21.山間道中 其の一
「……ヤカ兄、これどーやって着んの?」
「……んな風に着るヤツ初めて見たぜ。つかそんなに着込んだら動けねぇだろうがよ、ほらこっち来い」
何故だかグルグル巻きになってしまったセージを解きにかかるヤカラを尻目に、ボク――【イオリ】も、どうにかこうにか合わせてみる。
「ねーレイサン、こんな感じでどうかな?」
「……ん、ああいーんじゃない?イオリだと……これとかも合いそうだよ?」
何か考え事をしていたのか、レイの反応が少し鈍いようだ。それでもボクに合ったコーディネートを瞬時に提案してくれる。
向こうから着ていたタートルはそのままに、丈の短いアウターに少し厚手のストールを刺繍がたっぷり入ったベルト……帯?でまとめるスタイルだ。
飾り紐に付けられたストーンが、シャラリと涼やかに鳴る。
ボクのコーデとあまり変わらないようなのに、レイのチョイスでだいぶ動きやすくなった感じがした。
「お〜イオリもかっけぇ!レイ兄〜オレも見て!」
どうやらあちらも決まったようだ。
セージのコーデはロング丈のシャツの上に、刺繍入りのベストを着物みたいに羽織るスタイルだ。
麻みたいな生成りの五分丈パンツにも刺繍が入っていてカッコイイ。
粋なイメージが彼によく似合っていた。
「うん、セージもカッコイイね」
「ふーん、ヤカラサンもやるじゃん」
「何でアンタが上から目線なんだよ」
素直に褒めるもヤカラは憮然とした様子でレイのとなりに座り、お茶をすする。
外は相変わらず雨が降り続いていて、さっきよりは弱まっているにしろ、さすがに今日はもう出発しないかもしれない。
「……こんな雨の中、よく戻って来れたね」
ふと、今朝から気になってたことを呟いてみる。
山頂に比べればものすごーく歩きやすくなってるとはいえ、険しい山道に変わりはない。
それをあの土砂降りの中、ヤカラは出かけていたのだという。
昨日自分たちが寝たのがおおよそ三時頃だとして、夜までに上の村に着き、明け方頃にあの山道を下りてきたのだろう。それならばプランに無理はない……かな。
それにしてもペースが早いと思うが。加えてこの雨なのに。
「ああ、所詮は降ってんのこの辺りだけだからな。なんたって雲よりは上に住んで……っつあー、も一つ思い出したわ。これ、じーさまからだとよ」
そう言ってヤカラは、腰に下げていたポーチから何やら丸いキャンディのようなモノを取り出して、自分たちの前に置く。
「……ジーサマって?」
「神域近くの小屋に寄ったろ?ありゃあ俺の祖父だ。此れは俺等一族に代々伝わる秘薬で……まぁ万能の回復薬みたいなもんか。アンタらには茶に混ぜて出したって言ってたな」
『ゔっ!!』
途端に蘇った苦すぎる思い出に、セージと二人そろって固まる。まさか再びアゲインするとは……!!
というか、もしかしてあの山小屋まで行ったのか?この一晩で、このヒトは!?
驚愕の事実に思わず目を見張っていると、視線に気付いたヤカラが何かを察したようにニィと口角をつり上げる。
「レイより山登りが劣ってるなんざ、言った覚えはねぇぜ?」
したり顔なのがまたハラタツ。
そんなボクたちのやり取りに気付いた様子もないセージは、まだゴソゴソと服をいじっている。
どうやらレイのストールを腰に巻きつけたいようだ。
のんびりと溜め息をつきながら、独りごちる。
「やっぱさー、じーちゃんやおばちゃんたちに、もーちょっとちゃんとお礼言いたいよな〜」
「そりゃあ出来れば……でも当分あの村には近づけないかもね、レイサンの身が危ないもん」
「レイの?……あーそーいう事か。だからウチの親もコソコソしてたワケか」
「うん……ソレについては未だに不可解なんだけども?」
瞬時に察したヤカラの発言に、レイはまだ不満げな様子だ。
自身のビジュアルの威力に気付いてもよさそうなのに。
「そーいえば、この村の人たちは大丈夫なの?」
雨のせいで足止めされている感じだが、そもそもこの村でもレイの人気は高そうだ。
このヒト頼りの旅である以上、余計なトラブルは避けたい。
「そーさなぁ……なんつーか上の連中は娯楽が少ねぇからか、のめり込みやすいんだよなぁ。この村の奴等は商談で町とか頻繁に行く分世間慣れしてるし、押し倒そうとまではしねぇ……筈だ、恐らくは」
「……ねぇ俺、何か恨みでも買ってるの?何かした?」
いよいよレイが落ち込みはじめたが、そーいうのではないと思う。別の方面での警戒が必要なのだと思う。
なんとも言えなくなった空気を変えるべく別の話題を探していると、意外にもセージが先手を打ってきた。
「大丈夫だって、レイ兄はオレたちがちゃんと守るから!」
「セージ……!」
どうやらこちらもよく分かってないようだ。
力強く言い放つセージに、少し胸を打たれたらしいレイ。よく分かってないコンビの二人には気付かれぬよう、ボクはヤカラと静かに視線を交わした。
これからはボクとヤカラがしっかりするしかない、と覚悟を込めて。
***
チラリと窓の外を伺う。
気付けば空はだいぶと明るくなり、雨もほとんど降っていない。
残ったお茶を飲み干して、俺――【レイ】は、セージとイオリに声を掛けた。
「そろそろ支度して出ようか」
「……へ?今から行くの?」
「……レイサンにしては遅くない?」
二人同時に言われる。
たしかにこれまでの旅程では太陽が顔を出すのと同時に出立していたので、この反応は仕方がないのかもしれない。
最初は食糧が無い事を第一理由に、上の村では何故か自分のせいで早くに下りてきたのだが、これより先は村も点在しているし、全体的に安定して進める予定だ。
キュイエールからも、早々にこの国を離れて欲しいと言われているし。
「どのみち次の村までは野宿しなくちゃいけないし、それなら少しでも歩いておこうかなって。どうせなら雨が降っていない方がいいでしょ」
椅子から立ち上がると、二人もちゃんとそれに倣ってくれる。ヤカラも部屋の奥から泥除けを持ってきてくれた。
「ほれ、セージも履いてみろ……違う違う、何でアンタの着眼点そんな奇抜なんだよ」
ヤカラが早速セージに付きっきりになるが、もしかしたらあちらでは仕様や系統が違うのかもしれない。
自分もイオリに向き直り、教えながら履かせた。
大して滞りもなく準備を終え、ヤカラと短く言葉を交わす。
「じゃあヤカラ、また後で」
「おう、直ぐに追いつくからよ」
「はぇ?ヤカ兄も一緒に出発しないの?」
セージが驚いた顔で尋ねてきた。イオリもキョトンとした顔でこちらを見上げている。
「まぁな、俺ぁこの集会所を含めた引き継ぎが色々とあるからよ。そう揉めねぇとは思うし二、三日後には合流出来んだろ……アンタらの足次第だけどな」
「はぁん?そんなこと言ってっと追いつかせねーからな!」
「待つ気ないし、遠慮なく置いてくからね」
二人を挑発するヤカラに、乗る二人。
キュイエール以外は割とどうでもいいと公言しているヤカラだが、そもそもの性質として面倒見が良い。
村人たちもその辺りを上手く利用して付き合っているようだ。
おかげで度々面倒事に巻き込まれたものだけど……
少し重くなってきた思考も、朝の夢とともに吹っ切るように、空を見上げた。
そうこうしている間に、窓の外には青空が見え始めている。
うん、良い出立の頃合いだ。
・・・・
村を囲う森を抜け、疎らな木立と岩場が混在する道に出る頃。
湿り気を過分に含んだ雲もとうに流れ去り、涼やかに渡る風の中に轟々とした音が響きはじめた。
「ねぇレイ兄、この音なぁに?」
「見に、行く?」
「これは川だね。雨で増水してるから近づかないように」
麓の村より先に出るのは随分と久方振りだ。
少し離れた大きな岩場の向こうに、流れている川があるのは知っている。そんなに大きな川ではなかったから、雨の影響だろう。
この辺りの地形を頭に思い浮かべてみる。
この道は川より大分高い位置にあるし、用心するならば地滑りだろうか。
起こり得る危険に対する予想と対策を頭の中で立ち上げつつ、少し前方を元気よく歩く二人を眺める。
好奇心旺盛で一時たりとも目を離せそうにもない彼らといると、大切に育てられすぎた深窓のご令息か、とも思いたくなる。
それとも手放しで外を歩き回れる程に、向こうの世界は鉄壁で安全な管理がなされているのだろうか。
ヤカラには度々、アンタの感覚は一般とは違う、と言われるが、この二人とこの世界の一般論を比べられる訳もない。
(……俺も昔は、こんな気持ちで見られていたのかな)
心配しつつも微笑ましいようなそんな複雑な心境に、在りし日頃を重ねてみようと試みて……どうにもむず痒い感情が込み上げてきたので止めた。
気持ちを誤魔化すように空を見上げる。
西はあちらだろうか……そうなると、もうすぐ昼休憩を取ってもいい頃か。
そういえば、何時もはすぐに休みたがる二人が何も言ってこないが……
「あっ……おーい二人とも、そろそろ休もうか」
小さくなった背中に強めに声を掛けた。
こんな僅かな隙で想定よりも距離が開いていた事に、少し焦る。
あまり離れられると、いざという時の対応が出来ない。
(…………?)
何処かで似たような事があったような、そんな感覚に胸の奥がチクリとした。
「え〜まだ大丈夫だよー!」
「そうそう、急がないと追いつかれちゃうしー」
遠くから元気よく返す二人に、そういう事かと思い当たる。
どうやらヤカラに簡単に追い付かせまいと、頑張っているようだ。
微笑ましくも思うが、休憩は出来る時にする、という感覚を養うのも旅を続ける上では必須だ。
「セージ、イオリー……焼き菓子作ってきたんだけど食べる?」
取り敢えずオヤツで釣ってみる。
釣果は言うまでもない。




