43.天使談義
―――…楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
どこかで聞いたことのある言葉に、今日は初めて同意できた気がした。
何もかもが目新しくて、面白くて。
計画していたコトは半分もクリア出来なかったが、ボク――【イオリ】の人生で一番充実した時間だったかもしれない。
(…次は、四人で来れたらいいな)
見えてきた建物に、部屋で待っているレイの顔が浮かぶ。約束していたランチには、なんとか戻って来れたようだ。
朝ゴハンも食べていないくせに、寝て待つから平気だよ、とは言っていたが…空腹で起きてたりしないだろうか。
抱えた袋からは熱の込もったいい匂いが漂ってくる。
まだ温かいうちに食べてもらえたらいいのだけど。
冷めないうちに…と、つい早足になってしまう。そこの角を曲がれば、ボクたちが利用している宿の前に出るはずだ。
後ろの二人より一足先に角を曲がろうとすれば、どこかで見たような二人組とかち合った―――。
相手の顔を認識したとたん、今までの楽しい気分が一気に暗転する。
(せっかくイイ気分だったのに。よりによってこんな所で……)
まさか、昨日散々自分に暴言を吐いた挙げ句、一方的に掴みかかってきたヤツラ――あの茶髪と黒髪の男に、再度出くわしてしまうとは。
というかまだこの辺りをウロウロしてたのか。
「アレっいた!お前どこに行ってたんだ!?」
茶髪の男が無遠慮に指差してくる。
何だろうな?ヤカラに指を突きつけられても何とも思わないのに…指差しにも品性が表れるのだろうか。
「…ハァ?何で見ず知らずの相手に行き先教えなきゃいけないんだよ。何の義務?てか関わらないでくれるサヨウナラ」
どうでもいい相手と問答するほどムダな時間はない。
こうしている間にもテイクアウトの美味しいピークは過ぎていく。
「はっ…ぁあ!?なんっ…おまっ!本当に生意気だな!?」
「感性有害社交皆無のヒトに品行方正とやかく言われる筋合いナイんだけど。ドコのどなたか存じませんが耳が聞こえるんならどいてくれる」
「有害て!つか何ださっきから!昨日会ったばっかだろーが!オレ様の顔忘れたのかよ!?」
「うわ…様呼びするヤツに知り合い認定されてんの……キモ」
「おっま…もうちょい優しくしろよ!?泣くぞ!?」
早く先に行きたいのに、避けて通ろうとするとわざわざ両手を広げて進路を妨げてくる。何コレ、ウザい。
「…ウザい」
「こっの…!こっちが下手に出ていれば…!!」
溜め息とともに漏れた心の声に、涙目の茶髪が拳も声も震わせている。
ヒトの話を聞かない上に、下手の意味すら分かっていないような相手にどうヤサシクしてやれるというのか。
「いいかっオレ様は、ダン!こっちは弟のゴゥだ!…っ今は詳しく名乗れないがな、名家の一族なんだぞ!」
いや、いきなり名乗って来られても迷惑なんだが。
ていうか、そろそろ本当に退いてくれないとボクがヤカラに呆れられてしまう。
「……ダンと、ゴゥ……団子兄弟?」
どうケリをつけようかと目の前の男たちに目を向けていれば、後ろから降って湧いた声にボクは思わず蹲った。
***
―――急ぐように先頭を歩いてたその背中がピタリと立ち止まる。路地の向こうを見つめたまま、イオリは一歩も動かない。
角を曲がる手前で立ち止まられると、進むに進めないのだけど?
オレ――【セージ】が声をかけようとすれば、片手を突き出して牽制された。
少しもこっちを見ようとしないその雰囲気が、セージは関わるな、と言っているようで……。
話し声からして、どうやら角の向こう側にいる誰かに絡まれて…いや、これは返り討ちにしてるんかな?
イオリの容赦ない口撃に、よっぽどイヤな相手なんだろーな…、とは分かったんだけども。
揉め事の気配に、チラリとヤカラの方を見てみれば、こちらは素知らぬ顔で壁に寄りかかりゴソゴソと買い物袋の中身をつまみ食いしていた。
オレの視線に気付いたのか、手にしたナニカを口の中に押し込んでくる。
…んむ、お団子かな?中に入ったチーズがトロリとして美味ですな!…ってそうじゃない。
これ以上イオリの放つキレッキレの言葉のナイフを受け続けたら、相手が立ち直れなくなってしまいそーだ。
とりあえずイオリの袖を引こうとして…聞こえた声に、口の中のお団子を飲み込んだ。
「……団子兄弟?」
なんか昔の曲でそんな感じの歌があったよーな…。
そう思って呟いただけなのに、聞こえたらしいイオリはその場に突っ伏してしまった。
どうしよう。
どーやらイオリのツボに思いきりハマってしまったようだ。買い物袋で顔を隠してはいるが、その丸まった背中がブルブルと大きく震えている。
視界の端では、ヤカラまでもが小刻みに震えていた。
顔を背けたってバレバレなんだかんな。
「はぁあ!?バカにするな!いきなり現れて何だお前はっ!?」
「いや、バカにしたつもりはないんだけど……ええと、オレはセージ。その、この人に何か用だった?」
イオリという壁がいきなり消えたおかげで、いきなり挨拶するハメになってしまったが…そもそもイオリとどういったご関係だろうか。ウチのコに何か?
そこで蹲ったまま帰ってこない友の代わりに聞いてみれば、何でか相手は勝ち誇ったようにふんぞり返った。
「フン!本来用があんのはコイツじゃないんだが…オレ様は天使様に会いに来たんだ」
「……テンシ……ダレガ…??」
ウチのコでない、となると…。
いちおー心当たりはあるけれど、あの人の中身はテンシではなく魔王なのにな?
「はー?お前コイツの連れのくせに知らないのか?仕方のないヤツめ…いいか、まず!天使様は我々なんかが話しかけることすら許されないような、高貴なる一族でな…遥か高みに在られる存在でそのお顔ですら滅多に拝せないし、如何なる相手にも屈することのない崇高なお方なんだぞ!」
ハンッ、と鼻で笑いながらも懇切丁寧に語ってくれてるが……なんだかなぁと思う。
テンシと呼ぶわりにはずいぶんと、冷たくて厳しくて…寂しい人のイメージなんだなぁって。
てゆーか、本人に会ったことがないのだろーか?
「うーん…そんなコトないけどなぁ。だってレイ兄は優しいし、よく笑うし。昨日も一緒に寝てくれたし…ちゃんと、あったかいし」
「ぐはぁっ……仲良し!!」
ま〜昨日はレイのベッドで本を眺めてるうちに、また寝落ちしちゃっただけの話なんだけども。
面倒見のよい兄ちゃんなんだぞ、と伝えたくて…でもたまに魔王になることも伝えるべきか迷っていると、何故かダンはダメージを受けていた。
***
先ほどまでの勢いはドコへやら―――。
ボク――【イオリ】だけでなく、セージに対してもうっとうしいジャブを繰り出してきた相手は、セージのナカヨシアピールカウンターを不意打ちで喰らい、完全に固まって動かなくなってしまう。
アレか…。ずっと追いかけていた憧れの存在の知らなかった一面を…しかも親しい間柄でないと見られないような素顔を語られてショックを受けているのか…ザマアミロ。
そっちからは見えないだろうが、その憧れは壁の後ろに隠れているというのに。
蹲ったままで袋の影から覗えば、当の天使サマは面倒臭そうな顔で手を振っている。
とゆーか、何を先に食ってやがんだ。アンタの客だろうが。
「あーあ、これは負けましたね。今回もご迷惑をお掛けしてすいませんでした」
それまでずっと黙っていた黒髪がようやく動いた。
茶髪の目の前で手のひらをヒラヒラ振ってみせるが、やはり反応はない。呆れたように溜め息をつきつつも、一応の謝罪はしてくるが。
「毎回会う度に絡まれて本当に迷惑してんだけど。どうにかしてよソイツ」
「兄は天使様に対して並々ならぬ憧れを抱いてますからね~。一度お目通りが叶えば大人しくなるとは思いますよ?あなた方は親しい間柄のようですし」
言いながらチラとセージを見る。暗に会わせろと言っているのだ。ボクよりもセージの方が介しやすいと踏んだのだろう。
セージは別の天使サマの話をしているのだが…まぁどちらにしても、セージは同じように否定するのだろうけども。
自分を見下してきた相手に対しても、セージは気の毒そうな目を向けている。
「うーん…今は会えないと思うなぁ。当分はゆっくりして欲しいし」
「へぇ…具合でも悪いんですか?何があったんです?私達が解決できるかもしれないですし、お話聞きますよ?」
あからさまに探りにきている。所詮コイツも無遠慮なヤツの身内か。
セージは明らかにロックオンされている。そもそもが天使違いなので、話したとしても食い違うだけなのだが…友人が侮られているのは、いい気はしない。
「兄も、天使様を強くお慕いしていますから。悪いようにはならないでしょうし…」
完全な否定も保証もしない。
いい加減にしろ、と喉まで出掛かったが、それよりも早くセージが一歩前に出た。
「ううん、要らないよ。あの人のとなりにはオレたちが居るし…今度はオレが守るから」
「…がふっ……!!」
「あっ兄さんが吐血したっ!?」
静かに、しかしハッキリと言い放ったセージのナカヨシストレートパンチが相手にキマる。
結果、天使談義はセージの完全勝利で終わり、迷惑な兄弟は退散していったとさ。
二度と来るな。