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27.一本頭の森 其の二

 カサリとも音を立てずに茂みを抜け、まるで森の影に溶けるように、レイは男たちの後を追って行ってしまった。


 とたんに不安が重りのようにのしかかる。

 風に揺れる木々のさざめきでさえ、不気味に感じてしまう。


「……レイ兄ぃ、行っちゃった」


 ポツリと溢れたオレ――【セージ】の声は思いのほかよく通って、慌ててとなりに座るイオリを見た。

 イオリは両膝をきれいに揃え、両腕でしっかりと抱えたまま、じっと前を見ていた。

 とても姿勢が良いですな……じゃなくて、今の自分の一言で余計に不安にさせてしまったんじゃないか?


「あっでも大丈夫だよなっ、レイ兄もそう言ってたし」


 ワザと明るく言ってみると、イオリは意外と落ち着いているらしく、いつものトーンで返してくれる。


「あー……うん、本人も大したことなさそうって言ってたもんね。たしかにアイツら、いかにもザコですって感じの見た目だったし」


 というか、相変わらず気に入らない物事に対してのアタリが強いとゆーか。

 だけどそう、たしかにレイは言っていた。

 一緒に茂みの中に隠れながら、目の前の道を通り過ぎて行ったあの怖そうな男たちを見て一言、「ん、アレなら大した事なさそう……イケるな」って呟いてたわ。

 あんまり事も無げに言うもんだから一瞬、相手がマンガやアニメの最初の方でやられるザコキャラに見えちゃったもんな?

 ちょっと憐れに感じたけども、これは現実だ。

 ゲームみたいに簡単に考えちゃダメだ。負けたら、きっと……慌てて頭を振る。


「信じて待つしかないもんな」


 実際、自分たちに出来ることは、それしかない

 ……それしかないんだけども。


「……ボクたち、足手まといだよね」


 イオリがそう、ボソリと呟く。

 胸が、ギュッとした。

 見れば、イオリの白い手がその腕にくい込んでいて、後ろで一つに結んだ髪の先が小さく震えてる。

 イオリも怖いんだ……オレと同じように。

 ふと気付けば、自分もイオリと同じような姿勢で座っていた。腕にまわした指先が白くなっている。

 こうしてただ待つだけの自分たちが、たまらなく悲しかった。それでも、自分もレイについて行く!とは言えなくて。


 だって、行ったところで役に立つとは思えない。

 本気のケンカなんてしたこともないし、力くらべで父ちゃんやじぃちゃんに勝てたこともない。

 それにどうしたって……あんな……


(あんなふうに死ぬのは嫌だ……)


「……くそかっこ悪りぃ」


 ギリ、と奥歯がきしむ。

 結局は言い訳して、動かないままレイが一人で解決してくれるのを、待っている。

 レイが怪我をして戻ってきても、オレたちはきっと泣きながら縋りつくのだろう。

 情けなくって、卑怯で、かっこ悪りぃ。


「うん……くそかっこ悪りぃね……だから、さ」


 イオリの震えた声が聞こえる。


「……強く、なりたいよ」


 その声に泣きそうになる。

 せめて、泣くな、オレ。


「……うんっ」


 睨むように、前を見上げた――その時だ。


――ガサリッ、と茂みが揺れて、イカツイ男の顔が現れた。


『うっ、おわぁあうああっっ!?』


 オレたちとその男との、三人の叫び声が重なる。


「んだよっなんだよテメェら!?せっかくヒトがサボろうと思ってたのによぉ!」


 いったん飛び退くも、あらためてオレたちを見下ろすと同時にその男は拳を振り上げてきた。

 肌は日焼けして腕にはボウボウの毛が生えているし、ツバとともにむき出した歯は日陰で見ても黄ばんでいるし、だらしない感じの服からしても、ほぼ間違いなくさっき通っていった二人組の仲間じゃないだろーかガラ悪いし!


「……っセージ……作戦っ」


 服を引っ張られると同時にイオリが小声で叫ぶ。

 そーだ、作戦その二。

 もし敵に見つかったら後ろに下がる!

 オレたちの動きに合わせて目の前の男も茂みを掻き分けグイと大きく前に踏み出した。

 そのとたん。


――……ブォンッ……ゴヅッッ!!


 どこからともなく現れた、まぁまぁ大きめの石が男の頭を直撃しそのまま横にふっ飛ばすと、大きくよろけて隣の木にバウンドし、派手に地面に倒れた。

 盛大に転ぶ音の中に、ゴンッという響きも混じっていたし、後頭部でも打ち付けたんだと思われる。


「……なんか、罠って実際に目の当たりにするとけっこうエグいね」

「うん。なんてゆーか、面白がって作っちゃいけないものなんだなって思った」


 イオリの呟きに答えながら、しばし頭上にぶら下がったままで大きく揺れる石を眺める。

 レイの両拳を合わせた位の大きさの石を、その辺に生えていた葉っぱやら草やらに包み、持ってきたロープで括って木上に仕掛けておいたんだ、レイが。

 足許のツタを切ると、さっきのよーに作動する。


 厚めに葉っぱで包んであるのはカモフラージュのためなのかなと思ったけど、イオリの「レイサンなら、ボクたちに血を見せないためにってのもあるかもしれないね」というセリフに納得もする。

 あの人は、どこまでもオレたちのことを大切にしてくれるから。


「……――セージっイオリっ!!」


 遠くから、オレたちを呼ぶ声が聞こえた。

 振り向くと、レイがえらいスピードでかけてくる。

 戻ってきたとゆーことは、そっちの方は片付いたってことだろーか。

 それにしては珍しく切羽詰まったような声をあげているよーな……


「後ろっ……――!」


 言われて後ろを振り返るまでもなく、目の前に鈍く光る刃が差し出された。


「――……ぴっ!?」


 しまった!

 作戦上では、罠が発動したのと同時に、レイのもとへと走って行かなければいけなかったんだ。

 油断しないで、と言われたのを思い出すのと同時に、そーいえば前も同じ目に遭ったな……と少し懐かしい感覚に浸ってしまう。

 それもごく一瞬のことで、倒れた男の他にも奴らの仲間がいたんだと今更ながらに思い至った。

 そして自分は人質に取られたのだとも。


「おいおい、こんなガキどもにヤラれたのかよ」


 頭上でイヤな笑いを含めた声が降ってくる。


「お、あっちのネェちゃんは上玉じゃねぇか〜」


 もう一人いたよーだ。

 少し甲高い声が、レイに向けてカスッカスの口笛を吹く。

 とたんにレイの目が細くなっ……たんだけどマッテ、このタイミングであの人を刺激シナイデ!

 オレの喉元に鋭利な刃が当てられている感覚と、視界の端ではイオリがもう一人の男に片腕を掴まれている。

 コレはあきらかに、レイの態度次第で人生が終わってしまうやつではなかろうか!?

 視界がグルグルと廻る。

 あの、亡くなった人の姿を思い出して吐きそうになった。


 嫌だ!死にたくない、殺されたくない、と。どうにかして助けてほしいと、遠くのレイに願い乞う。

 だけど……苦しげな彼の表情に、絶望的な未来を想像した。






 ***






 目と鼻の先で、セージが羽交い締めにされる。


 しまったな、と思った。

 油断するなとは言ったものの、経験の浅い彼等では抑々の警戒度合いが判別出来ないのだろう。

 まんまと二人を人質に取られ、俺――【レイ】は内心臍を噛んだ。


「へっへっへぇ、さーてどうすりゃいいかワカルよなぁ~?」


 セージに短剣を突き付けた男が下卑た笑みを浮かべるのに、コッソリと浅い溜息をつく。

 毎回思うがどうしてこういう程度の人間は、皆一様に同じ言葉を口にするものなのか。

 もう一人の男はこちらを舐め回すように見てくる上に、更につまらない台詞を吐いてくるし。


 ここは問答無用でブチ切れてやろうかとも思ったが、子供達の手前だ。何とか穏便に済ます方法を模索しよう。

 もう一度軽く息を吐き、改めて状況を観察する。

 対峙する敵は二人。三人目は地面で伸びている。

 仕掛けた罠が上手くいったのだろう。

 罠とは元来、虚を付ければ上々、といった言葉があるように、上手くいく確率は大分低いものだ。

 一先ず相手の戦力を欠けたことに安堵する。


 だけど数の上では有利でも戦力数としては大分不利になる。

 相手にとっても二人では出来ることが限られるだろうから何とかその隙を付ければいいのだけど。


 とりあえず相手の言葉の意図を汲み、苦悶の顔で両手を挙げて隙を作る。

 途端に勝利でも確信したのか、相手の男等は野太い声で高笑いを上げた。


「やったぜ!サボるついでにお頭の剣を見に来て正解だったなぁ!」

「先に行った奴らが戻る前にさっさと俺らで楽しんじまおーぜ!」


 結論から言うと先に行った奴等が戻ってくることはもう無いのだけど、さっさと展開を進めるのには同意する。

 イオリの腕を乱暴に掴んでいた方……俺に対して暴言を吐いた男はイオリを相棒に押し付けると、これまたダラッダラとこちらに歩み寄って来る。歩くならちゃんと歩け。

 残った相棒は刀を持った腕でセージを抱き、もう片方の手は何故か己の腰に当てているが……放置されたイオリが怪訝そうな顔をするも、やはりどうしていいのか分からないのだろう。所在無げに立っていた。

 ここはもう一つ、相手の油断を誘いたいところだ。


 ゆっくりと近付いてくる男を見据えたまま、俺は段取りを練る。

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