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26.一本頭の森 其の一

 日も大分傾いてきた頃、目的の村へと俺――【レイ】は二人を連れて進む。


 岩石ばかりだった大地も、この辺りまで来れば木々や草原に隠れて姿を消してゆく。

 今のこの時期ならば、村の畑で彩り豊かな景色が見られるだろう。


「唐揚げ〜カツ丼〜ハンバーグ〜♪」

「ビーフシチューと〜ローストビーフと〜カルボナーラもいいな~♪」


 食べ物の歌だろうか。

 仲良く交互に歌いながら歩く二人の背を眺めつつ、村に着いてからの段取りを考える。

 先ずは村長に挨拶を……と、その前に、この子らは村に着く度に何故か遠吠えらしきものをする癖があるようだから、一応注意しておかないといけないか。

 村には世話になる礼金として、拾った岩塩を渡せば十分だろう。

 ヤカラが知ったら「勿体無ぇ!」と言われそうだが、仕方がない。

 この旅程で、想定していた以上に体力も気力も使ってしまったのだから。


 自分としても最初の予定では、大きな町に出るまでは食材の買い足しと野宿で乗り切ろうと思っていた。

 だけど今はここらで少し休むか、ヤカラと合流して守りを強化しておきたい。

 今でもふと、あの森で起きた事を思い返せば再び疲労が込み上げてくる気がして、そっと胸の内に溜め息を仕舞う。

 あれ以来……というか今も、元気に戯れ合っている二人を、特にセージを注意深く観察してはいるけども。


 当人の身に起こった事なのだから、あの一件についてもきちんと説明はしておきたいが、何がきっかけで再発されるかと思うと……やはり自分の体力が回復してからか、ヤカラの力を借りるかしないとキツいだろう。

 早く村に着きたいと気は急くが、注意が疎かになってはいけない。

 そろそろ目印である一本頭の木のある森に入ろうかという所で二人に声を掛けてみる。


「イオリ〜セージ、ちょっと止まって」


 声を掛ければ二人はピタリと立ち止まり、こちらを待ってくれる。

 若干疲れが見えるものの、好奇心に満ちた瞳を向けられるとつい口元が綻びそうになる。

 キラキラとしたその目たちは、退屈凌ぎになりそうな面白い指示でも期待しているのか……いや、これはオヤツを待っているのかもしれない。


「なぁに、レイ兄?おやつの時間!?」

「そろそろ、小腹、空いた……」


 後者の方だった。


「残念ながらオヤツは品切れなんだよね……あっでもこの森で何か探してみようか」


 手持ちが無いことを告げればみるみるうちに萎れていく二人を見て、慌てて採取する案を出してみる。

 流石に木の実だけでは食いでがないのだろう。それでも無いよりはマシなのか、不承不承という感じで頷く彼等にホッと胸を撫で下ろす。

 思えば慣れない生活なのに加え、かなりの勢いで山を下り、寝ては歩いての急ぎ旅を強いてしまったものだ。

 町に着いたらのんびり観光でもさせて、ご飯も十分に食べさせてあげたいが、それまではあと数日の辛抱だ。


「この森はすぐに抜けられるけれど、小さな崖が彼方此方にあるから気を付けて進むように。採れそうな実を見つけてもすぐに近付かないようにね」


 簡潔に注意事項を述べてから二人をうしろにゆっくりと森に分け入る。

 定期的に森の手入れがなされているのか適度に陽は入っていて、前方にある木を見やれば、光を受けて輝く実が生っていた。


 「うーん、届きそうかな……」


 上を見上げ、手を伸ばそうとしたその時、微かな異臭を嗅ぎ取った。


 「あっレイ兄、あそこに木の棒が落ちて……ゔっ!?」


 視界の端でセージが屈み込もうとして瞬間、後ろに飛び退いた。


「セージっ!?」

「イオリ、そのままセージから離れないで」


 青褪めたセージの顔色に何を見つけてしまったのか見当はつく。イオリが付いたのを確認して、辺りを警戒しながら例の棒に近付いてみる。

 足下は低い崖となっており、覗き込めば案の定、人が居た。


 この先にある村の者なのだろう。寝間着なのか、簡易な服装に、見たところ何の装備もしていない。

 そのまま家から飛び出して来たのか、途中で脱げたのか、裸足のままで全身泥だらけになっていた。

 先日の雨のせいだろうか、それとも泣いたのか……濡れたような跡を頬に残し――……



 まだ年若い青年は崖下に倒れたまま、既にこと切れていた。



「……ふっ、し……死んで……る、の?」


 震える声を絞り出し、セージがなんとか立ち上がる。

 それに答える代わりに、胸の前で両手を組み、亡き人に祈りを捧げる。

 後ろから小さく息を呑む気配が二つ。

 やがて恐る恐るこちらに近付くと、自分の両隣に静かに並んだ。

 意図はちゃんと伝わってくれたようだ。


 肩を大きく震わせ、泣きじゃくりながらも懸命に祈る二人を引き寄せ、亡き人を観察する。

 全身が黒く斑に染まっているのは雨土のせいだけではなく。

 無理に曲がった手足に交わるように生えるのは、やけに込んだ造りの矢羽と、この辺りでは見ないような、紋章入りの大振りな柄。


 推測をする。

 雨の前後、夜間。突然襲われ剣を向けられ、それでもこんな所まで逃げて来たのは、村の中では頼れなかったから。

 外に、助けを求めたから。


(集団による奇襲……野盗か?それでも何故この村を 

?奪ったところで此の先は逃げ場がないのに)


 町から最も離れたこの村を襲ったところで、逃げる先は最東の地だ。

 野盗如きにあの樹海を抜けられるとは思えないし、抜けたとて鋭敏な山の民等が受け入れるはずもない。


(……そんな事よりも、決断しないと)


 この剣の持ち主はきっとまだ村に居る。

 とうに雨が収まっている今、いつ回収しに来てもおかしくない……つまり、鉢合わせする可能性が高い。

 一度引いてヤカラと合流するか、このまますり抜けて町まで行くか。


「イオリ、セージ、よく聞いて。この人は襲われた。相手は複数いる。俺達も襲われる可能性が高い」


 簡潔に、分かった事だけを、淡々と述べる。

 目を真っ赤にさせて、それでも俺の言葉を受け入れようと懸命に顔を上げて見つめてくる二人に、自分も屈み目線を合わせる。


(情けないけれどもヤカラに頼った方が、きっと最善策だ)


 後方で自分は子供達を抱き寄せて、ヤカラに偵察なり町に助けを求めに行ってもらうなりすれば、この子らに危害は及ばない。


「だから……――」



 ―― レイは、どうしたいんだ?



 唐突に、ふと、懐かしい顔が脳裏をよぎった。






 ***






「おいふざけんなよ、まだ着かねぇのかよぉ」

「この辺だったよなぁ?目立つように棒立てといたんだけどよぉ」

「雨で流れちまったんじゃねぇの?チッ、あんな大雨の日に決行しなくたってよぉ」

「だからそのへんの文句は(かしら)に言えや、ほら、あの先まで行ってみようぜ」


 爽やかな木漏れ日の下で、ぜんぜん爽やかじゃない会話が聞こえる。

 たっぷりと、私はガラが悪いです!と主張するかのように歩く二人組の男を、ボク――【イオリ】は、セージとともにレイの背に隠れ、息を潜めてやり過ごす。

 藪のスキマからコソリとのぞき見れば、ダラダラと歩いて行く男たちの背が木々の中へと消えていった。


「じゃあ、行ってくるね……セージ」

「レイ兄……早く、帰ってきてね?すぐ戻ってこなきゃダメだかんね?」

「うん、そうするよ……だからそろそろ離してくれる?」

「ゔぅ〜だってぇ〜行って欲じぐなぃい〜」


 作戦通り男たちの後を追うために立ち上がったレイの服の裾を、セージがいつまでも掴んで離さない。

 そんな別れを惜しむ恋人たちのようなやり取りをする二人を、ボクはただ無言で眺めている。


 ちなみに作戦というのは、レイが発端だ。

 先ほどのあの現場から離れ、細い木と木の間に挟まれたこの藪に身を隠したボクたちに、「なるべく敵に見つからないように、それでも可能であれば少しずつ敵の戦力を削りながら進もうと思う」と、彼は提案してきた。

 戻って籠城する手もあるが、出来るなら村の様子を確認しその周囲の村への被害も把握しておきたい、と言う彼に、ボクたちも少し考えて後者に賛同した。

 この森の外は視界が良かったから、もし相手に見つかったりしたら簡単に追いつかれてしまうだろう。

 それに、たしかに今が一番怖いが、いつ終わるか分からないままずっと閉じこもっているのも、きっと辛い。

 何より食糧がろくに調達出来ないのならば、いずれにしろボクたちはアウトだ。


 とりあえずの作戦その一。

 隠れて初動をやり過ごし、相手次第では順次レイが単体でやっつけていくという、ヒットアンドアウェイ戦法だ。

 その間のボクたちは、ただひたすらに隠れて待つだけという、なんとも情けなくて申し訳ない戦法なのだが……その戦法も、待つ側のメンタル崩壊によりスタートから躓いているのが現状の今、である。


 悲壮感たっぷりに訴えるセージと、やんわりと宥めつつも何とか離してもらいたいレイ。

 ドラマのようだと思いつつも、状況が状況なだけに笑えない。それこそドラマよりも酷い、圧倒的に残酷で凄惨な姿を見てしまったのだ。

 思わず口もとに手を当てる。

 生々し過ぎて、現実味が湧かない。

 夢だと思いたいのに、自分たちも危険だという状況がそう思う隙を与えてくれない。


 あの故人に対しても……可哀想にと思うよりも、怖いと思ってる。

 あの加害者に対しても……許せないと思うよりも、怖いと、関わりたくないと、強く思う。

 弱くて情けなくてズルい自分を、嫌というほど思い知る。

 ……こんな自分が、大嫌いだ。


「イオリ、ここに居れば大丈夫だから。心配しないで?」


 ポンポンと肩を叩かれる。

 いつの間にか、膝の間に顔を埋めて蹲っていたようだ。

 そのいつもの優しい声に、自分も反射的に縋りつきたくなった。


 ――大丈夫、じゃあないよ!大丈夫なんて言えるワケがないじゃないか!!


 それでも、このヒトはあの怖い男たちと戦いに行くのだ。ボクたちを守るために。

 そんなの、これ以上困らせるようなこと言えるワケがない。


「うん、わかってる。レイサンも……気をつけて」


 心配しないで、と伝えたくて、レイの顔を精一杯見つめた。声が震えそうなのを奥歯を噛んで堪える。


「イオリ……」


 レイの手のひらが、ボクの頬を包む。


「セージのこと、よく見ていて欲しいんだ……頼んだよ」

「……?うん、わかった」


 セージと離れるなということか?

 もとより見捨てて逃げるつもりもないのに。


 レイのセリフの意図がよく分からないまま、彼は森の奥へと消えていった。

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