60.嵐に舞う
目が覚めたら、オレ――【セージ】はなぜかダンの下敷きになって倒れていた。
「んぐふぅう重いぃ……せぃっ!」
「――ゔっ!?」
バタバタもがいていたらダンがビクンと跳ねた。
どうやら蹴ってはいけない所に当たってしまったようだ。
……ごめんなさい。
だけどそのおかげで何とか抜け出せた。
見まわせば、近くにはそれきり動かないダンとゴゥと……少し離れた先にはあの嫌なおっちゃんが倒れているだけで、他には誰もいないみたいだ。
「……あれ、イオリは?」
とゆーか、おっちゃんのとなりにいたはずのイオリがどこにもいない。
慌ててもう一度辺りを見まわして、ガランとした部屋の奥にドアを見つけた。
少しだけ開いていたおかげですぐに見つけられたけど、近づいてみれば、そっくりそのまま壁を切って回転するドアにしました! ってゆー感じのこれな、忍者アニメで見たことあるわー。
この中から音はしないみたいだけど、ちょっとのぞき込んでみる。
暗い部屋の真ん中には四角い台があって、そこに寝そべってるのはイオリで……その台に座った女のコがイオリに押しつけているのはあの嫌なヤツが持っていた石のカケラ……――
「――っイオリっ!?」
見たまんま、全部を理解出来ないうちにオレは走っていた。
気持ちが焦ってうまく走れない。焦ったってどうしようもないのに。
だって、これは、こんなの――間に合わない!
女のコはチラリとこっちを見て……でもすぐにイオリの方を向いて……
――ガッシャァァーッン!!
その時、とんでもない音を立てて部屋の窓のガラスが吹っ飛んだ。
突然の出来事に思わず頭を抱えてしまう。
腕のスキマからのぞくと、ゴロゴロと雷雲が鳴っている窓の外から誰かが入ってくるのが見えた。
「――あーあ、ヤカラの真似しようとしたんスけどね。つかあのヒト、どうやって開けたんスかね」
ジャリ、とガラスの破片を踏む音に、不満そうに呟く聞き慣れない声が乗る。
着物みたいに前を合わせて着る服に独特な柄が入った帯。
頭に付けた飾りには、細長いフサフサが揺れている。
オレもよく見知っているその服装は、山に生きて神竜を守る山岳民のもので……というか今、ヤカラがどーのって言った? 言ってたよね?
入ってきたその声の主はオレたちと同い年くらいだろーか。
長い髪を後ろでクルンと輪っかにして残りのシッポは垂らしていて……うん、その髪型もヤカラと一緒ってゆーか、山の人たちがよくしてるヤツだ。
クリっとした猫みたいな目にポツポツとソバカスがくっついてて、イオリとはまた違ったタイプのカワイイ顔をしている。
……うん、女のコだとは思うけどね。イオリさんの件もあるので油断はしないでおこうネ!
「やぁコンニチハ、お嬢サン。さて、早速スけど……退いてもらうスよ」
山岳民の今んとこ女のコは、オレではなくイオリたちの方を向いていた。
親しげな口調なのに、その目と顔はちぃとも笑ってなくて。
なんとなくコワイ雰囲気を振りまくそのコに対し、イオリと一緒にいるメイド服の女のコは怖がってもいないようだ。
「……まぁ、窓を割って入るなんてずいぶんと野蛮な方ですのね」
「あれぇ? あの門番サン、アンタの人選っスか?あんな間抜けな面じゃあオハナシにならないスよ」
なんだろう。ゆっくり丁寧に話すメイドのコと軽い感じで冗談っぽく話す山岳民のコ。
なんでもないような口調で話しているのに、二人を囲む空気がとってもピリピリしているような気がするんですけど〜?
あっ、天気のせいかな。うん、ゴロゴロいってる雷とちょうど同じ雰囲気ですもんね。
「……あらあら。先触れを出してみればよかったのでは?」
「ご冗談〜通す気も無いスよね? そーいえば……」
ニヤリ、と不敵に笑った山岳民のコの手が動く。
「それ、アポって言うらしいスよ」
(……なんか言ってる――じゃなくて!)
軽く振っただけなのに、一瞬でその手には変わった形の武器が握りしめられていた。
腕よりちょっと長めの棒に、ちょこっと飛び出た部分を握ってブン殴るやつだ。
カタカナの『ト』に似ているあの……アレだよね、何てゆーのか知らないけど!
あの武器、バトルゲームとかで見たことあるやつだ!
ちょいちょいヤカラをホーフツとさせるせいか、やけにそのコに似合ってみえるけども……オンナノコだよね?
んでその武器振りかざして向かってる相手ってフリフリメイド服の、か弱そうな女の子ですけども?
相手間違ってない? てゆーか、そこにはウチのイオリもいるんですけど。
何だか動けないみたいなんですけどちょっと待って!?
イオリさんん――!!
「――フッ!」
「あーっ! 待って……」
短く息を吐いて飛び出した山のコにオレの待ったは遅すぎて。
次の瞬間には大きく振りかぶった武器がメイドのコに殴りつけられた――と、思ったのに。
「……本当に、野蛮な方ですね」
結構な勢いでブン殴ってきたソレをメイドのコはパシン、と事もなげに手のひらで受け止めてしまう――って、おぉぅっ!?
なんとため息混じりに呟やいたそのコの手のひらから、黒いモヤ? 墨? みたいなのがブワッ、って出てきてあっという間に山のコを包みこんでしまったんだけどおぉ!?
何だ? なんか見たことあるぞタ――コみたいだなんて思っちゃダメッ!
思わずほっぺをパチンと叩いたオレは置いといて。
間髪入れずモヤの中から出てきた腕がメイドのコのわき腹を思いっきり殴り飛ばして――吹っ飛んだそのコがこっちに飛んで……って、危ない!
「――とぁっ! ……あグフッ!」
メイドのコを受け止めようとして飛び出すも、同じタイミングでそのコもクルンと一回転してオレと向かい合う。
そのままの勢いで壁へと押し付けられて、オレは思いきり頭を壁にぶつけてしまった。
同時にダンッ、と彼女の両腕がオレの頭の両サイドについて止まる。
ズルリとへたり込んだオレのほっぺに、長い黒髪がサラリと触れた。
「……あらあら、大丈夫ですか?」
「ア……ハイ」
見上げたオレと見下ろす彼女の顔がとても近い。めっちゃドキドキするんだけど何コレ!
けれどそれも一瞬で、彼女は大きく後ろへとジャンプした。
フワリと浮かぶように離れていく姿がやけにスローモーションに見えて……それを見届ける余韻もなく次の瞬間、山のコがブワッ、と目の前に現れた。
――ッダァァンッ!! とオレの頭のすぐ横に足を突き立てる。
ヤダ、足ドンてヤツされてるぅ〜? めっちゃ心臓バクバクしてるよ何コレ!?
「ン、キミまだ正気なんスね? 危ないから逃げてるスよ」
「ア、ハイ」
山のコはチラッとだけオレを見るとすぐさま背を向けてしまう。
うん、乱暴そうに見えて意外と優しいのもヤカラさんとそっくりですな。
そのコが対峙するのは大きく飛び退ったメイドのコだ。
うしろの割れた窓からは雨がバラバラと吹き込んできた。
「……貴女、平気なんですのね」
髪にほっぺに、降りかかる雨なんて気にもしないメイドのコが不思議そうに首を傾げる。
「あー申し訳ないスけど、そーいうの効かないんスよね」
ニヤリと笑う山のコの横顔がだいぶコワく見えるのはきっと天気のせいだ。
何の話をしているのかサッパリだけども話しかけちゃいけないヨってのはワカル。
「……そうですね。山岳民族……護神竜に愛されし者達ならばあり得るのでしょうね」
「それに答えてやる程ジブン優しくないんで。アンタこそ何者なんスか?」
問いかけながら、山のコが再び構える。
「只のマガイモノじゃあないスよね」
***
破れた窓から大きく吹き込んでくる雨風は激しく、時おり部屋の中ほどにいるボク――【イオリ】の方まで届いてくる。
先ほど現れた山岳民は、どうやらサンと戦っているらしい。
位置的にボクの頭の上の方でやり合ってるようで様子が一切分からないのだが、声からしてセージも巻き込まれているようだ。
大分ぎこちないが、何とか頭だけは動かせるようになって手足もピクリとだが動く。だけどこの危機的状況から抜け出せそうにもなくて。
(クソッ、何とかセージに伝えないと)
サンがあの山岳民に放った黒いモヤ。
アレがボクの足に少し触れたとたん、意識を失いそうになった。
よく分からないが危険な魔法だってのは分かる。
あの山岳民には効かないようだけど、とばっちりでボクたちが食らったらアウトだ。
気持ちは焦るがどうにもならない。
どうしたらいい……何も出来ない。ボクに出来ることが何もない。
「……ワタクシは貴女とは違いますので、教えて差し上げてもよろしいのですが……」
そうこうしてるうちに、窓ぎわまで退ってきたサンがふたたびあのモヤを作り出してきた。
「……ワタクシにも何が何やら分からないのです。何せなりたてですし……そもそも、尋ねる相手がおりませんわ」
「そうスか。なら誰にも尋ねなくて済むように、屠って差しあげるスよ。今のアンタは存在するだけで迷惑スからね」
さっきからガンガンに煽ってるそこの山岳民。いい加減にしろ。
やるならボクたちが避難してからにしてほしい。
サンも、……そうですか、と呟いたきり何も話さないが、その手の中のモヤはどんどん大きくなってきている。
アイツ全力でモヤを作るのに集中してないか?
とばっちりどころかボクたちも巻き込む気マンマンだろ!
「フフン、そんな欠片程度の力じゃあ、いくら練ってもジブンには効かないスよ」
「……そう、ならば最後のこの聖石は貴女で試してみましょうか」
強いぜムーヴをかます山岳民に、どうやら石のターゲットが移ったようだ。
それはいいとして。
「くっ……セージ、セージっ」
ダメだ。全然腹に力が入らない。
ボクはいいから逃げろって――
「させないスよ」
フッ、とボクの前に山岳民の背中が現れた。
そのまま台を蹴ってサンの元へと勢いよく飛び出す。
その瞬間、大きく拡がっていたモヤがキュンッと音を立てて収束し、ビームのように山岳民に向かって放たれた。
「――ヒョッ!? っとぉ」
すんでのトコロで山岳民が避ける。
放たれたビームはソイツの後ろの壁へと吸い込まれていき――
――ヂュオンッ!!
何やら凶悪な音を立て、壁にビーム大の穴があいた。
……というか、ボクの鼻先を通り過ぎていったんだが、今の……
――マ、ジ、で、冗談じゃない!!
必死でもがくボクの側に、トンッ、と山岳民が着地する。
「やぁ。瘴気喰らってるみたいなのに、意識あるなんて大したモンスね。アンタが最後の依代ってことは、アンタがヤカラの連れの男子なんスね?」
朗らかに話しかけてくるが、目はちゃんとサンを追っている。
それでもチラとこちらを見て、ふーんと唸った。
「……お姫サマみたいスね」
「よし、そのケンカ買ったからな。後で覚えてろ」
ムカつくが今は何も出来ない。
ボクの返答に、なぜかムカツク山岳民は笑った。
「アハハッ、全然元気スね! お詫びにコレでも噛んでてくださいス」
気付け薬スよ、と言ってボクの口に黒い丸薬を押し込んでくる。
知らないヒトから貰った薬なんざ飲むもんじゃないが、今はそれどころではない。
ヤカラの知り合いみたいだし、薬草の知識に富んでいる民族だ。コレはきっと悪いようにならないはず。
「っ! ……ぐぁ、マッッズ……!!」
意を決して思いきり噛み砕くと、とてつもない衝撃が口の中を駆け巡った。
なんていうか、何時ぞやの山小屋の老人に貰ったあのお茶をギュウゥと濃縮したような……
喉を押さえてのたうち回るボクの上で、アハハ、と楽しそうな笑い声が降る。
くそぅ、いつまでもいいようにヤラれてると思うなよ!




