49.雲の行く方 其の二
思えば昔から、こうして閉じ込められていたものだった。
事あるごとに、曾祖母の嫁入り道具だったとかいう衣裳箱とやらに入れられて、何時間も、一晩中だって。
泣き続けたって無駄で。謝り続けたって無駄で。
すっかり冷えきった手足を抱えて、ずっと蹲って。
……いつか、外に出られる時を待っていた。
・・・・
――それからどの位経ったのか。
すっかり痺れきった手足の感覚に、眠気を覚えることも許されない、そんな地獄の中、ようやくゴールにでもたどり着いたか、大きくひと揺れしたカゴの下にドスンと地面がぶつかる。
生モノが入ってるのだからもっと丁重に扱ってほしい。
「うわ、本当にもう起きてた」
「量が少なかったか?いや、だいぶ朦朧としてやがるし、ちゃんと効いてるか。いいからいつもの様に出すぞ」
カゴのフタが開けられ、のぞき込んだ灰色男と目が合う。
もう一人とボソボソと話し合っているが、やはりというか、何らかの薬でも嗅がされていたのか。
そりゃあ体感二時間ほど詰められっぱなしにされてたら朦朧とぐらいするだろうが。
どうせならケチんないでほしかった。
なんにせよ、カゴの中から解放されたボク――【イオリ】は、そのままぐったりと横たわる。
心っっ底疲れたし、どうせならそのまま油断してる勢いで状況と経緯を洗いざらい喋ってほしい。
あとサッサと手足も解放しろ。特にこの口のヤツ。
何で縛っているのか知らないがヒタスラに不快だ。
「コッチはいつも通りでいいとして、アッチはいいのかよ」
「仕方ねぇだろ。あの場で始末しては流石に足がつく……よし、運んどけ」
(アッチ?セージのコトかも。始末って……いや、わざわざ運んでおいてすぐに殺すような真似は……しないはず)
つか、それだけかよ。情報が少なすぎるにもほどがあるだろ。
溢れ出てくる焦りと怒りを悟られないように、大人しく目を瞑っていると、どうやら戒めからは解放されたようだ。
そのままグラリと体が浮き、どこぞに運ばれ、ふたたび寝かされるコトしばし……
変わらない気配に意を決して、ボクはそっと目を開けた。
***
――ユサユサと、心地良い揺れが続く。
イオリにしてはやさしい起こし方だ。
昨日だったか、あの時はめっちゃ揺り起こしてきたかんなぁ。船で海の上かっ飛ばしてんのかと思ったもんな。
あいも変わらず揺れ動く体に、伸びをしようと手を上げ……ようとしてオレ――【セージ】は、やっと動けないコトに気がついた。なんなら声も出ない。
(……どゆこと?)
ギシギシ軋む感触は……カゴ?の中ですかね。
みっちみちの状態で手も足も縛られているし、口も何かで塞がれているみたい。
お口まわりがザラザラしててイタイしクサイしマズイんですけど?
どうしてこうなったのか……
思い出そうとする前に、カゴ全体にドスンとした衝撃が走る。
直感的に落ちたんだと身構えるも、それきり何も起こらない。何やら動き回っている人の気配はするのだけども、誰の声も聞こえないし、中からは外の様子が何も見えない。
ぽつんと一人ぼっちだ。
そういえば、イオリと一緒にいた気がするんですけども……イオリさんはどちらでしょう?
(ん?アレ……オレがこうして捕まってるってことはイオリもそうなのか?)
そうだ……あの時、ドアの向こうで倒れるイオリに駆け寄って、ナニカを見たんだ。
何かがいたからオレは……
だけども思い出しきる前に、今度はカゴに別の何かがぶつかってくる。
……ザッ、ドサッ、と上の方からカゴに被さってきて、それに合わせるように段々と辺りが暗くなってく、る……けど。
(……――えっ、これって)
気付いた瞬間全身がゾワリと粟立った。
ふわりと漂ってきたのは、ものすごく嗅いだことのあるニオイ……
――湿った土の匂い。
(ウソだろ、オレ今埋められてる!?)
ウソだろ、オレはセミじゃないんだけど!
汗がブワリと吹き出してくる。
(…っ!……怖えぇ、怖えぇ!)
もう頭ん中はそれでいっぱいだった。
(助けてっレイ兄、イオリ、ヤカ兄っ……イオリ?イオリももしかしたら同じ目に!?)
どうしよう……セミならどうやって出んだ?あれ、オレってセミだっけ!?
思いっきり体を揺らすにもカゴはもう微動だにしない。真っ暗な中、やがて何一つ聞こえなくなる。
(イヤだ、イヤだ死にたくない!こんな死に方イヤだ!)
ギュウッと目を瞑る。
泣いてても仕方ないのに、ジッとしてても、仕方ないのに!
気が荒れ狂う中、グラリと眠気が押し寄せてくる。マジか……こんな状況なのに眠くなるんかオレ。
(ああでも……ひと休みしたら何かいいアイディアが湧くのかも……)
荒波に揉まれる船のように何一つ抗えず、オレは眠りについた。
………………………………………………
………………………………………………
ユサユサと、心地良……くもない揺れが続く。
誰かが叫ぶような、だけども随分と声を抑えるように語りかけてくるような。
「……い……おいっ大丈夫か、しっかりしろ!」
必死な声に、段々と意識も浮上してくる。
目を開けると薄暗い空が見えた。
いつの間にか外に出られたようだ。
「……あれ……オレ、セミになったの?」
「セミ!?には、なってないぞ!安心しろ」
「どんな呪いだよ、それ」
ついに進化したか、と呟けばツッコミの声が二つ上がる。
あれ、この感じ……どこかで聞いたことがあるような……
「……団子兄弟?」
「だから変な呼び方すんなっ!」
団子の兄の方であるダンに、ふたたびツッコまれた。
「しーっ!兄さん静かに。見つかるって」
「わかってるって!コイツが変な事言うから……おい、セージだったよな?起きれるか?」
団子の弟、ゴゥに窘められて耳を赤くさせながらも、オレに手を伸ばしてくれる。
ダンの手を取り起き上がると、途端にグワングワンと世界が揺らいだ。
うぉ……なにやら……キモチワルシ……
「おいっ、どーしたセージ!?」
「薬……切れ……ヤカ兄の……薬……」
「あ、兄さん、これ関わっちゃダメなやつだ」
体が思うように動かせないし、頭も舌もビリビリする。
これはアレだ、オレのヒットポイント的なのがゼロに近いんだきっと。
ヤカラの薬湯が無性にコイシイ。苦くない方でお願いします。
グールグールと渦巻く思考に身も心も任せていると、何やら口に突っ込まれた。
「この口輪、何か仕込まれてるな。抵抗させない為に毒でも吸わされたんだろう。天使様のように薬は作れないが……とにかく水を飲め」
オレに水筒を傾けたまま、ダンが続ける。
「……巻き込んでしまって悪かった。その、お前の連れも必ず助けるから」
すまなさそうに言われるけど、巻き込んだとは?
というか、連れって……
「その、どうしても天使様にご助力を請いたくて、お前たちに付き纏った。そのせいで、お前らまで攫われるなんて……」
お前、ら。
意識するより前に、手が伸びる。
ダンの首もとを掴もうとして――
「ガフ……ガボボ……!」
「兄さん兄さん、ソイツ溺れてる」
「うっわ!?わ、悪いセージ、しっかりしろぉっ!」
今度こそ、オレのヒットポイントはゼロになった。
・・・・
グラグラと揺れる意識の中、オレたちは移動した。
と、いってもオレはダンに担がれただけだけど。
ともかく、あの場所からだいぶ離れた小屋に避難した。
しばらくグッタリしてると、水浴びから帰ってきたダンにザルを渡される。
「ほら、待たせたな。これでも食ってくれ」
「えぇと、これは……キノコ?」
ダンとゴゥの二人は、オレを掘りおこした時に泥だらけになったんで、近くの小川で体を洗うついでに、食べられそうな物を採ってきてくれたそーな。
「あぁ、ちょうど近くで採れてな。見たことあるやつだし、食えるモノだろ」
「そうなんだ。じゃあ捨てましょう」
「えぇっ、何でだ!?」
なんでも何も……食べられるっしょ?程度の認識で人にキノコを食べさせてはいけません。
野草然り、山菜然り、キノコなんて言わずもがな。
厄介なことに、食べられるモノの近くには必ずと言っていいほど、ソレによく似た食べられないモノが一緒になって生えている。
しかも全部が全部キレイに分かりやすく育っているわけでもなし。
名人と呼ばれるような人でさえ、間違えて死にかけちゃったりすることもあるのだ。
―― 山の食べ物はとかく、食べてはいけないモノの方が多い。分からないなら食べるな
って、夏が来れば思い出す歌で有名な山の麓に住んでるばぁちゃんがよく言ってたもん。
祖母曰く、食べられるモノを覚えたら食べられないモノもよく覚えよ。
レイだって、旅の途中でキノコは採らなかったし。
ドアのスキマからポイポイと気前よくキノコを捨てていると、落ち込んでるダンの後ろから大きなため息が聞こえた。
「はーあ……兄さん、こんな恩知らずはもう放っといて、先に行こうぜ?」
「む、そういう訳にもいかんだろ。しかしそうだな、なぁセージ」
あきれ顔の弟にグイグイ引っぱられながらも、ダンはキチンとオレに目の高さを合わせてくる。
「オレ様とゴゥはこれから本邸を偵察してくる。その際に食堂で何か調達してこよう。だからセージはここで隠れて待っていてくれ」
「本邸……食堂?」
「私たち一家の別邸の一つなんだよ、ここは」
ダンのセリフにピンときていないオレに、ゴゥが補足してくれる。
別邸の本邸とは、何だかお金持ちみたいなことをおっしゃる。
そーいえば、名家の出だとか言ってたよーな……てことは。
「ここん家の人にオレは拐われて……埋められたってこと?それ、団子兄弟は助けて良かったの?」
もちろん助けていただけて良かったんだけども!心底ありがたいですが!
ここん家……つまりは団子兄弟の家族が関わってんのなら、この二人の立場ってどうなるんだろーか。
「たしかに、心当たりはあるんだが……身内でな」
眉間にシワを寄せ、苦しそうにダンが言う。
ここん家の家族関係がどーなってんのかは知らないけれど、もしダンが逆らえなかったら。
それで、やっぱりオレを埋めるしかないって、ダンがそう判断しちゃったら。
オレはまたピンチになるのでは。
「だが、真相を突き詰め、然るべき処置を執るのもオレ様の責務だ。相手が誰であろうと非道は許さん!」
ギュッと拳を握りしめて。
力強い声でダンはハッキリと言い切った。
その目はギラギラと燃えていて……なんとなくだけど、その決意は本当なんだな、と思えたんだ。
「わかった。じゃあオレも一緒に行く」
「はっ?いやセージそれは……」
「あのなぁ、キミ、殺されかけたんだぜ。それにロクに動けないんだろ?私たちだけなら何とでも躱しようがあるけど」
さすがにというか、兄弟にストップされた。
分かってる。
何でそんな目に遭わなきゃいけないのか知らないけど、見つかったらきっとまた埋められる。そんなん絶対嫌だ!
でも、逃げられる体力も正直ない。
分かってる。オレは足手まといだ。
いつだって、足手まといだ。
――それでも。
「もしかしたらイオリも捕まってるかも。だったら助けないと」
レイは言ってた。自分の命を賭けてまで誰かを助けなくていいと。
そもそも、オレにはレイみたいに誰かを守れる強さなんて持ってない。
いつだって、守られる側だ……それでも。
「オレは、オレの仲間だけは助けたい……だから」
どうなるかなんて分からない。
一人だけ助かって生き続けるのと、捕まって埋められるのと、どっちがマシかなんて選べない。それでも。
「イオリを助けに行く」
それだけを選んで、オレは進むんだ。




