53.雲中に迷う 其の三
「オレ様は、父上の後を継ぐ為に生まれてきた」
地主として町の発展に尽力し名声も財力も築き上げてきた父の、その次期当主として育てられたダン。
もしダンがいなくなれば、次の候補は叔父となる。
妾腹のゴゥとその妹は権利がないも同然だった。
父親が倒れると、とたんに叔父派の動きが活発になり、ダンへの圧力もあからさまとなる。
「そうだな、オレ様はその重責に負けて、逃げ出したんだ……」
「兄さん、待って……」
身の危険を感じたダンが家を出たのと同時期に、叔父らが仕入れた火薬の山が出荷されたと知ったのは後日……妹が行方知れずになった、との知らせと共にだった。
「手当たり次第に調べて回ったんだ。例の村の件を知った頃、町でも行方知れずになる娘が出てきてな……」
当然、町の者は警戒し己の娘を匿った。あからさまな陰謀の気配に手掛かりは見つけられず……ようやく対象になりそうな娘に出会って――それがイオリだった。
同時に長年の憧れである天使にも出会い……僥倖とばかりに飛びついた。
「藁にも縋る思いだったんだ。本当に……すまない」
「兄さん……あの」
昨日の朝、宿の主人に入り口に座り込むなと追い出されたところで、見覚えのある顔とすれ違った。
叔父の周りにいた連中だ。
宿屋に入るも程なくして出てきた連中は、行きよりも相当重そうな背負い篭に、もたつきながらも去っていく。
急いで部屋に向かい誰も居ないことを確認し、慌てて後を追ったそーだ。
「天使様を捜し回るよりは、連中のアジトを突き止めてから知らせようと思ってな。そしたらまさかの我が家の別邸だろ?お前は埋められるし……」
「……あのな兄さん、ソイツ寝てんだわ」
「もぉーどぉしてそんなに自由なんだお前はっ!人生終わっちゃうとこだったんだぞ!?」
そしてセミになりかけたオレ――【セージ】を救い出し、イオリもお腹いっぱいになったと。うむ、めでたしめでたし。
ところでこのお布団はどうしてこんなにスベスベでフカフカなんだろう?もーちょっとスリスリしてみなければ……
「おいコラセージ、兄さんの苦悩と活躍を聞かなかった上に改めて横になろうとすんな」
「ダイジョーブ、キイテタヨ!」
「目を開けてから言、え、よっ……と。それで、どうする兄さん。やっぱコイツ置いてく?」
「イオリの居場所が検討つくまではそれでもいいが、アイツは相当警戒心が強いからな。不意に遭遇した場合、騒がれてしまったら終わりだろうが。それにアネも言ってただろう?セージはちょうど良いんだってな……」
ゴゥはお布団を引っ張り、無情にもオレを床の上へと転がすと、そのまま目もくれずにダンと何やらヒソヒソ話をはじめた。
ヒンヤリとした床に、目が覚めてくる。
(んーむ……)
ダンたちの状況はわかった。
やっぱりオレとイオリは兄弟への嫌がらせ的なのに巻き込まれたっぽい。
だけどそれがどうしてオレは埋められ、イオリはここに入れられたのか。その差は何だろう?
(これは簡単、女の子と間違えたんだ。で、オレは男だったからいらないと思ったんだ)
となると、きっとここには拐われて来た女の子が他にもいるってコトか。
ここに前からいたアネは、その女の子たちのお世話係で……でも何も知らなかった。
(もしここに妹さんもいるなら、アネさんも分かるハズだもんな?)
もしかしたらダンに告げ口されちゃうと思って、どこかに閉じ込めてあるとか?
嫌がらせでオレを埋めるくらいなんだもん。十分にありえる。
(そーいえば、レイ兄とヤカ兄は今頃オレたちを捜してるんだろーか)
お散歩から帰ってきて、オレたちがいないと知って警察……がいるかどーかは知らないけれど捜索願いを出し……出すかな?出さないかも。
自分たちだけで捜し出せそうだもんな?
……となると、大して心配する必要もないのかもしれない……とゆーかオレ、ヤカ兄の薬湯置いてきたっぽい。
どうしよ、飲んでないと知られたらまた苦いのに戻っちゃうかも……
「おいゴゥ見ろ、セージが震えてるぞ!顔も真っ青だ」
「本当だ。例の薬なんちゃらって言ってたヤツが切れたんじゃない?」
「冷静に言ってる場合じゃないだろ!おいセージ大丈夫か?寒いのか!?」
オシオキに飲まされた薬湯を思い出してたら、ダンがフカフカのお布団を巻いてくれた。
そうか、安静にしてたらいいんだよな?元気になったらいいんだよな!
案外早いかもしれないお迎えに備えて、オレはお布団の中に潜り込んだのだった。
***
「……おはようございます。昨夜はよく眠れましたか」
朝になり、やはりというかサンが迎えに来る。
当然のようにドアを開け、押してきたワゴンをボク――【イオリ】のいるベッドの前まで引き入れた。
「……目覚めのお茶をお持ちしました。香りのお好みはございますか?」
「ん……貴女の好みに任せます」
小さなアクビを隠すフリをして、ワザと無愛想に答え、相手の反応をみる。
彼女はボクを令嬢とみなしているが、この世界の令嬢の常識なんて、ボクは知らない。
待遇は悪くないようだから相手に乗ってみるが、乗る以上はシチュエーションも利用して上手くはぐらかしていかないと。
いちいち正面から挑んでなんかいたらすぐにボロが出る。
いつも朝にだけは弱いのだ、とでも言わんばかりにノソノソとモーニングティーを飲み、少し残す。
最近夜明けとともに起こされるボクにとっては、朝と呼ぶには遅い気もするが、これが令嬢の生活基準なのかは分からない。
怠そうにベッドから這い出すと、サンはワゴンの下に乗せていたトランクを開け、中の服を広げてみせた。
「……では、お着替えのお手伝いを……」
「自分でします」
イソイソと近寄ってきた彼女を片手で止める。
昨日と同様に小首を傾げるサンに内心ウンザリしつつも、ニッコリと微笑んでみせた。
「昨日も言いましたが、身体を見られたり触れられるのは好まないのです。身支度は一人でさせて下さい」
「……ですが、これも淑女の嗜みですわ。どうぞお慣れ下さいませ」
ハッキリキッパリ触るなと告げたのに引き下がらない。
それもそうか、これで簡単に下がってくれる相手なら昨日も長々とバトルなんかしていない。
この、案内係と自称する同い年くらいの女子、サンはどうやら柔軟性が皆無というか、マニュアル通りに進まないとどうしても気が済まない性格らしい。
ま、そんな彼女でも、それはそれで助かる面もある。
マニュアル通りということは、マナーもルールも彼女を見ていれば分かるというコト。
会話の中からヒントを探りつつ、うまく学んでいければと思っている。
それに、ボクには手札がある。
こちとらダテに社交界の強引な大人然り、ウワサ好きの同級生然りを日々、相手にしてきていたわけではない。
まずサンから顔をそらし、俯いたまま肩を抱くように手を添える。
「そうですね、せっかく与えられた機会なのに。それでも……怖いのです。今までずぅっと異性として強制され、過ごしてきた日々は、すぐに忘れられるものではありません」
「……それは、そうですわね。確かにその通りですわ……」
これぞ秘技、同情したついでになんか適当に察して流されてくれアピール!
気の毒そうなサンの声に、顔に手を添えついでに微か〜に肩を震わせる。
「それに、令嬢としての誇りなんてもう……この身が受けてきた環境など、昨日の振る舞いを見ればお分かりでしょう?」
「……そんな、その様な事は仰らないで下さいませ。これからはワタクシもお手伝いいたしますわ。どうぞ安心なさって」
嫌がる理由も、ついでにマナーに疎い理由もアピールする。
大丈夫、ウソではない。このソースをもとに自由に想像してくれ。
こちらとしてもウソで固めすぎると、とっさの切り返しができなくなるしな。
「ありがとうございます、とても優しいのですね。ではお言葉に甘えて……徐々に慣れていきますねというわけで今日のところは一人で着替えますのでよろしくお願いします」
「……あ……あ?はい……承りましたわ……」
相手の優しさに感謝し、そのまま受け入れる……と思わせといてこちらの条件を一息に通す。
トドメにニッコリと笑顔を向ければ、油断していた相手は思わずイエスと答えてしまうのだ。
「今日のところは」と期限もつけておけば、おかしいぞ?と思われたとて、でもまあ一日くらいいっか?と一応納得してくれる。
その間に次の一手を考えておけばいい。
もとより長居するわけでもなし、その場限りでも誤魔化せればそれでいい。
不服そうな顔をしたままのサンにパーテーションを出してもらい、手早く着替える。
背中のリボンとヘアセットの仕上げだけは手伝ってもらった。
(あークツ!良かった、戻ってきた!)
最後に、昨日取り上げられたブーツを履いて立ち上がる。
靴屋で仕立ててもらった時も微調整を入念に繰り返してたものな。やはり個々の靴だけは用意が間に合わないのだろう。
靴との再会をじんわりと噛みしめていると、嬉しそうですね、と言われるが気にしな……いや、気を取り直さねば。
「ところでこの格好ですが、貴女とお揃いなのですね?」
「……ウフフ。ここでは元の身分など関係ございませんから」
自分を令嬢扱いしてくる彼女のことだ。
マナーとやらに則るならば、階級を示すためのファッションにもさぞこだわりがあるのだろうと構えていたのだが……
彼女が用意したのは意外にも、グレーのエプロンドレスにヴェールの付いたヘアドレス。
まさか案内係と同じ服を与えるとは。
(たしかに、身分には関係なく拐ってきたようだしな)
彼女のセリフにゾクリとする。
本当のところ、サンはどういった立場なのだろうか。
何も知らずにただ働いているのか、それとも全てを知った上でボクと接しているのか。
「……では、支度も整いましたので参りましょう。皆様がお待ちですよ」
先に立つサンに、やや距離を取ってついて行く。
展開への警戒をアピールするのは間違いではないはずだ。
昨日のボクがすでに起きていたことは、相手にとってイレギュラーだったらしい。
本来ボクが目覚める予定だったのは、今朝のこの時間帯なのだろう。
ならば……今日は全て相手のペースとなる。
ここから先の展開こそ、ボクが拐われた意味に直結していくはず。
何が待っているのか、ミナサマとやらは何なのか。
セージはどこまで状況を掴んでいるのだろうか。
(待ってていいんだよな?ボクはこうして時間を稼いでいればいいんだよな、セージ)
昨夜のメッセージは気のせいだったのかも、と一瞬弱気になるが、慌てて振り払う。
セージもレイもヤカラも、きっとそれぞれで動いているはず。
気合を入れ直して前を向くと、サンがボクを見ていた。
「……ところで、貴女様は」
薄暗い廊下、薄暗い雲。
不穏な雰囲気の中、突き当りのドアの前で立ち止まっていたサンは、ベール越しにボクを見透かしているかのようだった。
「……聖石のお話はご存知でしょうか」




