63.白雷に残るは 其の二
唐突に降って湧いた可愛らしい声に、その場にいた全員が押し黙る。
一同の視線が集中する先には、さっきまでボク――【イオリ】が横になっていた台の上。
……いつからそこに居座っていたのか、小さな女の子がボクたちを見下ろしていた。
攫われた内の一人か。
だがそう尋ねる間もなく、少女の姿が大きく歪む。
たとえるならばテレビの画面にノイズが走るように、少女の指や肩が細かくブレていた。
「……ああ、やはりあの程度のエネルギーでは到底足りないか」
事もなげに己の指先を眺める少女の瞳に、どうしてかボクの目はくぎ付けになっていた。
年齢は少し下くらいか。グレージュのロングヘアに大きな瞳。
アメシストのように煌めく目の色が印象的だ。
固まったまま動けないでいるボクたちに目を向けると、彼女はにっこりと微笑んだ。
うわ何だ、今の、衝撃。
「この姿で会うのは初めまして、だね。私は君達が【アラン】と呼ぶ存在。これは仮の姿だと思っておくれ」
少女の周りだけ光が降り注いで見え……いや、待て。
待て。
「……アラン?」
「あぁすまない、猶予が無いんだ。顕現するのに消費エネルギーがバカにならなくてね。今回は挨拶だけしに来たんだよ」
ゆったりと笑みを浮かべ、こちらの疑問をピシャリと遮ってくるのに、生意気だとか偉そうだとかいった感情は湧かなかった。
およそ見た目にはそぐわない大人びた話し方は、まるで格式の高い相手と面談している気分だ。
ボク以外の二人もそうなのだろう。
ロンは何か言いたげなのに動けないでいるし、セージも気圧されているのか俯いて……いや?
さっきまで思案顔だったセージが、ハッとしたように顔をはね上げた。
「もしかして……じぃちゃん!?」
「えー……セージ、それはどうかと思うよ」
「うわー……女の子に対してあんまりスわ」
何をどう思ってそんなデリカシーのない答えになったのか。
ボクとロンの指摘に顔を赤くしたセージに、しかし彼女はにっこりと笑う。
「フフ、そうだね。あの時は君の祖父の姿を借りていたからな」
「わ〜やっぱり! 目がおんなじだもんなっ」
どうやらハズレではないらしい。
セージも安心したのか嬉しそうで……それは良いのだけど、やっぱりさっぱり理解が出来ない。
「それで、何者なの? とりあえず見た目どおりではないんだろ?」
「あの女と同じマガイモノならば容赦出来ないス」
敵か味方か。ロンの言うとおりならばサンと同じあのモヤで攻撃してくる可能性もあるのだ。
武器を構えてロンが前に出てくれたのをいいことに、ちょっと懐きかけてるセージを引っ張って後ろに置く。
「おっと、そちらの問いは割愛させてもらうよ。だがそうだなぁ、この場は安全だよ、と言えば君達は安心してくれるかな」
「さすがに曖昧過ぎるでしょ。そんなんで安心してもらおうなんて甘くない?」
武器を向けられても身動ぎ一つしない『少女』に、ボクも前に出て反論する。けれどもその笑みは崩れないまま。
「甘えてるのは君だろう。可愛い生徒のつもりかい?」
言われて喉が詰まった。
たしかに相手は教師でもないし、こちとら授業料を支払ってもいない。
タダで他人に親切に教えもらおうなんて、幼児並みに甘い考えだ。
そんなボクの胸の内を読んだのか、彼女は眉根を下げてクスクスと笑う。
「そうだね。対等を求めるのに、何一つ情報を与えないのは交渉とは言わないね」
そう言って彼女はそのまま視線をずらす。
指した指はボクの後ろを示していて、振り返るとキョトンとした顔のセージが自分で自分を指差していた。
「とにかく、その子らはマガイモノではないんだよ。祓わないでやってくれないか」
『その子……あっ!!』
見つけた瞬間、三人の声が見事にハモった。
セージの肩に、何かで見たことあるような黒い物体が乗っている。
ピンポン玉くらいの大きさで、毛みたいなのがフワフワと揺れていて……
「何スかこの毛玉」
「なんかアレに似てる、まっくろく……」
「待ってセージ。それは言ってはいけない気がする」
この世界ではただつまんで捨てられるのだろうフォルムに、何とコメントしたらいいものか。
「私の眷属だよ。先程も君達に憑いた瘴気を取り込んでたな。その証拠にほら、幾分か軽くなったろう?」
「あれ、ホントだ」
「本当……スね?」
『少女』が示した通り、確かに重だるかった不調はなくなっていた。
ロンからも変な汗は引いてるし、セージも……とりあえずは平気なのか、ただヒタスラに肩の毛玉をつっついてる。
「コイツ、オレから離れないんだけど」
「君が主人のようなものだからね。まぁその辺りは表で待っている彼らに教えてもらうといいよ」
セージが主人の毛玉……とは。
「……名前何にするんスか?」
「そっ、そーだよセージ。ご主人サマなんだし、名前付けてあげなよ」
「おや、面白そうだね。私も興味あるなぁ」
微妙な空気を変えるようにロンが口を開いた。
ボクもそれに乗れば『少女』も身を乗り出してくる。
「えっ?えぇと〜……」
戸惑いながらもちゃんと考えはじめたセージに全員の注目が集まる。
「……ウニ?」
「……ウニかぁ」
「うにって何スか?」
セージのネーミングセンスはどう言えばいいのか。山育ちのロンは知らないのか、そーか。
どこまで分かっているのか『少女』もひと通り笑うと、やおらに立ち上がる。
「ハハハ、その調子で可愛がってやってくれ。私はこれでお暇するよ」
「もう行くのかよ。マジで何も教えないんだな」
最初よりもノイズが大きくなってきた『少女』の身体が少しずつ消えていくが、これが彼女の言っていた猶予なのか。
呟いたボクの声が届いたのか、目が合った彼女がウインクする。
ぐぉ、何だ、この衝撃。
「物語とは、理由も分からないまま進むくらいがちょうど良いのさ」
勝手に現れ、謎を大量に残したまま消えていく『少女』は尚もひらりと手を振って。
「それと、気付いていないようだが君もセットだぞ」
***
「あ〜っ、レイ兄っヤカ兄!」
広間に戻ると、大きなテーブルの前でずっと会いたかった二人が待っていた。
「あぁ、二人とも無事で良かった」
「おいおい、ずぶ濡れだな……てか何だその恰好は」
オレ――【セージ】たちを見つけたレイの顔が安心したように綻む。
そのとなりでヤカラはあきれた顔をしていた。
「あーこれにはちょっと事情が……と、その前にヤカラサン、このロンってコが……」
言いにくそうにイオリが口ごもる。
うん、説明するコトはたくさんあるけどもまずは急にぐったりしたロンを何とかしなくちゃいけないよな!
やっぱり叩きつけられた時のケガか、復活したはずのロンが歩きはじめたとたん、お腹を押さえて蹲ってしまった。
それでも、平気ス、とか言って歩こうとするロンをオレとイオリで両サイドから抱えて、なんとかここまで歩いて……ってゆーか半分引きずって来たんだけど。
「ああ腫れ上がってんな、もう動くなよ。レイも手ぇ貸せ」
「うぅ、情けない、ス」
さっさと近寄ってきたヤカラがひょいとロンを抱え上げ、テーブルの上に寝かせて服を脱がしていく。
女のコかもしれない疑惑があるのでいちおー目を逸らせば、そこに見覚えのある二人がいた。
壁に背を向けて、きれいな三角座りで並んで座っている。
とっても見覚えのある光景にちょっと後ずさりしちゃったけど……なんか見た目がボロボロになってるけど?
「ダンとゴゥだよね? どったの?」
「あーセージか……うん、イオリも無事だったか良かったな」
おそるおそる声をかけてみると、ダンはかろうじて反応してくれたけど、ゴゥは顔を埋めたままピクリとも動かない。
「えぇ〜何があったんだよ」
「ね。大丈夫かなこのヒトたち……間違えた。大丈夫なワケないよね、このヒトたちだもんね」
「こらイオリさん、めっ」
そーいえば兄弟が命の恩人だって、イオリは知らないもんな。
最初はちょっと迷惑かな〜なんて思ったけど、この兄弟が一緒に協力してくれたからイオリとも会えたんだもんな。
イオリのツンツン対応にも、ダンは怒る素振りもなくて……やっぱり出会った頃のイメージとだいぶ違うよーな?
いろいろ思い返してると、姿勢を正したダンがオレたちに向かってペコリと頭を下げてきた。
「セージ、イオリ。この度はオレ様の叔父、及び……妹が多大な迷惑をかけた事、誠に申し訳なく思う」
いきなりの謝罪にビックリした。
ゴゥも遅れながらも姿勢を整えると、ダンに倣って頭を下げてくる。
「えっえぇと、いやだってダンが悪いわけじゃないしさ……ん、いもうと?」
だって話を聞いた限りじゃ、ダンたちも被害者じゃんか! あのおっちゃんが勝手に暴れていたからって……てゆーか、妹って?
「やっぱりな、サンはアンタラの身内か。それで? その口ぶりならアイツがどんな目に遭ってきたのかもう知ってるんだよな?」
頭を下げる兄弟の前にイオリが歩み出る。
言葉がいつにも増してトゲトゲしくて……これは怒ってるのか。
冷たく見下ろすイオリの前で、二人は何も言わない。
顔を歪めて歯を食いしばって……必死で、感情を押さえているようだった。
ダンの顔はとても疲れた顔をしていて。ゴゥも目の辺りが赤くなっている。
「アンタラは何も知らなかったんだろ。別にそれに対して責めないさ。アイツだって知られないように隠してきたんだろうし……ボクだってそうしたし」
―― 誰にも言えないの
そう泣いていた女の子の声が、頭ん中によぎった。
どうしてだろう。
ダンもゴゥも何だかんだ面倒見がよくて、体を張って助けてくれて……こんな優しい兄ちゃんたちに何で、助けて、って言えなかったんだろう。
どうして知られないように隠したんだろう……何で?
苦しかった、って言ってたのに。
「何で……言ってくれなかったんだ」
震える声で、ゴゥが言った。
頭を下げたまま、肩を大きく震わせて泣いていた。
ダンもゴゥも絶対に助けてくれたのに。絶対、助けたかったのに。
――分かんないだろ、と呟く声が聞こえた。
……気がした。
オレの近くにはイオリしかいなくて、でもイオリは背を向けたままで。
「まーメイワクだったよ、実際。変な薬も盛られたし話聞かないし強引だし、散々こんなに目に遭わせておいて自分は勝手に消えるしさーホント迷惑料払ってほしい」
「オ、マエっ!」
「よせゴゥ。オレ様もお前も……もう何も言えないだろう」
何事もなかったようにイオリが話し出す。
弱ってる兄弟にはだいぶキツイ言葉だ。怒ったゴゥをダンが止めるのに、オレも慌ててイオリの前に出た。
「イオリっそれはダ――」
「だからさ」
イオリはオレを見なかった。
ダンとゴゥの目をまっすぐに見ていたんだ。
「サンを見つけてやる。旅に連れ回して人生観見直させてから家に帰してやる。アンタラはせいぜいお金でも貯めとけば?」
突然のイオリの宣言に、ダンもゴゥも目を丸くした。
きっとオレもおんなじ顔をしてると思う。
「え、何? その反応」
「……だっ」
固まるオレたちにイオリは訝しげな顔を向けて……我に返ったゴゥがブルブル震えだした。
「誰が認めるかっ! オマエにやるくらいなら私が迎えに行くわ!」
「ゴゥ落ち着けっ、そーいう意味で言ってないと思うぞこれ!」
「だって兄さんっ! サンが……こんなヤツにぃい」
「あーはいはい、そうだなームカツクなー」
「何このヒトたち……」
にぎやかな兄弟のやりとりを、イオリはやっぱり迷惑そうな目で見ている。
顔を埋めてしまったゴゥをヨシヨシしながらダンがオレたちの方を見上げた。
「あーなんだ……ありがとう、イオリ。それにセージも、謝罪と共に感謝を重ねよう。妹が……サンが最後に出会ったのがお前達で良かったと……心から思う」
そう疲れきった目で笑うダンは、どこか寂しそうにも見えた。




