28.一本頭の森 其の三
男たちの注意が、少し離れた所に立ち尽くすレイに向けられている。
(レイ兄がピンチだ!!)
どうしようと焦るも、後ろに立つ男の刃物はオレ――【セージ】の首に当てられたままだ。
二人目の男がジリジリとレイに近付いていく。
きっとレイのことをオネーサンと勘違いしているんだ、違うと分かったら殺されちゃう!
(レイ兄はきっと強いのに……)
あの人が動かないのは、オレたちを助けるためなんだと分かってる。
自分を犠牲にして、オレたち二人を逃がそうとしてるのかも……
――また、あの亡くなった人の姿が脳裏をよぎる。
さっきまで自分を助けてほしいと願ってたくせに。
(嫌だ)
あんなふうになるのが、レイだったら……
(絶対に、嫌だ)
「――……あんぐっ!」
「ぃでぇっ!?」
こーなったらやるしかない!と、毛むくじゃらの男の腕に、思いっきり噛みついてやった。
「ってめっ、こんクソガキっ!」
ギューッと髪の毛が引っ張られる。
めちゃくちゃ痛い。でも、離したら負ける!
「――あぐっ!」
「ギャアッ!?」
変な声と悲鳴とともに、フッと頭が軽くなる。
引っ張りあっていたバランスが崩れた反動でオレは勢いよく地面に転がった。
回転する視界には刃物を振り上げる男と、その腕に噛みついたままのイオリの姿があった。
「〜っだぁあああっ!!」
転がる勢いのまま男に向かってダイブする――が。
「っとぉ……なんのつもりだテメェ?」
タックルしたつもりの相手は数歩後ろによろけただけで、倒れることはなく――マズいっ!
「う〜っ……第二波っ!」
「ふぉぐっ!?」
イオリの声と共に衝撃が走った。オレは変な声を上げた男にくっついたまま一緒に倒れてしまう。
「いてて……」
何故か起き上がれず、なんとか首だけ動かすと視界の端にイオリの顔が見えた。
どーやらオレの背中にはイオリが乗っかっているよーで……なんとゆーか、男とイオリに挟まれたサンドイッチ状態ってやつ?
「こっの、テメェらっ!」
至近距離からの怒鳴り声に反射的に飛び退く。
顔を赤黒く染めた男も起き上がろうとして――
「――メテオ・ストライクッ!!」
――ゴッスッ!!
………………え~と……なんと言いますか、ちょうど男の……地面に投げ出されていたその両足の間に、イオリさんは立っておりまして。
彼は、ソイツの股間目がけて思いっきり足を踏み降ろしたのです。
何とも言い表せないような攻撃音と、何とも奇妙な呻き声にしばし時が止まり……
「イ、イオリさん……?」
ハアハアと肩で荒い息をつく友に、声をかけようとしたその時!
「……〜ぅゔぅっくっそぉお!」
なんと、決定的急所を撃ち抜かれたはずの男がブルッブル震えながらも起き上がってきたではないか!
コイツっ、まだ戦えるだと……!?
「めっ、メテオ・ストライク連打っ!」
「うぁー成仏シテクダサイッ!」
ゴスゴスと執拗に足を振り下ろすイオリに、抵抗させないようにとオレの体重ごと男の上半身にしがみつく。
やがて、完全に相手の力が抜けたところで立ち退いて見れば、男は泡を吹いて動かなくなっていた。
「やっ……た?」
「やった……やった、倒した!」
『うわあぁ〜やったぁあ〜!!』
歓声のままに思いっきり両手を突き挙げて、イオリと空高くハイタッチした。
***
だらしなく歩いていた男がようやく止まった。
俺――【レイ】の目の前まで来るとニタリと口を開ける。覗いた前歯が欠けていた。
そんなモノ悠長に観察したくもないのに、至近距離まで顔を近付けてくるものだから嫌でも目に入る。
この存在のせいで後ろにいるセージ達が見えず、内心苛ついて仕方がないというのに。
「へへへ、怯えちゃってぇ〜かわいいねぇ~」
張り倒したいけれど、いっそ向こうまで投げ飛ばした方が虚を突けるだろうか?
そう逡巡している間に、後ろの方で短い悲鳴が上がり――しまった、目の前の私怨に気を取られ過ぎたか。
咄嗟に顔を上げたのに、その元凶と目が合っただけ……――うん、邪魔だな。
「あん、何だぁ?」
張り倒そうとした直前でようやく振り向いた男の間から、二人の姿を見ることが出来た……のだけど?
繰り広げられた怒涛の展開に、思考が追いつかずそのまま固まってしまう。
先ず目に入ったのは、セージが弾き出されるように地面に転がっていったところだった。
短剣を振り上げた男は、捕まえたイオ――いや、あれはイオリが腕に噛み付いているのか?
よく確認する間もなく、セージが男にふわっと抱きつき?今度はイオリがセージごと体当たりをかける。
全員で転がり、倒れ込んだその男にイオリが何やら叫んで金的を繰り出して……
どうやらその短い戦い……らしきものは終結したらしい。
予想外というか何というか、あっという間の出来事に目が全く離せなかった。
この隙に男を処理すれば良かったのに、あろうことか一緒になって二人の動向を見守ってしまったし……
とりあえず、片が付いたらしいのを見届けて未だ呆気にとられていた男を張り倒す。
「セージ、イオリっ」
抱き合ったまま小さく震えている二人に近付いて呼びかけると、二対の目が勢いよく振り向いて思わず反射的に身構える。
二つの顔は俺を見上げて破顔すると、一斉に飛びついてきた。
「レイ兄っ、よがっだぁあ〜無事だっだぁ~ごわがったぁあでもやっつけだよぉ~見てぇえ!」
「レイサンっ見て見てっ、倒したんだよ!ボクたちでっ、もう大丈夫なんだよ!」
興奮冷めやらぬ様子で口々に報告してくるのに、何だか重たいモノが一気に口から抜けていった気がした。
無事で良かったとか肝が冷えたとか、危ない道を選択してごめんとか……もう少しで死ぬところだったじゃないかとか、抱えていたそれらが一斉に流れていって、もう不思議とどうでもよくなってしまう。
「レイ兄、大丈夫?どっか痛いとか?ちょっと休もうよ……ずっと、疲れてたんだし」
「レイサン、ボクたち見張ってるから寝てていいよ。あっそうだ、さっきの木の実採ってこようか?」
延々と武勇伝を語る二人の顔をぼんやり眺めていたら気付いた彼等に心配されてしまい……それと同時に、何となく腑に落ちる。
(あぁ、そっか……そうだったのか)
漸くそれに気付き、フ、と笑みが溢れてしまった。
キョトンと見上げる二人の前に屈み、目を合わせる。
「ううん、大丈夫。ちょっと、言い忘れるところだったと、気付いてさ」
彼等がどうしてあんな無茶をしたのか。
どうして、俺の助けを待たなかったのか。
「イオリ、セージ。俺を守ってくれてありがとう。お陰で助かったよ……凄いじゃないか、大人を倒すなんて!」
二人の肩に置いた手にグッと力を込める。
驚いた顔が、みるみると花咲く笑顔になった。
『……うんっ!!』
どうやら隠していたつもりの疲労は、とうに筒抜けだったらしい。
流石にこの場で寝る気にはなれないけど、気力は不思議と漲っている。
「さ、二人共、先を急ごうか」
すでに空は茜。
暗くなる前に村を抜ける道を目視しておきたい。
木の実はと聞かれるも、先程の道には見られたくないモノが落ちているので戻るのは避けたい。
この先で調達出来ることを祈ろう。
***
こっそりと、汗ばんだ手のひらを見てみる。
指先がまだ震えているのを、どこか他人事のように感じながら、ボク――【イオリ】は拳を握った。
先行く二人の背中を追いながらなるべく葉擦れの音を立てないように気をつけて進む。
さっきの出来事が脳裏から離れないのに、予習するように一つずつ区切りながら思い返してみるのだけど、どのシーンも考えれば考えるほど、偶然が偶然を呼んで偶然うまい具合に勝てた、としか思えない。
倒した直後は興奮が先に立って喜んでいたが、時間が経つごとに、どこで殺されててもおかしくなかったのだと背筋が凍る。
イキオイッテコワイ。
でも、それでも――少しは、強くなれただろうか。
「――……だよ。なー、イオリ」
くるりとセージが振り返り、小声で話しかけてくる。
やけにピッタリとレイにくっついてると思ったら、静かにと言われた約束を守ってコショコショ話していたらしい。
「オレたち、ちょっと強かったよなー」
ニッカリと、向けられた笑顔が眩しくて。
「……うんっ」
頷きながらも、つい目を細めてしまった。
「ほら二人共、森を抜けるよ」
レイに手招きされ、二人してレイの背中にくっついて木の陰から顔を出してみる。
「うわ大きい。てか、なっが」
「これ、レイ兄が言ってたあの目印の木?」
広さは校庭のトラック一周分くらいだろうか。
短く草が刈り取られているそこは広場になっていて、赤から紫へとグラデーションがかった空をバックに一本の大きな木がそびえ立っていた。
ボクとセージが両手を広げて並んだ分くらいの太さはありそうだが、やたら上に長いせいかヒョロリとした印象がある。
「そうだよ。あの後ろに村があるんだ」
レイが屈んで、ボクたちの目線から指で指し示してくれる。
沈んでいった太陽の残光に浮かぶ村の輪郭は、何故だかとても不気味に見えた。




