54.聖石のお話 其の一
聖石とは――
レイ曰く。この世界に恩恵をもたらす存在。
ヤカラ曰く。時に更なる同化を求め、宿主に理の試練を受けさせる存在。
神竜曰く。騒がしく、その宿主であるレイに痣を与えて苦しめるほど、疎ましい存在。
――曰く。石の形をした、世界に多大な影響を与える存在。
……そんなモノに、最初の頃は純粋に憧れもしていたが、色々と目の当たりにしてきた今となっては、むしろちょっと嫌悪感すら抱いている。
ファンタジーに対してファンタジーな表現をするのもどうかと思うが、要は……
人間に寄生する、おしゃべりで厄介な魔法の石。
それが、今のボク――【イオリ】の認識だ。
(とはいえ、ボク個人の感想を聞いてるわけでもないものな。さて、どう答えるか)
思うところは多々あれど、今はこの状況をどう切り抜けるかだ。
―― 聖石のお話をご存知でしょうか?
ニュアンス的には、お前は聖石の存在を知っているのか。もしくは聖石についてどこまで知っているのか。
どちらとも取れる質問だ。
そう問いかけてきたサンは、大きなドアを背にしたままボクの返答を待っている。
これはボクを試しているのだろうな。ヘタなはぐらかし方はきっとアウトだ。
ゆっくり考えるフリをして、今までの情報を必死でたぐり寄せてみる。
レイの教えでは、宿主に選ばれた者はイシマトイと呼ばれ、きわめて稀な存在となるそうな。
……そう、稀、なのだ。つまりはレア。
聖石に選ばれるコト自体がレア。
その力を扱える者になれるのはもっとレア。
(そんなモノ、詳しく知っている方が不自然か?)
レイの口振りからしても、国の秘宝レベルなのは間違いないと思う。
いや、神様扱いされてもオカシクないのでは?
だとしたら一つの宗教として伝わっているのかもしれない……
……いや、普通の旅人を自称するレイが普通に生活しているのなら、これは普遍的な文化として浸透しているのだろうか。
だけど、テレビもネットもないであろうこの世界において、聖石の認識度など、たかが知れているのでは?
せいぜい伝説とか作り話の類として扱われている程度じゃないのか。
(……くそ、分からない。答えないでいるのも、怪しまれるってのに)
少なくとも、たかが案内係のサンは知っているっぽいのだ。
その口振りだと、上層レベルの人間ならばもっと詳しく知っているということだろうか?
(……やめた。バカらしい)
グルグルと巡る考察を一旦打ち切る。
現段階ではどう足掻いたって、ボクはこの世界も聖石もロクに知らないのだ。敵うはずがない。
思考を切り替えることにした。
「イシですか……やはり、よく分からないですね」
「……よくとは?」
浅くため息をつき、降参とばかりに首を振れば、サンがボクのこぼした言葉のボロを突いてくる。
「ええ。もし宝石の類を指しているのでしたら、私には接する機会がほとんどなかったものですから」
「……他の石でしたら、ご存知という事ですか?」
「――それは、どういった石のコトでしょう?」
ここで更にこぼしたボロに食いついたところで質疑のリードを奪い取る。どうにか成功したようだ。
手早く済ませたボクの切り返しに、サンはグッと言葉に詰まったまま。
フッ、まだまだ青い。
これが父親相手なら、質問しているのはこちらだが?、と容赦なく切り返される。加えて、お前は浅慮で無知で会話の相手もろくに務まらないのか、と延々飽きるまで責められるというのにな。
ゴミクズのような思い出なんかギュウギュウに丸めて蹴り飛ばしてやりたい気持ちを心の片隅に置き、目の前のサンに集中する。
「……そう、ですわね。失礼しました。その内容につきましては、後ほどお教えいたしますわ」
どう返してくるかと身構えていたのに、サンはあっけなく身を翻すと、ドアノブに手をかけ先へと進んでしまった。
ちょっと拍子抜けだ。
***
「ふぅ……この扉の向こうにイオリがいるんだよな。よし、行こう」
「ちょっ、待ってくれセージ」
長い廊下の突き当り。
そこにある大きなドアの前でオレ――【セージ】は深呼吸をする。
気合いも十分!と、ドアを開けようと手を伸ばしたのに、ゴゥに待ったをかけられた。
見ればほっぺを赤くしたゴゥがモジモジしているんだけど……今さらどうしたというのか。
「や、やっぱり……この格好で行かなきゃ駄目なんだよな?」
「やっぱりって、この方法が最良なんだって言ったのそっちじゃんか?」
「そ、そうなんだけどさぁ〜」
頭を抱えたゴゥの前で、ちょっと腰をフリフリしてみせる。
一緒にフワフワと揺れるスカートがちょっとカワイイ。
そう。オレとゴゥは今、山ほどの洗濯物を乗せたワゴンを押しながらメイドさんの格好をしてうろついていた。
作戦はこう。
アネ姉妹が普段着ているメイド服をゴゥとオレが着る。
仕事を装って、この部屋――いつも女の子が集まっているという部屋に入り、イオリの姿を確認できたら合図を送る。
と、いたってシンプルな作戦だ。
姉妹は毎日、洗濯物を届けにこの部屋に入るそうなんだけど、みんな頭にこの黒いレースを被っていて顔までは分からないらしい。
とくに会話をすることもないらしく、ならばと今回はオレたちが代わりに潜入するコトになった。
ただ往復するだけなんだけど、今回はそこにイオリがいるがどうかが確認できればいい。
しかもアネとゴゥは同じ黒髪だし、オレも妹の方と似た髪色に背丈もちょうどいい。まさに変装するのにぴったりだ!とゆーワケで……
その話をアネとダンの二人に力いっぱい言われて、オレとゴゥもそれに賛成したはず……なんだけど。
「これ、バレたらシャレにならないじゃないか……私この家の人間だぞ!?」
「大丈夫だって~。堂々としていればバレないって、アネさんも言ってたじゃん。オレたちならできるって!」
ま〜その二人には、着替えたオレたちを見てひとしきり笑い転げたあと、めっちゃいい笑顔で見送られたんだけどな!
今もどこかで二人の笑う声が聞こえる気がするし……
でもこれくらい、イオリを助けられるなら余裕だ。
そう大事なのは自信と勇気と友情だっ、よし!
「そうだよな……兄さんが任せると言ったんだ。私は……やるぞ!」
「忠犬……?」
王道ヒーローマンガのイメージで言ったんだけども、ゴゥが言うと近所のワンコを思い出すのなんでだろーな?
まーなんであれ、やる気が出たんならいっか、と頷き合ってから、ゴゥがあらためてドアをノックした。
「失礼致します」
アネから教わったとおりに、入ると同時に頭を下げる。
少し上ずらせたゴゥの声が頭の上で流れてから体を起こし、あらためて部屋の中をグルリと見渡して……
それを目にしたオレは固まった。
・・・・
大きなドアを開けたそこは、だだっ広い部屋だった。
がらんどうというか、部屋の真ん中には大きなテーブルがポツンと置かれているだけで、その奥の方はよく見えない。
なぜならそのテーブルの前では、二人の男女が抱き合うようにくっついていたからだ。
もっと具体的にいえば、背の高い男とメイドっぽい女の子が……
「……何やってんだ、イオぶっ!」
思わず出てきた心の声をゴゥがバシンと塞いでくれる。
……アッブネ、変装してるんだった。
ヒリヒリする口を押さえて、あらためて……いや、こっそりと二人に目をやってみる。
女の子の方は、顔の半分がレースで隠れてるけど……うん、やっぱりイオリ本人だ。
元気そうでなによりですな!何故かオレたちとおそろいのメイド服を着ているけれど!
当たり前だけど何の違和感もなく似合ってますな。
そしてそのイオリの肩をガシッと掴み、思いっきり顔を寄せているのは……ヒゲを生やしているからおっちゃんかな。
こっちはさすがにメイド服じゃなくて、同じような色のコートを着ているけど。
その茶髪のせいか……何となくだけど、ダンに似ている気がするよーな。
ところで、そのおっちゃんに対してめちゃくちゃイオリさんが嫌がっていますけど、これはどうしたもんですかね?
となりを見ればゴゥもめっちゃ嫌そうな顔で眺めているし。
うん、二人とも目は隠れてるけどお口がね、めっちゃ曲がっていますからね。
「君、そう謙遜せずともよいのだぞ。この俺様の手に掛かれば、イシマトイに成れるのだ!」
「ですからこれは謙遜ではなく本心から辞退申し上げていますので〜」
グイグイと抱きしめようとしてくる男をグイグイと押し返しているイオリ。
フツーは助けに入った方がいいんだろーけど、なんか違和感があるよーな。
ヤカラと修行している時のイオリを見てたし、なおさらかも。
うーんと……あのイオリがああやって捕まってるってコトは、あのおっちゃんはヤカラぐらい強いってこと?
それでも、いつものイオリなら言葉のナイフでバッサリやっているはずだし。
やけに大人しいとゆーか、本当にか弱い女の子みたいな……いや、これはそーゆーフリをしているってコトかな?
「ワハハ、怯える姿もいじらしくて可愛いではないか。安心したまえ、俺様も一緒に付いていてやろう」
「うふふ〜お目が疲れているようですね~結構ですから少し休みましょうか~」
てことはフツーに困っているのかな、コレは?
助けてもいーのかな、コレは?
「おお、決行する気になってくれたか!やはり俺様が見込んだ女だけあるな!」
「うふふ〜お耳も壊れていらっしゃるようですね~いい加減に離してくれませんと手足が滑りますよ~」
どうしよ、こーして悩んでる間にもそろそろイオリさんがキレ……限界そーだ。
ピンチなのは分かるけど、ヘタに動いたらイケナイことも分かってる。
こんな時ヤカラならどーする……あの人なら睨むだけで解決しそーですな。参考にならん。
レイならどうする……こちらも笑顔だけで解決できそうですな、うむ!
てゆーか、レイはイシマトイだから魔法で解決するんかな……いやでもこのおっちゃん相手なら使うまでもないよーな。
そもそもおっちゃんのお気に入りどうこうではなく、聖石が選ぶんだよってお話じゃなかったっけ?
「てゆーか、イシマトイって簡単になれないんじゃなかったっけ?」
「むっ!お前……何だ、何を知っている!?」
またしても心の声が出てしまうと、おっちゃんがものすごい勢いで振り向いてきた。
ついでにおとなりからもすごい圧で睨まれてしまう。
……ゴメンナサイ。




