64.茜色の帰路
「さて、これからやる事が山積みだなっ!いつまでも落ち込んでいられんぞ、ゴゥ」
ダンが気合いを入れるようにゴゥの背中を叩く。
バシン、と景気のいい音と一緒に、呻くような返事も聞こえた。
「有り難いことに、天使様が尽力して下さったお陰で何とかなりそうだからな!まぁ、当分は寝られんだろうが……」
うんざりとした顔で入口を振り返るダンに、オレ――【セージ】もつられてそっちを見やる。
オレとゴゥがこの部屋に入る時に開けた大きなドアの横には、一緒に運んできたワゴンが放置されっぱなしになっている……んだけど、実はその中にダンが隠れていたんだよなー。
万が一の時は守るぞ!、とダンがワゴンに入っていたんだけど、本当にピンチになったら助けに出てきてくれたもんな。
「あのさ、ダン……助けてくれてありがと。やっぱオレ、役に立たなかったけど……」
「何を言ってんだ?セージが来てくれたから、こんなにも早く解決したようなもんだぞ。オレ様だけじゃあ慎重に動きすぎて、更に取り返しがつかなくなっていたかもしれん」
あんだけ、イオリを助けるんだ!って意気込んだくせに、アッサリ返り討ちにされちゃったオレを、ダンは少しも責めなくて。
それどころか、気にするな!と言わんばかりに景気よく背中を叩かれる。
……それに天使様もここまで来てくれなかっただろうしなぁ、とこちらは小さな声で呟いた。
天使……
こっそりレイをチラ見する。
思ったとーりというか何とゆーか、やっぱりレイとヤカラの二人はオレたちを迎えに来てくれていた。
拐われたのが昨日のお昼頃だから、ちょうど丸一日経ったのかな?
こころなしかボサボサになった髪と、ヤカラにいたっては上着が泥だらけだ。
もしかしてまた一晩中歩き回ってくれたんだろーか。
ダンによると他にも色々と解決してくれたみたいだし、もっと早くに着いてたのかもしれない。
さすが仕事の早いお二人ですな。
テキパキと、ロンの手当てをしている二人の背中を眺めていると、どうにも気持ちがソワソワする。
(怒ってるかな……心配かけちゃったもんな)
なんとなくレイが振り向きそうな気がして慌てて顔を戻すと、ダンはまだワゴンを睨んでいた。
あのワゴンに愛着でも湧いちゃったんだろーか。
ヘタに話しかけてイオリとまたケンカになってもヤダから、そっとしておきますけども。
「なぁイオリ、オレたちもロンの様子見にいく?」
それにしてもめっちゃ疲れた……とてつもなく長い一日だったよ。
なんだかまたクラクラしてきたし、ヤカラからお茶でも貰ってこようかな〜なんて思ってとなりを見れば、今度はイオリが蹲っているんですけどぉ!?
「あぇっ、イオリも?えっ大丈夫!?」
あ、あれぇ〜あの不思議な女のコは、治したよ〜的なコト言ってなかったっけ?
ショーキがどーのって言ってたけど……もしかして正気?え、気持ちの問題?
無言で蹲るイオリにオタオタしていると、今度はレイが来てくれた。
「イオリ、頑張ったね。少し横になろうか」
「うん……頭痛い……超疲れた」
イオリを抱き寄せてポンポンと背中を叩くレイに、安心したのかイオリも頭をすり寄せている。
うん、イオリもめっちゃ大変な目に遭ってたもんな。
変なおっちゃんに絡まれたり、カワイイ女の子に絡まれたり……いや、あれはイチャイチャしてたんかな?
ちょっと友情にヒビが入りそうな気がするので考えるのは一旦ヤメておこう。
とりあえず、ヤカラとレイはイオリたちのお世話にかかりきりになっているし、邪魔にならないよう端っこで休んでようかな。
ダンゴゥ兄弟のとなりにでも座ろうかとクルリと背を向けると、ダンがあきれて……でも、どこか優しい顔でオレを見ていた。
「まったく、お前を迎えに来たんだろうが」
「帰る場所間違えてんじゃねーよ、バーカ」
ゴゥまでもが顔を上げて言ってくる。ジロリと睨むようにオレのうしろを目で指して。
そうして、オレもよーやくうしろを振り返った。
イオリを抱きかかえたレイが、オレを見ていた。
目が合うと、ふんわりと笑ってくれる。
ヤカラも、ロンの手当ては終わったんだろーか、テーブルに寄りかかって、なんでかまた、あきれたよーな目で見てくるんだけど?
(でも……うん、そっか。そーだよな)
なんか急にワケ分かんない事件に巻き込まれちゃったけど。
イオリとも離ればなれになっちゃって大変だったけど。
イオリと一緒にみんなの所に帰るんだって、それを目指して頑張ってきたんだよな。
そーだよ、これがオレたちのゴールじゃん!
思いっきり息を吸い込んで、ヘットヘトの気力を振りしぼって。
オレはみんなの元へと勢いよく駆け出した。
「うわぁ〜んレイ兄っヤカ兄!すげぇ怖かったんだよぅ!オレがセミで死ぬかと思ったんだよ〜ぅ!」
思いっきり泣きつくと、レイもヤカラも当たり前のように迎えてくれる。
「よしよし、怖かったねぇ……セミ?……幻覚まで見たんだ、可哀想に」
「おう、もう大丈……蝉……?まー取り敢えずもう大丈夫だから安心しな」
レイの腰に抱きついて、ヤカラに頭をくしゃくしゃに撫でられて。
ようやくオレたちは再会を果たしたのだった。
***
町へと戻る道中。
泥濘の中を馬車がゆっくりと進んでいく。
ある程度乾いてきたとはいえ、嵐の後の悪路に馬も大変だろう。
町へ着くのは臥待月が昇る頃だろうか。
……だけど、それでいい。
荷台は揺りかごの如く、三人の子供達が疲れ切った顔で、それでも気持ち良さげに瞼を閉じて眠っている。
茜空に頬を染めて仲良く並ぶ姿は、ようやく目にすることのできた、平和な光景だった。
本当は子供達の容態を考えればあの館か、もしくはその村の宿に泊まっていくべきだったろう。
けれどまだ残党が彷徨いている可能性もある中では安心もしていられない。
親切な山岳民が村から馬車を借りてきてくれたのにありがたく、俺――【レイ】とヤカラ、イオリとセージとロンの五人で、そのまま町へと戻ることにした。
「ったく、ご機嫌だぁな」
掛けられた声に顔を上げれば、俺の向かいでどっかりと腰を下ろしたヤカラがこちらを眺めていた。
「これから爺爺に詰め寄られるかと思うと気が重いぜ、俺ぁ」
深い溜め息を吐くヤカラの足元には、ロンが横たわっている。
三人の中では彼女が一番深手を負っていた。
それでも上手く避けたか受け身が良かったか、軽い打撲だけで済んでいる。
セージには頬を殴打された痕があり、イオリからは濃い薬毒の香りがしていた。
責任感の強い彼女が、ろくに動けなかったであろう二人を庇って戦ってくれたことは、容易に想像出来る。
「良い子だよね。彼女一人に任せきりにしたのはこちらの責任でもあるし。俺達も、今夜は寝れそうにないかな」
どんな事情があったにせよ、あの老人は手厳しそうだ。
「アンタは今からでも寝とけ。目の下隈が出来てんぞ」
「キミもね。殆ど寝ずに動いてくれてたでしょ、先に寝なよ……まだ明るい内の方が、俺も見張りやすいし」
ろくに動けない俺の代わりに……というか、こうなったそもそもの原因が俺のせいなのだけど、ヤカラは俺の謝罪など望んでいないだろう。
「なら交代で寝るか。日が落ちたら起こせよ」
ゆるゆると沈みゆく夕陽を背にしてそんなことを言う。
まぁ、起こせと言うくらいだから、相当疲れているのだろう。起こさなかったらそれはそれで怒るだろうから適当なところで声を掛けよう。
ごろり、とロンの横に並んだ途端、深い眠りに落ちたヤカラを見届けて、一人空を見上げる。
進むべき先は日の沈む方角だというのに、未だ一つの国も越えられていない。
出鼻からこれだけ挫かれている状態で、果たして無事に目的地に辿り着くことが出来るのだろうか。
こんな自分で本当に大丈夫なのだろうか、と不意に思う。
(あの頃は……あの人も、こんなに苦労していたのかな)
子供達を見ていると、嫌でも昔の自分と重ねてしまう。いや、むしろヤカラに面倒を掛けている側の自分は、あの頃と何も変わっていないように思う。
「……思い悩んでも、進むしかないか」
気持ちを切り替えて道の先を見やる。
そういえば昨日のこの時間帯には、この道を走っていたっけ。やはりヤカラがいなかったら行き倒れていただろう。
漏れそうになる溜め息を押し殺す。
やっぱり町に着くまでは寝かせておこうか。




