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40.夏宿に集う 其の四

 顔を真っ赤に染めた男が、ボク――【イオリ】に向かって拳を振り下ろす。

 支配下に置いているはずの相手が反抗してきた時の反応は、どうやらこの世界(こっち)でも同じらしい。


 ソイツのその様子を頭の片隅で、どこか冷めた目で観察している自分がいる。

 大きく振りかぶったその瞬間に合わせて、掴まれた方の腕を思いっきり前へと押し出した。


「――うっわ!?」


 腕を取られまいと必死に抵抗していた相手が、まさか自身に向かって腕を差し出してくるとは思わなかったのだろう。

 ソイツはバランスを崩し、後ろにいたもう一人の仲間に体当たりする羽目になった。

 仲間の方もまさか背中で体当たりされるとは思っていなかったろう。

 押された勢いで壁に思いきり頭をぶつけていた。


 それらを視界の端に捉えながら、腕を振りほどいて包囲を抜ける――が。


「なっめんなっ!」


 即座に体制をととのえた男――腕を掴んできた茶髪の方が、こちらに向かって手を伸ばす。


(……あ、見える)


 自分に向かいくる男の脚が、腕が、表情が、やけにハッキリと見えた。

 スローモーションとまでは決して言えないが、それでも相手を観察する余裕があるのが自分でも分かる。


 しかし、残念ながら見えるのと身体が反応出来るのとはイコールではなく……あっけなく捕まり、勢いよく壁に押しつけられてしまった。

 いとも簡単に自分の体が持ち上げられて……そのまま、相手が自分を持ってくれていることを利用して、大きく足を振り上げた。


「――ぐっふ!」

「――……んっ?」


 かわされると思っていたボクのつま先が、相手のアゴ先に突き刺さっている。

 たまらずのけ反った茶髪の男に解放されて、こちらもなんとか着地しつつ、相手から目を離さないように注意する。


(もしかして、ちょっと効いてるのか?)


 前方ではヨロヨロと茶髪がへたり込み、連れが慌ててかけ寄っているが……ちょっと理解が追いつかない。

 まさか、こうも簡単に当たったあげくに倒れてくれるとは思いもしなかったのだが?


(ヤカラサンが相手だったらビクともしないのに……って、あー……そーゆーコトか)


 そういえば、ここ最近はヤカラの『暇つぶし』に付き合っていたんだった。

 この宿に来てからの連日、レイとセージが眠るベッドの前でヤカラからゲームに誘われるのだが、実はその内容がボクのトレーニングになっていたのではないか?


 たとえば、ナイフを放り投げてはソレを掴め、と無茶振りされるとか。

 たとえば、お互いの手のひらを組み合わせて、足だけで先に相手を転ばせた方が勝ち、とか。


 そりゃあ、ハンデとしてナイフは切れないやつだったり、足出すのも先にやらせたりはしてくれるのだけども、なんせその量がえげつない。

 朝から晩まで介護の間を縫ってまで、多種多様な『暇つぶし』を延々と繰り出されるのだ。


 もちろん、一度もナイフを掴み取れたり、相手を転ばせたためしもない。

 だがその結果として、こうして目が慣れ、反撃することもできたのではないかと今更ながらに気が付いた。


「……キサマっ」


 思わず遠い目になりかけたボクを、男の声が連れ戻す。

 やはり素人のボクではダメージなんて与えられなかったか。

 連れの男に支えられながらなんとか立ち上がってきた茶髪がこちらを睨み、口を開きかけたその時。


「――……もうその辺にしとけ。宿の迷惑だろ」


 突如降って湧いた声が、その場にいた全員の動きを止めた。

 ボクにとっても聞き慣れたはずなのに、その抑揚のない声がやけに重く感じる。


「……ゴメンナサイ」

「何だよ、アンタの方から絡んだのか?」


 声の主に謝れば、呆れたような声が返ってくる。

 階段から降りてきたそのヒトは、上の部屋で待っていたはずのヤカラだった。 


「違う、ケド……大人しく、やり過ごせなかったな、って」


 言っているうちに恥ずかしくなってくる。

 何で相手の挑発に乗ってしまったのか。

 以前の自分なら、なんなら笑顔でやり過ごせていたはずなのに。


「そう思えてんなら今回の説教は勘弁してやる。先に部屋戻ってろ」


 ヤカラはボクの反省を見透かしてくれたようだ。

 そう言って手に持ったポットで階段を指し示すのに、大人しく従うことにした。


「まっ……えっ……天使……様?」


 立ち去ろうと踏み出した時、横手から戸惑いの声が上がった。

 さっきまでの勢いはドコへいったのか、元気よく襲ってきていた男たちは、明らかにヤカラを見て引い……()()()……?


「……色んな通り名があるって言わなかったっけか?」


 耳に飛び込んできた想定外の言葉に固まってしまった首を、やっとの思いで動かして見れば、憮然とするヤカラと目が合った。


「いやだってテンシって……似合わ……いや何でもナイデス」


 だってテンシって……古典絵画にもよく登場する誰もが知る雲の上の荘厳な神殿にいるイメージの()()天使、だろう?

 純真無垢な小天使たちを従えて、純白の衣を身にまとい純白の翼をその背に生やしたヤカラの顔が……っ!

 こらえきれず、顔を背けた。


 これはあくまで彼のキャラクターにそぐわないとかではなく実際に関わってきたからこそのイメージの相違なのでそんなに睨まないでいただき……ダメだギャップがジワる。

 鋭い視線から目を逸らしつつ頭の中の変なイメージを必死でかき消しているところへ、突如ボクの身体がグイと引っ張られた。


「ちょおまっ、憧れの天使様になんて口をきくんだ!慎めっむしろ崇め奉れ!」


 油断したと慌てるも、次いで耳に入ってくる単語が否応なしにさっき浮かんだイメージを増幅させる。

 耐えきれず、羽交い締めにしてくる茶髪の腕の中で吹き出してしまった。


「プッハッ!あ、憧れって……プフッ、ちょ、ヤメテクダサ……せっかく消えかけたのにっ……フフッ」

「はぁっ?お前何笑ってんだ!いいかあのお方々はな、慈悲深く我々に手を差し出してくれるそのお姿はそれはもう神々しく……っておい聞けよ!?」

「ひえ……も、ヤメて……フ、ククッわかっ、分かったから……ダイジョブだから」


 もう、本当にヤメてくれ。

 茶髪の連れが困った顔で、キミ大丈夫?と聞いてくるが、こちとら頭の中のヤカラテンシが大きくなりすぎてもう手がつけられない。

 茶髪も怒った勢いでグイグイ首を絞めてくる。

 二つの意味で息苦しい。


 ――ハァ、と重い溜め息が聞こえた。


「そこ迄だ……二度目だぞ。アンタらもソレは俺の連れだから勘弁してやってくれ」


 間近でヒュッ、と息を呑む音が聞こえる。

 若干の不機嫌さを隠そうともしないヤカラの声に、茶髪たちはギギギッとそろってボクを見下ろしてくる。

 ちなみにこの腕はまだ外してくれそうにない。


「……うそ、え何……知り合いなの、か?天使様と?」


 虚ろな眼差しで問う茶髪にコクリと頷くついでに、その腕をポンポン叩くと、かわりに連れの男が外してくれた。

 そのままボクとヤカラにそれぞれ頭を下げる。

 どうやらこちらは聞く耳を持っているようだ。


「大変失礼致しました。我々はとある女性を捜しておりまして……こちらのお連れ様が何か関係しているやも、とつい絡んでしまいました。ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」


 茶髪の連れ――黒い髪を一つに束ねた男は、さっきまでのユルイ雰囲気から一転し、きっちりと姿勢を正し畏まった口調となる。

 むしろこっちの方が素なのでは?と思うほど自然かつスマートな謝罪だった。


 つい黙って見やるボクたちにふたたび一礼すると、彼はいまだ固まったままの茶髪を引きずってこの場を離れていった。






 ・・・・






「ただ今戻りまし、て……あ、寝てるのか」


 ヤカラと別れ、一足先に部屋へと戻ると起きていたはずのレイの姿が見えない。

 ベッドをのぞき込むと、セージとそろってスヤスヤと寝息を立てていた。

 初日から比べて二人とも顔色が良く見えるのは、あの食事量のおかげなのかもしれない。

 回復は順調そうにみえた。


 そろりと、いつからか定位置となった窓際にイスを移し外を眺める。

 空は青くまだまだ太陽は高い。

 この町は街道にほど近いこともあって人の往来が盛んなのだという。


 弱って寝ている人間を置いてそろって出かけられるワケもなく、必然的に買い出し担当はヤカラとなる。

 留守番担当の自分はまだこの宿から一歩も外に出たことはないけども、セージたちが回復したらぜひ一緒に町へと繰り出したい。

 ふと視線を下ろすと、先ほど絡んできた男たちの姿が見えた。

 この宿と道を挟んだ向かい側で何やら立ち話をしているが。


「こうして見ると、あまり旅人っぽく見えないな」


 てっきりここの宿泊客かと思っていたが、着ている服の感じが何となく旅の服っぽくないというか……そういえば生地の質も良かったように思う。


 ふいにあの茶髪がこちらを見上げた。

 視線が合った感じがして慌てて首を引っ込める。


(っていや、何もこちらがコソコソする必要はないよな?)


 もう一度顔を出してみると、あの二人は道の向こうに消えていくところだった。


 もしかしたらただのこの町の住民で、本当に人を捜しに立ち寄っただけなのかもしれない。

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