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31.月照下の村 其の二



 ―― 親父は若い時分、火薬を瓶に詰めて魚を獲ってたんだと


 昏い海の上、タフリトフリと船を打つ波を聞きながら、祖父は話す。

 船の上から火を着けた瓶を海へと放り投げると、いろんなものが浮かんでくるのだという。

 バラバラになった魚や船の破片、人の身体……


 ―― 二度とやらん 


 どこを見ながら言ったのか。

 見上げた祖父の顔はギュウと顰められていた。


 痛くて、苦しくて、悲しくて。

 きっと、じぃちゃんの父ちゃんも、同じ顔をして言ってたのかもしれない。






 ・・・・






「……セージっ!」


 痛そうなイオリの叫び声に、オレ――【セージ】は足を止めた。


 ああ、と思う。

 何も言わずに飛び出したら、そりゃ心配になるよな。

 ちゃんと言わないと……レイが、してくれるみたいに。


「レイ兄に、教えてくる。イオリは待ってて」

「セージっ……な、に言って……」


 振り返ってそう告げると、追いついたイオリに肩を掴まれる。

 ああ、うん。オレも同じように、レイに縋っていたもんなぁ。


「イオリも知ってるだろ。オレは夜目が利くからおもいきり走れるし、レイ兄のこともすぐに見つけられる」

「ダメだ、レイサンにここで待ってろって、言われたじゃないか!」


 だから心配しないで、と説明したのに、イオリは今にも泣きそうな顔になっている。

 ああ……オレは、泣いてしまってたなぁ。


「すぐ、戻ってくる。レイ兄に教えるだけだから。そしたらすぐ走って戻ってくるから」


 グイと、イオリの腕を引きはがす。

 イオリはオレの袖を、まだ掴んでいた。


「……レイサンに、頼まれたんだ」


 ボソリと、イオリが溢した。

 何をだろう?と思う。


「……『セージの事、よく見ていて欲しいんだ』って」

「……フハッ、なんだそれ」


 ああ、本当にあの人は、どこまでも優しいんだから。


「だいじょーぶっ!ちょっと行ってくるね」


 レイみたいに、ニッカリと笑って。

 オレは走る。






 ・・・・






 外に出るとちょうど雲が掛かっていた。

 真っ暗な中をキョロキョロと見回す。


 坂の下にある集会所はハッキリと見えるのに、レイの姿がどこにも見えない。

 きっと身を隠しながら進んでいるんだろう。

 とりあえずオレは地面を蹴って、集会所の近くに生えている木を目指した。

 けど半分の距離しか進まないうちに辺りが明るくなってきて、慌てて近くの茂みに飛び込んだ。

 ふう、念のため茂みに沿って走っててよかった。


 しばし地道に茂みの中を進む。

 不自然な音は遠くまで聞こえるものだから、とレイが教えてくれたとおりに、あまり音を立てないように行くのだけど……これが地味に遅い。

 月明かりが陰ったのを見計らって飛び出し、また一気に距離を縮める。

 あともう一息といったところだろーか。

 そのもうあと数メートルが、やけに長く感じる。

 やっと建物の壁に沿うようにして立つレイの姿を発見した。

 そのうしろ、角から出てきた男がレイに向かって歩いていく。

 お互いにまだ気がついていないようだ。


 ふいに月が顔を出した。

 雲の影がみるみると剥がれていき、レイの元へと月光が迫る。


「――レッ……」


 とっさに叫びかけて――レイが振り向きざまに相手を突き、昏倒させていた。


「……つよ」


 うん、何の心配もいらなかったな。


「……っセージ!?」


 顔を上げたレイがギョッとしたように目を見開き、こっちに向かってその手を伸ばしてきた。

 オレもつられて手を伸ばそうとし、つんのめって転けそうになる。

 すぐうしろでブォンッと鋭い音が聞こえた。


「――チッ」

「……へっ?」

「セージっ!」


 間近で聞こえる舌打ちと、レイの呼ぶ声に挟まれて振り返る。

 目の前を、一瞬の残光が過ぎて。


――ザンッ!!


 月明かりに照らされて、凶悪に笑う男の顔が目に入り、衝撃が身体全体に走る。

 視界の端で男の持つ剣が光った。


(斬られた……)


 そう認識したとたん、身体中から全ての力が抜ける。意識も音も遠のいて…………



「……ージ……!大丈夫、斬られてない!セージ!」


 レイの声が聞こえてくる。

 目を開けると、必死な顔のレイがのぞき込んでいた。


「……レイに……え、斬られてない……?」


 恐る恐る自分の胸の辺りを見下ろす。

 山岳民の着方なのだという、前を着物みたいに重ねていた襟が、大きく裂けていた。

 ……たしかに、血は出ていない。

 放り出された自分の足の先に倒れた男の背が見える。膝をついたレイが、オレの上半身を起こしてくれていて。


「待ってろって言ったろ!どうして来たんだ!!」


 レイが、怒鳴った。

 その声に気圧されて、体が固まったように動かなくなる。締めつけられるように、息ができなくて。


 怒られた、という実感があとから遅れてきた。


「……っごめん……怖がらせたい訳じゃないんだ」


 すぐにレイが、小さな声で謝ってくる。

 背中に回された腕が、ゆっくりと離れていった。


「……無事で良かった」


 こちらを見下ろす目がギュウと眇められて。

 泣いてるみたいだ、と思った。


 ……どうして、言葉が、出てこないんだろう。


「泣かないで……もう、大丈夫だから」


 ギュウッと喉が絞まって、声が出なくて。

 ボロボロと涙が出てくるのを、抑えられなくて。


 雲がふたたび月と涙を隠してくれた。






 ・・・・






「それで、イオリ達の方に何かあったの?」


 とりあえず移動しよう、と立ち上がるレイについて行く。

 どうにか気合いで涙を拭いされば、レイが続きを促してきた。


「……ズッ、あっちは大丈夫。でも、おねーさんたちが集会所に大量の火薬があるって言ってたから……報せておこうって思って……」


 まだ若干鼻をすすりつつそう告げれば、レイがピタリと動きを止める。


「火薬?この村の人が集めたの?」

「んーん、村を襲ったヤツらが運んで来たんだって。なんかもて余してるみたいなこと言ってた、って……レイ兄?」


 言い終わらないうちに、彼の顔が険しくなっていった。

 口に手を当てて何やら考え込んでいる。

 その時だ。

 月明かりに照らされた村を、笛のような音が響き渡った。

 フィーヨ……フィーヨと、低く長い音色が何度もくり返されている。


「え、え?何事!?……あっ」


 慌てて辺りを見回してハタと気がつく。

 オレたちは建物から数歩離れた位置に立っている。

 月明かりにさらされたままで。


(やばい、敵に見つかったんだ!?)


 ドッと汗が吹き出る。ここにいたら敵に囲まれるのでは!?


「セージ、俺から離れないで。村の人達を助ける」


 口早に告げるなり、集会所に向かって駆け出したレイに全力でついていく。

 速いんですけどっ!追いてかれそうなんですけど!!


「……あっおいテメェラ!?ナニモンだ!?」

「馬鹿、放っとけ!合図だ、さっさと逃げんぞっ!」


 角を回り込むと数人の男たちと出くわすが、オレたちには構わずに逃げていく。

 さっきまで襲いまくってきてたのに、急にどうしたというのか……いや、来られても困るんだけれども!


 ふと、レイが足を止めた。

 入り口まではまだ先だというのに?

 その間にも、例の笛はくり返し鳴っていて……と、その中にひと際かん高い音が混じった。

 ピィーッとか、ピィーョーとか、どちらかというと鳥の鳴き声みたいなのが、まるで歌うように響く。


「移動、無事。鷹餌……狩る」


 その音に合わせてレイが単語を呟く。


「……火矢!?」


 ビィッ!と更に鋭い音が鳴り、レイが頭上を振り仰いだ。

 ……ヒュル……ヒュッと音が聞こえ、視界の端を明るいものが見えた、と思うと同時にドスドスッと、上の方から何かが落ちるような音がする。

 見上げれば屋根の上からチロリと何かが赤く揺れ、それはみるみるうちに大きくなり周囲を明るく照らし始める。


「……火事、火事だっ!」


 思わず叫んでいた。こんなにあっという間に燃え広がるのか!


「セージ」


 呼ばれてハッと我にかえる。

 振り向けばすでにレイは入り口に向かって駆け出していた。


――ゴゥンッ


 追いかけようとした矢先に屋根の方から爆発音が響いてバラバラと破片が降ってくる。


(ヤバイヤバイっ、火薬がたくさんあるって!)


 屋根の上にも火薬が積まれていたのか、爆発音は何度も響く。

 早く逃げなければ……そう思うのに、目の前のレイは入り口の前に立ち尽くして動かない。

 建物の中に向かって両手を突き出していた。


 歯を食いしばったレイの横顔が大きく歪む――瞬間。


――カガキィンッ


 高く澄んだ音が響く。

 建物の中から突如光った明かりにレイの横顔が照らされる……はずが、彼はその場で蹲り、背中を大きく曲げて俯いてしまった。


「レイ兄っ!?」


 駆けよると、レイは苦しげに背中を震わせている。

 その背をさすろうと手を伸ばすと、ヒヤリとした風が横の入り口から――建物の中から吹いてきた。


「……えっ?」


 思わず目を丸くする。

 開け放たれた入り口から中の様子が見える。

 のぞいた部屋の奥の方に、子供から老人までの主に男の人たちがひとかたまりになっていて、床に座り込んでいるようだった。

 腰のあたりには向こうの家で見てきたのと同じようにロープで縛られているような……

 あんまりハッキリ見えないのは部屋全体が半透明の何かに包まれているせいで、あちこちに光が散らばって見通しが悪いからだ。

 とゆーか……これはアレじゃないか?


「……氷?」


 目の前のドアから若干はみ出した塊からは、触るまでもなくヒンヤリと冷たい冷気が漂ってくる。


「……全部は、無理か」


 掠れた声で立ち上がったレイは、苦しげに肩で息をしていた。

 青ざめたその顔は今にも倒れそうなのに。


「え、レイにっ……!?」


 いきなりガバッと抱きついてきたと思ったら、そのままオレを抱え上げ走っていく。

 有無を言わせないその行動に目を見張る。

 レイの背中越しに燃え盛る集会所と村の奥の坂の上、イオリたちがいる家が赤く染まっていた。

 声を上げる間もなく。


――ッドゴオォオンッ


 空気を揺らす特大の爆発音とともに、目の前を真っ白な光が広がって――……



 オレの意識は、そこで途絶えた。

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