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48.雲の行く方 其の一

 ゴロゴロとゆっくり引きながら近付いてきた荷車が、俺――【レイ】とヤカラの目の前で止まる。

 肩に掛けた手拭いで汗を拭きながら、荷車の主の小柄な老人は俺の隣に腰を下ろした。


「やれやれ、何だか雲行きが怪しくなってきたわい」


 老人と一緒に空を見やれば、雲はたしかに多けれどすぐに降り出すような気配ではない。


「なんだ年寄りの勘てヤツか? 何時(いつ)頃、どんな雨が降るんだ?」


 どっかりと反対側に腰を下ろしたヤカラが前のめりになって聞き込んでくる。

 前方に台車と両隣を彼等に挟まれ、俺の視界はあっという間に囲われた。


「ほれ、二つ向こうの村で大雨があったろ。雨を運んだ雲がどうやら西の山に残ってるらしい。灰雲等も還り倦ねているのかの。どうにも、この町の山に引っ掛かっておるようでなぁ」


 のんびりと、まるで天気の話をしているかのような老人の声を、往来の誰もが拾わない。


 世間話に興じているかの()で交わされるヤカラと老人のやり取りに、間に挟まれた俺は手もとの『くれーぷ』をただ美味しく咀嚼するだけ。

 空を眺め、ぼんやりと会話の内容を咀嚼する。


 ―― 先日、俺達が立ち寄った村で集められた火薬の出処は、どうやらこの町の西にある山らしい。

 ここ最近、この町を【灰装束】の一団が不自然に彷徨(うろつ)いているそうだが、どうやらこの町を支配する地主辺りが絡んでいるのではないか ――


(灰装束……ねぇ)


 先程、通り過ぎた彼等の行方を見……ようにも塞がれているのだったっけ。


 それにしても、山岳民達の情報はとても早い。

 つい数日前に起きたばかりだというのに、件の出処や関係性、繋がりの殆どを洗い出しているらしい。

 それも恐らく、正確に。


「そう云う爺爺は帰らねぇのかよ。婆さんがボヤいてたぜ?」

「そりゃあ儂の雲行き次第……と言いたいところだが、霜が降りる前には帰るわい。今後はこの街の雲行きも坊が測るだろうて」

「へぇ、あのロン坊がなぁ。そいつぁ頼もしいや」


 この国の護り神である神竜の守り人。

 そう称される彼等は、御山の麓のその裾野まで全てを把握する。

 土中に根を張るかの如く隅々まで見廻り管理をし、そして情報を共有していく――が、それらは決して表立つことはない。

 まるで庭木の手入れをするようにさり気なく――他者の生活に踏み入れないよう、他者に踏み入れられないよう――山と添うように生きているだけ。


 そんな彼等が、()()()()()()()()()()()()ということは……


(一連の件は、神竜を脅かすかもしれない……ってことか?)


 だとしたら尚の事、灰装束の動向に過敏になっているのも分かる。

 ()()()()は自然と、神竜の喉元まで迫り得る存在なのだから。


 ―― 心が欠けたか体が欠けたかはたまた両因か、それとも他者の思惑か……昔からあの森には、んな連中ばかりがやって来てな


 以前、ヤカラは帰らずの森を目指す彼等のことを、そう表していた。


 【灰装束】――唯一つの目的を以て帰らずの森を目指す者を示す呼び名。その呼称が示す通り、その様は全身を灰色の布で被っている。


 その目的は――永遠の眠りにつくこと。


 それがヤカラ達、山岳の民の共通認識なのだろう。

 それはそれで間違ってはいない。


(ただ、あの頃の()()が関わってきたのは――……)


 ふと気付くと、老人がこちらを眺めていた。

 目が合うとやんわりと逸らされる。


「しかし聞いていたよりも元気そうだの。霜を吐くとか聞いておったが。これなら追加の薬草も必要ないかね」

「昨日急に元気になったんだとよ。念の為暫くは様子見るからな、薬草は一応貰っとくわ」


 どうやら山岳の民は、自分の手入れもしてくれていたらしい。


「えぇと、お陰様で助かりました。ありがとう」


 礼を述べると、老人はチラと視線だけ寄越してきた。


「なんの『レイ先生』には、山の倅や孫等も世話になっとると聞くしな。それに実際手を尽くしたのはヤ……」

「んな事よりもあの二匹をどうにかしてくれや。やたら鼻先を飛び回りたがってやがる。うっかりはたき落としちまいそうだぜ」


 急くように割り込んできたヤカラに、しかし老人は目を細めるだけだった。


 この連日で天使を追い求めてくる二人組の青年を、ヤカラは思いの外鬱陶しく思っているらしい。

 まぁ、自身にだけでなく、イオリやセージにもちょっかいを掛けているようだし……たしかにその点においては早めに対処しておきたいところではあるけれど。


 それにしても、()()()()()()()()程だとは……


「まあ待て、そいつぁ件の山の出なんだと。最近雌が一匹(はぐ)れたそうでの、彼方此方で捜し回っているらしいぞ」

「どうでもいいな。害虫と判ってんなら間引いてもいいだろが」


 クレープの最後の一欠片を口に放り込み、解釈と共に咀嚼する。


 ―― あの二人組は、例の地主の身内らしい。家族である女性が行方不明となり奔走している ――


 そんな状況ならば、山岳民の情報網に頼りたくなるのも分かるけども……


(ヤカラにしては、物騒というか……随分と早計な判断だな?)


 これは旅人である俺の、あくまで他国者としての認識なのだけども。

 国境にありながら神竜の山にも近いこの町は、近隣の村を含め、山岳民族の『他者と関わることを避け目立つ事を嫌う特性』を理解し、上手く受け入れているように思う。

 一方で、そんな山岳民等にとっても、生活の供給点であるこの町は大切に守るべき範囲の一つだろうに。


 なのに、その住民である例の二人組に対して早々に処分対象として見做すなんて、どうにもヤカラらしくないというか……気が立っているような素振りというか。


「……ヤカラ?」


 俺の考察では追いつかないので、単刀直入に聞いてみる……が、その顔を覗き込もうとすれば、体ごと逸らされた。


「………………」

「………………」

「……ブフォッ。……んん、ゴホゴホンッ」


 俺とヤカラの沈黙に、耐えきれずに老人が吹いた。

 咳払いの体で済ませようとしているけれど、間違いなく、吹いた。


「おい、爺……」

「いやオマエさんなあ……先から見ていたが、ちとアレだの? 儂も昔、女房に言われたが、構い過ぎても毒になるぞい」

「あ? 俺が構うのはキュイエールだけだが」

「あの御仁は懐が深いからの……」


 ギロリと睨むヤカラに溜め息一つ返して老人は立ち上がる。

 一先ずの情報の伝達は済んだらしい。

 意図が掴めないままぼんやりと見送る俺にも、老人は目を細めるだけだった。 


「まあアレだ。自然に在るが儘を任せる儂らとて、気に入ったもんには特に熱をかけて手入れぐらいするわいな」






 ***






 来た時と同様にのんびりと荷車を引きながら、山の民は去っていく。

 尚も去り際に、手入れは程々にな……、とか訳の分からねぇ台詞を吐き捨てていったが。


「……手入れ、か……」


 ぽつりと呟いたきり、レイの視線は下がったまま動かず。

 その目線の先――堀の下では門に向かう灰装束が歩いてゆく。

 足取りが多少ふらついてんのは背負う荷が重いのか……動くものでも運んでいるのか。


「組織が絡むのは……量が必要なのか……ある一定の年齢範囲で、容姿も環境も関係なく特定の性別を集める……その理由……」


 陽気を孕んだ風が瑠璃色の髪を靡かせるが、潜めた声は風に運ばれることもなく紡がれる。

 その横顔は山でよく見てきたものだ。


 人当たりがいいようでいて、誰にも隙を見せることのない謂わば表の顔――

 其れが地なのだと思っていたが……相談事を引き受ける機会の多いコイツは、考察に入る時もこういった顔になるらしい。


 仕方なく、己――【ヤカラ】もその横顔に耳を寄せる。

 そのまま(ツラ)を伏せててくれよ、と内に伏せながらレイとは反対に、広場の方を眺めておく。

 折角あの老人と人払いしたってぇのに、また人垣を作られるのは御免だ。


 人の目を寄せるこの顔は、こういった内話をするのにまったく適さない。

 最早慣れ切っているのか、神経が麻痺してんのか……その両方か。

 その辺は全く意に介さないらしいこの男は、己の気苦労に気付く事もなく、考察を深めていく。


「最近起きたのか……村の時期と被るね。あの二人組の身内も、それに巻き込まれた可能性が高いかな」

「拾わねぇぞ。んな義理もねぇ」

「分かってるよ。俺もそんな余裕はないし……ただ」


 変わらず目線を固定したままのレイに、己も倣う。

 耳朶を打つように囁く声が直ぐ隣の男から発せられる。


「あの火薬の件と繋がっている気がしないかな」


 己等が見下ろす先では人目を気にする様に、例の二匹が彷徨いていた。






 ***






 ……はぁ、情けねぇな。


 きっと、ヤカラならこう言うだろうな、と思って吐いた溜め息に、返す者はなく。

 ロクな身動きも取れないまま、ボク――【イオリ】はもう一度溜め息を吐いた。


 気を失っていたせいで、今が何時位でここがどの辺りなのかがさっぱり分からない。

 ザシザシと地面を踏むようなリズムと振動で、どこかに運ばれているのだな、とぼんやりとだが把握できるくらいだ。


 そう、つまりは……


(……誘拐されたってコトか)


 またしても溜め息が出る。


 事の起こりは何だったか――そうそう、部屋を移動しようとドアを開けた時だった。


 その先に、見知らぬナニカがいた。


 全身灰色。口もとも同色の布でグルグル巻いていて、フードをすっぽりと被っている。

 目だけがのぞいたその顔がボクを見下ろして――ボクは反射的に持っていたトレイを投げつけていた。

 相手に向かって宙に跳ねたはずのトレイは、しかしすでに相手に掴まれていて、一方で伸びてきた手に口を塞がれる。

 甘ったるいんだか苦いんだかよく分からない香りがして――……


 ふと気付いたら、くそ狭い空間に押し込められて運ばれていた、とゆーワケだ。


 ……はぁ。


 何度息を吐こうが、事態はなんにも変わらない。

 不思議と、恐怖や不安でパニックにならないのは……起きて悟った瞬間に、ヤカラの顔が浮かんできたせいだろうな。

 むしろ腹立たしい。


(きっと毎日毎日、鍛錬で顔を突き合わせていたせいだ)


 本人はあくまで暇つぶしと称していたが、あれはもはや虐待じゃないのか? 世界が違えばヤカラは捕まっていたことだろう。

 ムカつきが収まらず、思いっきり前後に揺れてやる。が、多少バランスを崩しただけですぐに何でもないように進んでいった。


(……分かってるけど。一番ムカついてんのは……)


 あれだけ鍛えてもらってたのに、為す術もなかったこと。

 あっけなーく、拐われたこと。


 少しも強くなんかなっていない自分。


(ヤカラサンは……お説教するかな。やっぱり)


 レイならきっと、慰めながらも諭してくるだろうか。

 セージは……今ごろ不安になっているのかも。


 細かい編み目から、うっすらと光が漏れてくる。

 感触からしても、カゴみたいのに閉じ込められているようだ。

 令嬢だった頃と違って、この世界ではボクに価値などない。ボクだけが拐われたワケではないのだろう。

 あの時すぐ近くにいたセージも、同じように運ばれているはずだ。


(だとしたら、近いうちに合流出来るはず)


 ユサユサと揺られながら、瞼を閉じる。

 今の自分に出来ること――体力を温存しておくこと、だ。

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