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6.始まりの地 其の一



 うっすらと、真友は目を開ける。


 視界いっぱいの星空をバックに、やせ細ったヘリコプターが浮いていた。



 空に浮いた手足と、海風のニオイに背中を叩きつけられている感覚が、海に飛び込んだ時の瞬間に似ているな、と真友は思う。

 風の音が轟々とすぐ耳元で鳴っている。



(……あぁ、オレ…ヘリコプターから落ちたんだ…)


 そうと気付くも思考が定まらない。まさに今、落下している最中だというのに頭の中がぐるぐるふわふわしている。



(……夢かもしれない)


 頭の奥の方で何かがザワザワしてるが、どうにも出来ない。意識がどんどん遠のいていく。


(綾ノ瀬さんと落ちる夢かぁ)



 真友を追いかけるように、綾ノ瀬さんも落ちていた。


 必死な顔をして手を伸ばしてくるものの、真友と一向に距離が縮まる気配がない。


(一緒に落ちてるんだもん、そりゃムリだよ〜)


 可笑しくなったが声が出ない。


 綾ノ瀬さんがずっと何かを叫んでいるようだが風の音のせいで彼まで聞こえない。


 だけど。


(……あれ?綾ノ瀬さんが光ってる)


 綾ノ瀬さんは気付いていないのか、その胸元がぼんやり明るくなったかと思うと、みるみるうちに眩しいばかりに輝く光へと変わっていった。

 辺りを照らすほどのその光はついに真友へと届き、全身を包み飲み込んでゆく。



(赤い…………いし?)



 最後に見た光景を、しかし真友は覚えていなかった。






 ***






「…………んあ?」



 目を覚ましたら、天井が見えた。

 それもまったく見覚えのない天井で……。



「…ドコ……ココ…」


 思い出そうとしてみるけれどまったく分からない。


 うーん…この山小屋みたいな感じが田舎のばぁちゃん家っぽい気もするよーな……探検するのが楽しいんだよな〜ばぁちゃん家…。


 ボンヤリする頭ん中に、ニコニコ笑顔のばぁちゃんを思い浮かべながら、オレ――【真友】はゴロンと寝返りを打ってみる。


 スヤスヤと眠る綾ノ瀬さんの顔が、どアップで飛び込んできた。



「っな"ぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!??」



 腹の底から声が出た。


「…うるさ……」


 綾ノ瀬さんがもぞりと身じろく。


 慌てて両手で口にフタをするけども、それで混乱が収まるわけもない。


(なっ何?ここはどこ!?)


 キョロキョロと辺りを見渡せば、ガランとした部屋にベッドが一つ……つまり、オレが今いる場所に、なぜか自分のすぐとなりで眠る綾ノ瀬さんがいてぇ…………思わずその場で突っ伏した。

 ゔ〜〜ん…………どゆこと!?


 とりあえず、女子と同じベッドで寝るなんてマネ、海の漢としてしちゃダメだ!!



 とにかく急いでベッドから降りようと、綾ノ瀬さんとは反対の方を振り向いたんだけども……………目の前いっぱいに広がる光景に、オレは再び叫ぶことになった。



「ここはどこぉおぉぉぉぉぉっ!!!?」



―――ゲシッ!!


 とーとつに腰に衝撃が走る。まるで誰かに蹴られたようだ。…誰に?となりには綾ノ瀬さんしかいないハズだ……。


 恐る恐る振り返ると、ムクリと起きた綾ノ瀬さんが眠たげな目をコシコシ擦っていた。


(……カワイイ)


 一瞬思考が現実逃避する。


 ボサボサ頭の綾ノ瀬さんは思わず固まったオレ……の後ろにあるはずの窓を見て、そのまま一緒に固まった。


「…………ココハドコ……」


 自分と全く同じ言葉を口にする。



 それはそう。

 今、オレたち二人が見ている窓の外…………そこには想定外の風景が広がっているのだから。



「…………真友くん…私は誰?」

「綾ノ瀬唯織、中学一年生、現在帰宅部?夏休み初日にヘリコプターから落ちましたっ!」

「……よし、記憶と合ってる」

「はいっ!オレは誰ですかっ!?」


 勢い込んでこちらも問う。

 綾ノ瀬さんはちょこんっと小首を傾げてみせた。


「えぇっと……真友セイジ。漁師さん一家で、よく家族のお手伝いをしているのかな?昨夜、だよね…私と一緒に海に落ちました……」

「よかった合ってるぅ~!!…………やっぱり海のハズ……だよね!?」


 ぷはぁーっと大きく息を吐く。


 オーバーリアクションだと思うけど、こーでもしないと落ち着かない……いや、こーしたところで少しも落ち着いてなんかいないけど。


 綾ノ瀬さんが視線を再び窓の外へと向けるのに、自分も恐る恐るそれに倣う。

 窓いっぱいに広がる風景が…………まさに平静になれない理由がそこに広がっていた。



 ――――青い空。


 どこまでも広がる青い海………なぁんてオレたちが普段から見慣れている景色ではないんですよね〜残念ながら。


 実際にそこに広がっているのは、見渡すかぎりどこまでも続く―――…緑の大海原。


 そう。


 とてつもな〜〜く広大な大森林だった。



 …うん。やっぱり理解が追いつかない。


 どうやらオレたちは今、丘の上からこの景色を眺めているっぽい。やたら眺めがいいんだもんな。

 下の方には小川が流れていて、そこを境にして森は続くよどこまでも……と、何とも爽やかな景色ではあるんだよなぁ〜…。



 問題は、何故、自分たちが、こんな所にいるのかってことだ。


 この建物は…見慣れてなくても、まぁそう驚くことではないと思う。単に助けてくれた誰かの家なんだろうなぁ~的な想像ぐらいオレにだって出来るし。


 あとは、見慣れた低い山か海かはたまた民家が見えれば…例えばビルとかに囲まれていたならば、念のために大きな病院のある町にでも運ばれたのかなぁ~…とか?


 しかし、こ〜んな大森林が広がるような土地などオレの地元周辺なんかには存在しない。絶対に無い。

 テレビで見るような、広大な土地で知られるこの国最北端の地でもあるまいし、だ。


 つまるところオレたち二人は今、どうしてこうなったのかの現状がまったく掴めないのだ。



「攫われた……いや、にしてはこんな場所を選ぶこと自体が意味不明だし…」


 綾ノ瀬さんが顎に手を当てて何やらブツブツと呟き始めた。

 たしかに綾ノ瀬さんだったら誘拐される理由があると思うけど…。

 推測は大事だとは思うけども今は一人にしないでほしいな?それはそれでコワいじゃん??



「やぁ、起きたんだね。気分はどう?」


 オレと綾ノ瀬さんは同時に飛び跳ねた。


 オレたちがガン見していた窓とは反対側……部屋の奥のドアの前に、いつの間にか知らない人が立っている。その両手にはオレたちを縛るためのロープが握られてて……!!


 ……なんてものはなく、その人はポットとコップを乗せたトレイを携えているだけだった。

 なんだろ…これが恐怖による錯覚ってヤツ?


「キミ達のお水ここに置いておくね。よく眠れたみたいだけど、どこか痛むところはない?」


 ベッドの近くのちっこいテーブルにトレイを置くと、その人はとても柔らかく微笑んだ。

 まるでお花みたいに笑う人だ。


 外の森と同じ色の優しそうな目にモデルさんみたいな整った顔立ちをしている。よく分からないけど二十歳前後だろーか?


 青くてゆるいウェーブの髪を無造作にまとめて肩に流すその人は……正直パッと見では男か女か判らないけども、少し低めの喋り方から男の人かなって推測しますよ!たぶんだけど!


 初見判定男性のその人は、いつまでも固まったまま動きそうにもないオレたちに対し、今度は心配そうな顔をしてしまう。

 ゆっくり近づいてくるとベッドの前で膝を付き、こちらを軽く見上げるように顔を見合わせてくる。


「もう、大丈夫だよ?ここは安全だから……安心して休んでいていいんだよ」


 その言葉に、ハッとする。


 真っ直ぐに、オレたちの目を見て語りかけるその瞳に吸い込まれ…ふいに頬に熱いものが流れて落ちた。


(そうか、もう……安全なんだ)


 ハ…と短く息を吐く。

 その人の穏やかな声色に、心がフワリと解けたようで。


 目覚める前の出来事がクッキリと脳裏に浮かび上がる。追いかけられて、逃げて隠れて突き飛ばされて、しがみついては落とされて…。

 ここが何処で、目の前の相手の正体すらも分からないのに…まだこんなにも、不安な筈なのに……。


(あの時の、切羽詰まった夜は終わったんだ)


 その安堵感が、胸の中をフワリと包み込む。

 ……まさか泣くとは自分でも思わなかったけど。


「怖い目に遭ってきたんだね…」


 目の前の青年?がそっと手を伸ばし、オレの頬に触れると同時に、耳元でカサリと音が鳴った。目の端になにやら白いものが見える。


「…だいぶ深く切ったみたいだから、コレはまだ外さないようにね。また後で診させて」


 青年かもしれない人はにっこりと自分に笑いかけると、またそっと手を離していった。


 そういえばヘリから落ちる直前に、サングラスのお兄さんに蹴られた気がするような……。

 思い出すと同時に左の頬がズキズキと傷んできた気がして、思わず貼られたガーゼに手を当ててしまう。


「…あの、助けてくれたんですよね?ありがとう…ございます」


 一連の流れを見届けた綾ノ瀬さんが、おずおずとお礼を口にする。

 警戒を解いた訳ではなさそうだけど、一先ずは危害を加えてくる気は無さそうだと判断したんだろうな。


 そんな様子の彼女にも、青年……いややっぱりお姉さん?はにっこりと微笑んでくれる。


「どういたしまして……とは言っても大した事はしてないよ。そこに見える森の中で倒れていキミ達を、ここまで運んだだけだから」


 そう言って、お姉さんかもしれない人は目で外を指し示した。つられてオレたちも窓の外へと視線を移す。


 そこには……当然ながら何度見ても変わることのない、やわらかな緑の風景が、あいも変わらず風に揺れていた。

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