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45.訪問者との掛け合い

 ドアの向こう側に立っていたのは、会いたくもなかった方の二人組だった。

 勢いよく開けたドアの先をすんでのトコロで避けた茶髪の男――たしかダンとかいったっけ?は、ボク――【イオリ】と目が合うなり、ニヤリと目を眇めた。


「うぉっと、やぁまた会ったな……ってちょっと待て閉めんな!」


 一ミリの迷いもなく閉めようとすれば、これまたすんでのトコロで足を差し込まれる。


「んがっ、いっでぇえ〜!」


 男の絶叫が廊下に響き渡る。勢いを殺さずに閉めたドアの隙間に自ら挟まりにいったのだから、当然の結果だ。


「ぐっ……おっま、えはっホントに!少しは、話をっ聞けって」


 諦めればいいのに、涙を浮かべながらもグイグイと肩を入れ込んでくる。


「アポも取ってないくせに困りますね。ウチの天使サマも忙しいのでね」

「はっ?あぽって何……いでででって足踏んでんじゃないっ!だからっどうしても頼みたい事があるんだって!」

「相手の迷惑も都合も考えずに?天使サマを尊敬してるわりにずいぶんと軽く扱うんだな」

「ゔっ……」


 案の定、天使……もといヤカラの話題となるとダンは怯んだ。

 ゆるんだ相手の体を押しのけるようにドアノブに力を込めた――そのボクの腕を、ダンの後ろから伸びてきた手が握り締めてくる。


「ですから、なりふり構っていられない状況なんですよねぇこちらも。融通利かせてもらえませんかね?」


 やはりというか、ダンの弟だという黒髪――ゴゥだったか?も手を出してきたか。

 ただでさえ体格差からして不利なのに、二対一ではもう敵わない。

 開きつつあるドアの間から、兄弟はさらに前に出る。


「何なら、キミの連れにお願いしてもいいんですけどねぇ?」

「そーだぞ!お前の連れに来てもらってもいいんだぞっ」


 ここまでかと諦めかけたその時、ポンとボクの肩に軽い何かが触れた。

 同時に、目の前の二人の動きもビタリッ、と止まる。


「ねぇ、それって……」


 ダンゴ兄弟の視線は、ボクの頭の上から降ってきた柔らかい声の主に釘付けになっていた。


「……誰のことかな?」


 フ、と小さく漏れ聴こえた音は、きっといつもの笑顔を浮かべてるんだろうなぁ、と連想させる。

 あんぐりと口を開けたままの兄弟は、ポツリとひと言、呟いた。


『……女神様……』


――バターンッ!!


 思いっきり強くドアを閉めてやった。






 ***






 リハビリ二日目の朝だ、今日もいいお天気だ!

 今回はイオリがレイと一緒にお留守番をしたいとゆーので、ヤカラと二人だけで買い出しに出ている。


 オレ――【セージ】も、はしゃぎ過ぎてしまった昨日の教訓を活かして、ヤカラのうしろを大人しくついてまわり、みんなのゴハンをササッと調達するだけにとどめているのだ。オレ、カシコイ。


「――およ?」


 戦利品の詰まった買い物袋を抱えて戻ってくれば、そのお宿の入り口で見覚えのある顔が二つ並んでいるよーな。

 えぇと、たしか……


「……団子兄弟?」


 ブッ、と吹き出す声が耳に届く。


 いつの間に移動したのか、兄弟が並んで寄りかかっている壁の後ろでヤカラが小さく震えてる。

 二人から見えない位置にいるってことは……隠れてるってことかな?

 イオリにもずいぶんと嫌われてたみたいだし、いったいこの兄弟は何をしでかしちゃったのだろーか。


 一緒にスルーすべきかと思ったけど、オレの呟きが聞こえたのか、ギギギ、とそろってこちらを見上げたその顔は、心ここにあらずのようで。


「…………さま、が」

「……うん?なんて?」


 兄のダンと名乗っていた方が、ちっさい声で何やら呟いている。昨日の元気な声とは大違いだ。

 仕方ないので、キチンと三角座りで並ぶ兄弟の前にオレもしゃがみ込み、耳をすませてみた。


「……湖の、女神様がいた」

「なんて?」


 うっとりとした声で、ウルウルとした目で空を見つめ、その頬をほんのりと染め、ホゥ、と切なげに息を吐く。

 テンシの次は女神とは……なかなかに忙しい人たちだ。だから中身は魔王だというのに。


「なぁ兄さん、双月の湖の伝説は本当だったんだね……」

「だろ、まさにあの湖の様に、深く美しい青髪だったろ……」


 ……ホゥ、と兄弟そろって息を吐く。

 これはどうしたものか。

 ヤカラもすっげぇ面倒くさそうな目で二人を見ている。


「えぇと……とにかく、昨日も言ったけどもう訪ねて来ないでよ?オレたちは静かに過ごしたいんだから」


 イオリが嫌がっている以上はオレも関わりたくないし、ヤカラが避けているんなら、レイも会わないんだろう。

 そう思って告げてみると、二人はまたギギギ……とオレを見た。


「お前、女神様とどう過ごすつもりなんだ?」

「どうって、ゴハン食べて一緒に寝るけど?」

『ぐふっ!!』


 一応、我々には安静にしてなければならないという使命がありますからね。

 大人しくしていないと、苦いお茶を飲まされますからね!


 昨日、はしゃぎ過ぎて倒れたオレに差し出されたお茶の味を思い出しながら二人に告げる。

 その差出人の顔ものぞいてみれば、クイクイと階段の上を指し示していた。

 もう帰ろうぜ、と言っている顔だな、アレは。


 視線を戻せば、兄弟はふたたび項垂れたまま動かない。

 電池でも切れたんだろーか。






 ***






「たっだいまーイオリっ!レイ兄は無事とぁ〜……あう」

「イオリといいアンタらには部屋ん中に居る相手への配慮っつーモンはねぇのか」


 バァンと扉を叩き開け、飛び込んだ矢先にクラリと足元がふらつき、転びかける前に己――【ヤカラ】に首根っこを引っ張られる。

 昨日の買い物帰りと全く同じ行動を起こす生き物を片手にぶら下げて、部屋の中へと進み入った。


「……で、ソチラさんは何やってんだ?」


 傍らの寝床にセージを放り投げ、机の上に荷物を下ろし、漸く部屋の片隅に座すソレに目をやってみたんだが。


「あー……ちょっと反省したいんだって。急にこうなっちゃって……ほらイオリ、食事にしよう?」


 隅っこの方で膝を抱えて蹲るイオリに、レイが胡座で対座し心配そうに様子を伺っている。


「あれっ、どうしたっイオリ!?」


 レイの声に気付いたセージが寝床の上でガバリと身を起こすが……コイツまで動くとワチャワチャになるからな。


 普段レイに飲ませてる方の薬湯を注いで見せてやると、セージは途端に大人しくなった。

 渡された湯呑みを見つめたまま動かないセージを置いて、イオリの方に向かう。


「イオリ、アレを部屋に入れたのか?」


 下で放心していた姿に、初めてレイを見た時の山の連中も同じ反応してたな、と懐かしくもねぇが思い出す。

 レイはんなモンに応対しねぇから、扉を開けたのはイオリだろう。

 その辺を踏まえて反省に興じているんだろうが。


「……一歩、入られた……」

「レイの手を煩わせたのか?」


 悔しそうに震わせる声に、敢えて冷淡に言い放ってやる。


 情報を基に考えを構築し行動に移す。

 本能で動くよりも頭で動き、行動の結果が己の実力の全てだと思っている。

 こーいう奴は、慰めなんか求めない。


 警戒心が強く、感情を見せず、距離を取って相手の意図を図ろうとする。そうして得たいのは、力量の差か敵意の有無か、親愛か。


 ――コイツの場合は諦めの境界線、あたりか。


 自己との差も、向けられる感情も、預けたい想いも……相手と触れ合うのを避けるために、諦めようとしている節がある。

 決して気を許してなるものかと、手負わされた獣の如く。


 ここ最近は己にも油断した顔を見せるようになったし、こうして落ち込んでんのも可愛気があると思えるようになったもんだが。


「うん……アイツらに声かけて……油断させてくれたから、追い出せた」


 今回の留守番を買って出たのはイオリだ。

 恐らく部屋を割られたのは自分のせいだと考えたんだろう。

 弱ったレイの身を案じ自分で方を付けるべく挑んだ結果、全ての目的において惨敗した。

 それでも状況を簡潔に伝えてくるあたり、冷静で気が利く方だがな。


「初手を誤ったな、来ると分かってたくせに対処が足りず結果守るべき相手の手を借りた。情けねぇな。それで?それがアンタの最適解なんか?」

「くっ……ん。食べて鍛えて、対策練るっ」


 ギリ、と歯を軋ませる音が小さく届く。

 漸く立ち直ったのか、ゆらりと立ち上がるその目には闘志が宿っていた。


 手間が掛からなくて結構だ。

 まったく、可愛気があるんだか無いんだか……ともあれイオリはもう大丈夫そうだ。

 振り返ると、バチリと火花が散ったかの様にセージと目が合った。


 石にでもなったのか、己と目が合った姿勢のまま動かねぇ。

 その手元を見れば、己が渡した薬湯を保温瓶に戻し入れるところだった。

 にへら、と笑って誤魔化すところは愛嬌があっていいと思うが……


 「まったく……世話が焼けんなぁ?」


 手間が掛からないが可愛気もねぇのと、世話が焼けるが愛嬌があんのと……どっちが良いもんか。

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