アラウンドロップス

61.雷光落つる

「イオリっ、イオリ！大丈夫か！？」

台の上でもがいてると、セージが慌てた声で駆け寄ってきた。

「だ、いじょぶ……だけ、ど……」

　大丈夫だけど水が欲しい。

　そう言おうとしたボク――【イオリ】とセージの真上に、ヂュンッ！！とビームが奔る。

『うわわわわわっ……！！』

　二人そろって急いで台の陰に隠れた。

　おそるおそるのぞいてみれば、例の山岳民とサンの戦いはヒートアップしているようだ。

　初手の攻撃じゃ効かないと知ってビームに切り替えたらしいサンだが、すばしっこい山岳民相手に追いつけないでいる。

　山岳民の方もサンの容赦ないビーム攻撃に対し、攻めあぐねているようだった。

　そりゃそうだ、そもそも武器の相性が悪い。

　近、遠距離どちらでも当たれば勝ちのビームと、近接オンリーで当てどころも見極めが必要なトンファーとでは、身体能力によっぽどの差がないと無理だろう。

　どうしてかサンのモヤ攻撃が効かなかった山岳民も、ビームはさすがに当たったらヤバイと思っているようだし。

　それはともかくとして。

「セージ、今のうちに逃げよう」

「えっでも、あのコが……」

　セージも山岳民の不利な状況に気づいているようだ。

　クソナマイキなヤツだけども、どうやら助けにきてくれたっぽいし、ボクとしても勝ってほしい。だけど。

「言ってる場合じゃないだろ。今のボクたちじゃあ何も出来ない」

　四つん這いで踏ん張ったボクの腕はブルッブルしてるし、セージなんか青い顔でふらついている。

　……本当は安静にしていなきゃいけなかったのに。

　なんとか気合いで立ち上がり、うしろ髪を引かれているセージを引っ張るように必死に出口へと向かう。

「ねぇ、何時迄も無駄な足掻きしないでくれないスか？こんなモンじゃジブンには当たらないスよ！」

　ボクたちが移動するのと同時に、後ろで山岳民が声を張り上げて挑発しているのが聴こえてくる。

　もしかしたら、ボクたちから注意をそらしてくれたのかも。

「……そのようですね」

　バトル中にもかかわらず、サンは相変わらず淡々と呟いて――

「――ぅぐっ！」

　短い悲鳴と、ダァンッ！！と思いっきり何かがぶつかる音がほぼ同時に上がり、ボクたちは思わず振り返った。

　部屋の奥で、山岳民が片膝をついた状態でわき腹を押さえている。

　視界の端でヒュンと動いた何かを追えば……サンの手から伸びたソレは、まるでヘビのようにうねっていた。

　なんと……さっきまでビームのように撃ち出していたあの黒いモヤが、今度はムチのようになっているではないか！

　ヒュンッ、と唸るソレを山岳民はなんとか躱すものの、どこまでも伸びる長いムチからは逃げきれない。

　片足を捕られ、思いっきり引っ張られて壁へと叩きつけられてしまった。

　とっさに頭をガードしていたようだけど、あんなのたまったもんじゃない！

「……あらあら、ごめんなさいね。手加減が分からないものでして」

　ズルリと床にへたり込んだ山岳民を見て、サンがゆっくりと片手を上げる。

　その手にはあのカケラが鈍く光っていて。

「……神聖な護神竜に仕える神聖なその御身に、はたしてどの様な奇跡が起こるのでしょうね」

　ジャリ、とガラスの破片を踏みしめて山岳民へと近づいていくサン。

　――これは、さすがに、見ていられない。

「おい、まっ……」

「ダメっ――！」

　とっさに声を上げかけたボクの横から、セージが飛び出していった。

　少しも動けなかったボクの目の前で、サンの後ろから抱きつ……うん、立っているのがやっとなんだろうな。

　プルプル震える足に、へっぴり腰でサンの腰に手を回すセージの姿が少し情けないけども。

　……って、今度はセージが危ないじゃんか！

　***

　思わずというか考えるよりも体が動いたとゆーか。

　オレ――【セージ】の腕は、とっさにメイドのコを捕まえていた。

　捕まえたってゆーかこれじゃ抱きついたって方が正し……ゴメンナサイ！

「……はしたないですね。相手の許可なく身体に触れるというのは紳士としてあるまじき行為かと」

「ハッ！す、すいまっせん……けど離したら倒れちゃう〜」

　離れたくとも足がいうことを聞いてくれないんですぅ！

　プルプル震えるばっかりで、これがいわゆる産まれたての子鹿状態ってやつか。子鹿見たことないけども！

「……はぁ。それで、どういったご用件でしょう」

「えっとあの、もうやめにしないかなって……あっちのコもう動けないしそれに……こんなやり方、ダメだと思う」

　肩越しに見下ろす彼女に向かって、オレは精いっぱい顔を上げる。

　このコは山のコには攻撃してたけど、オレのこと気遣ってくれたし、悪いコではないと思うんだ。

「……こんな、やり方……」

「う、うんえっと……あのさ。その石はやっぱり、簡単にあげちゃいけないと思うんだ。そりゃ強くなりたいよ。憧れるし……だけど」

　このコが持ってるのはきっと、あのイシマトイになれるとかっていう石なんだろう。

　それを何でか知んないけど、このコは人に与えようとしているらしい。

　たしかにそれは、イシマトイに憧れる人にとってはいいコトなのかもしれない……だけど。

「だけど、ダメなんだ。きっと……分かんないけど。そんなやり方じゃあ、オレたちの憧れる人には絶対、追いつけないから……」

　そんな簡単に強くなったって、レイとヤカラみたいな……あのカッコイイ兄ちゃんたちと同じ強さには、絶対になれないと思うから。

「ちゃんと強くなりたいんだ。教わって覚えて、頑張って強くなりたいんだ……そうじゃないと、きっと意味がないから」

「……意味がないのですね……」

　その瞳も、表情も。人形みたいに動かないのに。

　ふいにその瞳の奥の方で、そのコが初めてオレを捉えた気がした。

「……そう思えないワタクシは……そうやって生きていきたくないワタクシの人生には、やはり意味なんて無かった……」

　その瞳も、表情も。人形みたいに動かなかったのに。

　雨に濡れたその顔で、そのコは初めて、笑ってみせた。

　……どうしてだろう。

「……よかった。やっぱりそうでした。もうとっくにイラナイと思ってたのですよ。ワ(・)タ(・)ク(・)シ(・)な(・)ん(・)か(・)……とうの昔から、もうお兄様達みたいに、笑えないから」

　いつからか座り込んでいた床の上で、そのコはクルリと舞った。

　フワリと揺れるスカートに、サラリと流れる長い髪に、オレは目が離せなくて。

　安心したような顔で、弾んだ声で、そのコはとても幸せそうに笑うのに。

　……どうしてオレは。

「……どうして、アナタは泣いてるのですか？」

　どうしてか、ギュウ、と胸が締めつけられて、ボタボタと涙が零れていって。

　コクリと首を傾げたそのコはとても優しく、微笑んでくれたのに。

「……泣かないでください」

　白いほっぺに伝う雨粒が、泣いてるように見えるのに。

「……こんなやり方でないと、ワタクシはもう救われない……だから、ア(・)ナ(・)タ(・)も(・)ど(・)う(・)か(・)向(・)こ(・)う(・)で(・)、終わりを祝ってくださいませ」

　細い手がオレのほっぺに触れる。

　コツリ、とオレの額にあの石のカケラが当たる。

「やめろ、サン――！」

　焦ったイオリの声。

　サンと呼ばれたそのコは、やっぱり……

「泣かないで……」

　この声は届いたのか。

　分からないまま、世界は真っ白に染まった。

　***

　サンの腕から、セージの体が離れてく。

　音も消えて、スローモーションで、ゆっくりと倒れていって――そんな一瞬がよぎる間にセージへと手を伸ばす。

　ぐったりとして動かないセージに、ヒトの体はこんなにも重たいのかと初めて知った。

　後先も考えずセージの額の石をひっ掴んだ、そのとたん――パキ…ン、とソレは、ボク――【イオリ】の手の中で呆気なく砕け散った。

「……へ？」

　確認する間もなく――

――ビカッ！ッドゴォォンッ！！

　突如として強烈な閃光が放たれ、同時にとてつもない轟音が部屋と空気の全てを震わせた。

「――……っ」

　視界が奪われ、言葉も思考も光の中に飲み込まれていく。

　なすすべもないまま、ボクは必死でセージにしがみついていた。

　・・・・

　――……気がつくと、音が消えていた。

　あれだけ鳴り響いていた雷鳴はどこへ行ったのか。

　それに、どうやら風も止んでいるようだ。

　目は閃光に灼かれたのか何も見えない……いや、違う。

　ボクの腕の中にいるセージの姿は、はっきりと見えている。

　床も壁も窓も。雨も風も音も……何も無い空間に、ボクたちはいた。

　ただただ、白いだけの世界。

「君の希望は何だ」

　どこからか知らない声が聞こえる。

　振り返ると、そこにサンがいた。

　どこを見ているのか、ボクたちに背を向けて立ったままで……その背中越しに、何かがグニャリと動いた。

「……そうか。君は心の底から、こ(・)れ(・)を望んでいるのだね」

　グニャグニャと動くソレは形となって、サンの目の前に立つ。

　サンの形をした、黒。

　そうとしか形容し難いソレは、知らない声でサンに語りかける。

「ならば君の絶望とは、何だ」

「……ヤメてっ！」

　黒の声に、サンが悲鳴にも似た声を出す。

　常に淡々とした口調で話すだけの彼女が、初めて感情を表に出していた。

「……そんなモノ、見たくもない！あのヒトの事なんてもう思い出したくもないのに！」

　頭を抱えてサンが拒絶するのに、彼女の絶望とはアイツのことなのだな、と悟った。

　……だから、黒いサンが現れたのかもしれない。

　あの叔父とやらと過ごした日々が、きっと今のサンを形作ってしまったのかもしれない。

　そんな自分を、きっともう消してしまいたいのだろう。

　だから、黒く塗り潰されたサンが現れたのだ。

　彼女が願う、希望として。

「……そうだよな」

　そんな狭い世界なんて。

　そんな世界で過ごすしかないなんて、嫌になるよな。

「……自分なんて、大嫌いだ」

　知ってるよ。アノ頃の自分と彼女は、きっと似ている。

「……でも」

　眠ったように動かないセージを見下ろす。

　あの日の夜。彼と出会ってから、ボクの世界は文字通り変わったんだ。

「生きる意味なんて、ボクにも分からないよ」

　――ボクには何も出来ない。

　何度も繰り返してきたその言葉が凍りついていく。

　――もう、そんな言葉は飽きたよ。

「それでも。ここからまた生き直したいんだ」

　繰り返される苦痛も、理不尽な要求も、終わりの見えない悲劇も。

　それも意味のある人生なんだと言われても、ああそうですか。なんて受け入れられるワケがない。

「意味なんかなくとも、ボクは、『この世界』で生きてゆきたい」

　自分を押し殺す、良いヒトでいる、誰かの役に立つ。そう生きるコトが正義だ……なんてコトも到底思えるワケがない。

　そんな理論なら、ヒトの上に立つ自分の父親の人生は最も正しくて、その父親から苦難を与えられる自分の人生には最良の意味がある。

　……なんて誰が認めるか。

「ボクは旅がしたい。ボクのままで、ボクの目で、ボクの足で、世界を見てみたい」

　意味なんて知るか。もう決めたんだ。

「だから、サン」

　心のどこかでは、この言葉はサンに届かないだろうな、と思っている。

　だけど構わない。これはただの決意表明だ。

「今はまだボクにそんな力はないけど……いつか迎えに行く。その時は……」

　流れるままの言葉に、ゴメンな、とも思う。

　なぜならボクは『この世界』に逃げてきた側だから。

　この世界の全てが美しいなんてさすがに思わないし、向こうの世界が完全に無価値だとも思ってない。

　ただ、今のボ(・)ク(・)はもう、向こうの世界で生きたくはないだけ。

　ただ、逃げられなかったサンの憂いがいつか晴れればいいと思っただけ。

「一緒に旅に出よう――ボクらの冒険の始まりだ」