンヤリした笑顔で言うレイにヤカラは不満そうだけど……納得しちゃう。

 初見でヤカラに睨まれたら、二度と顔見れなさそうだもんな。

 ……オレも怖い顔の練習しといた方がいいんだろうか。


「……何考えてんのか聞かねぇけどよ、セージ。それじゃあ因縁つけてるって勘違いされんじゃねーか?」


 ……どーやらオレにはまだ早いようだ。


「くっ、ふふっ……大丈夫だよ、セージ。気持ちはありがたっ……」

「うん……フッ。そうだね、普通に一緒に入るだけでもいいと思うよ」


 やけに揺れる湯面に振り向けば、イオリもレイも口もとを押さえて震えてる。

 人が真剣に落ち込んでる時になんだろーか。


 こらしめるためにもう一度怖い顔をしてみせれば、イオリが溺れそうになってしまった。

 レイもヤカラも盛大に笑っている。

 なんだろーか……顔芸じゃないんだけど?


 あぁ、でも……うん、この感じ。



 ――無事に帰ってきたって、ほっとする。


 あったかい湯気にみんなの笑顔がとけあって、何だか可笑しくなっちゃって。

 やっぱりオレもみんなにつられて笑ってしまった。






 ・・・・






「っあーウケたわ……レイ、これ貸し切りなんだろ。時間大丈夫か?」

「っはぁー……んん。ごゆっくりどうぞ、とは言われたけど、そろそろ出ようか。セージももう満足だよね?」


 もう落ち着いたのか、ザバリと立ち上がったヤカラがオレを引き上げようとしてくるし、レイもイオリを支えながら身を起こしてきた。

 ちなみにイオリはまだ咳き込みながら笑ってる。


「えぇ〜?せっかく貸し切りで広々と入れるのにぃ〜」

「いや狭ぇし。アンタが風呂好きなのは分かったが、何で態々全員で入る事に拘るんだよ?」

「えぇ〜だって、みんなで入ったことないじゃん?」

「ん?まとめて入る必要はねぇだろ?」

「……みんなで入りたいじゃん?」

「……何でだよ?」


 心底不思議そうに聞いてくるヤカラにオレも困ってしまう。

 えぇ〜だって……これはアレだよ?

 みんなで頑張って解決した後の……アレだよぉ!?


 助けを求めてうしろを振り返っても、キョトンとした顔の二人に見上げられるだけで。

 そりゃあ、全員で入りたい!って言ったのオレだけだけどぉ……そんなに狭いかな。


 ヤカラに引っ張られながらもつい、浴槽のフチを握りしめちゃう。

 名残り惜しいけど……ここでゴネてノボせたりでもしたら、ヤカラの苦いオシオキが待っていそうだけど。

 ダメだとは思いつつ、ヤカラを見上げてみる。


「だってさ〜、帰ってきたなぁ〜って感じがするじゃん?なんてゆーか……大円団的な!」

「大団円だろ。つーか、ここは家じゃねぇだろが」


 ヤカラに即ツッコまれる……違うんだな~そーゆうんじゃないんだな~。


「場所じゃなくてさ……居場所的な!……あれ、場所だな?えぇと、ちがくって……」

「……あーハイハイ、逆上せてきたなー、冷たい茶ぁ飲もうなー」

「えーとぉ……家族みたいな?仲間だけど、家族みたいなぁあ〜……!!」


 必死で説明してるとゆーのに、無情にもオレを抱えて湯船から出て行くヤカラ。

 まって、誰もオレの味方いないの!?


「どーしたの?レイサン?」

「……ううん、何でもないよ。さ、お茶でも飲もうか」


 そもそも、うしろの二人はオレの話聞いてないな!?


 オカシイな?さっきまで、めでたしめでたしって感じだったのに……あれぇ?


「えぇと、これにてオシマイ?」



お読みいただきましてありがとうございます。

第一章前編終了です。

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